100



 市街地から勃発した市民による暴動は、ヴァンを護衛に付けたイオンの登場によって即座に収束した。
 彼等の主張は『大詠師によって捕らわれの身となっている』と喧伝された導師イオンを解放しろというものだ。
 そもそも見当違いな主張であり、意図的に流布された誤情報に踊らされていたにすぎない。

 イオンは皆が慕ってくれていることを嬉しく思うと言って市民を宥め、しばらく臥せっていたがこうして自分は自由に動くことが出来るとはっきりと告げた。
 そもそも大詠師モースはキムラスカに布教に出ているので、自分をとらえるなど不可能だということも添えて。

 市民はイオンの言葉に胸を撫でおろし、その拳を引っ込めた。
 とはいえ暴動が起きてしまったのは事実。誰かが扇動した可能性があるため、騎士団の聴取に応じてほしいというイオンの言葉にも素直に従った。
 第二師団も防衛に徹していたため、負傷者はゼロ。
 こちらが想定していたよりもずっと平穏に事態を収めることが出来たと言えるだろう。

 問題はレインの誘拐だ。私が収集をかけた臨時詠師会において、この情報は即座に共有された。
 イオンは導師イオンは預言通りに死んだと思っていた詠師達にも全て暴露し、自分の影武者を勤めていたレインの奪還を宣言する。
 ユリアの預言が外れたことに青ざめ驚いている詠師達を置いて、マルクトへの抗議、六神将と守護役部隊の派遣、不在時の責任者についてなどさくさくと決めていく。
 その辺りでようやく頭が働き始めたらしい大詠師派の詠師が、叫ぶようにしてイオンに詰め寄った。

「お、お待ちください! 大詠師はこのことをご存じなのですか!? イオン様の病は……!?」
「……僕の病は未だ完治しているとは言えません。しかし回復に向かっていることは確かです。論師とヴァンの協力によって、僕は命を永らえました。貴方達だって既に心のどこかで解っているのではないのですか? ユリアの預言は絶対ではない。このままユリアの預言に従ったとして、確かに未曾有の繁栄は訪れるでしょう。けれどそれは、永遠のものではないと」
「それは……しかし!」
「ユリアの預言は外れました。僕は死ぬと詠まれた年を越え、こうして生きています。預言を外れても未来は続いていくんです。僕がその証拠です。不服申し立てがあるなら聞きましょう。最高位の預言士、教団の最高指導者。導師の地位を賜った者として、貴方の意見に耳を傾けることを約束します。しかし今はあれの、レインの奪還が最優先だ。あれは僕のため、ダアトのため、ひいてはオールドラントの未来のために文句ひとつ零さずその役目を全うしていた。導師を名乗る以上、僕はあれの献身に応える義務がある!」

 ずっと続けていた敬語も外し、力強く断言と共に杖で床を叩いたイオンに詠師は言葉をなくす。カァン! と高らかに鳴った音に全員が口をつぐんだ。
 イオンは詠師達が黙ったのを確認すると、改めて詠師会に集まった者達をぐるりと見渡し立ち上がる。

「論師の懸念より始まった外殻大地降下作戦。他、未来への懸念が、恐怖が、お前達を苛んでいることは知っている。教団の最高指導者として、お前達を安心させてやれないことは不甲斐なく思う。だが僕等がうろたえれば、幾千幾万の信徒達にまで不安は伝播する。それは決してあってはならないことだ。ユリアの預言は外れることは僕が証明し、同時に未曾有の繁栄は永遠でないことが示唆された以上、最早預言を絶対視することは出来ない。しかし僕は教団を率いる者として、論師を通じ、レインを通じ、預言が無くても未来を得ることが出来るのだと信徒たちに伝えてきた。結果、導師派は増え、論師派が生まれた。例え預言がなくなったとしても教団は存続する。そのための布石は既に撒かれている。それは論師の地位を作り上げた時、同席していたお前達が一番知っている筈だ」

 そこで言葉を切ったイオンは改めて詠師達を見渡す。
 誰もが口を噤み、ただイオンを見ていた。

「そのためにも僕は従順なるしもべを保護することで預言が無くとも教団の威光はあまねく民衆を照らしていることを証明し、外殻大地降下作戦をもって二か国に教団の真意は人類の存続であると示す! それが最高指導者である僕の意向だ! ……異論があるなら聞こう」

 眦を釣り上げ、力強く宣言したイオンの言葉の後に沈黙が落ちた。
 誰もが口をつぐむ中、ヴァンが立ち上がって深々と頭を下げる。イオンの意向に従う、という意思表示だった。

「詠師ヴァン・グランツ、イオン様のご意向に従います。どうか我々をお導き下さい」

 私もまた、同じように立ち上がった頭を下げる。時間はかかったものの、詠師達全員が導師であるイオンに頭を下げた。
 どさくさに紛れてユリアの預言からの脱却を認めさせちゃってるけど、何してんだイオン。まあいいけど。

 イオンは私達全員の賛同を得たことで改めてレイン奪還の議題を承認させる。
 六神将を派遣することによって守りが脆弱になることの懸念をあげれば、特務師団長であるセシル響士を特例で謡士に昇進。参謀総長の地位を与え、騎士団の統率と強化に努めることも決まった。
 詠師達はイオンの言葉に粛々と従ったが、その顔は未だ青い。一通り議題が出揃ったところで、詠師の一人、テオドーロ・グランツが震える声でイオンに問いかける。

「イオン様。ユリアの預言は、最早我々を導いてはくれないのでしょうか……?」
「……詠師テオドーロ。僕達はずっと、ユリアの預言に従うことを選択してきました。もちろん、今まで通り従い続けることを選ぶことも出来ます。しかし暗雲立ち込める未来であろうと、貴方は従うことを選びますか?」
「……」
「僕は、嫌です。僕は未来を選びたい。死への懸念に苛まれた時。この身を蝕む病魔に屈しかけた時。僕はただ生きたいと願いました。そのための選択に後悔はありません。例え預言という導をなくそうとも……僕は、生きていたい。死にたくない。貴方はどうですか? 未曾有の繁栄の末に死ぬことを望みますか? それもまた選択の一つです。熟考の末に滅びを選ぶというのであれば、僕は貴方の選択を尊重しましょう」
「……いえ、私は……その未来を、選べません。しかしユリアの預言が人類の滅びを詠んだことも、未曾有の繁栄が永遠でないことも、その外側に苦痛に喘ぐ人々が居ることも、未だ信じられないのです。信じたくないのです。勿論、論師シオリのお言葉は覚えております。その言葉の重みも、痛いほど理解しているつもりです。否定するつもりもございません。その上で、それでもなお……私は恐ろしい」

 か細く震える声で、詠師は告げる。
 長くユリアシティの市長を務めていたからこそ、人一倍その恐怖を覚えているのかもしれない。
 イオンはテオドーロの言葉を否定しなかった。ただ黙って頷き、その感情に寄り添う。

「貴方の感情は持ってしかるべきものです。どうかその感情を忘れないで下さい。それはいずれ教団が預言から離れると宣言した際に、民衆が抱く不安そのものです。恐怖を抱いた貴方は詠師として民衆に寄り添えるでしょう。同時に伝えてあげて下さい。例え預言に詠まれた未来から反れようとも、導師イオンは決して民を見捨てないと」
「かしこ、まりました……。どうか我等をお導き下さい。導師イオン」

 テオドーロ・グランツは改めて深々と頭を下げた。
 それを最後に臨時詠師会は閉会、イオンはヴァンを引きつれて更に移動する。

 導師守護役を使わないのはジェイド襲撃の損耗が激しいことと、レインとイオンについての情報を持っているものと持っていないものが居るからだ。
 守護役達には後でまとめて説明すると告げ、イオンと私達が向かった先では既に六神将達が揃っていた。詠師会の前に収集をかけるようシンクに頼んでおいたのだが、全員参加できるようで何よりである。
 そこにセシル特務師団長も加え、人払いをしたところで詠師会で決まった内容が伝えられる。

「僕は僕の代わりを勤め続けてきたレインを見捨てるつもりはない。レプリカだろうが関係ない。相手は導師イオンとしてレインを攫ったんだ。ここでレインを切り捨てれば教団の権威は地に落ちる」
「詠師会は導師イオンの存命、レインの奪還のための六神将の派遣、マルクトへの抗議。全て承認した。お前達には準備ができ次第、マルクトに向かってもらう」
「私が守りが薄くなることが懸念したところ、特務師団長であるセシル響士を謡士に昇進。参謀総長へ就けることで残った師団員の統率と強化を図る方向で決まりました。セシル響士。突然のことですが、受けてくれますか?」
「過分なご配慮痛み入ります。ご期待に沿えるよう、身を粉にして働きましょう」
「ありがとうございます。セシル謡士」

 私の言葉にセシル謡士が不敵に笑う。
 剣の腕も一流だが、彼女が最も得意とするのは情報戦であり裏での駆け引きだ。長らく空位だった参謀総長の席についたことで、その腕を存分に奮ってくれることだろう。
 キムラスカやフリングス将軍には悪いが、彼女を引き抜いて本当に良かった。セシルの名をとどろかせるため、ぜひとも頑張っていただきたい。
 セシル謡士が引き受けてくれたことにイオンは頷き、杖で地面を叩いて注目を集める。全員の視線がイオンに注がれたところで、イオンは重々しく唇を開いた。

「詠師達の手綱は僕が握る。シオリ」
「ん?」
「今から世界を引っ掻き回すんだ。君が開幕を告げるべきだ。君が始めたシナリオなんだから」

 完全にワンマン導師となったイオンに場を任せていたら、突如舞台に引っ張り上げられた。
 チェシャ猫のように笑うイオンに苦笑を返し、咳払いをしてからぐるりと周囲を見渡す。

「多少予定は狂いましたが、着地点に変更はありません。──これは世界への、始祖ユリアへの宣戦布告です」

 私がそう言い切ったことで空気が熱を孕んだのが解った。
 笑みを浮かべる者、拳を握り締める者。反応は様々だが、共通しているのは全員が高揚しているということだ。

「尻ぬぐいは引き受けます。存分に暴れてきなさい。さあ、世界を引っ掻き回しますよ!」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」

 口端が上がる。
 今、舞台は幕を上げた。


栞を挟む

BACK

ALICE+