論師と自称薔薇の死神
※シンク視点
「これは……信じられませんね」
「どうだ」
「彼女の推測どおりですよ。血中音素が存在しません」
質問するヴァンに対し、眼鏡のエッジを上げるディストの顔は真剣そのものだ。
その手には何やら難しそうな言葉の並べられた書類の束があり、珍しいことに白衣を着ている。
なのに襟を外さないって、ドンだけあの襟が好きなのさ。
邪魔以外の何者でもないだろ、あれ。
「日常生活に支障はあるか?」
「特には無いでしょう。しかし、治癒術は効かないでしょうね。そして譜術も使えない」
「予想の範囲内です。問題ありません」
ディストの答えに、淡々と答えのは検査された張本人であるシオリだった。
なので思わず突っ込む。
「大有りだろ」
「私にとって傷とは徐々に治癒していくものですし、危ない目にあってもシンクが助けてくれるでしょう?」
「そりゃまぁ、そのための護衛だけどさ」
が、当然のように言われて反論のための言葉が詰まった。
しかし自分のことなのに読んでいる本から顔を上げずに話すというのは一体どういうことか。
『経済学入門』『歴代の導師達による偉業』『基礎から学べる運営学』『預言とは』『聖女ユリア・ジュエ』『初心者のための音機関』『日常の陰に潜む魔物達』『オールドラントの歴史』『兵法100選』
あらゆるジャンルの分厚い専門書を積み上げ、シオリは黙々とページを捲っていた。
かといって此方の話を聞いていないわけではないらしく、こうして口を挟んでくることも多い。
「音素による肉体強化も無理、か。やはり護衛は必須だな」
「そこまで重要な子供には見えませんがね」
ヴァンの呟きに対し、ディストはそう言いながらシオリの血液の入った試験管をちゃぷりと揺らす。
濁ったそれはディストが注射器を使ってシオリから抜きだしたもので、検査に使わなかった余りだそうだ。
何でも、シオリの血は非常に研究価値が高いとか。
馬鹿馬鹿しいと思うが、天才の考えは一般人には解らないらしいので追求しないでおく。
天才と馬鹿は紙一重だから、理解しようとすると自分の尻尾を追いかける犬のように堂々巡りになる。
というのがシオリの談である。
そんな中、シオリが何か思い出したらしく久方ぶりに本から顔を上げた。
そしてポケットから取り出した四つ折りの紙をディストに放り投げる。
「あぁそうそう。ディスト、これを作れますか?」
「何です藪から棒に……、…………!」
ディストはめんどくさそうに紙を広げ、中に目を通し始めた瞬間言葉を切った。
そして食い入るように紙面を見つめた後、至極真面目な目をしたまま視線だけでシオリを見る。
「これは……貴方の居たところにあったものですか?」
「そうです。此処の科学レベルが今一把握しきれていないのですが、それは無いでしょう?」
「えぇ、ありません。むしろこのような発想、見たことも聞いたことも無い……しかし、大雑把過ぎやしませんか?」
「専門家じゃありませんから」
きっぱりと言い切ったシオリの視線は既に本へと戻されている。
一体何が書かれているのかと疑問を覚えたが、多分僕には解らない類だろうなとぼんやりと思った。
「興味深くはありますが……これを作れと?私はこんなことしている暇は無いんですがね」
「それは失礼?天才とはいえ、科学レベルの違いすぎる文化のものを作り出せというのは流石に難しかったようですね」
そう言ってシオリは鼻で笑う。
明らかに挑発だった。
「……なんですって?」
「そのままですよ。無理難題を言ってすみません。それは破棄しておいて下さい」
「この美しくも素晴らし〜い頭脳を持ったディスト様に不可能はありません!
えぇ、無理難題など存在しないのです!!こんなものお茶の子再々ですよ!!」
「それは良かった。流石は薔薇のディストですね。では、お願いしても?」
「ば、薔薇!薔薇と、薔薇と呼んでくれましたね!!
えぇ、えぇ!こんなものあっという間に作り上げて見せますよ!
この天才、薔薇のディスト様がね!!精々楽しみに待ってなさい!!ハァーハッハッハ!」
薔薇と呼ばれたことに感動した後、更に天狗鼻になって腰に手を当てて高笑いを始めるディスト。
しかしシオリはいっこうに顔を上げない。
どう見ても掌の上で転がされているのだが、此処まで解りやすい人間も中々居ないんじゃないだろうか。
馬鹿と天才は紙一重という言葉が再度脳裏をよぎり、ディストのためにある言葉だなぁと頭の中で納得した。
「何頼んだの?」
「新エネルギーの開発です。シナリオ通りに進めば10年、20年後には音機関が使えなくなりますからね。今のうちに着手しておくべき問題でしょう?」
「新エネルギー?音素じゃなくて?」
「その音素に変わるものです。私の世界にあったものですから、ここでもエネルギー精製は可能な筈です。その中でもクリーンエネルギーをメインにしていきたいですね」
エネルギーにクリーンも何もないと思うのだが、シオリの世界にはクリーンじゃないエネルギーがあったというのだろうか。
『教団の歴史』という本を読み終わり、次に『聖女ユリア・ジュエ』に手を伸ばすシオリの横顔を眺めつつ首を傾げる。
しかしシオリはぱらぱらと捲っただけで本を閉じ、そのまま大きく伸びをして資料を読んでいたヴァンに向き直った。
「ヴァン」
「……何か?」
「後で貴方の家に伝わる伝承をできうる限り教えてください。
そして騎士団と教団の現状と、各国の情勢、主だった人物とその背景も知りたいですね」
「解った。情報を纏めておこう」
ヴァンが頷き、シオリも満足そうに頷く。
まだまだ勉強は続けるらしい。
続いて未だに高笑いを続けているディストへと視線を移す。
「ディスト」
「ハァーハッハ……なんですか?」
「貴方とも、いずれ話し合いの場を設けたいと思っています」
「私と話したいと?良いでしょう良いでしょう!是非じっくりと、」
「例えば、魂について、とか」
「……非科学的ですね」
「この世界では死後についてあまり語られていないようですが、私の世界ではあらゆる概念がありました。きっと楽しくお話できると思いますよ」
高笑いをやめ、じっと見詰め合う二人……いや、どちらかというと火花が散ってる気がする。
魂について一体何か因果でもあるのか。
「あまり期待はしませんよ」
「それで結構です。何か一つでも、貴方が得るものがあれば」
暫く無言が続いていたが、最後に話して二人の会話は終了した。
……結局シオリは何がしたかったんだろうか。
意図は読みきれなかったが、シオリはディストの扱い方がうまいというのは解りすぎるほどに解った一日だった。
論師と自称薔薇の死神の接触
ディストは書きやすいです。えぇ、とても。
そのうち魂について論議するディストと夢主の話も書きたいです。
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