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「そういえばヴァンから伝言」
「ん?」
「ジョゼット・セシルが神託の盾の門扉を叩いたってさ」
「あらま。本当に来てくれたのかあ」
「そ。勧誘したのシオリだろ? どこに割り振りたいか希望はあるかって」

 口頭の簡単な報告と共に渡されたのは、ジョゼット・セシルに関する報告書だった。
 勿体ないなあって軽い気持ちで勧誘したのだが、本当に来てくれたらしい。シンクが後押ししたのもあるんだろうけど。

 けれどササっと目を通した報告書を見て納得した。こりゃ叩き上げの方が絶対上行けるわ。
 毒殺暗殺謀略なんでもござれ。使えるものは何でも使ってなりふり構わず今の地位まで成り上がったその経歴を見て思わず感嘆の息が漏れる。
 これがキムラスカみたいな血統主義と徹底された身分社会でなかったら、彼女はとっくにトップに立っているだろう。
 逆を言うなら貴族の権力が強いキムラスカだからこそ、ジョゼットを少将という地位で抑え込めていたとも言えるのかもしれない。
 そこで抑え込むんじゃなくて彼女の気質を利用しなさいよ、と思ってしまうのは私が貧乏性だからだろうか。

「んー。特務師団かな。アッシュはフローリアンと離れたくないだろうから情報部に腰落ち着けるだろうし。入ったらあとは好きにして良いって伝えれば、ジョゼットならすぐ頭角を現すでしょう」
「妥当だね。君の推薦ってことでいいね?」
「うん。よろしく」

 シンクの確認に頷いてから他の書類もさばいていく。
 保育士の免許制度の導入に関してキムラスカのシュザンヌ様と細々とやり取りをしていたのだが、そのやり取りの間に看護学校の話になった。
 ダアトでは士官学校に付随する形で設立していたのだが、その件で公爵が興味を持っているらしい。
 ルーク経由じゃなくこっちから来たかと内心舌を巻きながら、正直ベルケントの責任者である公爵を巻き込めるのはありがたい。
 多分公爵からすれば導師派あるいは論師派への派閥切り替えも見据えての接触なのだろうが、いずれ正式にキムラスカと連携して看護学校を専門家を育成する学び舎として独立させたいとも思う。
 キムラスカと連携するならマルクトにも話を持ってった方が良いんだろうな。フリングス将軍に適当な人紹介してもらえないか頼んでみようっと。

 そういえばジョゼットがこっちに来ちゃったってことはフリセシフラグ折っちゃったのか。
 原作では敵対している二か国の将軍の婚姻が融和の証になるのでは、みたいな雰囲気だった……気がする。
 けれどこの流れではそれはもう無理だ。未来のお嫁さんとっちゃってすまんな。

「ねえ、変な顔してるけど何考えてんの?」
「私の知るシナリオとはかけ離れてきたなって思ってただけ」
「変えてるのはどこの誰さ」
「私だねえ。ま、後悔はしてないから」
「ならいいけど」

 シンクとそんな話をしていたらコンコンとノックの音が響く。仮面をつけたシンクがドアに向かえば、どうやら来客らしい。フローリアンとアッシュが来たようだ。
 招いて良いか確認するシンクに頷けば、態度を取り繕った二人がしずしずと室内に足を踏み入れる。そしてシンクが鍵をかけた瞬間、仮面を取ったフローリアンのテンションが爆上がりした。

「シンク、シオリ! 恋人になったって聞いたよ! おめでとお!!」
「ばっ! どこから聞いたのさそんな話!!」
「え? 情報部じゃその話で持ちきりだよ?」

 パンパカパーンと両手を上げて大喜びするフローリアンに、照れたシンクがわたわたしている。
 それに笑みを堪えきれずにちょっと吹き出しながら、仮面を取って複雑そうな顔をするアッシュへと声をかけた。

「んっふふ、わざわざそれを言うために来たんですか?」
「リアンが祝いたいと言って聞かなくてな……収まるところに収まったようで何よりだ」
「ふふふ、ありがとうございます。では休憩も兼ねてお茶でも入れましょうか」
「手伝おう」

 漫才宜しくやり取りをしているシンクとフローリアンを横目に書類を片付けてから立ち上がった。
 アッシュに手伝ってもらいながらお茶を淹れるのは妙な感覚だったが、彼もだいぶ落ち着いたしフローリアンと同室になったから彼の面倒も見ているのだろう。
 スムーズにお茶と茶菓子の準備を終えて戻れば、頭を抱えてしゃがみこむシンクと腹を抱えて笑うフローリアンの姿があった。この短い時間に何があった??

「二人ともこちらへ。お茶を淹れましたよ」
「わぁい! お菓子!」
「先に手を洗ってこい、リアン」
「はあい。シンク、いつまでもしゃがみこんでないで行こう!」
「誰のせいだと……!」

 仮面を外し赤らんだ頬を露わにしながらも、それでもフローリアンに引っ張られるがままにシンクも手を洗いに行く。
 その光景を微笑ましく思いながらアッシュと先に席に着き、改めて情報部での話とやらを聞いてみた。
 どうも彼等の中で私とシンクは良い感じではあったがまだ発展途上で、イオンの横やりが入ったことでようやくシンクと私が付き合いだした……という話になっているらしい。

「導師には悪いが、お陰でシンクと論師の関係が発展した……と言っている者も多いな。だが実際のところどうなんだ? 付き合っているというのが誤解だと言うのであれば噂は訂正しておくが」
「あながち間違っていませんからいいですよ。それにイオンの件もありますから、噂を否定するとどう斜めに転ぶか解らないのでそのままで大丈夫です」
「了解した。論師とシンク謡士は権力に抗い愛を貫いて、導師は初恋に破れながらも愛しい人のために身を引いた誠実な美少年……ということでいいんだな?」
「そうやって聞くと本当に三流ゴシップですねえ。そのまま放置でお願いします」

 綺麗に飾り立ててはいるが、導師という最高権力者に逆らった論師と一介の兵士。そして権力で愛を引き裂こうとした導師、とも言い換えられる。
 人の噂というのは簡単に悪意のある方向へ傾く。美談として噂が蔓延しているならばそれに越したことはない。変に手を加えない方が良いだろう。

「第五師団の人達もねえ、嬉しそうに話してたよ。ようやくうちの師団長にも春が来た! って」
「あいつ等……あとで締める」
「あらまあ。噂の出どころはそこでしたか」

 手を洗ってきたフローリアンとシンクも席に着き、改めておめでとうと言われたのでありがとうと返す。
 フローリアンは心底嬉しそうににこにこしながら紅茶に砂糖を投入していた。何杯入れるおつもりで??
 シンクは砂糖を大量投入するフローリアンにうへえと顔を歪めてから、自分の分のカップに口を付ける。

「なんでフローリアンがそんなに喜ぶのさ」
「何でって、二人が幸せになると嬉しいからだよ。僕二人のこと大好きだもの。シンクはシオリが居なきゃ幸せになれないでしょう?」
「それは! 否定……しない、けど」
「シンクが居なくなった時はどうしたのかなって思ってたけど、これからも二人が一緒に居られるようになって本当に良かったって思ってるんだよ」
「そう……それは、アリガトウ」
「んふふ、シンク照れてるー」
「うるっさいなあ!」

 照れ隠しなのかつんつんするシンクが見ていて可愛い。
 笑みを堪えながら、そういえばまだフローリアンにお礼を言ってなかったことを思いだした。

「フローリアン」
「なあにー?」
「私が自分の気持ちを整理できたのもあなたのお陰です。心配をかけてすみませんでした。そしてあの時、私のところに来てくれてありがとう」

 私の言葉にフローリアンは心底嬉しそうににっこり笑った。二人が幸せになれたならいいよ、と心の底から本心だとよく解る声音で答えてくれる。
 どこまでも優しいフローリアンに私もつられて笑い、シンクがどういうことだとフローリアンに尋ねる。
 フローリアンがシンクが居なかった時のことを説明するのを横目に、ふと先ほどの件を思い出してもう一度アッシュを見た。一応確認した方が良いと思ったのだ。

「そういえばアッシュは特務師団に戻る気はありますか?」
「えっ」

 が、私の言葉に反応したのはフローリアンだった。
 アッシュが答える前に勢いよく立ち上がり、食い気味に私に質問してくる。

「アッシュどっか行っちゃうの!?」
「フローリアン、希望を確認してるんですよ。元々アッシュが私の情報部に来たのは彼の修練のため、という意味合いが強かったので」
「でも今は第三小隊で頑張ってるんだからいいじゃん!」
「だからって本人の希望を聞かずに勝手に決めたら駄目でしょう?」
「それは! そう……だけ、ど」

 フローリアンの眉が八の字になる。そして行かないでほしいと縋るようにアッシュを見た。
 見られているアッシュと言えば驚いたように目をぱちくりさせた後、フローリアンの反応を見て何故か動揺している。
 そして奥歯をぐっと噛み締めながら何かを堪えるように俯いた。照れてるのかもしれない。

「アッシュ?」
「それは……その、命令じゃないんだな?」
「ええ。確認です」
「そうか。なら俺は……可能なら、このまま第三小隊にとどまりたい、と思っている。あそこはもう、俺の居場所だ」
「そうですか。解りました。これからも頑張って下さい」
「ああ。努力しよう」
「良かったぁああ。アッシュ居なくなっちゃうかと思ったあぁあ」

 ぽすん、とソファに腰を落としたフローリアンが胸を撫でおろしていた。
 その姿に苦笑しながらフローリアンが居ないところで聞くべきだったかと今更ながら後悔する。

「フローリアンはアッシュが大好きなんですね」
「うん! シンクとシオリと同じくらい、アッシュのことも大好きだよ!」

 フローリアンの純度百パーセントの好意にアッシュがカッと赤くなった。
 これはBにLな展開が来るのだろうか? と思ったがフローリアンの方はどう見てもLOVEじゃなくてLIKEだ。
 アッシュの反応も、単純にストレートな愛情表現に慣れていないというだけだろう。

「は、恥ずかしくないのかお前は!」
「どうして? 好きなものを好きっていうのに恥ずかしいも何もないよ」
「良かったじゃないか、燃えカス」
「うるせえ屑が! その名前で俺を呼ぶな!」

 久しぶりに聞いたな、アッシュの屑発言。紅茶を飲みながらぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた緑二つと赤に頬を緩める。
 以前のアッシュなら想像もつかなかったが、彼も彼できちんと自分の居場所を作りあげ、それを維持したいと願っている。それが喜ばしい。
 アッシュの言葉ではないが、収まるところに収まったような気がする。

 この平和な日常を続けるためにも、まだまだやることは多い。
 そのために頑張ろうと思える、幸せな午後だった。



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 シンク熱が再発し、云年越しに更新を再開してようやく翻弄編を終えることが出来ました。
 お帰りなさいと言ってくれた方、更新を喜んでくれた方、ありがとうございます。
 ようやくシンクと論師がくっつきました。長かったなぁ。
 それでもまだ原作時間に突入していない。プロット読み返しましたが、長すぎんか????

 元々翻弄編は短く終えるつもりでしたので、一旦ここで切りです。
 後は番外編を追加して次の章に入りたいと思います。次は一気に時間が飛ぶ予定です。
 論師の行く末をこれからも見守ってくれると嬉しいです。

 2025.09.04

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