91.5
※シンク視点
アクゼリュスにて障気の噴出を確認。
最初がどこかと聞かれたら、恐らくそこだと事情を知る者は口を揃えて言うだろう。
今まで有力者との面会に応えることはあれど基本的に教団の事業拡大に従事していた論師が動き出した。
有事以外は情報収集にのみ使用していた情報部を大幅に動員し、マルクトの知人友人に声をかけて早急にアクゼリュスの住民保護に乗り出したのだ。
マルクト皇帝まで動かして、渋る住民達の避難をさせようとしている。その事実に命令を受けた情報部は目の色を変えた。
情報部は元々論師によって負の預言から救われた人員で構成されている。それは勿論ヴァンの協力あってのことだが、だからこそ彼等はよく知っている。論師が動く時は人命がかかった時だと。
恐らくアクゼリュスの住民には死の預言が詠まれている。それを察した者達は激務に文句を言うことなく動き回る。
アクゼリュスの人口はおおよそ一万人。そう簡単に避難が済む人数ではない。避難先の確保だって難しい。
まだ障気の影響が薄いために避難を渋る者も多いうえ、街道が瓦礫に塞がれて避難先へ大回りすることも強いられる。道中の護衛だって必要だ。
その不利な状況をものともせず、情報部は積極的に働いた。
かくいう僕も救助に駆り出された。主に後方支援に、だが。
論師の一番の側近として有力者たちとも(仮面越しとはいえ)顔合わせをしていたことが大きかった。論師の使いとしてあちこち走り回る。
避難民の受け入れ先の確保に、食糧支援の手配。教団には職業斡旋所もあるが、鉱夫には元罪人という者も多い。治安維持には気を遣う。ヴァンの許可を得て第五師団も動員した。
アリエッタのお友達の協力を受けながら各地を飛び回る。予想していたとはいえ、結構にハードなスケジュールだ。
今日もセントビナーからグランコクマへ飛んだ。
グリフィンに乗っての長距離移動は敵に会う確率はぐっと減るし時間も短縮できるが、長時間の高高度飛行は身体が冷える。
それに流石に魔物に乗って帝都に近づくわけにはいかない。テオルの森の手前でグリフィンから降り、待ち合わせ場所へと向かう。
道中駆け抜ければ心地よい疲労と共に身体が温まった。今日もぐっすり眠れるだろう。
シオリと離れて動き回るようになって以来どうも寝つきが悪い。一旦ダアトに帰って顔を見たい。約束はしたが、また仕事漬けになってないだろうか。不安だった。
けれどその不安を押し殺し、待ち合わせ場所の手前で簡単に身支度を整える。
着ているのは論師守護役の服だ。衣装は一番簡単な身分証明になる。シオリの代理として来ているため、これが一番だと判断した。
「お待たせしました、フリングス将軍」
「いえいえ、まだ約束の時間になってませんからお気になさらず。お久しぶりです、シンク殿。いえ、シンク謡士。お元気そうですね」
「フリングス将軍のご活躍も耳に届いています。壮健なようで何より。論師もお会いできないことを残念がっていました」
「光栄ですね。論師は度々手紙や贈り物を下さるので私としても是非お顔を見てお礼をしたいのですが、機会がないのが残念です」
「その言葉を聞けば論師も喜ぶでしょう。ところでお約束の方は」
「そうですね、立ち話もなんです。既にお待ちですから、こちらへ。馬車を手配してあります」
「お気遣いに感謝します」
度々手紙や贈り物を、ってどういうこと? 僕知らないんだけど?
内心苛立ちを覚えながらも口角を上げて笑顔を作り、フリングス将軍と共に馬車に乗り込む。
道中マルクト内の様子を尋ねて情報収集に勤しんでいたらすぐに目的地へと着いた。どうやらかなりこちらに気を使ってくれていたようだ。
馬車から降り、人目を気にしながらボロの一軒家に足を踏み入れる。見た目はボロいが、中は随分と頑強に作られているようだった。もしかしたら非常時の脱出口になっているのかもしれない。
一応場所は頭に入れておきつつ、フリングス将軍の案内で応接室に通される。ボロ屋に似合わぬ重厚な作りの部屋には、ピオニー・ウパラ・マルクト皇帝が既にソファに腰かけて僕を待っていた。
膝をついて挨拶をしようとしたところで掌を向けて止められる。促されるままに席に着けば、フリングス将軍がピオニー陛下の背後に立った。
「久しぶりだなシンク殿。こんな部屋だ、堅苦しい挨拶はなしにしよう。時間もあまりない。用件を聞こう」
「お気遣いに感謝いたします。この度はアクゼリュスの救援に関してのご助力に対する感謝と共に、論師シオリからピオニー陛下とは連絡を密にせよと命を受けてまいりました」
「情報提供してくれるのか、助かる。アクゼリュスに関しては本来あそこはウチの領土だ。領民は俺の民だ。助けることに否やはない。だが性急すぎないか、という思いもある。今回はそのあたりを教えてくれると思って良いんだな?」
「はい。ND2018にアクゼリュスが崩落すると預言に詠まれております。実現すれば住人は一人残らず死亡するでしょう。かつてのホドのように」
ひゅ、と陛下とフリングス将軍が息を呑んだ。海のような青い瞳が見開かれる。
しかしすぐに険しい顔を向けられた。当然だろう、とも思う。だがこの件に関する情報開示の許可は既に出ているのだ。
「それは秘預言だろう。秘匿されるべきものの筈だ」
「一つ、論師が最も尊ぶのは預言よりも人の意思と命です。二つ、大詠師がキムラスカ側に秘預言を漏らしています。ならばマルクトにも開示しても問題ないと論師は判断しました。三つ、それらを踏まえて論師からあらかじめ許可を取っておいてほしい、と伝言を預かっています」
「続けてくれ」
「障気が噴出した原因に心当たりがあります。各地に存在するセフィロトに教団が管理している創世歴時代からの施設があるのですが、そちらの調査のためにマルクトに神託の盾を入れる許可をいただきたい」
「その施設とは何だ?」
「教団の機密に関わるため、お答えできません」
「調査にこちらの人員を同行させたい、と言ったら?」
「情報開示の許可は出ておりません」
「……結果は報告してくれるんだろうな?」
「報告の場が謁見の間に限定される場合、難しいかと思われます」
「今回のような密かな面会でも構わない」
「論師は陛下の信頼に必ず応えるでしょう」
「……分かった。神託の盾の調査を許可する。書面を用意する。少し待て」
ピオニー陛下がフリングス将軍に手で合図をして、すぐに羊皮紙が用意される。ひとまずこちらの要求が通ったことに顔に出さないよう気を付けながら内心胸を撫でおろす。
ピオニー陛下の性格上通るだろうとはシオリは予測していたが、結構に無茶な要求をしている自覚はあった。実際この伝言を頼まれた時、シオリに正気かと思わず聞いた程度には。
さらさらと書き出された内容を確認する。神託の盾がマルクト内で調査することを許可するというシンプルな文面だが、自衛以外の戦闘は禁止されていたりと必要最低限の縛りはあった。
こちらは想定の範囲内なので問題ないと頷けば、そのまま陛下のサインがされる。これで非公式ながらも正式な許可を得たことになる。
「まったく、論師も無茶ぶりをしてくれる。俺が許可を出さなかったらどうするつもりだったんだ?」
「論師の抱える情報部は神託の盾ではなく、私兵なので」
「勝手にするつもりだったのか! 論師の肝の太さには恐れ入る」
「許可を出して下さって本当に助かりました」
「俺も自分で自分の英断を褒めてるところさ」
羊皮紙が乾くまで時間がある。折角許可をくれたのだ。もう少し情報を開示すべきだろう。
そう判断してソファに背中を投げ出した陛下を見れば、まだ話が終わっていないと察した陛下が此方に視線を寄越した。体を起こす気はないらしい。
まあ聞いてくれるならば問題ないけどさ。
「先ほど大詠師の情報漏洩についてお話しましたが」
「ああ、秘預言をあっちにも漏らしてるんだとか?」
「同時にマルクトの危険性をインゴベルト陛下に説いているそうで」
ピオニー陛下が体を起こした。流石に聞き流すには問題がありすぎたらしい。
「何故、と聞くのは野暮だな。大詠師は預言順守派の筆頭で、インゴベルト六世は熱心な預言信者と聞く」
「流石はピオニー陛下です。良いお耳をお持ちで」
「この程度できずに皇帝が出来るか。下手な世辞は嫌味だと覚えておけ。俺が聞きたいのはその情報源だ。国王に耳打ちしている姿を見れる人間なぞ限られてる。それこそ謁見の間のカーテンから情報収集が出来る譜術でも開発したのならば別だがな」
「確かにインゴベルト陛下は熱心な預言順守派ですが、人は抑えつけられれば反発する生き物です」
「……派閥争いがあるのはどこも同じか」
「また論師は人命救助に大変熱心です」
「恩を売って引き込んだか。まったく、いつから準備していた?」
「論師がその地位を賜った頃より」
「用意周到なことだ。預言のない人間ってのはみんなそうなのか?」
呆れたようにため息をついたピオニー陛下に答えることなく口を噤む。流石にそんなことは知らない。
シオリが用意周到なのはそれだけのシナリオを知っていたからだ。けれどそれを言ってはいけないことくらい馬鹿でも解るだろう。
だが確かにシオリの故郷は彼女みたいな人間ばかりなのだろうか。少なくともそんな話を聞いたことはない。
少しだけ考えて、あえてとぼけた返事をすることにした。
「少なくとも話に聞く限り、食にうるさい国民が揃っていたようですが」
「平和なことだな……」
「人は食事をとらねば生きていけぬのであれば、美味しいものを食べたほうが良いだろうとも仰ってました」
「否定はしないが、そういうことじゃない」
「特に避難生活というのは心身ともに荒むものだから、甘味が少しあるだけで心が安らぐものだとも」
「ああ、それはそうだな。軍部の方に一言言っとくか」
今度こそ完全にあきれ返りながらフリングス将軍に手を振る。フリングス将軍から避難民に甘味を届けるよう伝えられるのだろう。
そこで完全に話を切り上げたピオニー陛下が顎に手を当てて考え込む。
「こちらの方でも何か考えよう。これからも情報提供を頼む。何かあったらアスランに繋ぎを取ってくれ」
「畏まりました」
こちらも胸に手を当てて頭を下げる。
ひとまずピオニー陛下への用件は終わった。だがグランコクマでこなさなければならない仕事は残っている。
……ああ、早くダアトに帰りたい。
「ところでシンク殿、話は変わるが論師とお付き合いを始めたそうじゃないか」
「お話が終わったようなのでこれで失礼します」
「冷たいな! 俺は皇帝だぞ! それも遠距離恋愛には一家言持ちだ! もう少し話していけ!」
ほんと、早く帰りたい。
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