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シンクは今、ヴァンに預けてある。
深夜に私の寝室に忍び込んだ彼はアリエッタに取り押さえられた。本来ならば懲罰房行きであり、実際一時はそちらに居たのだが、私がヴァンに頼み込んで神託の盾から物理的に離してもらったのだ。
といってもダアトから離れたわけではなく、私とヴァンやシンクが初めて会った時の小屋に移されたらしい。リグレットが時折様子を見に行ってくれているとのことで、様子はどうかと尋ねてみれば静かすぎて不気味との返事をもらった。返答に困った。
あの日、即座に箝口令を敷いたためにシンクが私の寝室を訪れたことを知っている人間は少ない。守護役が数人と、アリエッタとイオン。そしてヴァンとリグレットくらいだ。
守護役達はどちらかと言えばシンクに同情的で、懲罰房に食事を届けに行く時も彼等が立候補してくれたため神託の盾内でもシンクの処遇を知る人をぐっと減らすことが出来た。
なので私がヴァンに頼んでシンクを移動させた時も、罰則としてダアトを出てもらっていると言えば彼等は納得してくれた。多分、奉仕活動に出てるとでも思っているのだろう。
イオンとのことの決着をつけるまで、私はシンクに会うことが出来なかった。
私の心情的な理由もあるが、イオンにまたシンクの行動を利用させたくなかったというのもある。
あとシンクがどう出るか解らず怖かったのも否定できない。地位で考えれば、シンクは圧倒的に不利だから次何かすれば文字通り首が危ない。
けど今回のゴタゴタは一応収束を見せた。
ヴァンに事の顛末を報告した後、シンクとの面会を望めば夜間にこっそり会わせてくれるという。もちろん、守護役達にも内緒だ。私の警護はアリエッタとヴァンが担うことになる。
その申し出に頷いて、約束の時間までそわそわしながら過ごした。ヴァンとリグレットのぬるい視線には気付いていたが、何も言えなかった。
だって、久しぶりに会うのだ。
オールドラントに来てから、ずっと側に居てくれた。こんなに長い間──といっても一月も経っていないが──離れていることなんてなかった。
何を話そう。何から話せばいいだろう。何て伝えればいいだろう。うまく言葉にできないこの気持ちを、どうやって伝えよう。
シンクのことが好きだと自覚してから、初めて会う。そのことが私をそわそわさせた。
同時にちょっと時間が空くと、思考はすぐにネガティブな方にから回る。
実年齢を考えると、私犯罪者だよなあとか。二十四歳が十二歳に惚れるとかどこのショタコンだよとか。
シンクが私のことを好いてくれているのは知っているけれど、それは果たしてどんな意味での好きなのかなとか。
所詮それは親子愛や親愛で、恋愛感情を向けられることに気持ち悪いとか言われたらどうしようとか。
仕事をしていない時の私がそわそわしたり急に落ち込んだりするものだから、シンクの代わりに室内警護をしてくれている守護役達からはやっぱり生温い目で見られた。
取り繕っているつもりだったけれど、どうやらバレバレだったらしい。いけね、ちゃんと頭に猫乗せとかないと。
そうして情緒不安定になりながらようやく訪れた面会時間。
ヴァンとアリエッタの手引きでこっそり部屋を抜け出して、私が目覚めたダアトのはずれにある小屋へと向かう。
私は足音を消すなんて出来ないし、郊外は魔物との戦闘になる危険性もあるため、アリエッタと一緒にライガの背に乗せてもらっての移動だ。
「……シオリ様」
「はい。どうしました?」
そわそわしながら無言で移動していたら、ぽつりとアリエッタに声をかけられた。
アリエッタは前を向いたままもごもごと口元を動かした後、意を決したように私を振り返る。
「シオリ様、シンクのこと、怖くない……ですか?」
「怖くありませんよ?」
「でも、でも……あの時、シオリ様はシンクに怯えてました」
「……アリエッタが私を助けてくれた時のことですね」
「はい。イオン様が頼んだよって言うから。アリエッタ、シオリ様のことを助けました。シオリ様は、アリエッタの大切なお友達だから。だから、だから……シンクを、倒しました」
「そうですね。アリエッタは、私を助けてくれたんですよね」
「はい。でも、シオリ様は、イオン様よりシンクがいいって言ったって。イオン様、落ち込んでました。アリエッタ……間違ってた?」
ぎゅぎゅっと眉間に皺を寄せて、アリエッタは私を見上げる。ローズピンクの瞳は今にも泣きだしそうだ。
私はアリエッタの身体を優しく抱きしめて、ぽんぽんと頭を撫でてやる。
隣を歩いているヴァンは、こちらの様子を見ながらも口を挟むことはない。
「そんなことありませんよ。アリエッタは私を助けようとしてくれたんでしょう? そういえばずっとお礼が言えていませんでしたね。私を助けてくれてありがとうございます、アリエッタ」
「じゃあ、じゃあ……やっぱり、シンクは悪いことをした、んですよね?」
「そう、ですね……あれは、悪いことだと思います。でもね、シンクは私を傷つけようとしたわけじゃあないんですよ」
「……どういうこと、ですか?」
私の言葉が解らないというようにアリエッタが首を傾げる。
情緒の幼いアリエッタには理解が及ばないのかもしれない。私は苦笑を一つ漏らして、アリエッタと同じようにこちらを見上げて首を傾げるライガの身体をぽんぽんと撫でてやる。
ライガは嬉しそうに尻尾を振った。わんちゃんかな?
「例えばの話ですが……アリエッタは、アリエッタのイオンが他の誰かに取られそうになったら、嫌じゃありませんか?」
「そんなのイヤ! です!」
「そうですね。すごく、悲しいことです。きっとそんなことになったら、アリエッタは教団の規則なんて無視して、イオンのところに駆けつけますよね」
「はい」
「シンクも同じでした。私がイオンに取られると思って、すごく悲しかったんです。だから私のところに来て、どうしていいか解らなくて……あんなことになってしまった」
私の説明にアリエッタは前を向いて考える。アリエッタはしばらくの間俯いていたが、やがて結論が出たかのように顔を上げる。
「じゃあシンクにシオリ様はイオン様のものにならないよって、教えてあげます。そしたらシンクも安心できます」
「そうですね。もう大丈夫だよって言ってあげたいと思います」
「シンクに対する罰はどうされるおつもですか?」
その時初めてヴァンが口を挟んできた。それに関しては私もずっと考えていた。
下手に生温い罰にしてしまっては示しがつかない。私は身内に甘い自信はあるが、かといって罰則無しでは示しがつかないだろう。
ただシンクの凶行について知っているごく僅かな人たちには今シンクは罰として奉仕活動に出ていると思っている。
何も知らない人はシンクがただ姿を消しただけだとも思われている。仕事を放棄しているというよりは、導師イオンの策略、あるいは導師イオンのために身を引いて姿を消したとも。
この辺りの擦り合わせをうまくしなければならない。
「考えてはありますが……まずはシンクが何故あのような行動を起こしたのか、本人の口から聞きたいと思います。ヴァン、貴方はシンクから事情を聞きましたか?」
「ええ、まあ。ですがシンクは第五師団の師団長であるのと同時に、論師守護役の隊員でもあります。罰を与えるとしてもどちらの管轄下で行うか決める必要があるでしょう」
「そうですね。守護役に対する罰則を決めるのは私の管轄です。ですから私もまずは事情聴取を行います」
「解りました」
「ちなみにヴァンはどのような罰が相応しいと思っていますか?」
「深夜に論師の寝室に押し入ったのですから、教団と神託の盾から追放すべきでしょう。敵意が無かったことを鑑みて、首を落とすほどではないかと」
「……重いですね」
「論師という地位がそれだけ重いものだと、築き上げてきたのは貴方です」
ヴァンの言葉に今度は私が俯く番だった。
「それでもヴァン、シンクをあのように育てたのは私なんです。この言葉の意味が、貴方ならば解るでしょう」
「解りますとも。ですが、シンクは軍人です。未成年であろうとも責任のある立場に立っています。生中な罰では許されません。貴方もそれもお分かりでしょう」
「……解っています」
暗に身内贔屓は許さないと言われて、私はぐっと自分の服を握り締めた。
ぴたりとライガが足を止める。顔を上げれば目の前に小さな小屋があって、話している内に目的地にたどり着いたことを知る。
ヴァンは小屋の外でアリエッタに周囲の警戒をするように言いつけると、ライガから降りる私にそっと手を差し伸べた。
私はその手をとり、不格好にライガから降りてドアの前に立つ。
このドアの向こうにシンクが居る。
早鐘を打つ心臓を抑え込み、私はドアの取っ手に手をかけた。
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