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「派手にぶちまけたね」
「計画通りでしょ」

 詠師会を終えた私はレインやイオンと食事をとっていた。
 シンクを救助活動に駆り出しているため、室内警護は別の守護役の子達がやってくれている。
 それを差し引いてもなるべく一人になることは避けてほしいと言われているため、こうして時間を共有することが増えたのだ。
 レインにも先ほどの詠師会の話を伝えて情報共有した後、私は箸を、イオンとレインはフォークを動かしながらこれからのことについて話し合う。

「けれどこれで詠師達も君の危機感を共有した。レイン、覚悟しておくんだ。これから激動の時代が来るよ。君にも存分に働いてもらうことになる」
「はい。お任せください」
「まずはパッセージリングの確認だ。君が知る限り、限界が来ているのは間違いないんだね?」
「逆に二千年もっていることが私は驚きだけどね。むしろ懸念する人は今まで居なかったの?」
「だぁれも。だってそんなこと預言に詠まれてないからね」
「思考停止にも程がある……」

 呆れながら卵焼きを口に運ぶ。にやにやとチェシャ猫のような笑みを浮かべながら、イオンはタクトのようにフォークを揺らす。

「だからこそ君の言葉は鮮烈だった。思考停止した人間には、君の言葉を否定することが出来ない。そこまで頭が働かないから」
「ですが大詠師派はどうでしょうか。彼等は盲目です。思考停止しているからこそ、シオリを排斥しようとするのでは?」
「言うじゃないか、レイン。どうだろうね……シオリはユリアの預言を否定しているわけじゃない」
「そう。私はユリアの預言の外側の話をしている」
「ただレインの懸念ももっともだ。妄信しているからこそ、自分達が得る筈だった繁栄を否定する君を排斥したがるかもしれない。シンクも居ないんだ。今まで以上に身辺には気を付けるんだよ」
「解ってるよ。だからこうして一緒にご飯食べてるんじゃない」
「何なら夜も一緒に寝る? 僕は大歓迎」
「調子に乗るな。イオンと寝るくらいならレインと寝る」

 両手を広げるイオンにそう言えば巻き込まれたレインが僕ですか!? と声を上げる。そして顎に手を当てて考え始める。
 売り言葉に買い言葉なので真剣に検討しないで貰いたい。

 途中茶番を挟みながらもダアト式封咒の解咒はイオンが行うことや、外殻大地の降下について話していく。
 とにもかくにも、大地を安全に降下させなければ後がない。すべては命あっての物種だ。

 大詠師は預言に詠まれていないことをしようとすると嫌味を言うことはあれ、自分に利益があれば過度に邪魔してくることもない。
 彼がもっとも拘ることは預言を成就させることだ。だから大地の降下も嫌味を垂れ流しつつ、正確な資料さえあれば最終的には承認すると予想している。
 二か国も根回しを間違えなければ了承するだろう。そのためにもザレッホ火山だけでなく、他のセフィロトの状態確認もしたい。
 マルクトの方はシンクに許可を取ってくるよう伝えてあるから、その資料を持っていけばキムラスカも頷かざるをえないだろう。

 一番の問題はアルバート式封咒だ。あれのせいでホドとアクゼリュス以外からの一括操作を禁止してしまっている。
 この辺りは私が知識を披露するよりも正確な文献をどこからか見つけたいのが本音だ。
 ユリア式封咒はヴァンが居れば何とかなるが……以前は、本人は覚悟してるって言ってたからそれならばとその覚悟を受け止めた。
 けれどここまで親しくなるとやっぱり解咒する度に障気に身体を汚染されるのを黙って見過ごすのは良心が痛む。一度ディストに相談してみようか。

 他にもいくつか話をして、食事を終えた私は譜陣を使って自分の部屋へと戻った。
 部屋に帰ってからはディストにユリア式封咒の件で相談の手紙を送り、日課の仕事をさばいていく。
 広げすぎた事業は私の睡眠時間を削る勢いで拡大しているが、シンクとの約束通り休憩時間は確保している。
 まあ室内警護のために何人かの守護役の子を部屋に入れているため、適度なところで休憩を挟まざるをえないというのが本当のところだが。

 それでも事務仕事が出来る守護役の子達が仕事を手伝ってくれるので、何とか回せている。
 今まで手伝ってくれていたシンクよりも遅いのは仕方ない。私がシンク以外に手伝わせなかったのが悪いのだ。
 シンクに仮面を外したまま過ごして欲しくて、シンク以外の子を寄せ付けなかった皺寄せなのだから文句なんて出る筈もない。

 そうして仕事をさばいている内にザレッホ火山にあるパッセージリングの調査の日になり、私は出発するイオン達を見送った。
 足手まといにしかならない私は当然お留守番である。戦う術なんて持っていないし、体質を考えれば星のツボでもあるセフィロトなんて行ったら音素酔いを起こしかねないからだ。
 ザレッホ火山にはユリア式封咒解咒のため、そしてイオンの警護の統括のためにヴァンも同行している。
 私の手紙を受け取ったディストは以前話したドナー技術を応用してヴァンの安全を確保できないか手を打ってくれたと聞いた。
 後は結果を待つのみだ。

 そうしてイオン達を見送り、仕事をさばいている間にも続々と情報は届く。
 シンクからの報告書によれば、無事ピオニー陛下から許可を取れたし、救助活動は順調のようだ。マルクトはよく協力してくれるとのことだった。
 救助される側であるアクゼリュスの住民たちからの反発の方が大きいというのも、まあ仕方ないのだろう。
 障気障害は個人差はあれど数日程度で発症するものではないと聞く。なんの被害も出ていないのに生活の糧を手放せと言っている私が恨まれるのは当然のことだ。
 もうすぐアクゼリュスはなくなりますよと言えない以上、受け止めるしかない。

 そのせいでマルクト内で私の支持が低下しているらしいが、今は堪え時だ。
 もうすぐND2018が来る。恐らくマルクトから何のアクションがなくても、キムラスカは何としてでもルークをアクゼリュスに送ろうとするだろう。
 大詠師派がそれを支持し、ルークが崩落させずとも何かしらの手段を持ってアクゼリュスを消滅させようとすることなど容易く想像できる。
 アルバート式封咒解咒のためにアクゼリュスの消滅は許容できても、ルークの無事だけは確保しなければならない。

「……ふう」

 報告書に目を通し終えて一つ息を吐いたところで、守護役の子に声をかけられて今日の業務を切り上げることにした。
 ちらりとまだ残っている書類を見るものの、それも手早く片付けられてしまう。苦笑を零しつつ、私はペンを置いた。
 守護役の子達に貰い物で悪いけれどと届いたお菓子を分けつつ、手伝ってくれてありがとうと労っておく。
 それから互いの休憩がてら少し雑談をして、シャワーを浴びて寝ると言えば彼等は私に仕事をしないよう釘を刺してから部屋から出ていった。
 そんなに私って信用ないの??

 ちょっと納得いかない気持ちになりながらシャワーを浴びれば、どっと疲れが押し寄せてくる。
 休憩が義務化されたことで一日にこなす仕事の総量自体は減っている筈なのに、こうも疲れるのはやはり慣れない子達を部屋に入れている気疲れだろうか。
 それとも詠師達とやりあっているせいで自覚がないまま気を張っているのだろうか。
 髪を乾かすのもそこそこにベッドに倒れこめば、自然とため息が漏れた。

 もうこのまま寝てしまおうかな。シンクが居たらちゃんと髪を乾かせと怒られるところだが、シンクは今マルクトだ。私室に入ってくる人間はいない。
 うつらうつらしかけたところで響くノックの音。こんな時間に誰だ。もう休むって言ったのに。緊急事態でも起きたか?
 渋々起き上がって誰ですかと声をかければ、ここに居ない筈の人の声がドア越しに聞こえてきた。

「僕だよ」
「シンク!?」

 慌てて跳び起きてドアに向かう。
 鍵を開けてドアノブを捻れば、仮面を外したシンクが微笑んでいた。
 帰還の予定はまだ先のはず。見れると思っていなかった筈の顔が見れたことに頬が緩んでしまう。

「どうして。帰ってくるなんて聞いてないよ」
「何? 僕が帰ってきちゃいけないわけ? 浮気でもしてたの?」
「ちが、そうじゃなくて。何か緊急事態?」
「いや、シオリの顔が見たかったのと、報告を上げるのに一旦帰還しただけ。入っていい?」
「あ、うん。どうぞ」

 身を引いてシンクを部屋に招き入れれば、案の定髪を乾かしていないことに呆れられた。
 肩に引っ掛けていたバスタオルをはぎ取られ、鏡台の前に誘導され、シンクの手によって半乾きの髪から丁寧に水気が取られていく。
 久しぶりのシンクに無意味にドキドキしてしまう。

「調子はどう? ちゃんと休憩してる? 仕事漬けになってないだろうね?」

 が、詰問された内容にときめきはしゅるしゅるとしぼんでいった。
 だからなんでお母さんみたいなこと聞くんだ。

「ちゃんと休んでる。疑うなら守護役達に確認取ってもいいんだよ?」
「なら後で守護役長にでも確認しておこうかな」

 小さく笑みを零しながら言われた台詞にむくれれば、私の顔を見たシンクが目を細めて笑った。
 鏡越しに目が合って気付く。だいぶ疲れた顔をしている。

「報告、明日でもいいから」
「今は業務時間外だからね。仕事漬けになるなって言ってるのに今から報告したりしないよ」
「ん。じゃあもう帰って休む?」
「……シオリがいいなら、今日泊って行ってもいいかな? 何もしないから」

 髪を乾かし終わったシンクが鏡台の引き出しからヘアケア用品を取り出しながらそんなことを言いだした。
 否なんて言うはずもなく、もちろんと答えればシンクの頬が緩む。
 私よりも丁寧に私の髪をケアしたシンクは、最後に背後からぎゅっと抱きしめてくれる。

「会いたかった」
「私も、会いたかった」

 振り返り、シンクの首に腕を回す。
 重なった唇に途方もない安堵を覚えた。

 ああ。私、ほんとシンクが居ないとダメになっちゃいそう。


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