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「僕が、帰って、きてるのに!」
「ごめんて」
むすっとした顔のシンクに何度目かの謝罪をする。
が、ずっと私の部屋にいたらしいシンクは腕を組んでそっぽを向いた。
駄目だ。完全に拗ねちゃってるや。
ヴァンと面会後、帰室してから守護役達に今度健康診断受けに行くからまたお仕事のお手伝いよろしくと言えば大喜びをされた。君たち私のこと大好きか?
時間も時間なのとシンクが居るからと今日の仕事はもう終わりとして私室に引っ込んだのだが、シンクが機嫌を直してくれない。困った。
「シーンク」
「……仕事をするなとは言わないさ。シオリにも立場があるし、時期が時期だからね」
「うん」
「でも僕が帰ってきてる時くらい、早めに帰るとかしてくれたって良いんじゃないの」
「いや、でもヴァン達が発つ前に色々話しておきたかったんだよ」
ふてくされるシンクに、その内『仕事と僕どっちが大事なのさ!』と言いだしそうだな、なんて思ったことは内緒だ。
正直面倒くささを感じなくもないが、それもまた可愛い。惚れた欲目もあるし、何よりこうしてシンクが素直に感情をむき出しにしてくれるのが嬉しい。
ベッドに腰かけているシンクの前に立ってぎゅっと抱きしめる。
無言で私の身体にも腕が回され、ぎゅうと抱きしめ返されたかと思うとシンクの口から長い長いため息が漏れた。
「……ごめん、我が儘言った。シオリと過ごしたかっただけで、困らせたいわけじゃないんだ。ごめん」
「こっちこそごめんよ。シンクの我が儘、聞いてあげたいんだけどね」
「いいよ、無理されるほうが嫌だ。それに仕事を放り出して僕を甘やかすばかりのシオリなんて、僕が好きになったシオリじゃない。僕はまっすぐに前を向いて走り続ける君だから好きになって、そんな君を支えたいと思うからこそこうしてここに居るんだから」
あらやだ照れるわね。突然のデレにちょっとだけ頬に熱が集まるのを感じる。
感情が落ち着いてきたらしく、ぐりぐりと額を押し付けてくるシンクの頭を撫でる。
「そうだね、シンクが支えてくれるからこそ私はこうして立っていられるし、走り続けることができる。だからこそシンクには報いたいと思ってるし、甘やかしたいとも思ってるのも本当だよ。こうやってシンクが甘えてくれるのを嬉しく思うのも、本当」
「……ん。こんな我が儘な奴、嫌いになったりしない?」
「しないしない。シンクこそこんな仕事人間、飽きたりしない?」
「しない」
「そういうことだよ」
私の胸元に顔を埋めたまま、ばつの悪そうな顔で私を見上げるシンクの額にキスを落とす。お返しと言わんばかりに背伸びするようにして頬にキスをされた。
昨晩泊っていったとはいえ、久しぶりのスキンシップにドキドキしてしまう。そのまま抱き寄せられるままに、シンクの膝の上に乗り上げる。
身体を密着させながら近くなった顔に、どちらからともなく唇を重ねる。シンクの肩に腕を回して、触れるだけの口づけを繰り返した。
「ねえ……やっぱり我が儘言っていい?」
「なあに?」
「晩ご飯、一緒に作りたい」
「いいよ」
「それを、一緒に食べたい」
「もちろん」
「それから、今日も泊っていい?」
「嬉しい」
「寝る前に、触りあいっこもしたい」
「ん……いいよ」
可愛い我が儘が続いたかと思ったら急に男の子の顔になるシンクにこっちまで照れてしまう。
そしてやっぱり触りあいっこという言い方が可愛らしくて仕方がない。まあオールドラントでは恋のABCなんて通じないだろうから、そういう言い方になってしまうのだろうけど。
私の体質のせいでCに至れないのに、Bまでで我慢してくれるシンクの優しさには感謝しかない。
シンクの我が儘とも言えない可愛いお願いを全部聞いて、その晩はシンクと一緒に眠った。
翌日以降は流石にシンクも仕事だ。第五師団の雑事や守護役長との話し合い、その他情報共有などあちこち走り回るので私の側にはいない。
それを寂しく思いつつも久しぶりにシンクと時間を共有できた私もバッサバッサと仕事を捌く。
寂しかろうが何だろうが仕事は待ってくれないし、シンクが好きになってくれた私で居たいとも思うので、出来ることは全力で取り掛かる。
そうして日々を過ごしている内にシンクはまたマルクトに旅立ち、ヴァンやイオンはザオ遺跡とアクゼリュスの調査のために出発した。
私も健康診断を受けたものの文句なしの健康体判定を受け、とにかくもっと食って動けというどうしようもない返答を貰った。それが出来たら苦労しねぇや。
まあ病気が見つからなかっただけ良しとするしかないだろう。仕事しましょう、仕事。
ホスピスや職業斡旋所などの今まで展開してきた事業のあれこれ。
ザオ遺跡でのパッセージリングの調査結果を受け取り資料をまとめる。
マルクトから届くアクゼリュスや避難民たちについての報告書や、同封されていたピオニーの密書などに目を通す。
シュザンヌ様との事業のお話やルークとの手紙交換の中に混じるクリムゾンとの密かなやり取り。
妙に静かな大詠師の動向を探るように指示したことで上がってきた情報部からの報告。
私の動きを察知して探りを入れて来る商人や貴族への手紙など。
様々な情報を仕入れては捌く。想定外のところが繋がっていたりするから、どうでもいい情報なんて一つもない。そうして捌いている内に時間が矢のように過ぎていく。ND2018までの残り時間が四か月を切る。
ザオ遺跡で調査するついでにケセドニアで噂話を浚ってくれたらしいイオンからも手紙が来た。私が動いたことでアクゼリュスに何かが起こると、一般市民の間でも実しやかに囁かれているようだ。
商人の中には最早確定情報として扱う者も居るらしく、鉱石の買い占めを始めたものも居るらしい。気が早いと思わなくもないが、止めることも出来ないし止める理由もない。
その後アクゼリュスでもやはりパッセージリングの耐用限界は確認できたことで、詠師会で正式に二か国に外殻大地降下について合議したい旨を知らせることが決定された。導師と大詠師抜きでそんな重大事項を決めるなど前代未聞だろう。
しかしイオンがダアトを頼むと私に言ってくれたことで全権を委ねたと認識されていたこと。またのんびり待っていられる状態でもないために詠師達も決断したらしい。
何人かの詠師はこのまま預言に従い続けて大丈夫なのかと不安に思い始めているようだった。私の言葉が届いているようで何より。
詠師達が二か国に知らせる前に根回しも兼ねてピオニーに多少匂わせる程度の密書を送ったら、あちらはあちらで何か大きなことが起きることを察したらしい。
国境でバチッてるところもあるため、万が一にも戦争に発展しないようキムラスカに対し使者を送ることにしたとお返事が届いた。おいまさかそれってジェイドのことじゃあるめぇな??
ND2018まであと三か月程度しかない。原作の強制力ってこういうことをいうんだろうか。
ものすごーく嫌な予感がしたので、こっそりダアトで過ごすことを余儀なくされているレインに面会を申し込んだ。
ろくろく外出もできないレインから、それならいつでもいいのでお茶会をしましょうとお返事が来たので時間を捻出して部屋へとお邪魔する。
籠の鳥状態のレインは私を歓迎してくれた。自分の扱いに文句ひとつ言わないレインは本当にいい子だ。いい子過ぎてちょっと心配になる。もうちょっと我が儘言っていいのよ?
「最近はどう? 不自由はない?」
「はい。ほとんど部屋にいるだけですから」
「それは充分不自由と言っていいと思うよ。ごめんね、外に出してあげられなくて」
「ふふ。お気遣いありがとうございます。でも本当に大丈夫ですよ。以前シオリが僕のやりたいことを探してみてはどうかと言ってくれたことがあったでしょう? あれから僕なりに色々と考えてみたんです」
「何か見つかった?」
「はい。僕は戦いでは力になれないでしょう?」
「導師がそこで力になっちゃ駄目なんだよレイン……」
当たり前のように言われたが、レインは充分強い。比較対象としては余りにも情けないが、少なくとも私よりずっとずっと強い。体力がないだけで。
思わずぼやいた私の言葉に追従するようにアニスがこくこくと頷いている。もしかしたら身体を鍛えたいと言うレインを必死に止めたりしたのかもしれない。
「ですから僕は医療方面でお力になれないかと思いまして」
「医療方面?」
「薬草の効能や調合について学んでるんです。アニスには何度も図書室とここを往復させることになってしまって申し訳ないのですが、知識が増えるのはとても楽しいですね」
「そっか。レインのやりたいことが出来たなら良かったよ」
「はい! それでいつかシオリの身体も診られるようになればいいな、と思ってるんです」
「私?」
「シオリは治癒術が使えないでしょう? ディスト響士が専属医になっていると聞いてはいますが、彼は医者ではありませんし」
なるほど。確かに治癒術ではなく薬草なら私でも大丈夫かもしれない。少なくともリラックス効果のあるハーブティーで体調を崩すなんてこともなかった。
しかし、とカップを口につけて考える。
「別に無理に私の役に立とうとしなくていいんだよ。レインの好きなことをすればいい。星を見ても良いし、娯楽小説を読んでもいい。ボードゲームとかもある。そういった遊びに打ち込んでも」
「イオン様やシオリが一生懸命働いているのに、僕だけ遊ぶなんてできません」
「別に遊んでも怒らないのに……」
「もっとお役に立ちたいんです。それとも……ご迷惑でしょうか?」
「まさか! ただレインにはただでさえ不自由な生活を強いているんだから、もっと人生を楽しんでほしいって思って」
「充分楽しんでいますよ? 知識が増えるのは楽しいと言うのも本当ですし、これでもっとイオン様やシオリのお役に立てたらと思うのも本当です」
「……別に、役に立たないからってレインのことを捨てたりしないよ?」
私がそう言えばイオンはそっと目を伏せた。
音もなくカップを持ち上げ、唇に宛がう姿は絵画のように美しい。愁いを帯びた少年ってのは独特の色気があるなぁなんて他人事のように考える。
一口だけ紅茶を飲んだレインはカップをソーサーに戻すと、ぽつりと言葉を零した。
「……解っては、いるんです。でも、僕は何のお役にも立てていない。それが余りにも……ふがいなくて」
「そんなことない! レインはイオンの影武者として立派に務めを果たしてるじゃない!」
「ここで待機してるだけじゃないですか。イオン様の代わりに封咒を解くことも止められました。あの方だって病み上がりなのに、僕は体力がないからと。シンクだってマルクトで活躍しています。僕だけ……何もできてないんです」
俯いて下唇を噛むレインに言葉が詰まる。アニスを見れば目を丸くして、驚いているのが解った。こうして本音を漏らすのは初めてなのだろう。
私は席を立ち、レインの隣まで行ってしゃがみこむ。泣きそうな顔で私を見るレインの手を取ってぎゅっと握る。
「待つだけは、辛いよね。私もシンク達を送り出すことしかできないから、レインの気持ちは少しは解るつもり」
「でもシオリはいっぱいお仕事してるじゃないですか……ちゃんと、お役に立ってます」
「ふふ。じゃあレインはイオンの居ない間、モースの代わりにお仕事してくださいって言われて、モースのお手伝い出来たら納得する??」
「え、嫌です」
眉根を寄せて即答したレインに思わず噴き出しそうになる。
事実、アニスは噴き出していた。見れば余所を向いてげほごほと咳払いをして誤魔化している。それに苦笑を漏らしつつレインに向き直る。
「仕事をするから偉いんじゃないよね。今のレインにとって、大切な人の役に立てるかどうかが肝だ。違う?」
「……いえ、合ってます」
「レインの気持ちが解るつもりっていうのはそういうこと。私だって叶うならイオンやシンクの側で仕事をしたいもの」
「シオリも、自分をふがいなく思うことがあるのですか?」
「もちろん。私は戦えないからね。それに体質を考えればセフィロトなんて行ったら逆に迷惑をかけることになる。それを考えればお留守番するしかないっていうのは解ってる。でも、寂しいし……自分はこういう面では役に立たないなって思っちゃう」
「……不思議です。シオリは何でもできるように見えるのに、そんな風に思うこともあるんですね」
「何でもは出来ないよ。それは私を過大評価しすぎ」
目を瞬かせるレインに苦笑が零れた。レインを今まで導いてきた自覚はあるが、レインには私がどう見えているのだろうか。
ちゃんと頼れる相手になってるだろうか。いざという時に助けてと言える大人になれてるだろうか。
今の私だって身体は子供だけれど、それでも大人だった身としてレインにも幸せになって欲しいと思ってるのだ。
「今は待つことしかできないけど、それでもレインは私達の役に立とうとしてくれてる。それで充分だよ。でも無理はしないでほしい。人生を楽しむことも知ってほしい。私が言いたいのはそういうこと」
「……解りました。無理はしません。でもその中で、僕でもお役に立てることを精いっぱい探そうと思います。やっぱり、何か娯楽を探すよりももっとお二人のお役に立ちたいと……そう思うので」
「そっか。わかった。でも本当に無理はしないでね。レインにしかできないことは、きっとあるから」
そう言ってレインをぎゅっと抱きしめれば、おずおずと私の背中にもレインの腕が回される。
遠慮がちにしがみついてくる子供の頭をゆるゆると撫でた。
それからまた少し話をしてから、確定情報ではないから詳細は言わないがしばらく警戒を上げてほしい旨を伝えてお暇する。
笑顔で私を見送ってくれたものの、未だ悩む姿を見せるレインが少しだけ心配になった。
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