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「それで、調子はどう?」
「問題なかった。事前に話は聞いていたし、覚悟も出来ていた」
「私が聞いているのは覚悟の話じゃなくてユリア式封咒を解咒した結果だよ」
「いや、だから問題ないと」
「もっと、詳しく説明を。貴方の問題ないと私の問題ないは許容範囲が違うでしょう」
ぴしゃりと言い切ればヴァンが困ったように眉尻を下げ、もっと言ってやってくれと言うようにリグレットが頷きながら紅茶を淹れていた。
扱いが雑になっているとはいえ、リグレットもなんだかんだ言いつつヴァンのことが好きらしい。
詠師会を終えた私は先触れを出し、ヴァンの元へと訪れていた。
アクゼリュスの調査に出なければならないヴァンが忙しいことは理解しているが、どうしても確認したいことがあったのだ。
そのためディストの首根っこを掴んでヴァンの部屋に突撃をかましたわけだが、その顔色は普通。少なくとも目に見える体調不良を起こしているようには見えなかった。
ユリア式封咒を解咒する際、その鍵であるヴァンは障気をその身に取り込むことになる。ヴァンは苦痛と寿命を対価に解咒することになるのだ。
だからこそ解咒がどうなったのか聞きに来たというのに、何でさらっと流そうとするかなこの男は。
解りやすく心配する私に対し、ヴァンは困ったような嬉しいような、複雑そうな笑みを浮かべる。これ以上語ることはないとでも言うように。
しかしそんな笑みをそよ風のように受け流し、ディストもまた私を援護するように視線だけで射抜かんばかりにヴァンを見た。
「詳しい報告は私もいただきたいところですね。論師から伝え聞いたドナー技術を応用し、貴方の遺伝子情報から作り上げたレプリカ・ドナー。正常に機能したのですか?」
「後程書面にまとめて送るつもりだったのだがな……結果から言えば、機能した。ただしユリア式封咒を解咒した直後、その場で消滅してしまったが」
「ふむ。取り込んだ障気に耐え切れなかったか、はたまた別の理由か……しかし問題なく解咒出来たというのであれば、次のアクゼリュスのパッセージリングでもレプリカ・ドナーを使いましょうか。幸い一度データさえ作ってしまえば、同じものを作るのにそう手間はかかりませんからね。解咒には私も同席させてもらっても?」
「構わんだろう。こちらももう少しパッセージリングを詳しく調べたいと思っていたところだ。来るならば働いてもらうぞ」
「ええ、創世歴時代の音機関を触れるのであればいくらでも働きますとも!」
今から楽しみで仕方がないとでも言うように両手の指を蠢かせるディストにちょっと気持ち悪いなと思いながらも、無事レプリカ・ドナーが機能したと聞いて私は胸を撫でおろした。
レプリカ・ドナーは私からドナー技術というものを聞きつけ、レプリカ技術を応用してディストが作り上げたものだ。
ヴァンが障気障害になることを懸念していた私から手紙を貰い、突貫でヴァンのレプリカ・ドナーを作り上げてぶっつけ本番で投入してくれたのである。
本来ならばもっと事前に時間をかけて検証してしかるべきだと散々愚痴られたが、それでも結果を出せるあたりディストは本物の天才なのだろう。
レプリカ・ドナーは身体全てを作り上げるのではなく、採取していたレプリカ情報を使って身体の一部分のみ作り上げる技術である。
まだ未完成の技術な上にオールドラントでは再接着手術自体存在しないため、これさえあれば失った手足の代わりになる……とは言えない。
だが将来的にはその技術を確立させることで義手や義足の代わりに出来ないか、あるいは内臓疾患を抱えた患者の一助になるのでは、とディストは考えているらしい。
計画がうまくいけば第七音素がいずれ使えなくなることは確定しているものの、人一人丸ごと再現することなく一部分だけならば第七音素を使わないレプリカ体でも暴走は避けられる可能性は高いと見ているようだ。
勿論まだまだ問題点は多いし、そもそもレプリカ情報を抜く際の危険性は高いままなので、今のままでは医療現場への投入は時期尚早なことは間違いない。
しかしヴァンは以前自分のレプリカ情報を抜いていたため、今回何とか実用に至ったというのが現状であった。
リグレットの淹れてくれた紅茶のカップを傾けて唇を湿らせた後、パッセージリングについて話し合うヴァンを見る。
私の視線に気付いたヴァンがこちらを見た。アイスブルーの瞳はまっすぐに私を見る。その視線には私がダアトに来た頃のような緊張感はない。
「ヴァン」
「なんだ?」
敬語も外れた。
時間を重ねて、馬鹿なことをやったヴァンのフォローに回ったり、その代わりとでも言うように暴走する私の補助をしてくれたりと、交流も散々重ねてきた。
随分と親しくなったと思う。だからこそ、これからヴァンが背負うはずだった重荷が減ったことに自然と頬が緩むのを止められない。
「貴方の覚悟を疑うつもりはないよ。傷ついてなお進むというのであれば、止めるつもりもない。でもその傷を少しでも減らしてあげたいと思う人間が居ることを忘れないで。それは貴方の覚悟を蔑ろにしているわけでも、疑っているわけでもない。仲間だから、心配するんだってこと。覚えておいて」
「……ああ、解っている。この通り、五体満足。無事に済んでいるから安心してくれ」
「そうね、ようやく安心できたわ」
「随分と心配をかけたようだな」
「だって貴方は覚悟を決めたらどこまでも突き進む人でしょう」
「そうだな、否定はしない」
「止まれとは言わないよ。さっきも言った通り、止めるつもりもない」
「そうだな、私も止められたところで今更止まるつもりはない」
「でも、一緒に走っている人が居ることを忘れないでね」
「……ああ、ありがとう」
目じりを細めて笑うヴァンにリグレットとディストも頬を緩ませる。
しっかりと頷いたヴァンに私もまた頷き返せば、笑みを消したヴァンが逆に私を心配するような声を上げた。
「だがそれはこちらも同じこと。論師、また痩せたのではないか? 計画まで時間がないのは解るが、シンクの目がないのをいいことに仕事を詰めすぎているのでは?」
「それが逆なのよ。むしろ守護役達に室内警護を頼むようになったから仕事に打ち込む時間は減ってるのに……みんなに言われるのよね。デザイナーにもこれ以上痩せるなって言われるし、食事も睡眠もちゃんと採ってるんだけど……」
今度は私が眉尻を下げる番だった。
シンクを筆頭に守護役達にも散々言われたので、本当に身体に無理を強いているつもりはないのだ。
それなのに太らない。太れない。最初はラッキーだと思ったが、流石にここまで周囲に言及されると怖くなる。
糖尿病? 私まだ十三なのに? オールドラントでインスリンって打てるんだろうか。
「ふむ。一度検査しましょうか。自覚症状がないまま病気が進行している可能性もありますし」
「そうだね。お願いしようかな……健康診断って第二師団で出来る?」
「私が居なくても出来るように手配しておきましょう」
「忙しいのに手間かけさせちゃってごめんなさいね」
「貴方に今倒れられる方が問題ですよ。これからさらに忙しくなるんですから、いいタイミングだったと思っておきなさい」
ディストの提案を受け、近々時間を捻出して一度検査してもらうことにした。
こんな時期にと思わなくもないが、こんな時期だからこそ万全を期しておくべきなのだろう。
軽く打ち合わせをしてから、パッセージリングについての話に戻す。私が気にしているのは詠師会で話題に出なかったセフィロトの一括操作についてだ。
「パッセージリングのアルバート式封咒については何も解らなかった?」
「正直なところ、そこまで調べる余裕がなかった……と言うのが本当のところだな。人員は厳選したが、それでも混乱を鎮めるのに手間がかかった。得た情報の重要度から考えても、パッセージリングについて詳しく調べるより耐用年数に関しての情報を持ち帰る方が優先されたというのもある」
「だからディストにも来てほしいのか。ディストが居れば詳しく調べられるもんね」
「そういうことだ。あとは禁書庫かユリアシティにも資料があった筈だが……」
「まあそっちから情報が得られるならいいか。詠師会ではああ言ったけど、アクゼリュスとザオ遺跡の調査で必要な情報が揃うならそのままキムラスカの調査はすっ飛ばしても良いと思ってるんだけど、どう?」
「教団を有利な立場に置くための準備が整っているのならば構わんだろう。元々調査は資料の確保と時間稼ぎの意味合いが大きいうえ、キムラスカのセフィロトはメジオラ高原だけだからな」
ヴァンと話し、これからの計画について微調整を重ねる。
時折ディストやリグレットからも意見を貰いつつ、邪魔を入れてきそうな相手の牽制や警戒も忘れない。
そうして話している内に結構に時間を喰ってしまい、部屋に戻るころにはすっかりと日が落ちていた。
帰室が遅くなったことにシンクがむすっとした顔をしていたが、許していただきたい。
「せっかく僕が帰ってきてるのに帰りが遅いってどういうことさ」
あ、駄目? そっかあ。駄目かあ。
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