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「金を稼がなきゃいけないのは解ってるけど、だからってどんどんタスクを積み上げていくんじゃないよ。君が自分のキャパシティを理解していないとは言わないさ。でもたまにしか散歩に行かないほど仕事漬けになってどうすんの? もう少し余暇を楽しむってことが出来ないわけ?」

 シンクからのお説教を右から左に聞き流す。
 ND2018まであと三か月、地球感覚で言うならあと半年ほどの時間しかないということで、少し焦っている自覚はあった。
 仕事は安定していると思っている。寄進が減るにつれて今論師が教団から離れられるとまずいと、法衣も新調されたほどだ。
 前の法衣も悪くなかったんだけど、教団独自で使われている紋様が欠片もなかったからね。
 あれは詠師達なりの一種の嫌がらせ──あるいは正式な教団員とお前は違うんだぞという威嚇──だったと思うんだけど、それも紋様入りのものにと勧められたのだ。
 解りやすくも下手くそなご機嫌取りに嘲笑が漏れそうになるのを必死にこらえたものである。

「ちょっと、聞いてる?」
「ごめん、聞いてなかった。なんだって?」
「無理矢理寝込ませてやろうか? そうしたら嫌でも休むことになるよね?」
「適宜休憩を挟みますので何卒ご容赦願いたく……」

 苛立ちを含んだシンクの声に流石にまずいと思ってホールドアップ。仕方ない。休憩しよう。
 筆記用具を片付けて立ち上がれば腕を組んだシンクにため息をつかれた。自分が言わずとも休憩を取れと視線だけで言われる。
 キッチンに向かえばシンクもついてくる。ふと振り返れば、シンクの顔を見るのに見上げなければならないことに気付いた。

「そういえばシンクも背が伸びたよね」
「まだ伸ばすよ」

 ふふん、と自慢げに言われるが、身長って自分の意思で伸ばせるもんだっけか?
 前回の健康診断では百六十二センチだったらしい。イオンと一センチ差だったと言う顔は少し苦いものだったので、多分イオンの方が一センチ高かったんだろう。

「シンクの方が筋肉がついているから、伸びるのが遅いのかもね」
「ディストも同じこと言ってたよ。まあ男は二十歳前後まで伸びるらしいから、それまでに追い越してやる」

 レプリカなんだから最終的には一緒なのでは……。
 その言葉をごくんと呑み込んで、一緒に珈琲を淹れる。
 適当にお菓子も持って接客用として用意してあるソファに二人して腰を下ろした。

「正味な話、今頑張らないと後悔しそうでさ。そう思うとついつい詰め込んじゃうんだよね」
「だからって君の寿命を削るような仕事ぶりを見ているこっちの身にもなってよ。どれだけ心配してると思ってるのさ」
「そんなに?」
「ずっと机に噛り付いてるじゃないか」

 そう言われても論師として就任したころから私の仕事に対するスタイルは変わってない。
 決めた目標値まで到達するまで仕事をやめずに睡眠時間を削ることがあるのも、集中力が切れるまで書類仕事に没頭するのも昔からだ。

「昔からじゃん?」
「そうだね。昔からずっと机に噛り付いてるせいで仕事の速度は上がったし精度も良い。昔に比べればずっとね」
「良いことでは?」
「そうだね。その分一時間当たりに捌ける書類の量も増えた」
「やっぱ良いことじゃん」
「そうだね。そしてそうやって出来た余暇を休憩に回せって言っても聞かずに新しい仕事を詰め込むんだよ、君は」
「はい」
「はいじゃなくて」
「でもさあ」
「でももだってもない。で、カードがなんだって?」
「そうそう、トレーディングカードゲームを作ろうと思ってね」
「そうやって思いついたことをポンポン仕事に昇華するなって言ってるんだよこっちは!」
「はい、スミマセンデシタ……」

 カップをテーブルに叩きつけながら怒られて反射的に謝るが、なんか騙された気分だ。シンクから話題を振って来たのに。
 むっつりしながら珈琲を啜る。するともう一度ため息をつかれ、持っていたカップを取り上げられた。なんで。

「頼むから、もう少し自分を大切にしてよ」
「……いざという時、私は前線に出られない。有事の際に動くのはシンク達だ。それならそれまでに出来ることを私はしたい。余すことなく、全て」
「君がそういう人間だって解ってる。でも背後を気にしながら戦うほうが、僕は怖い」
「う……っ」

 ぎゅう、と抱きしめられながら言われた台詞に反論の言葉をなくした。
 戦いに出てもちゃんと私が休憩を取っているか不安になって気もそぞろになると言われてしまうと何も返せない。
 そのせいでシンクが怪我をしてしまえば私は後悔してもしきれないだろう。

「ごめん、わかった。もう少し仕事量減らすよ」
「本当?」
「本当。最低でも三時間に一回は三十分休憩を挟む。これでどう?」
「それとは別に食事の時間を取る」
「……休憩中に食べちゃえば一緒じゃない?」
「一緒じゃない」

 肩を掴まれ、むすっとした顔で顔を覗き込まれて、私は渋々それに頷いた。
 同時に一日二回は散歩に出ることと、睡眠時間を削らないことも約束させられる。シンクは私のお母さんか何かなの??

「約束だからね」

 その言葉と共にちゅうとキスをされて、また身体に腕が絡みついてきた。優しくソファに押し倒され、角度を変えて何度も唇を押し付けられる。
 時折漏れる吐息さえシンクの唇に吸い取られながら繰り返される口づけにうっとりとする。
 付き合いたての頃はキス一つするだけで顔を真っ赤にしていたのに、今じゃすっかりシンクの方がキスを気に入ってしまったらしい。

「ぁ、ん……っ」

 私もまたシンクの背中に腕を回してしがみつく。思えばこの背中も以前に比べて広くなった気がする。
 腕は力強く、そして背も高くなった。毎日顔を見ているので解りづらいが、流石は成長期。男子三日会わざれば刮目して見よと言うが、シンクも日々努力しているということだろう。

 ジャケットの前が開かれ、胸元が露わになる。シンクはそこに顔を埋めてぢゅうと音を立てて吸いついてくる。
 その微かな痛みに跳ねる身体を抱きしめながら、服で隠れるところにいくつもキスマークを付けていく。
 歯型を付ける代わりに始まった習慣だが、何度体験しても恥ずかしい。けれどシンクは私の肌についた後を見て満足げに目を細め、ぺろりとそこを舐める。
 その表情を見るだけで許してしまえるのだから、惚れた方が負けというのは本当のことだと思う。

「ねえ」
「なあに?」
「君と一つになりたい、って言ったら……怒る?」

 頬を赤らめた悩まし気な表情で言われた台詞に、私は一瞬言葉を詰まらせた。
 その言葉の意味が解らない程私は初心ではない。けれどいったいどこでそんな言葉を覚えてきたというのか。

「怒らないけどダメ」
「なんで」
「まだ早い」
「じゃあいつならいいのさ」
「そうだね……ND2018を超えてからかな」
「あと一年もあるじゃん!!」

 ガバリとシンクが身体を起こしながら憤った。
 いや、理由は解る。そういう年頃だし、シンクがいるのは騎士団だ。私の居ないところでそういう猥雑な話だってするのだろう。
 実際騎士団がそういう姉さま方の居るお店に出入りしているのだって知っているし、出先で領収書を切っていることも知っている。シンクには内緒だけど。

「だって……子供出来たら、困る」
「それは! 避妊……は、君じゃ無理か……っ!」
「そう」

 第四音素を用いた簡単な避妊譜術があるらしいが、私にはその譜術は使えない。なにせ血中音素がないのだ。治癒術が通じない私にその譜術が通じる筈がない。
 そうなれば致すことを致せば妊娠、出産は避けられない。地球とオールドラントの時差を考えれば私の身体は今十六歳。出来ないことはないが、時期が悪い。
 この世界に来て若くなっているため、身体の時間の流れもオールドラントに適合していると考えればもうすぐ十四歳。そうだとしたら完全に大人になり切れていない身体での出産の死亡リスクも怖い。

「大切な時期に動けないのはちょっと……」
「解る。君の言いたいことは解るけど……っ!」
「……私だってシンクと出来たらなって、思うよ?」

 頭を抱えるシンクに私も本音を漏らす。
 シンクは頬を赤らめたまま、口をへの字にして私を見た。眉間に皺は寄っているが、それすら可愛いと思ってしまう私は最早末期なのだろう。

「そんなにシたいの?」
「……シオリを僕のものにしたい」
「もう付き合ってるのに?」
「もっと、もっと欲しい。最初はシオリの恋人になれただけでも幸せだったよ。でも今は全然足りない。シオリが全部がほしいんだ。シオリを僕でいっぱいにしたい」

 ストレートな殺し文句に私の頬まで熱くなる。劣情を孕んだ新緑の瞳に何も言えなくなる。
 また唇が重ねられて押し倒される。身体に絡みつく腕は一緒なのに、さっきとは全然違う心地でその唇を受け入れる。
 何度も繰り返されるキスに私もまたシンクにしがみ付く。唇を割り入ろうとする舌を押し返そうとしたが、そのまま甘噛みされて強く吸われればもう拒めない。

「あ……っ、ふ、ぁ……んっ、シンク、だめ、ぁ」
「ん……わかってる」

 名残惜し気にシンクの唇が離れていく。互いの唇を繋ぐ唾液の橋がぷつりとちぎれた。
 舌なめずりをするシンクの顔は完全に男のものだ。まだ心も体も大人になり切れていないのに、それでも溺れるくらいの激情で私を求めてくれている。
 時折その恋情に溺れそうになる時がある。何もかも明け渡して、後先考えずシンクのものになりたい時が。それくらい、素直になったシンクの感情は激しい。

「解ってるから……せめて触りあいっこだけでも、だめ?」
「……お泊りの時だけね?」
「ん」

 だからこうして何とも可愛らしい言葉選びを見せられると、そのギャップにやられそうになる。
 触りあいっこってなんだ、触りあいっこって。本当にどうしてくれようか、この可愛い生き物。
 折衷案が受け入れられて抱き着いてくるシンクをぎゅっと抱きしめながら、私は湧き上がる感情に身もだえたいのを必死にこらえるのだった。





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 しょっぱなからシンクといちゃいちゃ。本編だと健全なお付き合いをしています。
 論師が未成年に手を出すのに気が引けているというのもあります。彼女の精神年齢は二十代半ばなので。

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