12.5


※シンク視点

「は? 守護役部隊作るの?」

 ヴァンに執務室に呼び出されたと思ったら、突然の提案。
 シオリの護衛は僕だけで充分だろ、と言いかけて師団長になった以上そうはいかないのだと喉まで飛び出しかけた言葉をぐっと飲み込む。
 ヴァンもヴァンで僕が不満げな顔をして居るのが解るのだろう、わざわざ懇切丁寧に説明をしてくれた。

「そうだ。シンクが第五師団と兼任になったからな、これからは護衛が無い時間も増えるだろう。そのために論師守護役部隊を編成し、神託の盾騎士団に組み込むことになった」
「騎士団内の位置的には導師守護役と一緒?」
「あぁ。といっても導師守護役部隊に比べ規模は小さいがな。実は既に選抜は済ませてある」
「……シオリは納得してるの?」
「既に承認は得ている。あの方は自らが闘う力を持たないことを十二分に理解されている。己の立ち位置が危ういものであることもな。守護役部隊を作ることを詠師会で提案した際、"私の闘う力は机の上でこそ発揮されるもの、荒事は貴方たちに任せます"と仰られていた」

 穏やかな微笑みを浮かべてその言葉を口にするシオリがありありと脳裏に浮かび、少しだけ胸が痛んだ。
 シオリの傍を離れることは納得した上で師団長になったものの、別の人間がシオリの傍に控えるのは想像してなかった。

 根拠も無く思い込んでいたのだ。
 シオリの傍に居るのは自分だけだと。

「それで、選抜リストは」
「これだ。最終的な人選は私とシンクに任せるとのことだ」
「……ふぅん」
「それだけ私たちを信頼しているということだ。そうふてくされるな」

 困った子供に言い聞かせるようなヴァンの言葉を無視し、渡されたリストを見る。
 リストには戦闘能力についての詳細と護衛経験の有無、礼儀作法や筆記試験のテストの結果に加え、騎士団に入る前の経歴まで詳細に書かれていた。
 ヴァンもヴァンでシオリを失わないよう必死なのだろう。

 事実、シオリは計画の要だ。今は論師としての仕事に打ち込んでいるが、それも計画に必要だからこそ。
 シオリが成果を上げれば上げるほど、計画もより円滑に進む確立が高くなるのだから。

「……ねぇ、何で男ばかりなわけ?」
「詠師達で話し合った結果、導師守護役部隊とは逆に論師守護役部隊は少年のみで編成しようという話になってな」
「何それ、どうしてそんな結果になるのさ」

 自分の声が少しだけ低く感じるのは、きっと気のせいではない。
 気に入らない。素直にそう思えてしまうから。

「面子というものがある。今はダアト内で済んでいるが、これから遠出されることも、公務に出られることも増えるだろう。守護役部隊を整えるほど論師の地位が高く、また重要な職であることを押し出す意味合いもある。制服も既にいくつかデザインが出来上がっていてな、此方はシオリ様に選んでいただく予定だ」
「ふーん……」

 自分でもそっけない返事になったと思う。
 しかし私情を優先させてシオリを危険な目に合わせるわけにはいかなかった。それでシオリが怪我でもしたら、後悔してもし足りない。

 シオリには血中音素が無い。
 故に彼女には治癒術が効かず、もし危険な目にあった場合人より何倍も死に到る可能性が高いのだ。
 盾と言う意味でも守護役部隊は必須だろう。

「アンタはどれが良いと思ってるわけ」
「それを今からお前と話し合うのだ」

 不満を飲み込み、執務机にリストを広げ、僕とヴァンは守護役部隊の選抜に取り組んだのだった。



 胸の内にもやもやとしたものを抱えながら、僕は確定したリストを片手に論師の執務室を訪れていた。
 ノックをすればすぐに穏やかな声で入室の許可が出る。ドアを開けて部屋に入れば、机にかじりついて書類と格闘するシオリの姿があった。
 珍しいことに上着が椅子に掛けられ、ノースリーブのワンピース姿だ。

 白地にワインレッドをアクセントとして盛り込まれた論師の制服はシンプルながらもゆったりとした法衣であり、シオリの仕事着でもある。
 腰のベルトからドレープしている布地もシオリが動くたびに揺れて優雅さを引き立たせる。ヴァンが最初に作ったあの露出過多な衣装よりよっぽど似合っていた。

 昔赤色が嫌味に感じないのは何故だろうと考えて、シオリに聞いたことがある。シオリは恐らく黒い髪と瞳のせいだろうと言って笑っていた。
 シオリの故郷の民族衣装は法衣よりも派手な極彩色を使用するらしく、それを引き締めるのには黒い髪と瞳がマッチしていたらしい。故にそうでない人間が着ると服に負けてしまうこともあるのだと。

「……論師守護役部隊の選抜リスト届けに来た」
「ありがとー」

 余計な考えを頭から振り払い、僕はリストをシオリへと渡した。
 訪問者が僕だと解り気を抜いたシオリは呑気な声を上げてリストを受け取り、パラパラと流し読みを始める。

「うっわ、ほんとに男ばっか」
「こういうの何て言うんだっけ? 逆ハーレム?」
「お母さんそんな言葉教えた覚えありません、どこで覚えてきたの」

 誰がお母さんだ。心の中だけで突っ込む。

「師団でハーレムの話になってさ」
「十二歳相手に何話してんだ」

 げんなりとした顔をしつつも目は書類の文字を延々と追っているあたり、シオリは完全に仕事中毒者だろう。
 僕はいつものようにシオリの背後に回り、仮面を取って背後から抱きつく。少し冷えた肩を包むようにして手を回しつつ、肩に顎を置いて書類を覗き込んだ。

「秘書ができそうな奴はコイツとコイツとコイツね」
「あ、それも考えてくれたんだ?」
「シオリは補佐が居ないとすぐ無茶するじゃないか」
「大丈夫よ、シンクが居るもの」

 筆記試験で高得点を叩き出した奴らを教えてやれば、シオリはそんな事を言いつつくすくすと笑った。
 頼られているということに安堵し、これからその機会も減るのだと思うとやはり嫌な感情が湧き上がる。そんな自分が嫌で、何とか不満を押さえ込もうとシオリにぎゅぅとしがみ付いた。

「どうしたの? ……私に護衛がつくのが不満?」

 胸中を見透かされ、僕は抱きしめる腕の力を強めた。
 シオリが嘆息する音が聞こえ、思わず顔を見れば眉尻を下げて苦笑していた。

「誰が護衛についても、私がこうやって話すのはシンクだけだよ?」

 その言葉を頭の中で咀嚼し、ゆっくりと呑みこむ。
 特別扱いするのは僕だけだと変換して、僕はシオリの肩に顔を埋めた。

「シンク、息がかかってくすぐったい」
「くすぐったいなら笑えばいいんじゃない?」
「いや、そこまでくすぐったい訳でもない」
「じゃあ我慢してよ」

 息を吸い込めばシオリの匂いがして、それを胸いっぱいに吸い込む。
 護衛がつく以上人目もある、これからはこんな風に甘える回数もぐんと減るのだと思うと、少しだけ寂しい。
 しかし自分で選んだ道だと思い、こうして会える時間を大切にすればいいのだと自分に言い聞かせた。
 なのでくすぐったいのは我慢して貰おう、なんて考えているとシオリが音を立てて手を合わせた。

「あ、そういえばシンク」
「ん?」
「これなんだけどさ、シンクはどれがいいと思う?」

 シオリの言葉と共に紙擦れの音が聞こえ、顔を上げてみれば数枚のデザイン画があった。
 相変わらずシオリの肩に顎を置いたままそれを見れば、どうやら論師守護役達の制服の候補らしい。

「ブルーが多いね」
「導師守護役がピンクだし、私の法衣がワインレッドだからね」

 確かにブルーの守護役達に囲まれればワインレッドの法衣はさぞかし映えるだろう。
 成る程と納得しつつ、デザイン画達を見比べる。よくよく見れば、どのデザインも騎士団兵の制服にしてはシンプルな気がした。

 しかしシオリの法衣は論師という特異な地位上、あの神託の盾独特の紋様も無いに等しく、先程言ったようにシンプルなデザインだ。護衛達があの紋様の入った凝った制服を着れば、シオリの印象が霞んでしまう。
 シンプルであるのも、ある意味当然といえば当然だった。

「シオリはどれが良いと思ってるの?」
「んー……これか、これかな? どっちが良いと思う?」
「そうだね……右かな。動きやすそうだし」
「確かに」

 それじゃあこれで決定ーと声を上げるシオリにそれで良いのかと思うが、決定権はシオリにあるのだ。口を挟む必要は無いだろう。
 そう思ってデザイン画をぼーっと見てると、シンクはこれの緑色ねと言われて思わず首をかしげた。

「は? 僕?」
「そう、これから私の護衛をする時はこれ着るのよ」
「……僕が?」
「そう、シンクが」
「……団服じゃなくて?」
「団服じゃなくて」
「……これ着るの?」
「そう、緑色のこれを着るの」

 改めて言われ、まじまじとデザイン画を見る。
 てっきり自分は関係の無いものだと思っていたため、先程は適当に返事をしてしまった。
 スカイブルーをメインに白と紺を入れた制服、これをパステルグリーンと深緑に色を置き変えるらしい。

「ホントは守護役部隊の隊長やって欲しかったんだけど、流石に師団長と兼任はできないらしくてさ、顧問みたいな立場にしてもらったから。んで、そうしたらそれならカラーリングを変えましょうって」

 ちなみに部隊長はまた少しデザインが違うんだよーと呑気な声を上げるシオリに目をぱちくりさせる。
 シオリの言い方からして、特別な立ち位置にしたのはシオリの要望なのだろう。
 精神的・私的な部分だけでなく、こうした公的な場所でまで特別扱いしてくれたことに思わず頬が緩みそうになり、慌てて唇を引き結ぶ。

 あぁ、駄目だ。
 計画なんて、どうでもいい。
 僕、シオリが居ればいいや。

 そう思ってしまった自分が居るのを感じて、もう一度肩に顔を埋めた表情を隠した。
 顔を見られたら考えていることもばれてしまう気がしたから。

「……シンク?」

 どうしたの、という声に別に、とそっけなく返す。
 シオリは首を傾げつつも、僕の頭を撫でてしたいようにさせてくれた。

 不満も不安も、もう無い。
 頑張ろう、僕の頭を撫でてくれるこの優しい手の持ち主の気持ちに応える為に。
 胸の中で決意を新たにして、幸せを感じながら僕はそっと息を吐き出した。

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