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「嬉しそうですね、守護役長」
「はい。お二人が一緒に居る姿をもう一度見ることが出来て、とても」
シンクが日常に戻ってきた。けれど完全に元通りではない。色々なことが変わった。そう感じてしまうのは、恐らく私の心情的なものが大きいのだろうけれど。
執務机に向かう私と、仕事の補佐をしてくれるシンクを見てにこにこと笑う守護役長。思えば彼は私とシンクの関係に口を挟むことはなかった。密かに応援してくれていたのかもしれない。
「これから嫌というほど見るんだ。いつまでも笑ってないで仕事しな」
「それは勿論、つつがなく」
シンクの言葉に守護役長がいつもの台詞と共に恭しく腰を折るのと同時に、私の口角が少しだけ緩む。もうそばを離れるつもりはないのだというシンクの主張が嬉しいのだ。
守護役長は情報部が持ち込んだ情報の整理をした後、用があるときは声をかけてほしいと言って部屋を出ていく。その背中を見送ってからシンクが部屋の鍵をかけて仮面を外した。その顔には戸惑いが見受けられる。
「どうしたの?」
「いや……なんか、思ってた以上に好意的に受け入れられてるから。ちょっと困惑してるだけ」
守護役長は表向きの理由ではなく、シンクが風紀を乱したという理由で隔離されていたと通達された少ない人間の内の一人だ。
つまり守護役長の中では以前から私とシンクがこっそり付き合っていたことになっている。
シンクは論師守護役の特別顧問として、守護役達の取りまとめ役である守護役長とはそれなりに交流がある。
にもかかわらず何故黙っていたのかと責められることもなく、以前とほとんど変わらないフラットな態度。
しかし決して歓迎されていない訳ではなく、先ほどのように私達が一緒に居ることを喜んでくれている。
「私としてはシンクの円満な交友関係を築いていることは嬉しいけどね」
「ただの同僚だろ」
「じゃあ聞くけど、守護役長と話す時とほかの騎士団員と接する時、シンクの態度は全く同じなの?」
「そりゃ……よく話す分、多少は気安いけど。けどそれだけさ」
「人はそうやって友情を育むものなんだよ」
「どうでもいいよ。それよりアイツは何持ってきたの」
照れ隠しなのか何なのか、無理矢理話を切り上げたシンクが私の手元を覗き込んできた。
守護役長の手によって整理されたそれは、情報部によって各地から集められた民衆の声をまとめたものだった。
導師派と大詠師派の衝突の激化。そこに台頭を始めた論師派が合流して一部ではカオスと化しているらしい。
ダアトでは私達の三角関係に注目が集まっていたが、情報伝達速度の遅いこの世界ではそんな局地的な噂などほとんど伝わらない。
世間がもっと注目しているのは教団内での派閥争いだ。預言順守派の大詠師派、改革派である導師派、そしてそもそも預言を必要としない論師派。
当然だろう。顔も合わせたことのない雲の上の人の恋愛模様よりも、もっと身近な預言のことの方が気になるに決まっている。
定期的にチェックはしていたが情報伝達速度の遅さも相まって、キムラスカから帰還してイオンとのごたごたを片付け終えたことでようやく最近の世論の声を集めてまとめることが出来た。
「……だいぶ過激化してるね」
「まあね。それに気付く人間も増えてきた」
インゴベルトみたいなのは例外として、ピオニー陛下然り。頭の回る人間ってのはそれなりに居る。
論師の事業、教団の派閥争い、導師の演説。それらが齎した結果から導き出される答えなんて碌なもんじゃない。それに気付いた面々が、動き出しつつある。
それは各地にはびこる噂と寄付金の減少という形で如実に表れつつある。反大詠師派として集まっていたキムラスカの貴族たちだってその一つと言える。これからこの流れは加速していくだろう。
私の事業のお陰で教団の運営が何とかなっている分、渦中に居る詠師達は寄付金の減少に愚痴ることこそあれこの流れに一番気付きづらいというのは随分と皮肉なものだと思う。
特に注目すべきはここだろう。
『何故始祖ユリアは第七譜石を隠匿したのか?』
バチカルにて、改めて議論が交わされ始めているというこの話。
もしかして出所はファブレ公爵だろうかと思うと口端が歪む。その内ルークからのお手紙に公爵からの手紙が紛れていても私はきっと驚かないに違いない。
「一年だ。ここまで持ってくるのに一年かかった」
「たった一年でここまで持ってきたことに僕は驚きだけどね」
「私の体感では二年ともいえるけど……でも確かにそう。一年で、ここまで持ってこれた。一年かけて、ここまで持ってきた。予定通りに」
「そうだね。君が描いたシナリオ通りに」
報告書を机の上に投げて天を仰ぐ。背後に立ったシンクの腕が私の首に絡みつき、私の頭がシンクの胸にあたる。
新月の形をした新緑色の瞳が私を見降ろしていた。それを見て私もまた、目を細めて笑う。
「ここからは怒涛の時代になる。加速する流れに置いて行かれないようにしないとね」
「その一番前に立ってるくせに、何言ってんのさ。この流れを計画したのは君だ。そうなるように引っ張ってきたのも君だ。世論も、貴族の思惑も、国王の行く末も、皇帝の憧憬も、導師の生死すら全て君の手の中にある」
「そこまで全て手にしてると思うほど傲慢になった覚えはないよ。私は誘導しているだけ。私が言いたいのは、もう私が誘導しなくてもこの流れは止められないってこと。そして残り一年の間に、私達はこの一年で築き上げた礎を盤石しなくちゃならない」
「君になら出来るさ。そのために僕等が居る」
私が出来ると心底信じ切った瞳でシンクが断言した。その信頼が面映ゆく、同時に嬉しい。
体勢を立て直し、身体の向きを変えてシンクにぎゅっとしがみ付く。いつもと違う流れにシンクが動揺しているのが解った。
「勿論、シンク達が居れば大丈夫だって信じてる。だからこれからも私を支えてね」
「あ、当たり前だろ……っ」
初心な反応に笑みが零れそうになったのをぐっと堪える。今ここで笑ったら確実にシンクが拗ねるので。
だからおずおずと抱きしめ返してくれる腕に黙って身体を預ける。不安も何もかも溶けていくような幸福感に包まれ、ふと思い至った。
「そういえばさ、シンクは欲しいものある?」
「何さ、急に」
「動き出して一年ってことは、もうすぐシンクと会って一年ってことでしょ。記念に何かあげたいなって思って」
「そっか。シオリと会って一年経ったってことか……」
「そうだよ。懐かしいよね、あの頃のつんつんしたシンク」
「だって君完全に不審者だったじゃないか。でもそうだね……確かに、僕は変わったと思う」
シンクを見上げれば、過去を思い返すようにシンクが遠くを見た。
シンクが居た小屋は私と最初に出会った小屋でもある。色々と記憶を刺激されたのかもしれない。
「君が居なければ僕はもっと世界を憎んでた。この世界に生まれたことを厭うて、憎んで、空っぽな身体を抱えて。きっと僕の在り方はずっとずっと違ってたんだろうなって思う」
「うん」
「君はそんな僕が好きだと言って、僕を側に置いた。ねえ、今の僕はきっと君の知るシナリオの『烈風のシンク』とは別物だ。それでも好きって言ってくれる?」
「当たり前でしょ」
ぎゅうとシンクにしがみ付く腕に力を込める。ふっと頬を緩めたシンクは私の頭頂部に一つキスを落とす。
余りにも自然な流れでされた口づけにちょっと照れてしまう。
「なら、誕生日が欲しい」
「誕生日??」
それはプレゼントされるものではないのでは??
首を傾げる私をシンクが柔らかく笑んだ。その頬は少しだけ赤い。けれど幸せそうな顔だ。
そんな顔を見れる日が来るとは思ってなくて、同時にそんな顔を向けられたことに私の頬もポポポッと熱を持つ。
「シオリと出会った日に、きっと今の僕は生まれた」
「う、ん」
「なら、シオリと出会った日が僕の誕生日だ。それでも、いい?」
「私の許可要る?」
「欲しい」
「じゃあ、どうぞ……?」
なんだこの会話。
ぎゅうとシンクに抱きしめられながらも、まあシンクが満足したならいいかとその背中をぽんぽんした。
「僕の誕生日、祝ってくれる?」
「当たり前でしょ」
「じゃあその日は一緒に居て」
「いいよ。一緒にお休みとろっか」
「ん」
子どもが甘えるような、それでいて私を独占したいと願う言葉に応えればシンクは嬉しそうに頷いた。
体を離せば、またちゅうと額に口づけられる。恋人になったからだろうか。新たに増えたスキンシップにいちいちドキドキしてしまう。
そしてふと思い出したのは、人は愛しいと思うものに口づけたくなるという話だ。
例えば赤ん坊。例えば花。例えば、愛しい人。シンクの愛情表現なのかなと思うと途端に愛しさが溢れて、私もシンクの頬に口づけた。
「じゃあそれまでに仕事を片付けておかないとね」
「そうだね。師団の方は大丈夫?」
「最悪副官に任せるから大丈夫」
それは果たして大丈夫と言えるのだろうか。
シンクの言葉に苦笑しながら、私はもう一度シンクをぎゅうと抱きしめた。
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シンクの誕生日が決まりました。具体的に何日かは決めてません。
私の押し、シンク以外にも誕生日解らない奴等ばっかなので捏造しました。
それにしてもこいつらナチュラルにいちゃつきやがる……。
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