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グランコクマへと向かう船の中、私とシンクとレインは顔をつき合わせて今後のことについて話し合っていた。
といっても詳しい話は出発前に決定されているため、どちらかといえば確認作業に近い。

明日、グランコクマに着いたらまずはローレライ教団グランコクマ支部に出向いて挨拶をした後、そのまま近場のホスピスへと視察。
その翌日にはマルクト皇帝に謁見の予定が入っているし、更にその翌日には今回招待された園遊会というメインイベントが待っている。
それが終われば後は導師と論師の仕事がメインで、全てが終わったら再度皇帝に謁見してお暇することを告げ、ダアトに戻るだけ。

期間に換算すれば一週間ほどの外交となるわけだが、一応余裕を持って10日ほどの空きは捻出してある。
ちなみに論師の仕事は簡単なものは情報部に任せてあるし、重要性の高いものはコチラへ郵送してくれるよう頼んであった。
アリエッタが情報部所属第三師団特別顧問となっているのを良いことに、魔物宅配便を優先的に回してもらっているが故にできることだ。

「問題はレインの守護役ですね」

「影がついているとはいえ、やっぱり不安はあるからね」

私とシンクが揃ってため息をついたのを見て、レインは困ったような、少し複雑そうな顔をして私たちを見ていた。
レインに現在ついている導師守護役達は、殆どモースの息がかかっていると言って良い。
勿論中には大詠師に抜擢されたのだと真面目に職務に励むものも居るが、役に立つかといわれれば首を捻ってしまうレベルの者が多い。
一応トリトハイムが真面目な守護役達をメインにくみ上げはしたものの、士官学校を卒業して経験の少ない者達ばかりということで不安は拭えない。

そして一番頭を抱えたくなるのが、今回の話を聞いてモースが無理矢理ねじ込んだアニス・タトリンの存在である。
彼女を謁見の間に連れて行くわけにはいかない。
不敬罪を連発してダアトの権威が地に落ちるのが目に見えている以上、絶対に。

しかし本人はモースに与えられた任務を遂行しようと必死なのだろう。
守護役の仕事が交代制であるにも関わらず、四六時中レインにまとわりついて媚を売りまくっている。
あの不自然なまでに甘ったるく甲高い声は、異性からすれば可愛らしく見えるかもしれないが同性から見ると不愉快極まりないと解っているのだろうか、あの守護役もどきは。

「僕としてはタトリン奏長はできうる限り遠ざける予定です。他にも真面目な守護役が大勢居る中で彼女を重用する理由はありませんから」

「当然だね。後は……なるべくシオリの傍から離れないでね。そしたら僕や論師守護役達も動けるから」

「わかっています。幸いトリトハイムの好意で僕の公務はシオリと同行するもののみ。
視察も全てダアト内部に密接に関わるものばかりですし、いざとなったらシオリがフォローしてくれる今回の外交で、導師としての仕事を学んで来いということでしょう」

「その通りです。勿論私自身外交は初めてのことですからフォローできる部分も限られてはきますが、一人より二人です。
シンク達守護役と影の守護役達が居れば、早々危険もないでしょう。心配していても始まりませんし、一緒に学んでいきましょう」

「はい!」

幸い謁見も、論師と導師同時に行うことになっている。
論師をお飾りの地位として見ているマルクト側としてはコチラに対するフォローのつもりなのだろうが、導師をフォローするという意味でありがたい話には変わりない。
ちなみに謁見にはシンクを含んだ論師守護役が3名と、同じく導師守護役から3名抜擢されることが決定している。
この抜擢リストの中からアニスが除外されているのは言うまでも無いだろう。

「後は園遊会ですね。此処が一番危険といって良いでしょう」

私の言葉にレインは苦々しく顔を歪めた。
この場合、危険というのは身の危険だけを指しているわけではない。
レインが影武者だとばれてしまう、という意味での危険も含まれている。

「うまく導師として振舞えるでしょうか……」

「ダアト内では問題はありませんでしたから、その延長線上だと思えば良いのです。
私が出発前に言ったことを覚えていますね?」

「はい。外交に関する話題では断言は避ける。ですよね?」

「そうです。別段おかしいことではありません。外交に関する内容は詠師達の承認が必要ですから。
どうしても答えを求められた場合は、前向きに検討します。考えておきます。などと受け入れる体勢を見せながら断言をしない、という答えが望ましいですね」

「ちょっと反則臭い気もするけどね……要は誤解させておくってことでしょ?」

「あら、私の国では当たり前でしたよ。醤油と味噌と言葉のオブラートは日本人には必須です。ちょっとした言い回しで勘違いする方が悪いんですよ」

「恐ろしい国ですね」

「金色のお饅頭を出さないだけマシです」

「何で味噌?」

ちなみに金色のお饅頭=賄賂である。
にっこりと微笑みながらシンクの呟きを聞き流しつつ、更に細かい話を煮詰めていく。

「しかし一番話題に上がるのはやはり預言に関してでしょう。レイン、何と答えるおつもりですか?」

「勿論、預言は数ある未来の選択肢だと」

「何故そう思うのですか?」

「我等人間は預言の奴隷ではないからです」

「ストレートすぎますね。実際に聞かれたらもう少し湾曲な物言いを心がけてください」

「あ、はい。すみません」

歯に衣着せぬレインに苦笑しながら注意すれば、シンクは複雑そうな顔でレインを見ていた。

「恐らく派閥についても話題は上がるだろうね」

「えぇ。現皇帝であるピオニー陛下は前皇帝であるカール五世と違い預言を重用していないと聞きます。
政治的にも心情的にも敵に回したくは無いですね。最低でも傍観者、欲を言うのであれば味方として引きずり込みたいところですが……正味な話、今回だけでは難しいでしょう。
導師派の人間は預言によって不幸となる人間を生み出すことを良しとしない、それだけ理解してもらえれば御の字といったところでしょうか」

「つまりピオニー陛下やマルクトに対し、導師派の考えを理解してもらう、ということですか?」

「マルクト全体を見るなら理解までしてもらう必要まではありません。知っていただくだけで結構。ただ皇帝にのみ、理解してもらえれば良いのです」

記憶が正しければ彼も預言に人生を翻弄された一人だった筈。

「頭の切れるものならば、それだけでダアトの異変に気付きます」

そう言って私が微笑めばシンクは歪に笑い、レインも力強く頷いた。
預言を絶対視しない導師、新たに設立された論師の地位、教団内部の派閥争いに加え、教団の名の元に次々に展開されていく新事業の数々。
これだけの符合が揃えば、導師自ら預言から離れようとしているようではないか、という憶測を立てるものが居てもおかしくは無いのである。
そこまでは到らずとも、何かがおかしいと勘付くものは居るだろう。

「でもまぁ、気付くのは一部だろうね。マルクトの元老院はまだ前皇帝の預言第一主義者が多く残ってるらしいから、多分気付く前に反感を持つのが先だろうし」

「つまりそこまで頭が回らないってことですか?」

「アンタも言うようになったね」

レインの感想にシンクがどこか呆れたように呟く。
ちらりと視線を寄越されたところを見ると私の影響だと思っているらしい。失礼な。

「そこは新世代に期待するしかありません。即ち、現皇帝一派ということですね。
前皇帝一派が大詠師派、現皇帝一派が導師派……という形に」

「話を聞く限り現皇帝は導師派っていうより論師派って感じなんだけど」

「それはそれで良いと思いますけど。僕達は最終的に預言脱却を目指しているわけですから、手間が省けて良いのではありませんか?」

「確かに、面倒が少なくてすみますね」

「そんな言い方外ではしないでよ、頼むから」

手間が省ける。面倒が少ない。確かに導師や論師の言葉としては不適切だ。
疲れたように言うシンクについついレインと顔を見合わせて笑ってしまった。
良いじゃないか、此処には三人しか居ないのだから。

「つまり……僕はマルクトに対しては影武者だとばれないように気をつけつつ、導師派の考えを広める。
他の公務に関しては、影武者としての勉強の意味合いが強い。そういうことですね?」

「そうです。後は私ですが恐らく蔑ろにされるでしょうから、コチラも適当にあしらいます」

話を自分なりに纏めたレインによくできましたと頭を撫でる。
向こうが論師を舐めきっているのは招待状の件で解りきっているのだから、コチラも丁寧に相手をする気などサラサラ無い。

「シオリは心配要らないでしょ。口だけは回るんだからさ」

「口だけとはどういう意味ですか、シンク?」

「そのまんまだけど?」

「あんまりオイタが過ぎるとシンクの洗濯物をヴァンの洗濯物の中に放り込みますよ?」

「やめてよね!それくらいなら自分で洗う!」

哀れヴァン、冗談で言ったつもりが本気で嫌がられている。
お父さんと洗濯物一緒にしないで、と主張する年頃の娘のようだ。

「とにかく、レインは自分のことに集中してください。後はコチラでフォローします」

「解りました。ご迷惑をおかけしますが……」

「気にすることはありません。それにこういうときはありがとうございます、ですよ」

「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」

嬉しそうに微笑んだレインにシンクが嘆息し、私は微笑みを浮かべる。
シンクとしてはレインはちょっと心配な弟といったところだろうか。
ちなみに大分心配な弟はフローリアンだ。

「後は野となれ山となれです。いざという時にものを言うのは度胸と張ったりです」

「そんな事教えないでくれる!?」

「だって真理でしょう?」

私の言葉になるほど、と頷くレインを見て、シンクはまたもや大きなため息をつくのだった。

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