論師守護役長とのつつがない日常


 ※シンク視点

 カツカツという規則正しいロウヒールの音にふと顔を上げる。
 見れば論師守護役長が裾を翻してこちらへ歩み寄ってくるところだった。

「シンク。お疲れ様」
「お疲れ」

 守護役の衣装をまとっていることから、守護役長の声掛けは随分と気安い。
 師団服を着ている時は慇懃な態度を取られるが、こうして気軽に声をかけられる方が良いと思う程度には彼との付き合いも長くなっていた。

 守護役長はシオリに守護役を付けることが決まって以来、ずっとその仕事を全うしてくれている。
 真面目で思慮深くもその実力は確かで、僕が居ない時でも安心してシオリの警護を任せられる人間の一人だ。
 筆記試験でも高得点をたたき出していたこともあって事務仕事だって問題なく任せられる。

 何より守護役長は平穏と完璧を好む。計算しつくされた警備シフトやシオリへの配慮は一部の人間からは行き過ぎではないかと言われるほど。
 実際守護役長は預言に詠まれたのだから問題ないだろうと高をくくって努力を怠る人間を唾棄している。
 しかしシオリ自身がサービスでも仕事でもとにかく徹底的にやるタイプだから、守護役長とは実に相性が良い。
 守護役長も自分が満足する以上の成果を求めるシオリを尊敬している。色んな意味で信頼できる人間と言えるだろう。

「論師の警護は?」
「つつがなく」
「そう。引き継ぐことは?」
「特にないよ。いつも通りシオリ様は籠りっぱなしだったからね」
「ちょっとは外に引っ張り出すか……」
「警護という面ではやりやすいけど、仕事漬けで心配なのは同感だ」

 苦笑する守護役長に僕も腕を組んでため息をつく。基本的に室内警護を引き受けるのは僕だけだ。
 シオリ自身元々庶民というのもあって、守護役が常に同室しているのは息が詰まるだろうという守護役長の配慮だった。
 勿論中で倒れたりしたらすぐわかるよう仕掛けはしてあるし、侵入者への対策は行き過ぎる程している。
 こっちの方面に関してはどうもシオリは暢気というか、こちらに丸投げなので守護役長と何度も頭を捻っている。

「もうすぐデザイナーが来る筈だから、その前に少しは運動を薦めるとかどう? シオリ様も女性なんだから、ウエストラインとか気にするでしょ」
「逆効果だろうね。前にもっと肉付けろって言われてたから」
「確かに細い方ではあるけど……そこまでかあ。シンプルにもっと日光に当たった方が良いって言った方がいいかな?」
「いざという時のために筋力付けろっていう方が聞くよ、多分」
「いざってときはシンクが抱えて運ぶんじゃないのかい?」
「確かにその方が早いか。まあ僕達が言えば散歩くらい出るでしょ。信者に囲まれるのは嫌がるだろうから、ルートを考えておかないと」

 僕の言葉に守護役長は苦笑だけを返してくる。けれどこう言っておけば人に会わない、日当たりのいい場所を探してくれるだろう。
 他にも二、三確認事項を挟んだ後、仕事を引き継ごうとしたらいつもと違うことを言われた。

「シンクが仕事終わったら、ちょっとご飯でも食べに行かない?」
「……君がそんなこと言うなんて珍しいじゃないか。なんで食事?」
「少し話したくてさ。成人してたならいっぱい飲みに行こうって言えるんだけど、僕等の年齢じゃ無理だろ? 真面目な話や人に聞かれたくない話ってわけでもないから、なんなら仕事終わったら食べ歩きでもしようよ。面白いもの見つけたらシオリ様も興味持ってくれるかもだし」
「まあ……いいけど」
「良かった。じゃあシンクが上がるころに迎えに来るから」

 そう言って引継ぎを終えた守護役長が去っていく。ロウヒールの音が遠ざかっていくのを聞きながら、一体何の話をされるのだろうと思った。
 守護役長は何も言わなかった。僕がアリエッタに捕らえられた時も。帰ってきた時も。守護役に復帰した時も。
 ただいつも通りにつつがなく、僕の居場所を返したのだ。彼が守ってくれていた場所を。
 僕達が一緒に居るのを見られるのが嬉しいと言って、何も聞かずにこうして以前の関係を維持してくれている。

 そんな守護役長が話したい事、なんて。一体何だろうか。今更責められる、なんてことはないと思うけど……。
 ふるりと頭を一つ振って気持ちを切り替える。僕の感情より今は警備が先だ。
 踵を返し、シオリの元へ向かう。書類仕事だって手伝うのだから、頭を切り替えなければ。

 そうして守護役の仕事を終えた後、守護役長は宣言通り仕事終わりの僕を迎えに来た。いつもならさっさと私室に帰るところだが、僕も私服に着替えて市街地へと出る。
 いつもの仮面は目立つからと髪型を崩して目元を覆うだけの面布を付ける。神託の盾でもたまに使われるものだから、いつもの仮面ほどは目立たないだろう。

「お待たせ」
「お疲れ。問題なかった?」
「いつも通りさ。一応散歩は誘っておいた」
「それは何より。いっそのことデートってことにすればいいよ」
「……前にリグレットに言われたんだよね。どんなことでも初めては大事にしろって。初めてのことって何でも記憶に残るから、何かあったら後々ねちねち言われることになるってさ」
「……なるほど。大人の意見だ。確かに。そう言われると仕事の一環でデートに誘うのはちょっとマズそう」

 納得した守護役長に軽く肩を竦めてから大通りへ向かう。目指すのは巡礼者や一人暮らしをしている神託の盾向けの屋台が出ている一角だ。
 教団の認可を得て店を構えている屋台は安価で外れがないし、そうでない店は博打だが当たるとうまい。
 その中にシオリが趣味で出してる喫茶『萌黄』の出張店、『新芽』を見つけて二人でそちらへ向かう。見ればドリンクとガレットを出しているようだった。
 ひとまず腹ごしらえだとじゃがいもとベーコンのガレットを頼めば、守護役長もじゃがいもとチーズのガレットを頼む。
 出されたガレットの出来立ての熱さに気を付けつつ、歯を立てればほくほくとしたじゃがいもと脂の滴るベーコンが良くあっていた。胡椒が効いているのも好みだ。

「シオリ様って美味しいもの好きだよね。僕食堂を改善してくれたことに一等感謝してるもの」
「元の世界でも出身国が食にうるさい国だったんだってさ。わざわざライスを炊くためだけの音機関が各家庭にあったらしい」
「贅沢だなあ。まあそのお陰でこうして恩恵にあずかれてる訳だから良いけどさ」
「違いない」

 むにょん、と伸びるチーズと格闘している守護役長と食べ歩きに勤しむ。ガレットをぺろりと平らげた後はポークの串焼きを頼み、続けてほうれん草のキッシュを腹に収めた。
 その後に買ったクロックムッシュは外れだった。口直しにあん包みを食べて甘さを楽しんだ後、ブルスケッタを摘まんで一区切りだ。腹八分目にも満たないが、ひとまず空腹は紛れた。
 その間もたわいのない話ばかりで、守護役長が何を話すために僕を誘ったのかさっぱりだった。

「ひとまずお腹に物も入れたし、ドリンクでも買ってどこかで腰を下ろそうか」

 だからそう言われた時、やっとか、と思った。
 まだそれほど暑くないために互いにホットドリンクを買い、ベンチでも探そうかと思ったが面倒くさいので上を指差す。
 守護役長は僕の指を見て苦笑した後、それでも咎めることなく二人で一本通りを外れ、人目がなくなったところで壁を蹴って民家の屋根に腰を下ろした。

「それで、話ってなにさ」
「性急だね」
「守護役長から誘って来たんだろ」
「それはそうだけど、今は仕事中じゃないんだからその呼び方やめない?」
「ハァ?」
「それとも僕の名前、覚えてない?」
「……それで、エヴァン。話って?」
「はは、流石に覚えてたか」

 からりと笑った守護役長……エヴァンはどうぐ袋を漁ると、掌に乗る程度の小箱を僕に差し出してきた。
 反射的に受け取ってしまったが、一体なんだろうか。仕事ではない、とは言っていたけれども。

「何これ」
「何って、お祝い」
「オイワイ?」
「シオリ様と堂々と恋人と名乗れるようになったことへの」
「な……にさ、急に。何で」
「友達に喜ばしいことがあったんだから、お祝いくらいするさ。まあただの茶葉だけど、シオリ様も好きでしょ、紅茶。珈琲豆と迷ったけど、茶葉のがもちが良いからさ」

 その言葉になんと返していいか解らなくなった。
 わざわざ祝われることも想定外だし、それに。

「……トモダチ? 僕と、君が?」
「そうだよ。いや、ちょっと待って、まさか友達だと思ってたの僕だけ? 嘘でしょ? 酷い、結構な付き合いになるのに!」
「いや、だって……素顔も知らないのに?」
「関係ないだろ。僕は例え姿が見えなくてもシンクの声だけで即座に反応できる自信があるよ? それともシンクは僕の声だけじゃ反応できない?」
「出来るに決まってる」
「でしょ? そりゃただの同僚だって言われればそうだろうけど、君とはそれなりに親しくしてきたつもりだったんだけど」

 酷いじゃないか、と言いながらエヴァンは屋根の上に寝転んだ。
 その反応にどうしていいか解らなくなる。だって本当にただの同僚としか思ってなかったのだ。
 そりゃシオリは僕と守護役長の仲が良いことに喜んではいたが、それだけだと思っていた。他の同僚より、少し距離が近いだけだと。
 果たしてそれはトモダチというのか、僕の短い人生経験では判断がつかない。

「……トモダチの基準なんて知らないよ」

 だからそう零せば、エヴァンは身体を起こしてまじまじと僕を見てくる。
 その視線に口を引き結べば、何故かエヴァンは呆れたようにため息をついた。

「ねえ、シンクって産まれた時から軍人になるように育てられたんだって噂で聞いたけど、本当?」
「……まあ、間違ってないよ」
「それじゃあ友達の作り方も知らなくて当然か。まったく、その様子だとシンクが今みたいに情緒が育ったのもシオリ様のお陰なんだろうなぁ」
「うるさいなぁ」
「少なくとも僕は友達だと思ってたよ。ただの同僚より互いを知っていて、戦う時は背中を任せられて、いざという時は後を任せられる程度には信用してる。これって友達ってことでしょ?」
「……そう、なんだ」
「そうだよ。僕にとってはね。顔を知ってるそこいらの雑魚よりも、顔を知らないシンクの方が信用できる。ほら、友達だ」

 エヴァンはそう言ってカップに口を付けた。僕も同じように口をつければ、ホットで買った筈のドリンクは既にぬるくなりつつあった。
 それを二、三度嚥下して、どうやらエヴァンにとって自分は友達だったらしい、という事実を呑み込む。
 確かにそこら辺の一般兵よりもエヴァンの方が信用できるし、いざという時は背中を任せられる。他人より親しい、という意味ではトモダチという呼称は間違っていないのかもしれない。
 渡された小箱を見る。つまりこれはトモダチからの好意という奴なのだろう。

「じゃあ……アリガトウ」
「はは、どういたしまして」
「お返しとか、何も持ってないけど」
「別にいいよ、僕が好きでしたことだから。あ、でも」

 エヴァンはそこで言葉を切った。
 そしてきょろきょろと周囲を見渡して人目がないことを再度確認すると、僕の耳元に口を寄せてくる。内緒話かと僕も耳を寄せてやる。

「シオリ様といちゃつく時は執務室じゃなくて私室まで行ってからするようにしなよ? その、キスしたり……え、えっちなこと、したりする時、とか」
「ばっっっかじゃないの!?!?」

 反射的に大声が出ていた。思わず飲み物をひっくり返しそうになった。殴ってやろうとしたがひらりと避けられる。
 頬が熱い。何ならエヴァンの頬も赤い。そんな顔するくらいなら言わなきゃいいのだ。

「大事でしょ! 特にシオリ様は体力ないんだから、翌日のスケジュールにも影響が出るかもしれないじゃないか! あ、ああいうのって、女性の方が負担が大きいって聞くし……あ、もしかしてもうシてる?」
「ばっ! そ、そんなことしてなっ、してるわけないだろ!」
「そっか、いつも鍵かけてるからてっきり」
「それは僕が仮面を外してるからだよ!!」
「なんだ、それだけなのか。まあ僕が言いたいのは、サポートならするからってこと」
「はぁああーーーー……」

 特大のため息が漏れた。頭を抱える僕にエヴァンがケラケラと笑う。
 トモダチってこういうもんなのか。知らないが、こんな下世話な話を持ち掛けてくるのがトモダチなら要らない。

「とんだトモダチだね、まったく」
「友達想いのいい奴って言ってよ」

 ぬるくなったドリンクを一気に飲みほし、カップを空にする。
 後で返しに行けば五ガルド返してもらえるのだが、一気に面倒くさくなってしまった。

「例えシオリとそんなことになっても絶対君には言わないから」
「友達がいのない奴だなあ。でも真面目に体力差は考えた方が良いと思うよ。鍛えたシンクと散歩にも出ないシオリ様じゃ体力差がありすぎる。初めては歯止めが効かなくなるっていうし、スケジュール調整効く日にした方が良い」
「ご丁寧にドーモ。そんな日が来るかは解らないけど……考慮はしとく」

 適当に相槌を打てばエヴァンもカップを煽って中身を空にした。
 立ち上がる彼に話も終わりのようだと自分も立ち上がる。

「また仕事終わりに買い食いに来ない?」
「あのクロックムッシュは二度と食べないからね」
「それは同感」
「あと僕が師団服着ててもいちいち言葉切り替えなくていいよ。面倒だろ?」
「そこは友達だろ、くらい言ってよね」

 二人で屋根の端まで歩きながらそんな話をする。
 普通に歩く速度でそのまま屋根から飛び降りて、僕達の買い食いは終わった。



 数日後、いつものように第五師団の仕事の合間にシオリのところに顔を出す。
 すると何やら他の守護役数名と話している守護役長がいて、団服を着たまま声をかける。

「守護役長」
「ああ、シンク。顔出しに来たの? お疲れ様」
「お疲れ。事務仕事が溜まる頃合いだからね。室内警護、何か引き継ぐことある?」
「特には。ああ、でもシオリ様が市街地の屋台に興味を持ってるらしいよ」
「クロックムッシュは最悪だって伝えておく」
「よろしく」

 ひらりと互いに手を上げてシオリの元へ向かう。
 僕のトモダチは今日も扉の外で僕のサポートをしてくれている。





論師守護役長とのつつがない日常





 長くなっちゃった。
 特に見た目とかは決めてないんですが、結構お気に入りのキャラです。論師守護役長。
 同僚である以上それなりに交流はあるでしょうし、シンクとは時折買い食い行ったりしてればいいなって思って書きました。


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