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馬車の中、私とレイン、そして導師論師共に信頼厚い護衛として例外ながらもシンクが同席している。
ピオニー陛下との謁見を済ませ、ローレライ教団グランコクマ支部へと帰還する最中だ。

「無事謁見も終わってよかったですね」

「まぁ荒事は無かったね」

「そうとも言い切れません。ピオニー陛下が預言は参考程度にしたいと言った時のあのご老人方の顔は見ましたか?恐らくこれからグランコクマの導師派と大詠師派で派閥争いが悪化するでしょう」

「そんなに苦々しい顔してたの?」

「はい、とても。頭が固いと新しい考えを受け入れることができなくなります。大切にすることとそれに固執することは違います。その良い例ですよ。
レイン、貴方はああはならないように気をつけてくださいね」

「はい。胆に命じます」

力強く頷くレインと腕を組んで口を一文字に結んでいるシンク。
シンクはずっと頭を下げたままだったからあの老害共の顔を見ていない。
シンクは謡士、マルクト風に言えば大佐にあたる階級を持っているが、流石に将軍がずらりと並ぶ面々の前ではそれもあまり意味は無い。
むしろシンクが謡士と聞いて眉を顰めていた人間も居たから、多分私と同じように舐められているのだろう。

「しかし第一段階はクリアです。恐らく誰も導師のことを疑ってはいないでしょう」

「僕、うまく笑えていましたか?」

「オリジナルの毒々しさは無かったけど、充分じゃない?」

「アレを出す必要はありません。アレが毒々しくなるのはプライベートだけでしょう?」

元祖導師にしてオリジナルのイオンをアレ呼ばわりする私にレインは戸惑いつつも否定はしない。
シンクはシンクで僕らには四六時中じゃないかと不機嫌そうに言う。
とにかくイオンは外面だけは良いのだ。その外面さえ真似れれば充分すぎるだろう。

「では明日もこの調子で行ければ」

「そうですね。恐らく問題なく過ごせるでしょう。過去の話はできうる限り避けるようにしてくださいね」

「はい、わかっています」

私の言葉に頷くレインを見ていると、途端一つ大きく揺れてから馬車の動きが止まる。
何事かと馬車の小窓についているカーテンを開けようとしたら、シンクに止められてシンクがカーテンを開けた。

「どうしたのさ」

「車輪に不具合があったようです。すぐに直しますので」

「どれくらいかかる?」

「5分か10分もあれば直せます」

「そう。じゃあ頼んだよ」

「は!」

短い会話を済ませ、私たちが苦笑しているのを見たシンクがわざとらしく肩をすくめた。

「車輪の不具合ってしょっちゅう起きるもんなわけ?」

「どうなんでしょう?」

シンクとレインは素直な疑問を口にして、視線を私へと移して来る。
この二人、私に聞けば何でも解るとでも思っているのだろうか。

「私の居た場所では馬車はとっくに廃れていましたから、詳しくは知りません」

「とっくに廃れていた?」

「はい。もっと速くてもっと快適な、馬車のような譜業に乗っていました。最もエネルギーは音素ではないので譜業ではなく機械ですし、正確に言うのであれば自動車という名前のものです。
単純に車と呼んでいましたけど」

「想像がつきませんね」

「時折思うんだけど、シオリが居た世界ってココより遥かに発達してたんだよね?オールドラントって凄く不便じゃないの?」

「そうですね。情報伝達速度は遅く、情報収集の方法は限られ、識字率も低く、王制を敷いて身分制度を用いている。日本では身近にあった家電もグレードが落ちていますし、携帯機器と娯楽はほぼ無いに等しい……差がありすぎて今でも戸惑うことは多々あります」

「全然見えませんけど」

「むしろ思い切り馴染んでるよね?」

「そんなことはありませんよ。とても戸惑ってましたし、今もそうです」

しみじみという私に向けられる猜疑の視線。
戸惑っていたのは本当なのに何故信じてもらえないのか。
苦笑を漏らしながらも日本の話をしていると、ドアがノックされて再度シンクが出る。

「お待たせいたしました。修理が終了しました。いつでも出発できます」

「ご苦労。それじゃあ、」

「あぁ、シンク、待ってください」

「は。何か?」

出発しろと続けようとしたシンクを遮り、私も小窓から外へと顔を覗かせる。
直立不動状態の論師守護役を見下ろし、微笑みを浮かべてから問いかけた。

「修理ありがとうございます。怪我人は出ませんでしたか?」

「は、はい!特に問題はありません!」

「それは良かった。それにしても、先程のような不具合はよく起きるのですか?」

「は。こればかりは馬車の耐久年数などもございますので、一概には何とも」

「そうですか。解りました、時間を取らせてしまってすみません。それでは支部まであと少し、宜しくお願いします」

「は!!」

緊張している守護役に最後に微笑みを浮かべてから私は奥に引っ込んだ。
シンクが出発の号令を出し、再度馬車が動き出す。
何とも曖昧な返事に一つ息を吐いてから、カーテンの閉められた小窓を見る。

「何か気になるわけ?」

「そういうわけではありません。何となくです」

私の答えにシンクもレインも首を傾げていたが、微笑みを一つ浮かべる事で誤魔化す。
アクシデントとも呼べないアクシデントを迎えつつも、私達は教会へと向かうのだった。










「ふぅ」

凝り固まった肩をほぐすようにぐるぐると腕を大きく回し、ついでといわんばかりに首も回す。
たいしたことはないと思っていたが、やはり国王に謁見ということで随分緊張していたようだ。
シャワーを浴びた途端ドッと疲れが押し寄せてきた気がして、まさかグランコクマにいる間ずっとこの調子かと思うと少しばかりうんざりする。

またシンクに色々と言われては面倒なので髪はきっちり乾かしておき、寝巻きの上にカーディガンを着こんで防寒対策はばっちりだ。
用意されていた水差しからコップに水を注ぎ、それを持ってソファに腰掛け積み上げられている書類の束に手を伸ばす。
いつもより数は少ないが重要度が高いものばかりなので、早々に目を通さなければならない。

「……またか」

書類を眺めるふりをしながら、私は身体に突き刺さるような視線を感じて内心舌打ちをもらした。恐らく視線が無ければ盛大に舌打ちをして、思い切りしかめっ面になっていただろう。
ドアの外に立っている守護役に声をかけてシンクを呼んで貰ってから再度書類と向き合い、水の入ったコップへと口をつける。

レモンが入っているはずなのに、僅かに感じる苦味。
これは何か入っているなと確信し、飲み込むふりだけをしてみせた。
コップを置き、書類に目を通している間にもちくちくと視線が痛い。
鬱陶しいことこの上ない。つーかこれでばれないと思ってるのが凄い。

「ぁ……ふ」

シンクが来る頃を見計らい、私はあくびをしてソファへと寝転がる。
狸寝入りをしていると案の定シンクがやってきて、私がソファで寝ているのを見たシンクはため息をついてからいつものようにベッドへと運んでくれる。
そして運ばれている間、私は目を閉じたままそっと口を開いた。

「そのまま聞いて。水に違和感、あと窓から視線」

シンクにだけ聞こえるよう小声で、唇の動きは最小限に。
シンクは私の言葉を聞いても何の反応もせず、私をベッドに寝かせると窓のカーテンを閉める。
音だけでそれを確認してから、ぱちりと片目を明ければ仏頂面のシンクの顔。

「よく気付いたね」

「オールドラント人に比べると、日本人は感情の機微や視線に敏感な方なのよ。水は言わずもがな、ね。飲み込むふりだけはしといたわ」

上半身を起こすことなく両目を開ければ、シンクは仮面を取らないまま腕を組んで立っていた。
不機嫌そうなのは言わずもがな、ベッドで寝ている私は下から覗く形になっているので顰められた眉も丸見えだ。

「情報部に回しておくよ。始末しても?」

「背後関係は洗っておいてね。このまま寝ちゃって良い?」

「どーぞ。明日は園遊会だからね、寝坊しないでよ」

「解ってるって。シンクも早く寝なさいね」

「それこそ解ってるよ。明日の編成確認したら僕も寝るさ」

シンクの言葉に頷き、私は手招きしてシンクを呼ぶ。
シンクは首を傾げながらも近づいてきて、まだ何かあるのかと私と視線を合わせるためにベッドの脇に膝をついた。
私が手を伸ばして緑の頭を撫でれば、予想外だったらしくシンクの肩が跳ねる。

「ありがとね。シンクが一緒に来てくれて助かった」

「……当たり前でしょ。僕はシオリの守護役なんだからさ」

「うん。でもありがとう」

ちょっぴり頬が赤いのはきっと気のせいではない。
でも口にしたら怒りそう、というかツンデレのツンが発動しそうなので黙っておくことにする。
シンクが立ち上がったので自然と私の手はシンクの頭から離れる。

「良いから、早く寝なよ。おやすみ、シオリ」

「うん、おやすみなさい」

最後に微笑みを見せて、シンクは音素灯を消して部屋を出て行く。
暗闇に包まれた部屋の中で、私は布団に潜り込みながら目を閉じた。
……明日、めんどくせ……。

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