13


現在、執務室にはレインがいる。
何を隠そう、私の講義を受けている真っ最中なのだ。

私との交流にも大分慣れたらしく、初めて会ったときの様な怯えた様子はない。
今ではソファで隣同士に座っても、肩が触れることがあっても何も気にしない。

「導師とは"惑星預言"を詠めるもの。
現代の始祖ユリアの代弁者でもあり、教団の最高指導者でもあり、象徴でもあります。
しかし導師が力を振りかざす場合数多の手続きを踏まなければいけません。
単独での権限の行使は許されていない。何故だと思いますか?」

「え、と……教団は飽くまでも宗教自治区だから、ですか?」

「確かに導師は独裁者ではなく、飽くまでも自治区の代表であるという証拠でもありますからそういった側面もあるでしょう。
しかし一番の理由は違います」

「うーん」

私の質問に腕を組んで考え込むレインは非常に真面目で可愛らしい。
どこか歪んだ元祖導師イオンや、最近変な独占欲を見せつつあるシンクとは大違いである。

結局レプリカとは、器を似せるだけの技術でしかないのだろう。
彼等を見るたびに、そう思う。
彼らの魂は決して同一ではない。
私はそれを再確認しつつ、唸りながら頭を回転させるレインにくすりと笑った。

「ヒントをあげましょう。
導師となる条件はなんでしたか?」

「惑星預言を詠む力を持つ者です」

「そうです。そして導師は最高位の預言士としての階位でもあります。
ではそれを踏まえて考えてみてください」

「惑星預言、預言、預言……確か教団の自治を行っているのは詠師達で、守護を務めるのが騎士団、ですよね?」

「そうです」

「導師は飽くまでも預言士……けど教団を導いてるのは導師で、最高指導者も導師……あ!」

何かを思いついたらしいレインが目を丸くしてぱん、と両手を打つ。
その仕草がいちいち可愛らしいと思ってしまうのは私だけだろうか。

「導師は飽くまでも預言で導くものであり、教団や騎士団に干渉する導師勅命はその頂点である詠師達に認可を得る必要がある、ってことですか!?」

「90点です。でも良くできましたね」

レインの頭を撫でてやれば、えへへ、と頬を緩ませる。
その様子に私の頬も釣られて緩み、唇が弧を描いた。

「残りの10点はなんですか?」

「導師勅命とは、飽くまでも詠師達が決めたことを導師が発令するんです。
勿論導師自身が勅命を出したいと希望することもできますが、詠師達の賛成が必要です。

つまり導師勅命とは教団の総意であり、導師の意思ではありません。
ただ導師が教団の象徴であるがために、導師が発令しているんです」

「干渉ではなく導師は代表として伝えてるだけ、ってことですね。なんか不思議です」

「そうです。最終的な判断をするのは導師ではなく教団を動かしている詠師です。
そして導師が力を振りかざすと言うことは教団の力を使うということ。
教団を動かしている人間の総意がいる、というのは決しておかしなことではありません」

「では導師は何もできないのでは?」

「そんなことはありません。例えば預言についての見解に対する演説、各国との距離の取り方などは導師に任されているといっても過言ではありません。
代表であると言うことは、世間や国の上層部に触れるのは導師であるということであり、あらゆる意味で教団の指針となる存在です。
最高指導者であるというのはそういう意味もあります」

「成る程……では、詠師とはマルクトの元老院やキムラスカの貴族院と似たようなもの、ということですか?」

「その通りです。違いはいくつかありますが、おおむねあっています」

首肯しながら答えると、レインは私に教えられたことをノートに纏めていく。
書いて覚えろと言うのが私の講義の一つでもある。
レインは言われたとおりに自分なりにまとめ、きちんと復習をしているらしい。
たまに復習した際に覚えた疑問を次の講義で聞いてくることもある。

「では、導師についてのまとめを」

「はい。
導師と惑星預言を詠める最高位の預言士であり、教団の最高指導者であり、象徴でもある。
その力を行使すると言うことは教団の力を行使すると言うことと同意義であるため、詠師達の承認が必要となる。

騎士団は教団、ひいてはダアトを護るために存在するため、導師が動かすことはできない。
ただし導師守護役部隊は別である。

導師の仕事は人々を預言で導くことで、教団の代表として各国と接することもある。
そのため導師にはそれ相応の知識と礼節が求められる」

「はい。良くできました。充分に纏められているようですね。
では今日はここで終わりにしましょう」

簡潔に纏められた内容に満足そうに頷けば、褒められたレインは照れたように笑った。
レインは感情がストレートに出るのでとても可愛い。
あぁ、コレ何度目の感想だ。

「あ!でも僕一個質問が」

「なんですか?」

「導師の仕事はわかりました。では、論師はなんですか?
最近になってできたのに、導師とほぼ同じ権力があるんでしょう?」

「良い質問です。導師が人々を『導く者』であるのならば、論師は教団の人々を『諭す者』です。
導師は教団員や教徒達、ひいては騎士団員達を導きますが、論師が諭すのは教団員や騎士団員のみです。
解りますか?」

「えっと、導師は人々を導きますが、論師は教団を導くってことですか?」

「そうです。論師は教団の存続と勢力拡大、つまり繁栄のためにある職、ということですね。
多くの金銭や人員を動かすこともありますから、詠師会からの承認を得るのは導師よりも厳しい時もあるんですよ」

「……シオリって実は凄い人なんですか?」

「導師よりは下ですよ。ほぼ同等とは言われていますけどね」

まぁつまり上は導師しかいないってことなんだけどね。
それは口にすることはなく、実際地位はあっても認知度や信頼、発言権などはまだまだ低いと言うことも説明して今度こそ講義は終わる。

レインが論師についてノートに纏めている間に紅茶を淹れ、一息ついたレインにカップを渡す。
鼻腔を擽る紅茶の香りにレインの頬が再度緩んだ。

「今日もありがとう御座いました。とても有意義な時間でした」

「それは良かった。私の教え方では解りづらいのではといつも心配していたので」

「そんな事ないです!シオリの話は解りやすいですよ。解らなくても根気良く教えてくれるじゃないですか」

「教える側として当然のことでしょう?」

「でも……モースは経典を渡して読めというだけだったので」

あの豚、んな教育しかしてなかったんかい!!
内心モースをののしりながらしゅんとするレインの頭を撫でてやる。

現在導師は病床に臥せっていると言うことになっているが、それも長くはもたない。
レインが導師の影武者として立つ日は近いのだ、モースの杜撰な教育をののしりたくもなる。

それでもまぁレインが知識欲旺盛なお陰で教育も結構なスピードで進んでいた。
このままならもう少ししたらダアト内で導師として出しても問題はないだろう。
なのでそれをレインに伝えることにした。

「これなら近いうちに導師として教団に顔を出せそうですね」

「ホントですか!?」

「えぇ。といっても大詠師が新しい守護役をつけると言っていましたし、導師としての仕事もありますから自由に動き回れるわけではありませんが」

「それでも良いです!僕、町を見てみたいんです!」

「影武者だとばれないよう充分気をつけてくださいね」

興奮気味のレインに苦笑しながら言うものの、果たしてどこまでできるだろうか?
モースが置く守護役は恐らくアニス・タトリンだろうから、好奇心旺盛な0歳児を止めるのは不可能に近いだろう。
そもそも士官学校を卒業したばかり(しかも能力は平凡)の少女を守護役に付けること自体異例なのだ、こちらとしても能力を求めるつもりはサラサラない。

イオンとアリエッタの協力を仰ぎ、レインには影の守護役を付けることが決定している。
もしアニスがレインを護りきれなかったとしても何とかなるはずだ。
頭のなかでそう判断して、もう一度レインの頭を撫でる。

「町に出る前に、一度ピクニックにも行きたいですね。アリエッタが居れば危険に見舞われることも減るでしょうし」

「ピクニックって……外でご飯を食べる奴ですか?」

「そうです。お弁当を持って、シンクも巻き込んで」

その様子を脳裏に描けば、ぶすくされながらもお弁当を食べるシンクがすぐさま浮かび上がった。
くすくすと笑う私に対し、レインはそれはもう目を輝かせている。

「いつか行きましょうね」

「はい!」

元気の良い返事にもう一度おまけといわんばかりに頭を撫でてから時計を見る。
そろそろ仕事に戻らなければ今日もまともに睡眠時間が取れないだろう。
なのでそれを伝えようとした時、コンコンとノックの音が室内に響いた。

レインの身体がびくりとはねる。
レインの存在は大詠師とヴァン、詠師トリトハイムと導師イオン、そして私やシンク、レプリカ研究に携わった研究員などしか知らない。
此処に居ることがばれたら問題になることを、レインは良く解っていた。

「どちら様ですか?」

なので私もすぐに入室の許可を出さず、目だけでレインに奥にある私の私室へ行くように言う。
すると、ドアの向こうから聞こえてきたのは聞きなれた声だった。

「論師守護役部隊特別顧問、シンク謡士です」

「あぁ、シンクでしたか。入って良いですよ」

動こうとしていたレインを止め、入室の許可を出した。
レインもレインで来訪者が自分の兄弟だと知り、あからさまにホッとしている。
そのまま入室してきたシンクだったが、ドアを締めてきっちりと鍵を掛けた途端、先程まであった堅苦しい雰囲気が一気に霧散した。
仮面をつけていてもこういうところは本当に解りやすいと見るたびに思う。

「何?教育中だった?」

「えぇ。それよりどうしたんです?今日は護衛の任はなかった筈ですが」

私が頭の中でスケジュールを確認しながら言えば、シンクは大げさに肩をすくめた。
口が真一文字に引き結ばれているのはレインが居るからか、私が敬語を崩さないからか。
多分両方だろう。

「今は休憩時間。ちょっと顔出しに来たんだよ。また机で突っ伏して寝てないか確認もかねて」

「え!?シオリってベッドで寝ないんですか!?」

「…………こういうの天然っていうんだっけ?」

「そうですね……」

驚いた顔で言うレインに対し、シンクは間を置いてから私に問いかけてきた。
こういった天然っぷりを発揮する人種は騎士団には居ないらしく、どう反応して良いか解らなかったらしい。
しかしレインの場合はどう考えても天然なので、私も苦笑いを浮かべながら肯定しておく。

「疲れてベッドに行かないまま机で寝てしまうときがあるんです。そうするとシンクが運んでくれるんですよ」

「あ、そうだったんですか」

ついでにレインに補足すれば、レインは成る程と言わんばかりに納得した。
流石の私も連日机の上は辛い。できれば毎日ベッドで寝たいのだ。
ただ12歳と言うのは体力はあっても夜更かしができず、長時間の睡眠を取らないとすぐに眠気に負けてしまう。
こういったところは大人の方がまだ無理が効くのだが、どうしようもないので結局机で寝るはめになっている。

「机をベッド代わりにする奴なんて居るわけないだろ」

シンクのツッコミを聞きながら、私はもう一度苦笑を漏らすのだった。


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