01


 何じゃこりゃ。
 それが私が第一に抱いた感想だった。

 目の前に揺れているのは緑の髪と、マロンペーストの髭。
 過去画面越しに見たことがある嫌な組み合わせに思わず頬を引きつらせた私は悪くないと思う。

「お目覚めのようだよ」
「そのようだな」

 棘のある少年独特のソプラノと、低く落ち着いたテノール。
 もう一度目を閉じれば現実に戻れるんじゃないかと現実逃避しかけた私を怒れる人が居たら出てきて欲しい。思い切り毒づいて泣かせてやるから。
 心中頬を引きつらせつつ表向きは首を傾げるだけに留めた私に、彼等はゆっくりと説明してくれた。
 パニックになりながらも質問を繰り返せば、訝しげな顔をしながらも二人は答えてくれる。

 どうやら此処は、オールドラントというらしい。そして目の前に居る彼等は、ヴァンとシンクと言うらしい。
 それを聞いて頭痛を覚え、思わず米神に手をやった。聞き覚えのある単語の羅列にもしやこれは夢を見ているんじゃないだろうかと思うも、覚める気配はない。
 聞けばここはローレライ教団という宗教組織の総本山、ダアトの中心部から少し離れた場所にある、シンクが住む小屋だとか。私は教団が指定する禁則地に倒れていたという。

「……助けていただいてありがとうございます」

 突っ込みどころは満載なのだが、とりあえず礼を口にする。気にするなと朗らかに笑う主席総長の笑顔は胡散臭いとしか言いようがない。
 はて、私は部屋で寝ていたはずなのに何故こんなことになっているのかと記憶を漁ってみるも、いつも通りパジャマ代わりのロングワンピースに着替えて布団に潜り込むところで記憶は終了している。

「状況把握はできたようだな。では、何故あのようなところで倒れていたのか聞かせてもらえないか?」
「それは私にもよく解らないとしか……思い返してみても、ベッドに入って眠った記憶しか無いんですよ」
「誘拐?」
「そうでは無いと思いたいです。私を誘拐してもメリットはありませんし」

 仮面を着けた少年、シンクの言葉にゆるく首をふりつつ答える。
 そう、私を誘拐してもメリットなど皆無である。うちは平々凡々の一般家庭なのだから。
 しかしそれよりも気になることが一つ、あった。

「ところで、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「何かな?」
「ヴァンさんの本名です」

 湧き上がる嫌な予感を胸にそう鎌をかけてみると、ヴァンの眉が一瞬引きつった。うぅん、ドンピシャか。

「私の名前が偽名だと?」
「貴方が私の知っているヴァン・グランツ謡将なら、本名はヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。ホドに住まわれていたユリアの子孫ではありませんか?」

 あくまでも穏やかな口調を心がけつつヴァンに問いかければ、射殺されそうな視線を向けられる。
 痛い痛い、空気と視線が痛い。

「どこでそれを?」

 地を這うような低いバトリンボイス。
 ヴァンの纏う空気が剣呑になったことに反応したシンクが、話の流れは理解できずとも僅かに腰を落としてすぐに動ける体勢をとろうとする。
 それを見た私は頭をフル回転させつつ、それを表に出さないように苦笑しながら答えた。

「話せば長くなりますが……聞いていただけますか? 質問にはできうる限り答えるつもりですし、最後まで剣は抜かないでいただけるとありがたいです。私は闘えないので」

 そう言って微笑みを浮かべてみせる。ヴァンはしばし考えた後、聞く体勢に入るために椅子へと腰掛けた。
 シンクも壁にもたれかかり、腕を組んで顔をこちらに向ける。仮面をつけているため、表情は解らない。
 勿体無い、と思う。現状に納得する気はなかったが、それでもシンクの顔を見てみたいとは思った。
 ゲームをやった上で、彼が一番好きなキャラクターだった。その新緑の瞳を見せてはくれないのだろうかと、言葉を重ねてみる。

「シンクさんも、仮面を取ってくださって大丈夫ですよ。私は導師の顔を知りませんし、貴方の産まれも知っています」
「な……っ!」
「そのことについても、合わせてご説明いたします。ですから、外していただけませんか?」
「……なんでさ」
「貴方が貴方であると知った上で、私は貴方が一番好きだったので」

 だから、素顔を見せて欲しい。懇願を重ねると、シンクは渋々ながらも仮面を外して素顔を見せてくれる。
 あぁ、思ったとおり……綺麗な瞳だ。予想通りの顔に自然と目尻が下がり頬が緩む。

「やっぱり、一番綺麗な瞳ですね」
「……馬鹿じゃないの」
「すみません、でも本当に思ったんです。では、説明させて頂きますね」

 いい加減話を進めろというヴァンの視線を感じ、私は微笑を浮かべてから話を戻した。

「テイルズオブジアビス、直訳するならば深淵の物語。サブタイトルは産まれた意味を知る……そうタイトル付けされた物語が、私の世界にはありました」

 その言葉を皮切りに、私は訥々と自分の知る物語を語り始めた。
 ルークがアクゼリュスを落とすことも、レムの塔に向かうことも、エルドラントでヴァンが討たれることも、全て。
 何故話すかといえば、答えは一つでしかない。何故ここに居るのか、何故私なのか、考えても答えは出ない。誰もくれない。
 しかし此処が夢でない以上、私は衣食住を確保してなんとしても生き延びたい。何とか帰還する方法を探したいし、そのための時間や生活の保障を手に入れなければいけない。
 まだまだ死ぬつもりは無いし、何も知らないまま死ぬのなんてごめんである。

 そうなると、誰かに保護されなければやっていけないのは目に見えている。
 一番手っ取り早く確実なのは、目の前に居る彼らに取り入ること。しかしその道筋の先に破滅が待っているとなれば、私まで排除される可能性もある。
 ならば、彼らの内に入り込み、その道筋を変えるまで。殺されるなんて、ごめんだ。

「以上が、私が知る深淵の物語です。次に私の知る貴方の計画ですが」
「待て……少し待ってくれ、信じられぬ……」

 突然未来を語られてヴァンは混乱したらしい。
 どーぞどーぞいくらでも待ちますよと、私は口をつぐんでヴァンを見る。
 ある意味預言よりもタチの悪い、あらかじめ定められたシナリオ。

 思考が着いていかないのだろう、見ればシンクも目を見開き口をぽかんと開けていた。
 うん、思ったとおり可愛い顔だ。言ったら殺されそうだけども。

「……預言、なのか?」

 縋るように震える声。
 私はヴァンに視線を向け、否定するために首を振った。

「預言というよりは、シナリオと言った方が正しいでしょう。そしてこのシナリオを覆したとしても、私の知っている計画と貴方が知っている計画が同じであれば計画は失敗する」
「私の計画は完璧だ!」

 断言するものの、明らかにその声は揺らいでいた。思わず漏れかけたため息をぐっと飲み込み、私は失敗する根拠を述べる。

「ND2018に『ローレライの力を継ぐ者』が『鉱山の町』へと向かう。そこで『力を災いとし、キムラスカの武器となって、町と共に消滅す』る。貴方はこの預言をアッシュではなくレプリカルークで達成させることにより、預言に沿っているように見せかけつつ、預言を外そうとしている。違いますか?」
「……そうだ、だから私は」
「解釈の仕方によっては、貴方はこの預言を成就させようとしてことに気付いてください。まずレプリカルークもアッシュと完全同位体である以上、『ローレライの力を継ぐ者』なんですよ。ND2018の預言には、ND2000産まれの『ローレライの力を継ぐ者』でなければならないと限定されているわけではありませんから」

 私が告げる言葉にヴァンは目を見開いた。気付いてなかったのかこの髭。

「次に町と共に消滅という部分ですが、消滅というのは無くなる、消えるという意味です。キムラスカの命により鉱山の町に向かうわけですから、キムラスカの武器であってます。そしてルークはアクゼリュスの一件をきっかけに己が偽者であることを知り性格を一変させますから、広義的に見れば今までのルークは消滅すると言えるでしょう」
「屁理屈だ!」
「解釈の仕方によって、と言った筈ですが? それにユリアの預言は多少の歪みは諸共しないといっているのは貴方でしょう?」

 声を荒げたヴァンに冷たい目線を向けてやれば、サッと視線をそらされた。納得したくないが、否定もできないといったところか。

「そして次に『マルクトは領土を失う』わけですが、これはキムラスカに奪われると解釈もできますし、事実教団はそう解釈しているでしょう。しかしヴァンさんはそれを利用して多くの人間を巻き込み大地を崩落させるつもりでいますね? 奪われるのではな崩落という形で文字通り『領地を失う』んですよ、やはり預言から外れてはいません」
「そ、れは……」
「私にはヴァンさんは預言を覆すために動いているつもりでも、実際は預言を成就させるために動いているようにしか見えないんです」

 絶句するヴァンに私は目を細めた。シンクはヴァンを睨みつけているし、不信を煽り彼の信念を揺らがせるにはこれだけでも充分だったようだ。
 しかし私が"先ほど立てた何ちゃって潜入計画"を実行するには少し不安が残るので、もう一押ししておくことにする。

「それと全人類をレプリカに挿げ替えるんでしょう? それだけ大量の第七音素を消費すれば、プラネットストームが活性化して瘴気が噴出し、パッセージリングも自然崩壊するでしょう。そうなれば預言の最後の一文の通り、『瘴気によってオールドランとは破壊され』るのではありませんか?」
「し、しかし……ローレライを消滅させれば!」
「私は物語としてしかこの世界のことを知りませんが、ローレライとは第七音素の意識集合体なのでしょう? プラネットストームを停止しない限り、第七音素は作られ続ける……そうなれば新たな第七音素が集合し、意識が生まれて新たなローレライが生まれないとどうして言い切れるんです? それ以前に超振動はローレライの力、自らの力で敗れるほど、意識集合体は脆弱なんですか?」

 言い返す言葉がどこかに落ちていないか探すように、ヴァンは視線をさ迷わせる。
 顔色が悪いが、私は私のためにヴァンを利用すると決めた。だから追撃の手を緩めるつもりは、毛頭無い。

「……ユリアの預言を成就させる栄光を掴むからこそ、貴方は『栄光を掴む者』という名前を与えられたのかもしれませんね」

 どこか悲しげに、呟くように言えば、彼は弾かれたように顔を上げた。その顔は誰がどう見ても絶望に彩られていた。
 そろそろ良いだろう。今すぐにでも自殺しそうな彼に、私は一つの提案を持ちかける。

 わざわざ屁理屈を捏ねて絶望に落としたのは、こうして引き上げてやるためなのだ。
 そうすればヴァンは私に存在価値を見出してすぐに切り捨てることはできなくなる。

 途中説明が長くなって口が痛くなったが、これからの生活がかかっているとなれば弱音を吐いていられない。
 私が提案した代案に希望を見出したヴァンは、私を保護して欲しいという要求をあっさりと呑んでくれた。

 さぁ、ゲームの始まりだ。

 待ってろ、私を引きずり込んだ何処の誰とも知らない馬鹿野郎。


 精々引っ掻き回してやるからな。

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