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「余りにも強引過ぎませんか」
苦言を漏らす詠師に私は笑みを深めるにとどめた。
他の詠師達の顔色も様々だ。顔を強張らせている者。青ざめた者。これ以上にないほど顰めている者。
イオンもまた、険しい顔をしている。
パッセージリングの耐用年数の調査、及びそのためのダアト式封咒の解咒と神託の盾騎士団の派遣要請。
詠師会に提出した議題は最初は相手にされなかった。が、私がこの議題が通らないなら一切事業から手を引くと言えば詠師達は黙りこくった。
強引だと言われるが、そもそもの話。
「お忘れのようですが、私は金稼ぎのために教団に来たわけではありません。それは教団と教団に生きる人々を生かすための手段に過ぎない」
「そういえば貴方は秘預言も知っていましたね。だからこそ僕は貴方に論師の地位を与えました」
「ええ、その通りです。導師イオン。そもそもパッセージリングは創世歴時代の遺物です。人の作ったものはいずれ壊れます。それともその機能が永遠であると保証されているのですか?」
「……いえ」
苦々しい顔をした詠師が渋々否定した。
そうだろう、と私は続けて指摘する。
「アクゼリュスでの障気の噴出が先の地震が原因であることはディスト響士を始めとする第二師団の様々な専門家達が口を揃えて肯定しました。ND2018は近づいてきています。ユリアの預言では若者は力を災いとすることで町と共に消滅しますが、そも彼の特異性を考えたとしても果たして人一人の力で町ごと消滅するなど現実的にありえるのでしょうか?」
この疑問に幾人もの詠師が眉根を寄せた。何人かは唸り声まで上げている。
預言に詠まれた聖なる焔の光がローレライと同じ音素振動数を持っていることと、単体での超振動が使用可能であることは詠師達も知っている。
だからこそ彼は超振動を用いて町ごと消滅するのだろう、という予測は詠師達にも共有されたものだ。
だが考えてもみてほしい。万単位の人間が住む街を、たった一人の人間が消滅させることが出来るのか?
元の世界のような核爆弾があれば可能だろう。だがユリアの預言は町を消滅させる方法まで指定している。
「論師シオリ、つまり貴方はこう言いたいのですか? 超振動による町の消滅は、パッセージリングの崩壊によってもたらされるのではないか。それこそ、ホドの時のように」
「そうです。しかしダアト式封咒に守られたパッセージリングが単独の人間が起こした超振動によって崩壊する可能性はどれほどでしょう? 私は専門家ではありませんが、限りなく低いだろうと予測することは容易です。にもかかわらず、私の推測が正しいのであればホド、アクゼリュスと短期間で二つのパッセージリングが消滅していることになります。果たしてこれは偶然でしょうか?」
「つまり、パッセージリング側にも容易に崩壊する理由があったと?」
「はい。パッセージリングは創世歴時代に作成されたもの。もちろん製作日に多少の差異はあるでしょうが、二千年という膨大な年月の前では誤差の範囲内でしょう」
緊張を滲ませた導師イオンの言葉を肯定すれば、詠師達は押し黙った。
イオンが眉間にしわを寄せたまま黙り込む。静寂が一旦その場を満たす。
その静寂を打ち破ったのもまた、イオンだった。
「……“しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれマルクトは領土を失うだろう”」
それはユリアの預言の一説だった。第六譜石に詠まれた、アクゼリュスが崩落した後のこと。
「僕たちはこれをキムラスカによって領土が奪われるのだ、と解釈していました。しかし限界を迎えたパッセージリングが連鎖的に崩壊を起こしたのだとしても、文字通りマルクトは領土を失うことになります。預言は、外れてはいません」
「まさか!」
「ですが、確かに……」
「否定は出来ません。しかし余りにも」
青ざめた詠師達が口々に反論しようとして、しかし出来ずに口ごもる。
全員がまた口を噤んだところで、私はテーブルに手をついて立ち上がった。
「繰り返し要請します。パッセージリングの耐用年数の調査、そのためのダアト式封咒の解咒と神託の盾騎士団の派遣を承認してください」
「賛成します。導師イオンの名の元にダアト式封咒の解咒を行いましょう」
「詠師ヴァン・グランツ、賛成しましょう。無視をするには余りにも問題が大きすぎる」
イオンとヴァンが賛成に回ったことで詠師たちもまたぽつぽつと口を開き始める。いくつか質問を挟みながらも最終的には全員の賛成をもってこの要請は承認された。
大急ぎでスケジュール調整がされ、ことがことなのでヴァンが陣頭指揮をとることが決まる。
それにホッとしたところで、まるで苛立ちをぶつけるように今度は私がアクゼリュスの住民の救助に乗り出していることが議題に出された。
「余りにも大々的に動きすぎではありませんか、論師シオリ。あれではアクゼリュスで何か起こると喧伝しているようなものです」
「人命は何よりも優先されるべきものです。私の意思が通ったということは、アクゼリュスの住民は生き延びると預言にも詠まれていたのでしょう」
「だからといって貴方が私財まで投入して救助活動にあたるなど」
「そうです。もし死の預言が詠まれていた者が生き延びてしまったらどうするおつもりですか」
「どうもしません。そうだとしたら人為的に操作しなければ預言は外れるものだった。それだけの話でしょう」
「それによって未曾有の繁栄が遠ざかってしまったらどうするのかと聞いているのです」
「ルグニカの大地を失ってなお訪れる未曾有の繁栄など切って捨てるべきだと思ってますが」
「論師!!」
「それは教団に所属する者として決して許されない言葉ですぞ!」
憤る詠師達にふんと鼻を鳴らしてやる。
足を組んで尊大な態度を取ってやれば更に詠師達がヒートアップしたが、イオンが黙れと言うように杖で二回床を叩いた。
その音に詠師達が押し黙る。けれど私を睨む詠師達に、イオンが解りやすく苦笑を漏らした。
「論師シオリ、貴方らしくありませんね。貴方はもっと聡明な女性だと思っていましたが」
「パッセージリングの崩壊を示唆してなお自分たちが未曾有の繁栄の恩恵を受けられると思っている詠師達が信じられないだけですよ、導師イオン」
「貴方がそう言い切るからには当然理由があるのでしょう。聞かせてもらえませんか。でなければ詠師達も気がおさまらない」
「簡単なことですよ。ルグニカの大地というオールドラントの食糧庫を失ってなお得られる繁栄を想像してみてください。ええ、敵対国が亡くなればキムラスカは間違いなく栄えるでしょうね。それは未曾有の繁栄というに相応しいものかもしれません。しかしそれはどれだけ時間続くのでしょうか? どれだけの人間がその恩恵を受けられるのでしょうか?」
「……未曾有の繁栄、というのであれば。それこそ長い間、人類は栄えるのではありませんか?」
「『未曾有の』という言葉を言い換えるのであれば『前代未聞の』あたりが妥当でしょうか。私はそれが長く続くものであると思っていません。戦争による病の蔓延は避けられず、食糧庫である大地の消滅、戦争特需と略奪によって経済格差は更に広がり、世界的に治安が悪化することなど簡単に予測できます。国は亡べどマルクトの国民が居なくなるわけでもない。キムラスカを恨む人間は確実に、そして大量に産まれる。確かに未曾有の繁栄をするでしょう。キムラスカの人間はね。導師イオン、少なくとも現在提示されている情報だけでこれだけ推測できるんです。いえ、預言を管理するローレライ教団に所属する者だからこそ、推測できなければならないと私は考えます」
きっぱりと言い切れば詠師達はまた押し黙った。
目まぐるしく顔色を変える詠師達を見て、私はもう一度宣言する
「私はあなた方を預言から解放するためにここに来ました。自分の頭で考え、決めること。預言によってこれができなくなった人間がどれだけ居ることか。民衆がそうなってしまったことを、私は責めるつもりはありません。自分で選び取って欲しいと、声を上げるだけです。けれどここに居る人間は違う。あなた方は預言を管理するローレライ教団の人間です。ならば預言に従ったらどうなるか、そしてそれが齎すものに責任を負う義務がある! だからこそ、私の推測を理解できないとは言わせない! それは預言を成就させんとしてきた二千年の歴史への裏切りだ!」
力強く断言すれば、ヴァンを除いた詠師達は揃って青ざめた。
また無言が流れる。静寂が支配する。誰も彼もが口を噤んでいる。
私はため息をついて席に着くと、黙って見守っていたヴァンが口を開いた。
「論師の仰る通り、例え未曾有の繁栄の外側で凄惨な光景が広がるというのであれば、それは私達教団の責任なのでしょう」
「ヴァン……」
「未曾有の繁栄のためと、私達教団は二千年の間預言を管理し続けた。その結果が如何であれ受け止める義務がある。論師の言葉は全くもって正しい。違いますか、導師イオン」
「ええ、その通りです。もし未曾有の繁栄の外側に苦痛に喘ぐ人々が大量に産まれると言うのであれば、僕達が何とかしなければならないのでしょうね。黙って静観した方が恐ろしいことになりかねない。それどころか教団もその外側に置かれる可能性があるのですから」
「同感です。いずれ訪れる輝かしい未来のために教団は預言を管理してきました。そのために我慢を強いられたものも多いでしょう。なのに未曾有の繁栄が訪れても自分達はその恩恵を受けられないと解れば、その怒りは教団を突きあげるでしょう」
ヴァンの言葉に詠師達の顔は青を通り越して白に変わった。
ようやく私の懸念を芯から理解してもらえたようだとため息が零れる。
だから俯いてしまった詠師達に向かって私は裁定を持ちかける。
「まだ私が動いたことが、間違いだと言いますか」
私の言葉に答える詠師は誰も居なかった。
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