15



 それはヴァンの元を訪れるため、護衛にやってくるシンクを待っていたときのことだった。
 神託の盾騎士団本部の入り口で守護役の少年たちと立っていたのだが、

「あ? 何だ貴様は」

 赤い髪をオールバックにし、端整な顔を不機嫌そうに歪めた青年が明らかに見下している視線と共にそんな言葉を投げかけてきた。無礼極まりない。
 論師です、貴方の上司です、顔くらい知っとけよ!

「お初お目にかかります、論師シオリといいます。貴方は……アッシュ殿ですね?」

 不満を飲み込み小首を傾げてそう確認すれば、アッシュは舌打ちと共に私の横を通り過ぎようとした。
 礼をとるどころか挨拶も無し、しかも質問も無視。もうコイツクビにして良いんじゃないだろうか。

「堂々と論師を無視してんじゃないよ、この鶏頭が!」

 そんな私の思いを感じ取ったのか解らないが、到着したシンクが思い切りアッシュに踵落としを食らわせた。
 よくやったシンク。基本的に暴力は嫌いだけど今回だけは褒めちゃうよ。

 床に沈んだアッシュを無視し、私は守護役の衣装に身を包んだシンクに向き直る。
 シンクも人目があることを理解しているため、私の前に膝を着いて口上を述べた。

「御前を騒がせました。お待たせして申し訳ございません。論師守護役部隊特別顧問シンク謡士、ただいま参りました」
「構いません、忙しい中ありがとうございます」
「主席総長がお待ちです。先触れは済ませてありますので、参りましょう」

 そう言って立ち上がろうとしたシンクの居た場所に、剣が思い切り振りかぶられる。
 しかしシンクもシンクで素早くその剣を避けた後、私を背後に隠してアッシュへと対峙した。

「いきなり何しやがるこの屑がっ!」
「屑はアンタだろ! 論師の前で剣を抜くなんて、何してるかわかってんの!?」
「はっ! 何が論師だ! ただのガキじゃねーか!」

 その言葉にシンクと交代する筈だった少年たちが唖然としている。
 ハトマメ顔だ。くるっぽー。まぁ気持ちは解る。

「言いたい事があるなら言っても良いですよ」
「……人間の皮を被った鶏なのかなと」
「いや、鶏に退化している最中の人間の可能性も……」

 少し、いや大分混乱しているようである。
 私の左右を固めながらも視線はアッシュに固定されてるあたり、精神的ダメージも蓄積されているのだろう。

 結局シンクに取り押さえられたアッシュは、喚きながら神託の盾兵に連行されていった。
 確かアッシュって原作だと元は神童と呼ばれるほど優秀だったとかそんな設定があった筈なのだが、そんなそぶりは欠片も見当たらない。
 誰だ、教育したの。ヴァンか。



「……と、いうことがあったんだけど。ヴァン、貴方一体どういう教育をしたわけ?」



 あの後、若干遅れたものの当初の予定通り守護役の子達と別れてシンクと共にヴァンの元を訪れた。
 そしてこうして詰問しているわけだが、ヴァンは目を泳がせるだけで応えようとしない。
 しらばっくれようとは良い度胸じゃねーか。足を組み、不機嫌を露わに眉を顰めてやればリグレットもヴァンを睨みつけている。

「洗脳をしようと暴力を振るったのは知ってる」

 それでもまぁ話しやすい空気は作ってやろうとそう言えば、ヴァンは何故それをといわんばかりに目を見開いた。
 反応が素直すぎて気持ち悪いです。

「で? 他に何したら元王族があんな何か勘違いしてる痛いチンピラになるわけ?」
「……私が特別扱いをしたせい、だろうな」
「ふぅん、つまり主席総長が特別扱いをするから他の兵達も迂闊に一兵卒として扱えない。それがダアトに来て荒れていたアッシュの態度を助長させたわけね?」

 あとは元々王族であるという妙なプライドや、平民に対する選民意識のようなものも眠っていたのかもしれない。

「……後悔はしている」
「反省もして頂戴。そして二度と同じ真似はしないで」
「すまぬ……」

 しょぼくれるオッサンなど見ていて楽しくも無いので私はさっさと視界から追い出した。
 ここにきて強く思ったのは、ヴァンは軍事や剣術の才能に秀でてはいるものの、それ以外がどこか欠落していると言っても良いくらいどこかおかしいということだ。
 少し考えれば解ることすら想像できなかったり、明らかに他からの不満が溜まっているだろうに気付きもしなかったり。

 要は想像力に欠け、共感能力に乏しい、ということ。
 幼い頃の悲惨な体験がそんなアンバランスな人間を作り出したのならば、同情はしよう。
 しかし同情だけで終わらせるつもりは無いし、終わらせればヴァンは行き詰る。原作のヴァンを見ればその行き着く先は解ると思う。

 幸いヴァンは指摘すれば反省もできるし、同じ過ちは繰り返さない。素直に自分の失敗を認めることもできる、元は素直で実直な人間なのだろう。
 同情も相まっておかしな部分を修正しフォローして回っているが、こうやっていっそ見捨ててやろうかと思うことは多々あったりする。

 痛む頭を抑えながらあの鶏冠の処分について考えた。
 以前ならヴァンがうやむやにしていたのだろうが、これからはそうはいかないのだ。

「時間はあまりない。荒療治するしかないかな」
「いっそのこと消す?」

 思案する私の背後でシンクが物騒なことを口にした。

「それは最終手段。アッシュは爆弾ではあるものの、逆転のカードにもなりうる。できれば確保しておきたいけれど、切り捨てる時を見誤れば一緒に落ちることになる。悩みどころね」

 腕を組み、隠すつもりのないため息をついた。
 リグレットの淹れてくれたお茶も、心は落ち着かせてくれても悩みまでは解決してくれない。

「荒療治と言っていたけれど、何をするつもりなのかしら?」
「ヴァンと同じ方法よ。一度突き落として、そこから引き上げてやる。ただ懐かれるとうざそうでさ」

 リグレットの問いかけにため息混じりにそう答えれば、ヴァンは頬を引きつらせ、シンクは眉間に皺を寄せていた。
 こんな風にシンクの機嫌が悪くなるのも目に見えているので、できればやりたくはない。やりたくないが。

「とりあえず……今回の件で、アッシュの処罰はどうなる?」
「論師の前で許可なく剣を抜いたのだ。幸い誰もケガはなかったものの、一週間の謹慎処分と二ヶ月間の無料奉仕、更に降格と給与二割カットだな」
「痛手だね。以前ならどうしてた?」
「まぁ……一週間謹慎だけで済んでいただろうな」

 ヴァンの答えに呆れが浮かび、何を考えていたんだと叱責しそうになるのをぐっと堪える。
 反省している人間を更に追い詰めるわけにはいかない。

「まずは正規の兵士と同じ罰則を与えて様子を見ましょうか」

 なのでアッシュのことを先に決める。
 正直扱いに困る存在なのだが、先程シンクにも言ったとおりアッシュは逆転の切り札にもなりえるのだ。手放すのは惜しい。
 時間が無いとは言え、そこまで切羽詰っているわけでもないからもう少し様子を見てからでも問題は無いだろう。

「ではそう通達しておこう」
「宜しく。それとティアのことなんだけど」
「……私の妹が何か?」

 そう問いかけるヴァンの瞳は揺れていた。
 何故妹の話が出るのか解らないというのがありありと解る。しかしそもそも今日はその話をしに来たのだ。

「神託の盾騎士団に入りたいって言っているんでしょう?」
「何故、と貴方に問うのは野暮だな。祖父が止めているものの、聞かないらしい」
「絶対止めて」

 私の拒絶の言葉にヴァンは困惑の表情を浮かべた。
 リグレットも同様で、私は紅茶で喉を潤してから説明のために唇を開く。

「シナリオは話してあるでしょう? 私という異分子が存在し計画が変更されたから全てシナリオどおりには進まないと思う。進まないだろうけれど、もし万が一ティアが公爵邸を襲撃した場合神託の盾に所属していたらまずいのよ」
「しかしティアにばれなければ……」
「妹の願いを叶えてやりたいという気持ちは解る。解るからこそ、止めて。それとも妹を障気障害にしたいの?」

 シナリオに沿うとはそういうことだ。
 私の言葉にヴァンは考え込み、深く息を吐き出した。

「騎士団に所属すれば外郭大地を降下させる際、必ず引きずり出される……確かに、一般人のまま居た方が良いのだろうな」

 そう、騎士団に入れば上の命令には逆らえない。
 いくらシナリオを改変しようとパッセージリングの前に立たされる確率もぐんと上がるのだ。
 しかし一般人のままならば、ヴァンが矢面に立ちティアを庇うこともできる。

「そこまで思い至らなかった私は……まだまだ未熟ということか」
「妹に傍に居てほしいと思うことは未熟とは言わないよ。たった一人の血縁なんでしょう?」
「……貴方の口からそんな言葉が出るとは思わなかった」

 珍しい私の慰めの言葉に、ヴァンは眉尻を下げて寂しそうに笑った。
 リグレットも弟を思い出しているのか、少しだけ眉根を寄せてすぐにいつもの顔に戻る。
 軍人の鑑だなと思う反面、内輪の集まりなんだから少しぐらい感情を見せれば良いのにとも思う。

「ではティアは私が止めておこう」
「お願いね。まぁ仕事さえしてくれれば里帰りは止めないから」
「そうだな。久々にあの街に顔を出すのも悪くないか」

 きっと今なら違う見方ができるだろうとヴァンは頬を緩める。
 その姿を見ながら私はもう一度紅茶に手を伸ばすのだった。








シンクが空気orz

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