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「シンクー、おかわりー!」
「どんだけ食べる気なのさ!? 夕飯入らなくなるからもうあげないよ」
「えー、だっておいしいんだもん」
「駄目なものは駄目。それともラルゴに怒られたいわけ?」
「うー、それはイヤ」
「じゃあ我慢しな」
「はぁい……」

 この会話、決してお兄ちゃんと弟の会話ではない。シンクとフローリアンの会話である。
 さらに言うなら産まれた順番的にはフローリアンのほうがお兄ちゃんだったりするが、シンクに言ったら軽くショックを受けそうなので私は口を噤んだままだ。

 フローリアンをラルゴに預けてから、フローリアンは髪を染め片目に包帯を巻いて私の執務室を訪れるようになった。
 髪の色が変わって片目を隠すだけで印象とは変わるもので、その上からフード付きのローブを羽織ってしまえばバレる心配はほとんど無い。
 ただ距離感が掴みにくいのか時折壁にぶつかっているらしく、別の方法を探すつもりではあると言っていたのはすっかりお父さんになったラルゴの言葉である。

「また次の楽しみにすればいいよ。作っておくから。シンクが」
「丸投げかよ!」
「あははははは」

 シンクの突っ込みもフローリアンが来てからさらに磨きがかかった。
 徐々に苦労性になっている気がしなくも無いが、見ている分には楽しいし本人からの苦情も出ていないので良しとしよう。
 シンクがため息をつきながら空になった皿を回収し始めると、フローリアンが気の抜ける声を上げた。

「あ、そーだ。シンクー」
「ハイハイ、今度は何さ。僕はそろそろ師団に戻って、」
「僕も騎士団入りたい!」

 かっちゃーん。と、良い音がした。
 神託の盾傭兵団の新規登録希望者一覧に目を通していた私は思わず顔を上げ、フローリアンはきょとんとした顔で音の発生源であるシンクを見ている。
 その足元には皿とカップが落ちていて、それが音源であることは容易に想像できた。割れなくて良かったね。

「……誰が何に入るって?」
「僕が、騎士団に!」
「無理、無茶、やめときな、てゆーか審査通らないから諦めろ」

 一刀両断するシンクに対し、フローリアンが唇を尖らせてブーイングを喰らわせている。
 シンクはそれを無視して落としたカップや皿を拾い上げると、さっさとキッチンに持って行ってしまう。フローリアンはそんなシンクにまとわり着きながら、一生懸命アピールしている。

「僕だって役に立ちたい。ねぇ、頑張るから!」
「騎士団はアンタみたいな甘ちゃんがやっていけるほど甘くないんだよ」
「やってみないとわかんないもん!」
「あのさ……字も書けない上にそんなひょろひょろの身体でどうやって騎士団に入るわけ? その上僕と同じように顔も隠さなくちゃいけないんだ。それだけでリスクは他の団員よりも高くなる。それに騎士団に入れば血なまぐさい事だってたくさんあるんだよ。今まで保護されるだけだったアンタには無理だよ、諦めて別の道を見つけるんだね」

 きゅっと水道を締め、洗い終わった茶器を拭いて手袋を嵌め直すシンク。
 そのまま仕事が残っているからと出て行ってしまい、完全に落ち込んでしまったフローリアンが一人残される。うん、完全に押し付けられたね、これ。

「……やってみないと、わかんないもん」

 ぽつりと漏れた言葉と共に、フローリアンはぎゅっと拳を握り締めた。
 俯いているために表情は解らないが、多分唇を噛み締めているんだろう。

「じゃあ、試してみる?」

 だから私は、そんなフローリアンに一つの提案をした。パッと顔を上げるフローリアンに少しだけ入れ知恵をする。
 そもそもシンクは一つだけ前提が間違っているのだ。それに、初めてフローリアンがやりたいと言ったこと。できれば応援してあげたい。
 さらさらとラルゴ宛の手紙を書く。ラルゴなら間違った判断は下さないだろう。

「シオリ、ありがとう」
「どういたしまして」
「……でも、シンク怒らない?」
「うーん、怒るかもね」

 苦笑しながら答えれば、フローリアンは手紙を持ってしょぼんとしてしまった。

「シンク、何で駄目って言ったの? 僕が嫌いだから?」

 うん、伝わってないよシンク。
 シンクの騎士団は厳しい場所だから駄目、という説明は一欠けらも伝わっていなかった。
 心の中でシンクに同情しながら、私はフローリアンの頭を撫でた。

「シンクはフローリアンを心配してるんだよ。騎士団は楽しいところじゃない。むしろ悲しいことや苦しいことの方がいっぱいあるからね」
「でも、シンクも居るんでしょ?」
「シンクは自分が居るから、それが解る。フローリアンにそんな思いをして欲しくないんじゃないかな」
「……でも、ラルゴやシンクも居るんでしょ?」
「そうだね」
「じゃあ僕頑張れるよ! 僕、シオリやシンクや、ラルゴの役に立ちたいもん」
「ラルゴは優しい?」
「うん! 頭わしゃわしゃーって撫でてくれるんだよ!あとね、一緒にお風呂入った!」

 うん、完全にお父さんだね。心の中で相槌を打ち、再度頭を撫でてやる。
 そのままラルゴに手紙を渡してくるというフローリアンを見送り、数日後それを知ったシンクが飛び込んでくることを想像して私はもう一度苦笑を漏らしたのだった。



「ちょっとシオリ! どういうこと!?」

 あれから数日。
 案の定、シンクは部屋に入ったとたん声を荒げて私に詰め寄ってきた。部屋の中に入るまで我慢するあたり、シンクの方が大人だと思う。当たり前だが。

「どうって何が?」
「フロ助だよ! 何でラルゴが鍛えてるのさ!?」

 おぉ、ついにシンクもフロ助と。
 なーんて私が感動(?)している間にも着々と距離を詰められ、ついに私の背中は壁とご対面。
 シンク的には弟が一人増えた気分で、できればフローリアンには教団や騎士団に関わらず過ごして欲しいと思っていたのだろうと予測している。ちなみにもう一人の弟はレインである。

「何でってフローリアンが騎士団に入りたいって言うから」
「だからってあんな甘ちゃんが騎士団でやっていけるわけないだろ!? いじめられるのがオチだよ!」

 ……やっぱり心配していた?らしい。
 仮面を剥ぎ取り鼻先がくっ付きそうなほど距離を詰めて睨みつけてくるシンクに苦笑しつつ、シンクの肩を押して離れてくれるように合図してみる。
 が、シンクの手は私の顔の横に置かれ、完全に私はシンクから逃げられなくなった。

「あー、でもねぇ、」
「でももだってもないよ! 何で僕が反対したか解ってるだろ!?」
「解ってるよ。だから落ち着いて、最後まで話を聞きなさい」

 ぽんぽんと肩を叩きながらそう言えば、シンクは大きく深呼吸をしてから一歩引いてくれた。
 やっと空いた距離に密かにほっとしつつ、腕を組んで此方を見ているシンクに一つ息を吐く。

「まずフローリアンはね、無邪気に見えるけど決してそれだけじゃないよ。フローリアンは最初から軟禁されてたわけじゃない。モースに見つかるまで一人でザレッホ火山の中に居たんだからね」

 私の言葉にシンクは思い切り目を見開いた。
 やはり勘違いしていたらしい。

「そんな中でもあの子は純粋な心を失わずに居たんだ、決して心は弱くないし、素人判断だけど戦闘の素質もあるってことじゃないの?」
「それ、はそうかも、しれないけど」
「それに初めてフローリアンがやりたいって言ったことなのよ?できれば応援してあげたいじゃない。勿論何も知らないフローリアンを騎士団に放り込むことはしないよ。だからラルゴに鍛えてもらってるし、ラルゴが合格を出したら第一師団かうちの情報部に回して貰う。そうすれば大分融通が利くでしょう?」

 私の説明にシンクは唇を尖らせ、そのままふてくされてしまった。
 お兄ちゃんは心配性、と言ったらどつかれるのが目に見えているので言わないが、完全に勝手に決めたことに対し拗ねてしまっている。

「あとね、あの子の行動範囲を狭くすれば、それは範囲が広くなっただけで軟禁しているのと変わらないんだよ。勿論騎士団に入れば汚いことや醜い事だって目にすることもあるし、嫌な事だってたくさんあるでしょう。けど、世界はそれだけじゃない。シンクだってそれは知ってるでしょう?」

 シンクはぐっと言葉を詰まらせ、視線をさ迷わせた後に大きなため息をついた。
 どうやら納得してくれたらしい。私に丸め込まれた、という方が正しいかもしれないが。
 そのまま腕を解き、私に抱きついてくる。ずしりと肩に重みがかかり、私はシンクの背中をぽんぽんと叩いた。

「フローリアンは幸せ者だね。こんな風に心配してくれる人が居るんだから」
「……別に心配してたわけじゃないし」

 ここでツンデレ発揮ですか。
 思わずふきだせば、シンクに首筋に噛み付かれる。うわぁ、久しぶりの痛みだ!

「いだっ、いたたっ、痛いって!」
「うるさいな。いいだろこれくらい」
「いや、痛いもんは痛いっ、あだだだっ!」

 シンクと壁に挟まれ、私は思い切り首筋に噛み付かれた。
 フローリアンのことを勝手に決めた負い目があるため今回は甘んじて受け入れたが、次からは絶対やり返してやるんだからな!!


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