論師と魔弾の邂逅
※リグレット視線
「私の副官、リグレットだ。女性同士の方が聞きやすい事もあるだろう。解らないことがあれば聞くと良い」
「リグレット奏手です。よろしくお願いします」
「新たに論師に就任しました、シオリと申します。これから色々お世話になるでしょうが、よろしくお願いします」
計画変更の知らせの後に閣下に紹介されたのは、未だに年端もいかない少女だった。
しかし口元にうっすらと浮かぶ笑みも、黒い瞳が映す知的な光も、慇懃な口調も、醸し出す雰囲気も何もかもが少女の年齢にそぐわない。
しかもこの少女は異世界から来たのだと言う。預言を知らず、教団の教えにも染まらない希望となるべき少女。その少女の相談役を任されたのは光栄といっていい。
謡将からの信頼を心の中だけで噛み締めつつ、柔和な笑みを浮かべる目の前の少女に敬礼をとる。
「はっ、何分軍人ですので至らぬ点も多いでしょうが、精一杯お世話させて頂きます」
「堅いですね。もう少し軽くても良いですよ。こんな子供にそこまでへつらう必要もないでしょう」
「しかし論師は導師の下位であり、大詠師の上位であるとのこと。私のような唱士風情が気軽にお話しすることは」
「線引きをきちんとすることは良いことです。では言い換えましょうか。人の目がある所以外、堅くならなくて良いですよ。そんな四六時中畏まられると息が詰まってしまいます。特別扱いをされて助長する人間ならともかく、リグレットはきちんと公私の分けられる軍人でしょう?」
くすりと小さく笑いながら言われた言葉にどう答えて良いか解らず閣下を見る。
ここで頷けば二人の時は砕けた話し方をしなければいけないし、かといって否定すれば公私の分けられない軍人だと自称することになる。
しかし閣下は笑みを浮かべたまま、一つ頷いただけだった。好きにしろ、ということらしい。
「……では、プライベートではこの話し方をさせて貰うわ」
「ありがとうございます。正直言うと、私の世界には身分制度が存在しないところだったので、少しばかり息が詰まりかけてたんです」
そう言って苦笑する少女は歳相応に見えた。本心なのだろう。ホッとしている姿に嘘はないように見える。
ローテーブルを挟み、互いにソファに腰かける。一番地位の低い私が即座に座ることなく、紅茶を淹れるのは当然のことだ。
なのに彼女は紅茶をふるまう私にありがとうございますと礼を言う。身分制度の存在しない国から来たというのは本当のことなのかもしれない。
彼女の礼の言葉に私も口の端を上げて応え、閣下の隣に腰かける。ティーカップを傾ける少女に向かって、お望み通り砕けた口調で声をかけた。
「身分制度が無い、とは不思議ね。国自体が崩壊しそうに思えるのだけれど」
「そうでもないですよ。私の国は王制ではなく民主制度でしたから。私としては此方の宗教感覚が不思議です」
「宗教感覚……というと、ローレライ教団のこと?」
「はい。宗教というと徳を積んで死後の世界では安寧に暮らすとか、現世で罪を犯せば死後地獄に落ちる、といったものが主でした。要は信仰心次第で変わる価値観を主に唱え、教義にしていたんです。その分求心力は各国によって違いましたし、祖国では無宗教の人間も多々居ましたが……此処は違うでしょう? ローレライ教団は、目に見えて受けることのできる恩恵を教義としている」
預言。
己の大切な家族を奪った、愚かしくもおぞましい習慣。笑みを絶やさないままいわれた言葉に、気付かれないよう唇を噛む。
確かに少女の言うとおり、預言が無ければ教団が此処まで肥大することは無かっただろう。しかし現状はどうだ。肥大しすぎた教団は腐った果実に成り果ててしまった。
カップに口を付け、憤りと共に呑み下す。その度に私の中の復讐の炎は、未だ高々と燃えている。
「……貴方にとって、預言はどういう風に見えるのかしら」
「どう、ですか。抽象的な質問ですね」
「そうね……貴方には預言が無いのでしょう?恩恵を受けたいと、そう思うことはある?」
「恩恵、という言い方をするのであれば……そうですね、可能ならば受けたいと思いますよ」
その言葉に隣に座っていた閣下が目を見開くのが解った。意外だったのだろう。同時に、私も意外だった。
目の前の彼女は預言を排除するために力を貸している。それなのにその恩恵を賜りたいとは、矛盾しているではないか。
此方の心情が解ったらしく、少女はくすくすと笑った。悪戯の成功した子供のような、無邪気な笑み。
「ただし、今の教団から受けるのはごめんです。それくらいならば先が見えないことを楽しんだほうが良い」
「……どういうこと?」
彼女が言わんとすることが解らず、気付けば問い返していた。
「要は使いよう、ということですよ。危機を回避するために使用しても構わないならば恩恵を受けたいとは思いますが、従えといわれるのはゴメンだということです。不確定とはいえ、未来の情報は非常に価値が高い。ですが、情報に踊らされるのはごめんです。情報とは本来役立てるためにあるのですから」
そう言ってカップに口をつける少女。
良い香りですねと呟く姿をぼんやりと見ながら、私はおぼろげながらに悟った。
少女にとって"預言"とはただの情報でしかないのだ。従うべきものでもなく、神聖なものでもなく、利用するためのもの。
決定的な価値観の違いを肌で感じ、何故か怖気が走る。無意識のうちに、震える唇が開いていた。
「貴方は……預言を回避することに、恐怖は無いの?」
「恐怖? おかしなことをおっしゃいますね、リグレット。何故定想定された未来を回避することに恐怖を覚える必要があるんです?」
「だって……どうなるか解らないのよ?」
「それが何か? 私にとっては当たり前のことですよ。未来がわからない? 当たり前でしょう。だからこそ人生は楽しいんですよ。私たちは預言の奴隷ではない。己の志向性を潰し、預言に縛られる必要性など欠片も存在しないのです。むしろ預言を利用して面白おかしく生きた方が余程充実していると思いませんか? ねぇ、リグレット?」
そう言って可愛らしく首を傾げられる。
預言を淘汰するのでもなく、人々を預言から解放するのでもなく。
「私と一緒に、世界を引っ掻き回しませんか?」
預言を利用して、世界を玩具に。
絶えない、毒を含んだ微笑。少女の様に戸惑いを覚え、助けを求めるように無言を貫き続けている閣下を見る。
その目は鋭利な光を見せるだけで、答えなどくれない。しかし解ることはあった。
私は今、試されている。
どくどくと心臓が早鐘を打っていた。
目の前の少女が理解できない。理解できないものは恐ろしい。そう、これは恐怖だ。
けれど彼女は化け物ではない。彼女が駆使するのは牙でも爪でもない。ゆっくりと語りかけてくる言葉は私に理解をしろと言っている。
恐らく、それが境界線。
「言葉が足りませんか? では言い換えましょう。貴方が憎むのは預言ではない。預言の使い方を間違えた教団と、人間です」
「……何故、それを」
「しかし今の貴方は根本的な部分は変わっていない。以前は預言に従い、今はヴァンに従っているだけです」
ふぅ、と一つ息が吐かれる。
それすらも理解できない人間など、必要ないのだけれど。暗にそう言われているような気がして、恐怖が怒りにすり替わる。
しかし怒鳴りつける前に少女が言葉を続けた。もう笑みはなかった。鋭く黒い瞳が私を射抜いていた。
「考えなさい。思考を止めてはいけない。預言は道具に過ぎない。そして道具とは、使われるためにある。解りますか?憎むべきは刃ではなく、それを扱う使い手」
「……預言は、道具だと?」
「道具以外の何だと言うんです? 教団も現に道具として利用しているでしょう。教団への求心力のため、金を集めるため、信者を増やすため。道具以外の何ものでもない。それをキレイな言葉で飾り立てているだけです。いえ、むしろ飾り立てすぎて本質を見失っている分、彼らのほうが醜悪ですね」
微笑み辛辣な言葉を放つ少女に、私は言葉を失った。
どこまでも冷めた瞳。世界を見下ろし、嘲笑する瞳。
私は、その瞳に討ち抜かれたような衝撃を受けた。
憎むべきは預言ではなくその使い手たちである。その言葉がすとんと胸の内に落ちてくる。
明確な憎悪の対象を定められ、私は自分が安堵していることに気付いた。そしてそれを与えてくれた少女に対する、感謝と尊敬の念が湧き上がる。
「……預言に傾倒した愚か者に、新たな世界という名の絶望を与えるのね」
「えぇ、彼らの愛する預言を使って、ね」
毒を含んだ笑み。真の自由を知る少女。少女が、シオリ様がゆっくりと手を差し伸べる。
私は、その手を取った。吸い込まれるように、それが定めのように、何の抵抗も無く。
「私は、自分が一人で生きられない人間だと知っている。誰かに尽くし、追従することが私の道なのだと……そんな私だけれど、着いていく人間は自分で決めるわ」
「それが貴方の道ならば、否定はしませんし、できません。それに、私の手を取ってくれるならばそれで構わない」
握る手に力が込められる。
「ようこそ、リグレット。新しい私達の同志」
「えぇ、改めて宜しくね、シオリ」
閣下が笑うのが解った。どうやら私は合格点をもらえたらしい。
シオリも笑みを浮かべているが、今までのような対外用の笑みではなく、どこか歪な凶悪な笑み。
ようやく本当の笑顔を見せてくれたのだと解り、私の頬も緩む。
「例えどんな道を選ぼうと、考え続ける限り私たちは歩み続けることができるの。それを忘れないでね」
謳うように紡がれた言葉を胸に刻み、この方に着いていこうと心に誓う。
ようやく貴方は一歩踏み出したのよ。
そう、言われた気がした。
論師と魔騨の邂逅
ヴァンが途中から空気orz
仕様です、と言い張ってみる。
リグレットはこの後夢主に心酔しつつ、フリーダムになりそうな気がします。
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