論師と烈風のスキンシップ事情


詠師会に顔を出していたら大分遅くなってしまった。
窓から見える夕焼けを横目に、私室兼執務室へと足を進める。

多分シンクが仕事をしてくれているだろうが、彼一人に押し付けるわけにはいかない。
それに自分でなければ解らない仕事の方が圧倒的に多いのだ。
そんな思いもあって少しばかり早足で帰室したというのに、待っていたのは殆ど減っていない書類の山と、ソファで魘されているシンクだった。

寝てたんかい!なんて突っ込む余裕もなく、目に入ったのは苦しげな表情。
珍しくも呼吸を乱し、額に脂汗を浮かべて呻き声を上げ続けている。
慌ててドアを閉めた(しっかり施錠もした)後、ソファに歩み寄りシンクを揺り起こす。
名前を繰り返し呼びながら数度揺さぶりを掛ければ、シンクはビクンと身体を跳ねさせて目を覚ました。

「……起きた?大丈夫?」

「あ……シオリ」

未だに頭がはっきりとしないのか、呆然と名前を呼ばれる。
そしてシンクは額の汗を手の甲で拭い、苛立たしげにしたうちをした。
え、その舌打ちは私に向けてですかね、シンクさん。

「夢見でも悪かった?」

「……まぁ、そんなとこ」

言葉を濁すシンクにこれ以上の追求はできず、大きく息を吐くシンクの頭を撫でてやる。
しかしその手はすぐに鬱陶しいと言わんばかりに振り払われたため、思わず眉を顰めてしまった。

「同情なら要らない」

拒絶の声。
私はため息をついてから、上半身を起こしたシンクの隣へと腰を下ろした。

「なら、心配なら受け取ってくれる?」

「どう違うのさ」

「言葉からして違うでしょうが。心配って言うのはね、相手に好意を抱いてなきゃ浮かばないんだからね」

「……馬鹿じゃないの」

好意という言葉に反応したのか、シンクは照れ隠しのようにそっぽを向いた。
しかしその表情は相変わらず暗いままで、私はそっとソファの上に投げ出されていたシンクの掌の上に自分の掌を重ねる。

「言葉にするだけでも、心が楽になることはある。
自分ひとりで抱え込んじゃダメだよ。話くらいならいくらでも聞くからね。
もし話したくなくても……こうして、一緒に居るくらいはできるから」

「……それに、何の意味があるって言うのさ」

「あるよ。人の体温って、安心できるんだよ?
少しでも不安が和らげば、それが一番じゃない?触れるって結構大切なんだから」

少しおちゃらけて、ウィンクなんかしてみる。
しかし冷めた瞳で見られ、私はすぐに後悔した。
なれないことはやるもんじゃない、うん。

「体温ってさ、気持ち悪くない?」

「うーん……どこら辺が?」

「温かいとこ、とか」

言い辛そうにするシンク。
情報が少なすぎて真意を読み取ることはできなかったので、私は思ったままを口にした。

「そりゃあ温かいもんでしょう。生きてるんだから」

「…………そっか、生きてるからあったかいのか」

私の言葉に目を見開いた後、そう呟いたシンクに私は思わず突っ込みかけた。
真面目な雰囲気なので突っ込みは心の中に留めておく。
いやいや、冷たかったら死んでるって。

「そうだよ。シンクだってあったかいでしょ?
心臓、ドクドク言ってるでしょ?生きてる証拠でしょ?」

「……そう、だね」

生返事をして、シンクは自分の左胸に掌を当てていた。
多分、鼓動を感じているのだろう。
重ねていた掌をきゅっと握られて、私も応えるように握り返す。

「シオリのも言っているの?トクトクしてる?」

「してるしてる」

トクトクしてる?って何やねん。なんか可愛いな。
まだ寝ぼけてんだろうか?
思わず喉から出かけた言葉を必死に飲み込み、自分の左胸に手を当てた。
うん、動いてる。トクトクしてる。

「……聞いても良い?」

「あー……いいよ」

阿呆なことを考えていたらそんな事を聞かれて、一瞬躊躇った。
でもやましい気持ちを抱えているわけではないというのはすぐに解ったので、すぐに許可を出す。
すると握られていた掌が離れ、シンクの両手が私のわきの下を通って背中に回された。
左胸の少し下、心臓のある部分に耳を当てられる。
なんだろう、少し恥ずかしい。

「……トクトクしてる?」

「してる。ちょっと早くない?」

「気のせいじゃない?」

誤魔化しつつ、私はシンクの頭を撫でた。
今度は振り払われることはなく、シンクはしたいようにさせてくれる。

「……シオリ、あったかい」

「気持ち悪い?」

「ううん、安心する」

「良かった。
ね?触れるって大事だよね」

「うん……」

瞳を閉じて、背中に回された腕に力が込められる。
けれど苦しいというわけではない。

「シオリって、安心する。変なの」

「おいコラ変って何だ変って」

「変だよ。でも、これからも触れて良い?」

「うーん……シンクだけだからね?」

「うん、解ってる」

頷いてから、シンクは唇を閉じた。
したいようにさせておこうと暫く無言を続けていたのだが、やがて穏やかな寝息が聞こえ始める。

今度こそ、ゆっくり眠れると良いんだけども。
そう思いつつ、今度は背中を撫でてやる。
書類のことなんぞすっかり頭の中には残っておらず、私も瞳を閉じてただただシンクを撫で続けていた。

これ以降、シンクはよく触れるようになってきた。
それが嬉しいやら気恥ずかしいやら痛いやらといった結果になるのは、また別の話。




論師と烈風のスキンシップ事情



こんなことがあって、シンクは夢主にくっつくようになりました。
この時点ではお母さんに抱っこされると子供が安心するのと一緒だと思います。



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