論師と黒獅子の逢瀬




※ラルゴ視点

着いていこうと決めた男に告げられたのは、突然の計画中止だった。
計画ミスが発見されたとのことだったが、自分に小難しい話は解らない。
新しい計画は既に建てられ、もう着手を始めているという。

そして同時に告げられたのは、計画の要となり、また計画の発案者である論師の存在。
はっきり言って、まだまだ子供じゃないかというのが最初の感想だった。

こんな子供に、縋るしかないのか。
そのことがたまらなく悔しかった。

身を削る戦場であれば、いくらでも力を振るえるというのに。




「あ、ら?もしや……第一師団師団長のラルゴ殿ですか?」

「これは、論師様」

「そう堅くならずに結構ですよ。私はまだまだ新参者なのですから」

本部の廊下でたまたま遭遇した少女は、己の胸ほどの身長も無い、本当にただの少女だった。
それでも目を細め柔らかな笑みを浮かべる姿は、どこか亡き妻を思わせるほど慈愛に溢れている。

「ありがとうございます。神託の盾騎士団第一師団所属、師団長ラルゴと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。このたび新たに論師の地位に就任しました、シオリといいます。これからお世話になることもあると思いますが、そのときはよろしくお願いしますね」

一線引くという意味で頭を下げれば、論師もまた丁寧に自己紹介を返してくれる。
礼儀正しい姿に覚えるのは安堵と、痛み。
何故このような少女がこのような汚い場所に足を踏み入れなければならないのか、身をおかなければならないのか、それが不憫でならない。

「……ラルゴ殿」

「はっ」

そんな事を考えていると、論師は困ったように笑い、諌めるように名前を呼ばれた。
諌めるといっても、その声音はどこまでも優しいものだったが。

「何故そのような憂いた顔をするのか、私が聞いても宜しいですか?」

「……顔に、出ていましたか」

「はい。私を哀れむような顔でした」

「申し訳ございません」

「構いません。ただ理由が知りたいですね。勿論、ラルゴ殿がよければですが」

暗に言いたくなければ言わなくても良いと言われ、迷う。
どうやら少女はおっとりとした見た目とは裏腹に人の機微に敏いようで、このまま誤魔化してもいつかばれてしまう気がした。
となれば、言葉にするだけである。元々俺は小難しい話は苦手なのだ。

「…論師様はまだ幼子と言える歳です。だというのに論師という大任を背負い、日々勉学に励んでいると聞き及んでおります。
私も、この手に抱くことは叶わなかったとはいえ、かつては子供がおりました。
恐れ多いとは存じておりますが、つい重ねてみてしまうのです。

その重圧は、その細く小さな方には重過ぎるのではないか、と」

「ラルゴ……貴方は父性に溢れているのですね。
きっと師団の方々もそんな貴方だからこそ信頼し、着いて行くのでしょう」

「ありがたきお言葉」

咎める言葉は無く、むしろ褒められて深々と頭を下げる。
すぐに顔を上げるように言われ、視線を合わせればほう、と小さく息を吐いた後、論師はぽつぽつと語り始めた。

「確かに論師というのは大任です。責任も重く、また関わる人間の数もとても多い。
これから彼らの人生が私の肩に乗ってくることもあるでしょう。
私がそれを受け止め切れるのか、支えきることができるのか、不安がないと言えば嘘になります」

そう言って一人頷く論師。
瞼を閉じて説明する姿は、どこか自分に言い聞かせているようにも見えた。

「しかし、私は一人ではありません。
己一人で実行できぬことも、手を取り合えば可能になる、私はそれを知っています。
それに、こう言っては不謹慎かもしれませんが、とても楽しみなのです」

「楽しみ、ですか」

「えぇ。私の力がどれだけ届くのか、どこまで振るえるのか。
それを試し、そして未来を掴み取りたい」

未来を掴み取る。
その言葉にガツンと頭を殴られた気がした。

同時に疑念が湧き上がる。
果たして俺は、自ら腕を伸ばして来たのか?

諦めていなかったか、手を下ろしてはいなかったか。
人生という道の上で、迷ってはいなかったか、立ち止まってはいなかったか。

「私の腕は、確かに無力です。敵をなぎ倒すことも、剣を振るうこともできない。
しかし私はペンを取り、人に指示する力を持っています。
私は求められれば、私の力の及ぶ限りいくらでもその力を振るいましょう。
だからラルゴ、貴方には貴方の力を振るってほしい」

「……私の、力を」

「はい。
そして貴方の未来を、自らの力で掴み取ってほしいと思います。
誰かに追従するのでもなく、過去を貪り続けるのでもなく、未来を見てほしいのです」

穏やかな雰囲気の中に、強固な芯が一本あるのを感じ取る。
そうか。この少女は見た目どおりのおっとりとした子供ではないのだ。
むしろ精神的な面では己よりもずっと大人なのかもしれない。

「……私に、己の道を選び進めとおっしゃるか」

「はい。そしてそれが貴方には可能なことだと、私は知っています」

「何故」

「砂漠の獅子王、貴方は自ら道を選び抜き、数多の命を守り抜いてきたのでしょう?」

その言葉に、今度こそ己が目を見開くのがわかった。
少女は、否、彼女は全てを知った上で己に語りかけていたのだとようやく悟る。

次々に思い出される過去の出来事。
己を慕う仲間たち、感謝を述べる依頼人たち、そして仕事へと出る己を笑顔で見送ってくれた最愛の妻。

「……今の俺に、それができるだろうか」

「貴方にはできると、私は信じていますよ」

断言され、気分が引き締まるのが解った。
此処まで期待を掛けられたのはいつぶりだろうか。
騎士団に来てからは義務を果たすばかりで、こういったことは無かった気がする。

「そしてできれば、私の力になってほしいと思っています」

「……貴方の力に」

「はい。黒獅子が力を貸してくださるのなら、これほど心強いことはありません」

微笑む彼女の瞳は、その色に反して光に満ちている。

「ならば俺も模索しよう。俺の望む道を」

猶予を与えられたことが、少しだけ残念だった。
即断できない男だと思われたのだろうか。
いや、違うだろう。
己の過去を知っているからこそ、だ。

過去を振り返り続けるということは、未来を見ないということ。
未来を見るということは、過去を乗り越えるということ。
心の中を整理して、前へ進めといわれたのだ。
そう解釈して再度深々と頭を下げる。

「論師のお心、確かに聞き届けました」

「貴方の道が定まること、楽しみに待っていますよ」

最後にそう言って微笑むと、何事も無かったかのように論師は己の横を通り過ぎて行った。
そして己の人を見る目の無さに笑い出しそうになる。

アレのどこが幼い少女か。
腹に一物を抱える器のデカイ女そのものじゃあないか。

「……メリル、シルヴィア」

服の上から、首からぶら下げているロケットを握り締める。
過去を乗り越えるということは、決して忘却ではない。

「お前たちを支えに、俺は進もう」

論師直々の説法を、無駄にするわけにはいかんからな。
頬が緩むのを感じながら、俺に一つ渇を入れた。

もっと精進するべきだろう。
もっともっと力をつけなければならない。

俺は、誇り高き獅子王なのだから。



論師と黒獅子の逢瀬



己の意志のぶつけ合い。
そんなのをイメージしていたのですが、何だかまったく別の方向に向かってしまいました。

実際あんな辛い過去があればそう簡単には吹っ切れないと思います。
でもラルゴは慰められるよりも、期待されて渇を入れられたほうが効く気がしたので。



栞を挟む

BACK

ALICE+