02


「皆様にご紹介したい方が居るのですが、宜しいですかな?」

 私の提案に乗ったヴァンは、私の嘘にも乗ってくれることになった。
 ぶっちゃけ面倒臭さを感じないわけではない。しかし衣食住を得るためには仕方ないと、断腸の思いで決断し提案したのだ。
 詠師会に出席したヴァンと共に、私はロングワンピースを纏ったまま彼らの前に出る。
 私の背後には、私の護衛として着いてきたシンクが居るが口を開くことは無い。胡乱げな視線を受けながらも微笑みを絶やすことなく私は彼等を見て頭を下げた。

「教団の方々にはお初お目にかかります。我が祖先とユリア・ジュエという女性が交わした古の契約に基づき、異世界より参りました」

 ……じじぃばっかだな。
 毒づいた言葉は、あくまでも心中に閉まっておいた。

 案の定息を呑み、目を見開く彼らに私は顔を上げてから再度にっこりと微笑んでやる。
 ちなみにヴァンに私が異世界から来たことは言ってある。文明が遥かに進んでいる世界で、音素も預言もないということも。だからこそ、こうして堂々と嘘をついてるわけだが。

「異世界から来た……と言いましたね。どういうことです?」

 絶句して言葉を失う詠師達よりも遥かに早く回復したのは、病に冒されているとはいえ遥かに若く頭の回転の速い導師イオンだった。
 ヴァンより厄介ではあるだろうが、ヴァンの計画に賛同してる時点でちょっとばかし怪しい。しかしだからといって気を抜くわけにもいかないだろう。此処で"喰われる"つもりはないのだから。

「そのままです。遥かな昔、私の祖先は異世界からの来訪者であるユリアという女性と契約したのだと、私の家には伝わっています。その契約を果たすため、私はやってきました。といっても、自らやってきた訳ではなく飛ばされた、と言った方が正しいのですが」

 苦笑交じりに答えれば詠師達はざわめき私を凝視しているものの、導師は怪しむように目を細める。信じていないのだろう。
 まあ当然といえば当然だ。言い出しっぺの私ですら、私の主張は怪しさしか感じないのだから。
 ただ教団はその在り方から、ユリアの名前を出されると無視はできない。そこが私の付け入る隙になる。

「そのような伝承は聞いたことがありませんね」
「そうなのですか? アルバートという方に伝えておくと言って、ユリアは異世界に帰っていったと伝わっているのですが…」
「アルバート! フレイル・アルバートですか!?」
「フルネームまでは知りません。あくまでも口伝ですし、欠けていない所が無いとは言い切れませんから」
「その契約とは!? 一体どんな内容が伝わっているのです!?」

 興奮する詠師達は身を乗り出して此方に質問を飛ばしてくる。
 思わず頬が引きつりそうになったが、ヴァンがまずは落ち着いて座って話そうと提案してくれたため、私は何とか席につくことができた。立ちっぱなしは辛いです。

「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はシオリといいます。以後お見知りおきを」
「シオリさんですね。しかしいきなり異世界と言われても、正直言って信じがたいと言いますか……」

 導師が口元にだけ笑みを浮かべて苦笑を漏らすのを見て、私は想定内の質問に頷く事で答えた。
 むしろその反応が正しいと思うし、すぐ鵜呑みにした詠師達ははっきり言ってどうかと思う。疑うってことを覚えた方が良いんじゃないだろうか、この世界の人たちは。
 しかしまぁ、それに関しても既に対策は練ってある。

「私が異世界からの来訪者であることを証明することは可能です。導師、私の預言を詠んでみて貰えませんか?」
「預言を、ですか? 解りました」

 導師は逡巡の後、頷いてから私の方へと両手を伸ばした。暫くの間淡い光が導師を包んでいたが、何かが砕けるような甲高い音がして光が飛び散る。
導師はヒュッと音を立てて息をのむと、信じられないものを見るように目を見開き私を見た。

「預言が、詠めない……!?」
「私の世界には預言がありませんでした。だから私には預言がありません。そして預言がないからこそユリアは私達の世界に訪れたのだと、そう聞いています」

 驚愕する導師と私の言葉に詠師達は再度ざわめいた。
 いい加減静かに話を聞くということができないのだろうか、この爺共は。

「預言が無いのにユリアが契約をしたなど……信じられん!」
「事実です。ユリアは私の祖先を保険としたのですよ」
「ホケン、とは?」

 しまった、保険は通じないか。この世界どんだけ文明が遅れてんだ?
 心の中で毒づきながらも詠師達を見渡し、彼等が口を噤んでから説明を続ける。

「ユリアは二千年分の預言を読み、考えたそうです。この預言を見て、危機を回避して欲しい。それでも、もし後世の人々が預言に従うことを良しとしてしまったら? 死の預言まで従うことになってしまったら? そう考えるとユリアは恐ろしかったそうです。そしてそうならないとは言い切れなかった。ダアトが立てた教団に、既に人々は集まっていました。預言が浸透していない二千年前ですら、預言に溺れることが否定できなかったんです。だからこそ、預言に従うことが美徳とされる未来になってしまった場合のために、私の祖先と契約をしたと私は伝え聞いています」

 私の言葉に詠師達は様々な表情を浮かべながら耳を傾けていた。同じく導師イオンも微妙な顔をしている。
 この辺りはヴァンと確認しながら設定を作ったから、現在伝えられている歴史とも齟齬がない筈だ。だから私は堂々と胸を張ってはったりをかます。
 けどまあ、そんな顔をされるのも理解は出来る。実際美徳になっちゃっているわけだからある意味当然の反応ともいえるだろう。まぁ私がでっち上げたわけだけど。
 口ひげを蓄えた詠師が渋い顔を隠すことなく、私に対して質問を投げかけてくる。

「……しかし、ユリアの預言は成就されるべきものでしょう?」
「では逆にお聞きしますが、ユリアの預言はいつ成就しなければいけないものになったんですか?」
「……は?」
「ユリアの預言は外れないのでしょう? それがいつ成就しなければいけないものになったのか、そう聞いているんです」

 聞けば詠師達は顔を見合わせ、口を閉じてしまう。思ったとおり、答えられる者は一人も居ない。
 その反応は想定内、むしろ望んでいたと言っていい。だからこそ私は詠師達を見回すことで改めて全員の顔をじっくりと見つめた後、私はあえてゆったりとした口調で言葉を続けた。

「ユリアは確かに預言を残しました。しかしそれを成就すべきものと定めたのは後世の人々であり、ユリア自身が預言の成就を願っていた訳ではありません」
「しかしユリアの預言には繁栄が記されているのですぞ!」
「ではその後は?」
「……後?」
「えぇ、その繁栄が永遠に続くと、ユリアは詠んでいましたか?」

 言葉に詰まる詠師を見て、私はにっこりと微笑んでやる。詠まれていないのだから、答えられるはずがない。
 まぁこの時点で彼等は繁栄の後に消滅が詠まれていると知らないのだから、余計にか。

「ユリアの残した預言は、確かに覆しがたい星の記憶ではあるでしょう。しかし預言とは、飽くまでも可能性に過ぎません。成就させなければいけない訳ではない。解りますか? 預言は導に過ぎず、また絶対ではなく、そして可能性の一つでしか無いんですよ」
「預言は絶対です!」
「私から見れば預言とは不確定な未来の情報でしかない。従わなければならない? 成就させる? 何故利用すると言う思考が出ないのかがわかりません。それとも、惑星預言に星の消滅が詠まれていたとしても、貴方たちはそれに従うと?」
「消滅が詠まれているのですか!?」

 その質問を微笑みを浮かべる事でごまかし、第七譜石で未来が終わっているということなのだから、言われなくても気づけと思う。お年を召した詠師の方々には受け止めきれないことなのだろうけれど。
 ちらりと導師を見ると、彼は真剣な顔を此方に向けていた。その細い矮躯に反し、若葉色の瞳は私の全てを暴いてやると言わんばかりに鋭い。

「何か聞きたいことでも?」
「契約の内容を」

 簡潔な質問に私はにっこりと微笑む。私が未だに契約の内容を話していないことに気付いていたらしい。
 上等だ。さらけ出してやるよ。あらかじめ用意していた答えがお前らのお気に召すかは解らないけどな!

「人々を預言というぬるま湯から解放し、思考力を取り戻させ、預言を覆すことです」

 あっさりと告げられた爆弾にも等しい私の言葉に、今度こそ詠師達は言葉を失うのだった。


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