23.5


※ピオニー視点

「陛下……一体何を考えておられるのですか!」

「いや、俺もそろそろ良い頃合だと思ってたんだ。丁度良かっただろう?」

「確かに時期を見て、という話にはなっていましたが、そういう問題ではありません!」

額に掌を当てて嘆かわしいといわんばかりの態度を取るアスラン。
これは何を言ってもお説教ルートだなと判断した俺は、ブウサギを撫でながら無言を貫くことを決めた。

今日、導師と共に新たに設立されたという論師の地位に立つ子供が謁見にやってきた。
宵闇のような黒い髪と瞳は、白とワインレッドの法衣によくはえていた。数年経てばさぞかし美人になるに違いない。
将校達はまだ12歳だという論師に対し明らかに油断しきっていたが、警戒すべきはその瞳の奥だと一体何人気付いただろうか。

微笑みを浮かべてはいる。細められた瞳も、一見穏やかそうに見える。
しかしその瞳の奥は冷め切っていて、気付いてしまえば警戒するなというほうが難しい。
猫かぶりが随分とうまい、俺とは正反対の人種だ。

だから少しばかりからかってやろうと挑発してみたのだが、それがいけなかったのだろうか。
まるで仕返しのように、ローレライ教団のツートップとマルクト将校達の前で嘘をつくわけにもいかず預言は絶対ではないと発言するはめになってしまった。

そしてアスランが怒っている理由というのが、これだ。

勿論発言を翻すつもりはないし、言ったことに責任を持つつもりでもある。
しかし議会はまだまだ預言順守派の前時代的な老人達が幅を利かせていて、そんな中預言を軽視する発言をすれば例え皇帝といえどたちまち圧力をかけられるだろう。
だが言ってしまったものはしょうがないじゃないか。いつまでもそんなねちねち言わなくても良いだろうに。

「大体導師自身が預言は絶対じゃないって明言してるんだ。ローレライ教団の信者として導師の意見に追従して何が悪い!」

「陛下、思っても居ないことを口にしないで下さい」

「うっ、でも言っちまったもんは仕方ないだろ!?」

一応取り繕ってみたもののしらけた視線を向けられた。
俺は皇帝だというのに、アスランはちっとも容赦がない。

「確かに、言ってしまったものは仕方がありません。しかしどうするおつもりですか?
このことを耳にした議会の老人共が黙っている筈がありません。傀儡になるつもりはないのでしょう?」

「当たり前だ。預言に従うだけの政治だなんてするつもりはないからな。
だからどうするかは……明日の園遊会の後に決める」

「園遊会の後、ですか」

「あぁ、園遊会となれば多少の無礼は許される。あらゆる意味で導師と論師に群がる人間が出てくるだろう。
それで多少勢力図も見えるだろうから、その後で決める。
結果によっては論師や導師の協力を仰ぐことも視野に入れる必要があるだろうな」

「そこまで考えられますか」

俺の言葉に納得したのか、アスランはそこで口をつぐんだ。
お説教がなくなったことに密かにホッとしつつ、再度謁見の間でのことを思い出す。

「アスラン、正直に話してくれ。お前は論師をどう思った?」

「私のような一介の軍人が口に出すことは恐れ多く感じますが……底知れない方だと、そう感じました」

「ほう?何をどう感じたんだ?許す、言え」

俺の言葉にアスランは少しだけ居住まいを正すと、謁見の間の出来事を思い出すように瞳を閉じてから口を開いた。

「論師は導師のように産まれた時から人の上に立つ教育をされていた訳ではないと聞き及んでおります。
にも関わらず臆することなく陛下の前に立ち、己の意志を明確に持ち、笑みを絶やすことなく真っ直ぐに視線を向けられていた。
王宮に慣れた貴族でもなければこうはいきません。あの若さで、とは思いますが、だからこそ腹に何か抱えているのは間違いないかと」

「そうだな。俺も同意見だ。何人かはふてぶてしい子供だとしか思わなかったようだが……」

「ただふてぶてしいだけならば導師の話を止め、陛下に話題をふることはないでしょう。
アレは間違いなく陛下に対し、選択を迫っていました。
断言はできませんが、そう考えれば今まで論師が施行したという事業も本人の手によるものかと思われます」

アスランの瞳が真剣な光を帯びている。
あの子供を警戒すべき相手だとそう認識しているのだ。
そしてその認識は間違っていないと、俺は心の底で確信している。

「論師による事業展開、神託の盾騎士団の軍備強化、そして教団の内部分裂。教団が何か隠しているのは間違いない。問題は何を隠しているか、だが」

「陛下、恐れながら申し上げます。隠しているのは本当に教団なのでしょうか?」

「どういうことだ?」

「事業展開をしているのは論師であり、神託の盾騎士団の軍備強化にも論師が関わっていると聞き及んでおります。彼女は守護役部隊と情報部も抱えており、独自に情報収集をすることも可能でしょう。
私は何か隠しているのは教団ではなく論師一人なのではないかと推察します」

アスランの言葉にふむ、と考え込む。
アスランの言うとおり、論師は独自に動くことが可能な手足を持っていて、めだった動きは聞かないということは実情はともかくとして現在は水面下での動きがメインととれるだろう。
それに大詠師派も特に目立った動きはない。
大詠師本人がキムラスカにしょっちゅう足を運んでいるくらいだ。

導師本人も説法以外に特に何か動いているわけではない。
つい最近まで病気で臥せっていたらしいが、今は徐々に公務も出始めている程度。
大詠師派はそれすらも抑えようとしているようだが、論師の後押しを得て預言は絶対ではないとダアトでも堂々と言っていると聞く。

そこまで考えて、嫌な予感が胸の中に湧き上がる。
今までの生活を根底から覆す、恐ろしい予感だった。

「預言を絶対ではないと放つ導師、預言を必要としない論師」

ばらばらになっていたピースが頭の中で組みあがるような、そんな感覚。
もしそれが事実ならば、隠されているのは世界規模の事態ではないだろうか。
湧き上がる予感を形作るように、確かめるようにして自分の考えを口にしてみる。

「教団は預言あってこその存在。だからこそ俺たちも敬意を払っている。
それが揺らげば寄進が減り、教団はたちまち経営不振に陥る……けど今は違う。論師の事業展開がある」

「陛下?」

「アスラン、論師一人ではなく、導師と論師二人が手を組んでいたら、どうだ?」

俺の質問にアスランは首をかしげた。
喉の奥がからからに乾いている気がして、無理矢理唾液を嚥下する事でそれを誤魔化す。
思い描いたのは、最悪の想像。

「……導師と論師が手を組んで、預言という存在から離れようとしている、としたら?」

冷や汗が流れ、アスランが息を呑むのが解った。
それは教団の存在を根本から覆す、恐ろしい発想だ。

預言があるからこそ、マルクトもキムラスカも教団に対し敬意を払っている。
しかしそれがなくなってしまえば、最悪自治権を剥奪されてもおかしくはない。
そこで出てくるのが、論師の存在だ。

論師がこのまま事業展開を続ければ生活に根付いた教団という存在を排除し辛くなる。
例え国が強制的に排除したとしても、市民がそれを許さないだろう。
導師が預言から離れようとしている場合、論師という存在は教団を存続させる要となるのだ。
むしろそのために論師の地位が確立され今も動いているのだと思えば、突然の地位設立にも納得がいく。

「ダアトに送る密偵を増やせ。論師と導師の周辺を徹底的に調べろ」

「……御意に」

一度その考えに到ってしまえば、もう想像することは止められない。
自分の想像力を呪いながら、絶句しながらも命令を聞くアスランにそれ以上言葉をかけることができなかった。


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