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「シンク? 居る?」
「……シオリ?」

 足を踏み入れた部屋は灯りが付いていないせいで随分と暗かった。
 当然夜目など利かない私は月明かりを頼りにきょろきょろとシンクを探し、私の声に反応したのであろうシンクの声にぱっと顔を明るくする。
 その間にヴァンが音素灯のスイッチを入れ、ぽっと灯った光にようやくシンクの姿を見ることが出来た。

「シンク!?」

 シンクはベッドの上に居た。壁に背をつけて身体を丸め、まるで叱られた子供のように身を縮こまらせていた。
 その足には足枷が嵌められており、腕には重そうな手枷が付けられている。慌てて駆け寄ろうとして、足元をよく見ていなかったせいで転びかけたところをヴァンに支えられる。大変失礼しました。

「落ち着きなよ」
「これが落ち着いていられますか! その腕と足は」
「これ? 逃走防止の足枷と音素を遮断して譜術を封じる腕輪。鬱陶しいけど、まあしょうがないよね」

 余りにもあっさりと言われる内容に思わずヴァンを振り返る。しかし彼は黙って首を振るだけだ。
 そりゃそうだ。シンクは一応犯罪者としてここに収監されているのだから。

「それで? 僕の処遇でも伝えに来たワケ?」
「……いや、まずは事情を聞きたい」
「必要ないでしょ。さっさと首を落とせばいい。論師の私室に侵入したんだ。事情聴取なんてすっ飛ばして処分しても誰も文句言わないさ」

 はっ、と自嘲の笑みを零しながら言うシンクに胸が痛んだ。完全に自棄になっているらしい。
 その姿が余りにも痛々しくて、私はよろめくようにシンクに近づいてその身体に手を伸ばす。けれどシンクは私の手を叩いて拒絶した。

 それを私への攻撃とみなしたらしいヴァンがシンクを拘束しようとしたのをなんとか押しとどめ、私はベッドの端へと腰かける。
 今度は何も言われなかった。それでもシンクの視線は私に固定されたままだ。警戒されているようで、じくじくと痛む胸を抱えながら考える。
 何から言おう。何から聞こう。話したいことはたくさんあった筈なのに、うまく言葉にならない。
 結局自分の気持ちを今ここで伝えるのは違うと判断した私は、ひとまず最初の目的を遂行することにした。

「色々と、区切りはつけてきた。まずは聞かせて。シンク、なんであんなことしたの」

 音素灯と月明かりを頼りにシンクの顔をじっと見つめれば、シンクの視線がそらされる。
 いつもならばシンクが話すのを待つところだが、私は今事情を聞きに来ているのだ。
 シンク、と名前を呼んで話すように促せば、シンクは壁際で膝を抱えてぎゅっと身体を丸め、膝に顔を埋めてしまう。

「……わかんないんだ」
「……シンク?」
「わかんないんだよ! どうしてあんなことしたのか、自分でも解らない……でもシオリがアイツに取られるって思ったら、勝手に身体が動いてたんだ!」

 今にも泣き出しそうな叫び声に、思わず自分の胸元をぎゅうと握り締める。
 自分の感情を持て余して振り回される姿は完全に子供のそれだが、シンクは軍人だ。子供だから仕方ないね、では済まされない。
 泣きたくなるような気持ちを堪えていたら、一度口を開いて箍が外れたのだろう。シンクは泣き叫ぶように心情を吐露し始める。

「シオリの隣にアイツが立つのが嫌だった。だって僕の場所だろ、アンタの隣は僕の居場所の筈だ! なのに何でオリジナルが、最初から居場所を持ってる奴が僕の居場所を奪うのさ! シオリの側に居るのは僕だ! そうだろ!? 側に置いてくれるって言ったじゃないか! それなのに僕を置いていくなんて許せなかった! だってシオリは僕の、」

 そこまで言いかけたところで、ヴァンがシンクを剣の鞘で殴り飛ばした。突然の暴力に反射的に肩を竦め、目を瞑ってしまう。
 吹っ飛んだシンクがその場で咽こむ。自分を抱きしめながら身を縮める私が目を開ければ、ヴァンがシンクの側に立っていた。

「聞くに耐えん子供の駄々だな」
「ゲホッ。だから……さっさと、処分すればって、言ってるじゃないか……っ」
「そうもいかない。第五師団長であるお前は確かに私の管轄だが、同時に論師守護役の特別顧問でもある。守護役は論師の私兵という側面もある以上、私の一存でお前を処分するわけにはいかない」
「はっ、だからわざわざシオリが来たってわけ。じゃあこれでいいだろ。論師の私室に押し入った理由はただの私情だ。とっとと処分すればいい」

 打たれたわき腹に手を当てて庇いながら、シンクは吐き捨てるように言う。
 今すぐ駆け寄って抱きしめたいのをぐっと堪えながら、それでも考える。いや、考えなければならない。
 このままでは文字通りシンクの首は飛ぶ。でもそんなのイヤだ。私がイヤだ。

「……事情は分かった。けどこっちの事情もある。簡単にシンクの首を跳ねるわけにはいかないの。でないと私、本当にイオンと結婚する羽目になるもの」

 私の言葉にシンクの目が限界まで見開かれた。

「……なんで、それじゃ、断ったみたいな」
「……断ったよ」

 は、とシンクが息を吐く。じっと私だけを見つめる緑色の瞳はイオンとよく似ているけれど、やっぱり違う。
 ほろほろと涙が零れる。譜業灯の灯りに反射してキラキラと光るそれがすごくきれいに見えた。

「それじゃ、ぼくは、ちがう。君は、」

 縺れた言葉が意味もなくシンクの口から紡がれる。蹲って動かなくなったシンクの前で膝をついて、肩に手を乗せた。
 ゆっくりと顔を上げたシンクはまだはらはらと泣いている。

「シンクと一緒に居たいから、ごめんなさいって。断ってきたよ」
「ッ、そんなの、通るわけ……っ」
「通したよ。通したの。だからシンクが居なくなったら、困る。だからシンク、さっさと自分を処分しろなんて言わないで」
「……っごめ、うあ」

 枷のはめられた不自由な腕で私に縋りついて、シンクは声を押し殺しながら泣き始める。
 安心したのだろうか。今更ながら後悔しているのかもしれない。それともこれからの未来を思って泣いているのかもしれない。
 思い切り声を張り上げて泣くことをしないのは、そういう泣き方しか知らないからだろうか。
 個人的には思う存分泣いてほしかったんだけど、シンクは五分もしない内にごめんと謝りながら顔を上げた。

「取り乱した、みっともないとこ見せたね」
「いいんだよ、泣いて」
「嫌だよ。君に……かっこ悪いとこ、見せたくない」

 ぶすっとした顔で言われた言葉に笑みが零れそうになったのをぐっと堪える。
 私としては弱いところも全部見せてほしいのだけれど、シンクとしてはかっこつけたいらしい。可愛いな、この生き物。

「それに、君は僕を処分しなきゃいけないんだろ」
「……そう、なんだけど」
「けど、なにさ」
「シンクが居なくなると困ることが多すぎて……」

 頭をかく私にシンクがきょとんとした。再度傍観に徹していたヴァンからも苦笑が漏れる。
 落ち着いたならひとまず席に座るよう促され、私達は改めてソファや椅子に腰かけ、シンクが居なくなってからの経緯を話すことにした。

「……と、いうふうに世論を持っていきまして。ごめんね、勝手に名前使って」
「えっと……シオリ、それだと君と僕が、あ、いし合ってる、みたいな……」
「うん、ごめん。……やっぱり、気持ち悪い?」
「そんなこと一言も言ってないだろ!」

 慌てたように否定してくれるシンクにホッとしつつ、私は他にもシンクが居なくなると困る理由を指折り上げていく。
 まず第五師団を受け持つ人間が居なくなる。シンクのように最初から素質があると解った上で叩き込むならともかく、二千人規模の兵士をまとめられる人間などすぐに育たないのが普通だ。
 それから六神将も瓦解するのもまずい。六神将は神託の盾の武力の象徴なのだ。
 あとこれは私が意図して流布したわけではないのだが、今シンクが姿を消すとその疑惑が導師に向きかねないというのもあった。

「というわけで、下手に厳罰下すのも時勢的にちょっとまずいんだよね……」
「あー……」

 どうしたもんかと腕を組んで考え込んでしまう。
 頭の中であーでもないこーでもないと考えるが、どうしても罰則を与えるとなると第五師団を降りてもらうとか、しばらくダアトを離れるような危険な任務にあたってもらうとか、どちらにせよこれからの活動に支障が出てしまう。
 思わず頭を抱えていると、黙って話を聞いていたヴァンが見かねたように口を開いた。

「一つ、提案があるのだが」
「提案?」
「今回の問題は、シンクが深夜に論師の部屋に無断で侵入したことだ。なら前提を変えてしまえばいい」
「前提を、変える?」

 首を傾げる私とシンクに、ヴァンがふっと小さく笑った。


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