22


グランコクマにて教団支部の団員に歓迎を受け、落ち着いた雰囲気ながらもふんだんに金が使われているであろう部屋に通された。
先帝カール五世は預言狂いだったと聞く、その名残だろう。
レインも同じように豪奢な部屋に通されているのだろうなと思いながら、ぼんやりと窓の外を見る。
中庭に面している窓からは見事な花畑と噴水が見えて、それだけで一枚の絵画のようだ。

「失礼します。論師守護役特別顧問シンク謡士です」

「あぁ、シンクですか。入って良いですよ」

そんな中、ノックの音と共にシンクの声が聞こえて私はあっさりと入室を許可した。
シンクは守護役の衣装を纏った状態で部屋に入ってきたが、一緒に他の守護役達も数名入室してきたので堅い態度を崩そうとしない。

「お疲れのところ申し訳ございません。
本日のスケジュールですが、この後マルクトに展開しているホスピス『桜』への慰問へ行っていただきます。
小休憩を挟んだ後託児所と神託の盾傭兵団の責任者との面会、その後グランコクマ支部の責任者と会食が予定されております。全て導師とご同伴していただきます」

「問題ありません。スケジュール通りでお願いします」

「では導師守護役達にも通達させて頂きます」

「えぇ。導師の守護役は厳選してくださいね」

「畏まりました。それと律士ディストより鳩が届いております。ただ内容が……」

「ディストからですか。コチラへ」

言いよどむシンクに対し暗に手紙を見せろと言えば、守護役の一人が一歩前に出て小さな紙片が手渡される。
鳩にくくりつける紙は思ったよりも小さく、あまり長文は書けないのだ。
広げてみればそこにはフォニック言語ではなく下手糞な日本語が書かれていた。

"だいえいしはにうごきあり。ちゅういせよ"

スっと目を細める。
ディストにねだられて日本語を教えたことがあるのだが、まさかこんなところで役立つとは思わなかった。
守護役達に検分される手紙ではこんなストレートには書けないだろう。

「どうやら私が教えた故国の言語を使ってみたかったようですね」

守護役達の視線を感じて微笑みを浮かべながらそういえば、守護役の少年たちはなんとも言い難い表情を浮かべていた。

「軽い伝言です。普通の手紙でも良かったのでしょうが、私が以前頼んだ内容ですからわざわざ鳩を飛ばしてくれたのでしょう」

「あの、頼まれた内容と言うのは」

「新エネルギーの開発ですよ。私の世界では複数のエネルギーを併用して使っていました。
一つのエネルギーに頼りすぎると、それに問題が生じた際に世界規模で混乱が起きるからです。
ここでも同じ問題が起きないよう、ディスト響士に頼んであったのですよ。順調に進んでいるようですね」

おずおずと聞いてきた守護役にそう嘘の説明すれば、新しいエネルギーという言葉に目をぱちくりさせている。
その様子にくすくすと笑みを漏らしつつ、処分して置いてくださいと言ってシンクに紙片を渡す。

「さて、ホスピスへの慰問まで後どれだけ時間がありますか?」

「小休憩も兼ねて30分程時間をとってあります」

「ではシンク謡士、コーヒーを淹れて頂けますか?休憩の間に持って来た書類を片付けてしまいましょう」

「論師、それでは休憩になりません。どうかお休みください」

「座っているだけでも充分休憩になりますよ。ですが、シンク謡士の言うことも一理ありますね……すみませんが、貴方達は何か摘めるものを持ってきてもらえませんか?」

私の言葉にシンクは長く息を吐き出した後、畏まりましたと言って簡易キッチンへと向かい、摘めるものをと頼んだ守護役達も畏まりましたと言ってそのまま部屋を出て行った。
守護役は彼等だけではない、恐らくドアの外や教会のあちこちにも守護役達は配置されているだろう。

「……で、本当はなんて書いてあったのさ」

シンクは仮面を外すことなく、しかし堅苦しい態度を霧散させてキッチンに立ったまま疑問をぶつけてくる。
シンクのことだ、周囲に気配がないことは既に確認してあるのだろうと私もソファに座ってから笑みを崩した。

「肉屋が動き始めたから警戒しとけって。野菜が売れなくなったら困るもんね」

「……その例え何とかならない?」

「解りやすいでしょう?」

「まぁ否定はしないけどさ。ふぅん、毒殺は無理だって解ってからは大人しくなったかと思ったけど、今動き出すとはね」

凶悪な笑みを浮かべるシンクは頼もしいとおもうべきか、それとも恐れるべきなのだろうか。
ちなみに肉屋、というのは大詠師派のことだ。導師派は八百屋である。
にしても論師の初めての外交で動くということは、私を失脚させたいのか、これ以上勢力を増やされては困るからか、それとも何も考えてない馬鹿なのか。
私に何かあった場合教団は揺らぐ。主に金銭面で。
なので多分最後だろうなと思いながら私はシンクからコーヒーを受け取った。

「心配はしてない。シンクたちが守ってくれるでしょう?」

「当たり前だろ?そのための守護役なんだから」

「あぁ、その守護役なんだけど、さっき私にディストの鳩の内容聞いてきた子、居たでしょう?」

「居たね。後で注意しとくよ」

「しなくて良い。その代わり背後関係がないか洗っておいてくれる?」

「そこまで飛ぶんだ?OK、情報部に回しておく」

守護役が論師に対し意見できるのは、導師守護役と同じである。
しかし何でもかんでもぽんぽん言えるわけではない。論師に意見できるのはその場で一番階級が高い守護役のみであり、この場合はシンクがそれに当たる。
にも関わらずあの守護役は許可を得る前に手紙の内容について問うてきた。
シンクが密かに眉を顰めていたのだが、果たしてあの守護役は気付いているのだろうか。

「念には念を入れとかないとね。論師の地位はまだ磐石じゃない。警戒しすぎるに越したことはないだろうし。
ただ気になっただけなら褒められたことじゃないけどそこまで叱る気もないしね。
シンクが何も聞かなかったから、職務を全うするために不敬と知りつつ聞いてきただけかもしれないし?」

私の言葉にシンクは口を一文字に結んだ。
その表情に笑みを漏らしつつ、体裁を整えるためにも書類を引っ張り出す。
比較的簡単なものは情報部にまわしてあるのだが、流石に全てそうするわけにも行かずこうして持ち込んでいるのだ。

「ま、スパイだったとしたら逆に利用してやるけどね」

仕切りなおすようにそう言って、シンクも書類を手に取る。
シンクは初期から私の仕事を見てきただけあって、速度も早く正確性もある。
今回は特別顧問として秘書のような仕事まで任せてしまっている。後で特別手当出しておこうかな。

「弱みを握るって意味合いでもスパイは最適よね。犯罪まがいのことをしてますっていう生き証人だし」

「確かに。スパイといえばあの人形士はどうするのさ」

「泳がせとくつもりだけど?いざという時のスケープゴート確保は大切だと思うの」

書類に目を通しながらもにっこりと笑ってやれば、シンクは鼻で笑ってレインの堪忍袋の緒が切れないと良いんだけどねと呟いた。
確かに、それは一理ある。果たしてモースの首が跳ぶのとどっちが早いだろうか?

そんな空恐ろしい?雑談をしながら書類を裁いていたのだが、守護役達がお菓子を持って来た事で雑談はそこで終了した。
しかし私は摘めるものといったのに何故ケーキを持ってくるんだ。
いや、美味しいけどね。ケーキつつきながら書類仕事はちょっと無理。


栞を挟む

BACK

ALICE+