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「まったく、何なんだよあの自称皇帝名代は」
「だから、皇帝名代でしょ」
「名代なら名代らしく堂々としていて欲しいものだ。密かに動き回っているせいで警戒せざるをえん」
「ヴァンの言う通りだ。調査は極秘のものだったとはいえ、夜にこそこそと教団に帰ることになるなんて思ってもみなかった」

 そう言ってため息をつくイオンに苦笑が漏れる。
 場所はヴァンの執務室。ヴァンとイオンが帰還した翌日、私とシンクは二人を労うために足を運んでいた。

 ソファでふてぶてしく足を組み、シンクが淹れてくれた紅茶を飲むイオン。私もまた紅茶を飲みながら一通り報告を聞いた後、今後について簡単に話し合う。
 大筋は決まっているが、細かいところは適宜詰めていかねばならない。外殻大地降下作戦の実行を二か国に通達することは既に詠師会で決められた。イオンもまたそれに異存はないようだ。
 むしろそのための準備に奔走している詠師達の動きが遅いとぶちぶち文句を垂れていた。まあ何でも文句を付けたいお年頃なのだろう。
 詠師テオドーロとかお爺ちゃんなんだから、ちゃんと働いてるなら労ってあげて。あの人市長なのに詠師の仕事が忙しすぎて、しばらくユリアシティに帰れてないんだからね!

「とにかく、イオン達が帰還したことで資料も揃った。後は二か国に使者を送って、合同会議を開く必要がある」
「場所は?」
「そりゃあダアトでしょ。資料が一番揃ってるし、いざという時はユリアシティにご案内も出来る」
「魔界の存在を教えるために? 過激だね。インゴベルト陛下なんか驚きすぎてユリアの御許に招かれちゃうかも」
「流石にそうなっても責任は持てないかなあ」

 にまにまと笑うイオンに苦笑を返す。
 そもそも大地が柱に支えられ空中に浮いているということ自体、まず信じてもらうのに骨が折れるだろう。そう思っての提案だ。
 まぜっかえしながらもイオンもヴァンも異存はないらしく、使者の選定や日程についてさくさくと打ち合わせをしていく。
 今の教団なら、私達三人が意見を固めておけば詠師会での議題として大抵は可決される。多少反発を受けても言いくるめられる自信があるし、こちらが想定している着地点への誘導は難しくない。
 なにせ武力を握っている騎士団の責任者に教団の最高指導者、そして教団の金庫番となった私が揃ってるのだ。私達の武器は金と権力と武力ってわけ。

「ふむ。まあだいたいこんなもんか。何か他に懸念事項はある?」

 あらかた話をまとめ終えたところで、イオンの言葉に今まで控えて護衛に徹していたシンクが無言で手を挙げた。
 私とヴァンが先を促せば、大詠師が導師を監禁しているという噂がものすごい速度で市街地を回っているそうだ。前にアニスが話していた奴か。

「誰かが意図的に流している、ということだな?」
「多分ね。情報部の話だと、酒場で話を吹聴している男はハニーブロンドの髪と赤い目をしていたそうだよ」
「ジェイド・カーティスか」
「面倒だな……ダアトで完全に情報規制するのは無理だからレインにも引っ込んでもらってたのに。うーん、僕の代わりに散歩にでも出てもらうべきだったか」
「馬鹿なこと言わないで。イオンの護衛のためにヴァンと騎士団がごそっと抜けてったことは教団の人間なら知ろうと思えば誰だって知れる。でもそれは内向きの話。外向きには導師が不在だなんてとてもじゃないけど言えない。導師が直々に出るなんて注目の的だし、準備を終えるまで二か国に下手に探りを入れられて中途半端に情報が洩れたらもっと面倒なことになる。だから対外的に導師はダアトに居るように見せかけるために、ジェイドにはレインをぶつけたんだから」
「解ってる。愚痴りはしたけど、今後のためにも必要な調整だった。それは間違いない。僕も同意見さ。けれどこうも人様の庭でウロチョロされたら目障りだ。マルクトに抗議の使者でも送るか」
「それより今日か明日にでも町に顔を出して噂を否定すればいいだけでしょう。大詠師の命令も何も、モースはキムラスカに居るんだから」
「あいつまだ帰ってきてないの?」
「うん」
「あいつが不在がちなのはこっちとしてもちょうどいいっちゃ良いけど……最近目に余るな……」

 イオンが不愉快そうに眉根を寄せ、顎を撫でて思案顔になった。お仕置き案でも考えているのかもしれない。
 でもモースが居ないからこそレインとジェイドの面会が叶ったのも事実なんだよね。レインが影武者だと知っている人間は少ないが、イオンが生きていることを知っている人間は本当にごく僅かなのだ。
 当然モースは知らないため、もしモースが教団に居たら彼にとって調査に出て行ったのはレインになるので、ジェイドには導師との面会は不可能ですと突っぱねるしかなかった。

「とにかくイオンが顔見せしてくれるだけで何を企んでるか解らないジェイドの策謀の邪魔になることは間違いない。帰還したばかりで疲れているところ悪いけど、今日か明日にでも顔を見せてあげてちょうだい。無理そうならレインを出すから」
「いや、構わない。僕が出るよ。どうせなら堂々と、」

 イオンの言葉は乱暴にドアを叩く音で遮られた。ノックというには余りにも荒々しいそれにシンクが警戒態勢に入り、ヴァンが何事だと声を上げる。
 ドア越しではあるものの、焦った声で告げられた内容はまさしく今懸念していたものだった。

「伝令! 伝令! ダアト市街地にて市民による暴動が勃発! 導師を解放しろと教団に詰め掛けています!」
「なんだと!?」
「ヴァン! 僕が出る!」
「いけません! 鎮圧が先です! イオン様に何かあっては元も子もありません!」

 立ち上がったイオンをヴァンが諫め、シンクがドアを開けて伝令を持ってきた兵を招く。
 肩で息をしている兵士はそれでも詳細を求めるシンクに応じてくれる。

「現在警備に当たっていた第二師団を中心に防衛に徹していますが、勢いが激しいため、このままでは教団員を守るためにも武力制圧をせざるをえないかと……っ!」
「ヴァン!」
「……二階の渡り廊下から拡声譜術を使ってお声を届けて下さい。決して暴徒たちの前に無防備に出てはいけません。御身を狙う悪漢の策である可能性もあります」
「解ってる。行くぞ、護衛はお前が務めろ! シオリ、念のためにレインの安全を確認して欲しい」
「解った」

 イオンは勇み足で法衣の裾を翻し、最後にこそりと私に伝えてから、ヴァンを引きつれてそのまま部屋を出て行ってしまった。
 私は膝に手をついて息をしている伝令兵に水を出してあげるようシンクに指示を出した後、続けて部屋を施錠をするための準備をする。
 お忘れのようだが、ここはヴァンの執務室である。部屋の主が出て行ってしまったので、施錠まで私がやるしかなかったのだ。

 それが終われば私も執務室まで駆け足で戻る。ここまで声が聞こえてくることはないが、暴動が起きたとなれば流石にのんびりと歩いてはいられない。
 私自身の安全のためとレインの状態を確認するため、速足で廊下を歩いていたら駆け足でこちらに向かっている守護役の子達と遭遇した。
 なんと、ブルーとピンクのセットだった。つまり論師守護役部隊と導師守護役部隊の混合だ。その上導師守護役の子は怪我をしている。
 何事かと目を丸くしたところで、ようやく私を見つけたと頬を緩めたうちの守護役の子が口を開いた。

「論師様、導師守護役部隊から急ぎの伝令です。ダアトより雨が去ったと」
「まさか!」

 うちの子は意味が解っていないので落ち着いているが、導師守護役の子は細かな傷のある顔を青ざめさせていた。
 見覚えのある顔だった。レインの名前を知っている。守護役部隊の中でも積極的にアニスと共にレインの護衛を勤めていてくれた子だ。
 シンクとうちの子に周辺の人払いをさせ、近場の部屋に連れ込んで詳細な報告を求めれば、その子は膝をついた後に悔しそうな声でマルクトの軍人が襲撃を仕掛けてきたのだと告げた。

「それは……ハニーブロンドの髪に、赤い瞳をした男でしたか?」
「はい。はい! 間違いありません! 私達も応戦したのですが恐ろしく強い男でした。何もないところから槍を取り出して……負傷者も出ています」
「怪我人の治療は?」
「守護役部隊の中で治癒術を使える子が居たので、その子が。情報を漏らしてよいか判断がつかなかったものですから治癒術士は呼んでいません」
「良い判断です。後で口止めをした治癒術士を派遣しましょう。貴方も治癒してもらいなさい」
「ありがとうございます! 侵入者は私達をなぎ倒した後、導師イオンのご協力が必要だと言ってレイン様を攫おうとしました。レイン様はこれ以上守護役を傷つけないでほしいと仰って、侵入者の指示に従おうと……しかし私達はレイン様をお守りするために居るのです! この身を賭してレイン様をお守りすることこそ私達の使命なのに! なのに、アニスがその男に賛同して……っ!」

 ぐっと怒りに拳を握り締め、守護役の子が歯噛みする。
 アニスに対して怒りを覚えているのだろう。レインを売ったように見えたのかもしれない。
 なのでそこだけ訂正しておく。

「アニスにはそのように指示を出していましたから」
「え??」
「万が一導師の御身を狙う不届きものが現れ、実力で敵わない。自分だけでは導師の御身をお守りできないと判断した場合、道化を演じて同行し、最後の砦となり、情報を寄越すようにと」
「なんと!」
「本当に万が一のための保険だったのですが、まさか機能するとは……報告をありがとうございます。急ぎ守護役部隊の立て直しをして下さい。レインを迎えに行かねば。そのための手配をしないと」
「は、はいっ!」

 こうならないよう手を回していた筈なのに。これが原作の修正力という奴だろうか。
 ばたばたと去って行く守護役の子の背中を見送りながら、手近な兵士や守護役の子達を次々に伝令として走らせる。
 一瞬のうちに山のように積み上がったタスクに沸々と怒りが湧き上がった。

 ジェイド・カーティス。
 絶対に許さないからな。

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