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「皆さん、お加減はいかがですか?」

「論師様!はい、ローレライとユリアの加護の元、平穏な日々を過ごさせていただいております。
教団には感謝してもし切れません」

「それは良かった。何か不便なことがありましたら、遠慮せず言って下さいね」

「お散歩がとても楽しみで……職員の皆さんも手厚く扱ってくださいます」

「レムの光を浴びるのは良いことです。中庭で日向ぼっこなども良いかもしれませんね」

「お化粧してもらったんですが、年甲斐もなく嬉しくなってしまって、変じゃないかしら?」

「よくお似合いですよ。女性はいつまでも綺麗でありたいと思うものですから。喜んでいただけて何よりです」

そろそろ良いだろうという事で、時間を作ってホスピス『白詰草』に慰問へと訪れた。
そこに居る入居者たち一人一人の言葉に耳を傾け、それぞれに言葉をかける。
職員たちが見守る中、一通り話し終えた私は職員へと視線だけで確認を取ると、手を鳴らして入居者たちの視線を集めた。
何事かと入居者たちが静まり、視線が一斉に向けられる。

「実は今日は皆様にお知らせがあります。
本日慰問に訪れたのは私だけではありません」

そう言って少し離れたところに隠れていた少年へと手を伸ばす。
どうぞ、と声をかければ少年は柔らかな雰囲気の中に緊張を滲ませて私の隣に歩み寄ってきた。

「導師イオンです。
導師という身にありながら長らく病床に臥せってしまい、皆様にもさぞ心配を掛けてしまったことでしょう。
しかしローレライとユリアの加護をもって、こうしてまた皆様の前に立つことができるようになりました。

復帰後の初公務ということで長い時間をとることはできませんが、皆様ともたくさんのお話ができたらと思います」

そう言ってイオンに扮したレインがにっこりと微笑めば、敬虔な信者が多くを占める入居者たちは感極まったような声を上げた。
私はレインの一歩後ろ、導師守護役達の前という立ち位置でそのまま声を上げる。

「導師様は皆様の心の支えになればと病床の身を押して慰問に来てくださいました。
まだ預言を詠めるほど快復してはいないものの、短時間の慰問ならば大丈夫とのこと。
またお時間が取れるようでしたら慰問に来てくださるよう、私からもお願いしておきますので」

「とんでもない!導師様と論師様が並んで立つところを見ることができるとは」

「あぁ、もういつ死んでも悔いはありませぬ」

「導師様も論師様もまだ幼いというのに、後光が差しているようだ」

いや、後光って。私は仏か何かか。
つーかなんか拝まれてる?

内心突っ込みを入れながらにこにこと微笑む私に対し、レインは音叉の杖を握り締めながら入居者たちと話している。
笑顔が少しぎこちないものの、まだ体調が悪いと言えば通じる程度のものだ。

入居者の殆どはローレライ教団の信者である。
勿論敬虔な信者も居れば預言は誕生預言などしか詠んで貰わないような、信仰心の薄い人も居る。
しかし導師は元々一般市民からすれば雲の上の存在だし、私はこのホスピスの発案者であり教団の上位者だ。

確かに、私たちが並んでいる姿というのは中々見れないのだろう。
普段はホスピスに閉じこもっている彼らからすれば、余計に。
かといってもう悔いはないとか言われても、正直困るのだが。

「論師様、ありがとうございますっ」

そう言って深々と頭を下げてきた入居者は、死ぬ前に一度で良いから導師様にお声をかけていただきたいと言っていた老人だった。
深い皺の間に埋もれた瞳からは涙を流していて、今この時に死を迎えてもきっと老人は後悔しないだろうというのが一目で見て取れた。

「貴方たちのお役に立つことこそ私の本懐です。お気になさらず、どうか心を穏やかにお持ちください」

泣き続ける老人の背中を撫で、私は囁くように言葉を紡いだ。
老人は何度も何度も礼を言いながら、ひたすらに涙を流し続けていた。










「……ねぇ、シンク」

「なにさ」

あれから慰問を終えてレインと少し話してから帰室した私は、休憩時間だからと顔を出したシンクと共に珈琲を啜っていた。
私に着いていた守護役はシンクが来たのを見て一礼して部屋から出て行っている。
何か誤解されているような気もするが、詳細が解らないまま問い詰めるわけにも行かないために、守護役の少年青年達からの生温かい視線に耐えるしかなかった。

閑話休題。

「解らないんだけどさ……なんであんなに導師を妄信できるんだろう?」

「そんなの僕が知るわけないだろ」

「だってさ、影武者だってことも気付かないのに導師様導師様って……いや、イオンの顔なんて一般市民は殆ど知らないんだろうけどさ」

「そりゃまぁ、そうだろうね。でも最近じゃ論師様だってそこそこ株が上がってるじゃないか。神託の盾傭兵団も順調らしいし」

「まぁね、礼儀は叩き込んだから今のところクレームは上がってないかな」

珈琲の入ったカップを傾けながら、再度考える。
妄信と呼ぶに相応しい彼等が異様に見えるのは、私が本来無宗教者だからだろうか?

宗教の選択の自由が認められていた日本に置いて、無神論者は結構多い。
仏教だけどどの宗派かどうかは知らないとか、家には一応仏壇があるがそれだけ、なんて人間だって多く居ると思う。

そもそも宗教とは救いを求める者に与えられた救済だ。
信じれば救われる。
結構に陳腐な言い回しだと思うが、根本はそれなのだと思う。
だからこそ、熟れた果実のように平和を謳歌する日本では無神論者が多いのかもしれない。

しかし導師やローレライを妄信するほど、オールドラントに住まう人々は救いを求めているのだろうか。
日本に比べれば此処の科学レベルは低いし、王制を選択している以上理不尽や不自由も多い。
その上この世界にある宗教はローレライ教団唯一つ。

傾倒する理由は、頭では推測できる。
しかし感情では全くといって良いほど理解できなかった。

「なんか難しいこと考えてるね?」

「難しいのかな?何でそこまで教団に傾倒できるか解らないってだけ。そんなに救われたい、のかな?」

ぶっちゃけアレが自分に向けられると結構に気持ち悪い。
今日もちょっと鳥肌立ちそうだった。

私が疑問を告げれば、シンクは少し考えた後、僕の考えだけど、と前置きしてから説明を始めた。

「あいつらはさ、自分で考えるってことをしないんだよ。
預言っていう命令をしてくれる存在があるからね。

だから預言を与えてくれる教団に傾倒する。そうすれば何も考えなくて良いから。
自分で考えたんじゃないから、責任だって取る必要ないだろ?

あぁ、そうなると教団に傾倒してるってのはおかしいか。
預言を与えてくれる存在に傾倒しているんだ。
多分国王が預言を与えてくれるなら国王に傾倒するんじゃないの?」

最後のほうは馬鹿にしたように鼻で笑いながら言ったシンク。
うん、心底預言信者達を見下しているね。私もだけど。

「つまり救済を求めてるんじゃなくて、単純に怠惰なだけってこと?」

「そうじゃないの?まぁ預言を持たないシオリには解らないだろうけどさ」

「うん、ちっとも解らない。ついでに解りたいとも思わない」

そんな誰かにおんぶに抱っこ、というか従うだけの人生なんて何が楽しいのか。
結局預言の奴隷じゃないか。

「解らなくて良いんじゃない?僕はシオリの生き方のほうが好きだし」

「預言に頼らない生き方が?」

「自分で考えて自分の言動に責任を持つ生き方、かな」

私にとってはそれが当たり前です。
ここじゃあ当たり前どころか奇異の目で見られるけどな!

珈琲を啜るシンクを見て、私は一つ息を吐いた。
預言離れのための計画の先は長い。
私はまだまだこの預言に縛られた人たちの相手をしなければいけないのだ。
ほんと、面倒。

「シンク、私の代わりに論師やらない?」

私の突然の提案にシンクは一瞬だけ驚いたような顔をしたものの、すぐに顔を背けた。

「嫌だね。めんどくさい」

ですよねー。
当然の応えに、私は力無く同意したのだった。

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