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「ケセドニアからの報告だよ。面白いことになってるね」

論師守護役の制服を着たシンクが唇の端を吊り上げながら報告書を寄越してくれた。
一体何が面白いというのか。
キリの良いところまで書いた書類を脇にやり、報告書に目を通す。

導師派と大詠師派に別れていることを知った信者達は、敬虔な者達から派閥主張を始めたらしい。
今のところ大詠師派が大部分を占めているが、導師自らの説法に胸を打たれたものや預言に対する疑問を持つ者達は導師派を名乗っているようだ。
そんな中、読み勧めていくうちに私は予想外の文字の連なりを見つけ、眉を顰めた。

「……論師派ってなんぞや」

「書いてあるだろ。預言を必要としない一派のこと。
自分の意志で決定し、自分の言動に責任を持つことを美徳とするんだってさ。
預言に左右されること無く生きる、いつの間にか出来上がってた派閥だよ」

一番数は少ないが、僅かながらも存在するのだとか。
ちなみに僕も論師派だからね、とシンクが肩をすくめながら教えてくれた。
それは喜ぶべきなのか?

「まぁ別に構いはしないけど、迫害されたりしないのかね?」

「さぁ?そういう論師様は肩身が狭いわけ?」

「私は良いのよ。預言が無いっていう前提があるんだから。けど預言があるのに預言を使用しないって言うのはまた違うでしょう?」

「それもまた本人の選択だろ。そいつ等は自分から預言を捨てて生きてる。自分の言動に責任を取るって公言してるんだから、好きにさせれば良いさ」

シンクの言う通りなのだが、なんとも複雑な気分が胸を占める。
自己責任を覚えてくれるのは嬉しいが、周囲から白い目で見られたりしないのだろうか。
そんな私の心配を余所に、シンクは行儀悪くも机に腰掛けて二通の手紙を取り出してきた。

「それともう一つ。マルクトからの招待状が来てる。
あとトリトハイムからも同じ件で伺いが来てるから目を通して返事を書いてくれる?」

何故シンクが私の伝書鳩みたいなことをしてるんだろう?という疑問はさておき、私は封の切られている手紙をがさごそと取り出した。
こういった仕事の手紙は守護役達があらかじめ検閲しているため、私の手元には既に開けられた状態で届くことが多い。
流石にプライベートの手紙は違うけど。

「……えっと、招待状?なの?これ」

「招待状でしょ。表向きは」

マルクトからの手紙はそりゃあもう装飾華美な言葉が並べられていて、簡潔にすれば三行で済むんじゃないか?って内容が長ったらしく書かれていた。

要約すると、

マルクト内に施設作ってくれてありがとう。
みんなも喜んでるし、これからも頑張ってくれると嬉しいです。
お礼がしたいのでマルクトに来て下さい。お菓子もたくさんあるからね!

ということらしい。
やっぱ三行で済んだねコレ。

何か最後のお菓子の下りが遠まわしに馬鹿にされてる気がしなくも無い。
というか、子供だからということで舐められているのかもしれない。
トリトハイムからの手紙は導師も一緒に呼ばれているけどダアトから出しても平気か?という内容で、導師へ宛てられた手紙も同封されていた。

んで、導師からの手紙も一緒に目を通したんだけど。
そこには論師なんて新しい地位を作って活動させてるみたいだけど、仕事が増えて導師も大変でしょう。身体には気をつけてね。みたいな内容。

要は論師ってのはただのお飾り職で、実際は教団員たち(もしくは導師自ら)が動いていると思っているのが見て取れる内容だった。

「んー、舐められてるなぁ」

レインとしては私が良いなら行きたい、みたいなことを言っているらしい。
一緒に入っているメモを読みながら頭をぽりぽりとかく。

「見た目が子供だからね、相対しないとシオリの灰汁の強さは解らないだろうし?」

「こらこら。それはどういう意味かな?」

「そのまんまだけど」

口の悪いシンクに猫パンチを食らわせてから再度招待状に目を通した。
日付などを見ればそろそろ仕事の調整をしなければ間に合わなくなる時期だ。

「どうせならマルクトにもパイプは作っておきたいし……行くか」

「へぇ、行くんだ」

「マルクトに作ったホスピスや託児所も前々から視察に行きたいって思ってたし、丁度良いでしょう。
シンクはどうする?」

「…………行く」

「じゃあ仕事の調整しておいてね。ちゃんと副師団長に伝えて、第五師団員に通達して、ヴァンの許可も取りなさい」

「解ってるよ。子供じゃあるまいし」

「子供でしょうが」

そんな馬鹿なやり取りをしつつ、シンクが移動して私の背中に圧し掛かってくるのを感じる。
コレも既に定位置になりつつある気がするのは、こうして会う度にシンクが圧し掛かって書類を覗いて来るからだろうか。
別に見られて困る仕事内容はないから、別段気にしてないけれど。

「トリトハイムにはなんて?」

「とりあえずレインは私が一緒に行動するよ。守護役の選別もしてもらわないといけないから、そこら辺もお願いしなきゃね」

「論師の守護役は僕と守護役長と選別しとくよ」

「宜しくー。それとできればレインにはホスピスの慰問に行って欲しいんだよね。それも書いて……あとシンクとレインには自由時間をあげたいから日程に余裕を持つように、と」

「何で自由時間?」

「ダアトから出るのは初めてでしょう?

できれば二人には色んな経験をして欲しいのよ。
色んなところに行って、色んなものを見て、色んな経験を積む。
役に立たずとも、それはきっと二人の大きな糧になる」

私の言葉を聞いたシンクはふぅん、とそっけない返事を返してくれた。
うぅん、あまり伝わらなかっただろうか?
内心まだ早かったかなと苦笑していると、シンクが私の肩に顎を置いてぽつりと呟いた。

「勿論シオリも一緒に行くんだよね?」

「……うん?」

「だからさ、自由時間、くれるんだろ。シオリも一緒に来るんだよね?」

……これは、もしかして一緒に遊ぼうって誘われてる?
ちらりとシンクを見れば、真剣な顔で私を見つめていた。

「頑張って時間作るよ」

「ん、」

だから苦笑交じりにそう返せば、私の肩口に顔をうずめて小さく返事をした。
どうやらシンクは、私の思ってる以上に甘えん坊らしい。









マルクト行きが決まってからは、私とシンクはそれはもうバタバタしていた。
外交なんぞ初めてだから仕事の調整やら守護役達のスケジュール管理のすり合わせやらでえらい時間を食われたのだ。
導師の公務は詠師達が管理しているからまだ良いが、私は自分で管理しているのでマルクト行きを楽しみにしているレインの横で余計にバタバタしていた気がする。

シンクもシンクでまた大変そうだった。
ヴァンに許可を貰い(むしろ論師が行くならお前も行け、死ぬ気で守れと言われたらしい)、副師団長と第五師団に通達したら思い切りブーイングを喰らったそうだ。
どうもシンクがやっていた事務仕事が副師団長と各小隊長達に分配されたのが不服らしかった。

「そう。ならお前達が代わりに論師と導師の護衛をして、且つマルクト宮殿に足を踏み入れてくるかい?」

と、シンクに言われたらすぐさまブーイングも引っ込んだらしいが。
お偉方の護衛をする上、宮殿なんて入ったら緊張で失敗するに決まっていると誰もが辞退したらしい。
それで良いのか神託の盾騎士団。

自分が居ない間でも自己鍛錬はサボるんじゃないよと釘を刺し、何とか師団員たちを納得させたシンク。
何かシンクが苦労性になった理由を垣間見た気がした。

ちなみにイオンにマルクトに行くことを伝えたところ、羨ましい自分も連れてけと返事がきた。
大分暇を持て余しているらしいと苦笑し、アリエッタにイオンのことを頼んでおく。

招待されたのは二人だけなのに護衛を入れれば100人近くの大所帯になってしまったが、何とか準備は整った。

目指すは麗しき水の都。
さてはてどんなものが飛び出すのやら。

うっそりと笑いながら、私はダアトを後にしたのだった。







とりあえず一区切り尽きました。
土台編ならぬダアト潜入編はココでひとまず終了。
夢主がトリップしてから半年ほど経っております。

次からはダアトではなくマルクトが舞台になります。
今まではダアト内での論師の活動が主でしたが、これからは各国からの論師の評価なども交えて話が進んでいくことになります。

ゲーム本編まで遠いですね…頑張りますorz


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