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私の部屋にシンクが泊まっていった翌日、朝食後に報告を受けた。ピオニー陛下からマルクトに神託の盾を入れる許可は貰ったと聞いて私はにんまりと笑った。
あの人なら許してくれるだろうとは思っていた。これでイオンが帰還次第パニックになるだろう詠師会に続けてザオ遺跡、アクゼリュスの調査を提案できる。
一か所だけならともかく、複数個所のパッセージリングの耐用年数が限界であることが確定すればキムラスカにも同様の調査を申し込める。
ファブレ公爵へ根回し始めておくべきか。日本のようにリアルタイムで情報のやり取りが出来ない現状、大事が起こることを匂わせつつ覚悟だけして貰っておくことがベターだろうか。
まあ大詠師に連絡を入れておけばある程度キムラスカにも情報は流れるだろう。流石にパッセージリングについて情報漏洩することはないだろうけど。
「それとアクゼリュスの避難民だけど」
「ああ、うん。どう? 暴動とか起きてたりしない?」
「それはなんとか。マルクト側も協力的だしね。最初は君の強引な救助活動にぶーたれてたけど、僕が帰還する前にはちょっと落ち着いてたよ」
「落ち着いてた?」
「シオリが能動的に動くってことは、アクゼリュスに災害が起きるんじゃないか。あるいはあそこが戦地になるんじゃないか。そんな予測が広まった途端、君への非難が一気に減った」
「情報源どこ? 情報部?」
「いや。完全に辿れてはいないけど、導師派や論師派の貴族や商家じゃないかと思う。あの辺りの人達は直接君を知ってる。君が預言よりも人命と人の意思を最優先することもね。まあ自然な憶測だと思うよ。情報部からもある程度流れている可能性は否めないけど、意図的な噂ではないと見てる」
「そう。この流れが加速して救助を拒んでる人もアクゼリュスを出てくれるといいんだけど。残ってる人はどれくらい?」
「二千人くらいかな。正直これだけ救助できれば上等な気もするけどね」
「後のことを考えると可能な限り救っておきたい」
「解ってる。引き続き第五師団の奴等は避難民の救助と護衛に当てるから」
「うん、頼んだ」
他にも細々とした報告を受けつつ、渡される書類に目を通す。
まあ書類のメインはお金関連のものだ。人が動けば金も動く。お陰で私の貯めこんだ資産はみるみる減っている。悲しい。
悲しいが、ここで出し渋ると後が大変なのでサインだけで良いものはその場でサクッとサインをする。
他にもピオニー陛下が恋バナしようとしてきて鬱陶しかったなんて愚痴なんだか報告なんだか解らない話を聞いていると、ノックの音が聞こえた。
仮面をつけたシンクが来客を確認すると、どうやらイオンからの伝令のようだった。ザレッホ火山より帰還したらしい。
まだ帰還したばかりだろうに、緊急で詠師会を開くから来いという徴集命令だった。まあ予想の範囲内なので諾の返事を届けてもらう。
伝令を返し、私もまた準備のために立ち上がる。
「動き出したね」
「うん。予定通り、これから教団は嵐に見舞われる」
「そうだね。妨害も増えるだろうから、僕も守護役長と警備の見直しについて話しておく」
「いやシンクは今日は休みなさい。貴方帰ってきたばっかりでしょ」
テキパキと準備をしながら早速仕事に行こうとするシンクに釘をさす。
昨日帰ってきたばかりなのだ。一日くらい休んでも誰も文句は言わないだろう。
なのに何故か不満そうな顔をしている。前から思ってたが、この子ワーカーホリックの気ない? そんなところまで私に似なくていいのよ??
「君が働いてるのに僕だけ暢気に休むなんて出来るわけないだろ」
「私はいいのよ。ちゃんと毎晩ベッドで休めてるし、適宜休憩の挟めるデスクワークなんだから。シンクは身体が資本でしょう。休める時に休みなさい。また出てもらわなきゃいけないんだから」
「それは……そう、だけど」
「守護役長にも今日一日シンクに仕事させないよう言っておくから、休みなさい」
「……解ったよ」
渋々休暇を取ることを認めるシンクに苦笑を漏らしつつ、それでもシンクの希望で髪を結って貰う。
待っている間私の私室で休んでいいか聞いてくるのでそれは笑顔で勿論と答えておいた。私の部屋の方が休めるというのであれば否やはない。むしろ嬉しい。
シンクに見送られ、守護役長たちと共に詠師会に使う会議室へと向かう。
道中シンクが帰還しているが今日一日休みを言い渡したから仕事をさせないよう伝えれば、守護役長から笑いながら畏まりましたとお返事をもらった。仲が良いようで何よりだ。
会議室には呼び出された詠師達も集まっていた。
イオンを見ればその顔は疲労の色が濃いが、表情は固い。その顔だけで緊急徴集の理由を察した詠師達も顔を引き締めている。
警備の兵すら排し、詠師会議が始まる。口火を切ったのはヴァンだった。
「結論から申し上げます。パッセージリングが耐用年数を迎えていることを確認しました」
ヴァンの言葉に詠師達は固く口を引き結んだままだ。揃って顔色が悪い。
当然だろう。私が提言しなければ、誰も気づかない内に世界が破滅していたかもしれないのだ。
イオンに目をやれば、彼もまた硬い表情のまま頷いた。
「論師シオリ、貴方の懸念は的中していました。早急に大地を降ろす必要があるでしょう。二か国にパッセージリングの説明と、大地降下の通達をしなければ」
「導師イオン、落ち着いてください。急いては事を仕損じるといいます。二か国に通達をする前に、まずは万全に資料を整えた方が宜しいかと」
「どういうことでしょう?」
「資料がザレッホ火山一か所だけでは弱いかと。私は後一か所か二か所、可能ならばキムラスカとマルクトのセフィロトの状態も確認した方が良いと思います。確認したのがパダミヤ大陸のセフィロトだけでは、最悪キムラスカもマルクトも対岸の火事と見て大地降下に対価を要求してきかねません」
「そんな! 世界の危機にそんなことを」
「歴史を見ればわかるでしょう。創世歴時代、始祖ユリアが人類を救わんと外殻大地を作り上げようとした際、全ての国がもろ手を挙げて賛成しましたか?」
私の言葉にイオンが押し黙った。詠師達も難しい顔をしている。
この辺りはダアトの人間、それも詠師クラスなら基礎教養として全員知っていることだ。
そして仮に対価を要求されたとしても、教団にそれに応えるだけの余裕もない。時間的猶予も、然程あるとは思えない。
押し黙った彼等の顔を順番に見つめた後、私はザオ遺跡とアクゼリュスのセフィロト調査を提案した。
「しかし……そのような猶予があるのでしょうか?」
「あるでしょう。少なくともアクゼリュスはND2018まで確実に存在すると見ています」
「! なるほど、預言に詠まれている以上、その時が来るまで存在は確定している。そういうことですね?」
「はい。救助活動を命じたことで八割方の住民も避難が完了していると報告を受けています。今なら残っている住民も少ない。ダアト式封咒を解咒しても、情報の隠匿は難しくないでしょう。調査個所としては最適かと」
おお、と詠師達が感嘆の声を上げる。反対の声が上がらないのを確認して、私はシンクから受け取った許可証を取り出した。
シンクが来なければ許可を取りつけられないか人を派遣していると告げるつもりだったのだが、いいタイミングで帰ってきてくれたと思う。
「ピオニー陛下から調査のため神託の盾騎士団を投入する許可は得ています」
「いつの間に……」
「セフィロトの耐用年数に対する懸念は前から持っていました。神託の盾は建前上預言士として各国の行き来は許されていますしそれを利用して第五師団を救助活動に当たらせていますが、これ以上の人員を投入してはマルクトの警戒心を煽りかねません。ですので事前に許可を取っていればスムーズに調査も出来るかと、アクゼリュスの救助活動を命じるのに合わせて許可を取りつけるよう人をやっていたのです」
「相変わらず貴方の手回しの良さには感心しますよ、論師シオリ」
関心というよりは呆れを含んだため息を零した導師に微笑を一つ向けてから、取り出した許可証をヴァンに渡す。
ヴァンは一通り目を通した後、一つ頷いて第二師団を現地の第五師団に合流させてアクゼリュスの調査を行うことを提案した。
導師の護衛はごく少数の導師守護役部隊、そして口の堅い師団員達を選抜して行うことになる。
「ザオ遺跡、アクゼリュスでも同様の結果が出ればキムラスカの許可も取りやすくなりますな」
「それまでにパッセージリングと外殻大地に関する資料をまとめておかなければ」
「障気と大地の液状化に関しても先行して研究を始められます。僅かな時間かもしれませんが、このアドバンテージは大きい」
「ユリアシティでも資料を探しましょう。ダアトの禁書庫にも資料があった筈です」
「調査後のセフィロトに入れないよう、何かしらの対策も必要でしょうな」
だいたいの方針が固まったところで詠師達が活発に話し始める。
ここまで誘導できれば後はおかしな方向に向かわないよう適宜修正を入れるだけで大丈夫なはずだ。
「導師イオン、これからお忙しくなることでしょう。ご負担をかけること申し訳なく思いますが……」
「構いません。ダアト式封咒の解咒は導師である僕にしかできないことですし。それより僕やヴァンが出ている間、教団の頼みます。大詠師もキムラスカに居る以上、ダアトの高官が軒並み留守にすることになります。貴方だけが頼りです。何かあったら即座に知らせて下さい」
「畏まりました。グランツ謡将が同行するのでしたらこれ以上ない護衛となるでしょうが、どうかお気をつけて」
ここまでは予定通りだと、イオンと顔を合わせて頷き合う。
この世界の移動速度や情報伝達速度を考えれば、ND2018までに調査と通達は間に合うことは間違いなくとも然程余裕があるわけでもない。
金だってかかる。そのための資金を稼ぐのも私の仕事だ。大詠師派の動きだって注意しなくちゃいけない。
「忙しくなりますね……」
「それでもやらなければなりません。未来のために」
思わず漏らした本音に返されたイオンの言葉に、私は笑みを作って力強く頷いた。
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