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園遊会。
噴水の水が踊る中庭で開かれたこの会は、立食式の形を取ったパーティだった。
庭のあちこちにある水路と花壇が目を楽しませてくれるし、流れる水音はそれほど大きくなく耳障りではない。
庭に置かれたテーブルの上には一口サイズの料理や様々なスイーツが等間隔に置かれていて、青色の模様の入れられた小皿を片手に人々は思い思いに舌鼓を打っている。

「では論師殿はローレライ教団に身を置きながら預言を重視していないと言うのですか」

「それは少し違います。確かに預言は大切でしょう。しかし私が危惧しているのは、預言は何を置いても成就されるべきであるという風潮なのです」

「どういうことですかな?」

「例えば、預言士が旅に出れば大怪我を追うと預言を詠んだとします。
人々は怪我を負うと詠まれたにも関わらず、預言は成就すべきなのだからと嫌々でも旅に出ることになるでしょう。もしかしたら預言士は成就のために怪我のことは伏せて伝えるやもしれません。
私はだったら旅に出なければ良い、もしくは時期をずらす、護衛を雇うなど預言に詠まれた負の内容を回避することが大切だと思うのです」

「つまり預言が成就されるべきではないと」

「それがその人にとって良い預言ならば成就できるよう努力すべきでしょう。
しかしそれが負の預言であるならば、回避できるよう努力するべきだと思うのです。
預言は貴重な未来の情報です。ないがしろにして忌避すべき未来すら自覚の無いまま迎えてしまってはそれこそ損になってしまいます。
要は預言を上手に利用して、うまく付き合って生きていきましょうということですね」

「成る程。つまり良い預言は成就できるようにして、悪い預言は外せるようにしようと、そういうことですか」

「はい。そしてそれが考える力を身につける第一歩だと思っています」

「考える力、ですか?」

「そうです。預言に詠まれたからと何も考えずに預言に従う人の何と多いことか。
コレではなにかあったらすぐに預言を詠んでもらうという歪んだ風潮ができかねません。いえ、既にできあがりつつあるのです。
自分で考え、危機を回避する。自分で考え、答えを導き出す。
コレができなくなってしまった人が多く居ることは、とても嘆かわしいことだと思います」

「確かに、酷いものだと夕飯の献立まで預言に頼っているものも居ると聞きますからなぁ。
自分で考えることができなくなる、確かにとても恐ろしい。お恥ずかしい話、そのようなことなど考えたこともありませんでした」

「はい。だからこそ私は預言は飽くまでも未来の選択肢の一つであり、選ぶべきは自分であるという導師の意見に賛同するのです」

「いやはや、御見それいたしました。論師殿は見た目と違って随分としっかりされているようだ」

「おやおや。褒め言葉として受け取っておきましょう」

私の混ぜっ返しに話していた相手は笑い声を上げ、できればまたお会いしたいものですなと言ってから別の人間に声をかけにいった。
周囲に気付かれないようため息をつき、手に持っていたオレンジジュースの入ったグラスを煽る。

今の相手はなかなか好感触だった。
私の理論を鼻で笑う男も居たし、女が知恵を持つとろくなことがないと嘲笑してくる相手もいた。
それに比べればきちんと話を聞いてくれただけでも好感触と言っていいくらいだ。

再度グラスを煽って中身を空にし、適当な所に居たウェイターに空のグラスを渡す。
その頃には既に別の人間が話しかけてきて、鬱陶しいと思いながらも私は微笑みを向ける。
面倒だろうと予想していた園遊会は予想以上に人に溢れていて、私は既に帰りたい気持ちでいっぱいだ。
預言について同じ話を何度もしているせいですぐに喉が乾くし、ろくに食事も取れやしない。

新しく話しかけてきた相手もやはり預言についてのことで、私は導師派の理念について話し合いながら胸中で思いきりため息をついた。
この男はどうやら私に喧嘩を吹っかけにやってきたらしい。
私の話を成る程と言いながら聞いた後、嫌な笑みを浮かべながら私に問いかけてきた。

「しかし論師殿、貴方の事業展開の内容は一つも預言に詠まれたものではないと聞いています。
即ち貴方の事業は全て預言に反しているということにはなりませんか?」

髭を撫で笑みを浮かべながら私を見下ろしてくる初老の男。
私は言われた言葉に噴出しそうになるのを必死に堪え、きょとんとした顔で男を見上げた。

「預言に詠まれていないことはやってはいけないのですか?」

「当たり前でしょう。今更何を言っているのやら。始祖ユリアは未曾有の繁栄を詠んだのです。
預言に従わなければそれは訪れない。ならば預言に詠まれぬことをするなど愚の骨頂ではありませんか」

「それは大変ですね。では貴方は今日、食事をすると詠まれていましたか?仕事をすると預言に詠まれていましたか?」

「……は?」

「預言に詠まれていないことをやってはいけないのなら、預言に詠まれていない日常生活まで行ってはいけないことになってしまいます。
あぁ、ベッドで眠れと詠まれていなければもしかしたら眠ってもいけないのかもしれませんね」

いつの間にか私に近寄ってきていたらしいレインが、私のわざとらしい発言を聞いていたらしくぷっと吹き出す。
失礼、と断ってはいたものの、導師に笑われた初老の男は笑みを消し苦々しい顔をしている。

「子供らしい屁理屈ですな!私が言いたいのはそういうことではなく!」

「ではどういうことです?私はそう解釈していますよ。
預言に詠まれていないからやってはいけないのではなく、単純に詠めなかっただけではないかと。
預言やそれを詠む預言士とて万能ではありません。詠み忘れるところや、詠み違えることとてあるでしょう。
だったらやってはいけないと預言に詠まれていない限り、やっても問題ないではありませんか」

最後に止めといわんばかりににっこりと微笑んでやれば、怒りに頬を赤くした初老の男性は屁理屈だ、預言に詠まれていないことをするなど預言への冒涜だと喚く。
周囲の人間はそれを見てくすくすと笑っていて、周囲の反応に気付いた男は歯噛みしながらも気分が悪いから失礼するといって人垣の向こうへと消えていってしまった。
言い負かされるのが嫌なら突っかかってこなければいいのに。

「ふふ、失礼しました。シオリ、コチラのケーキはいかがですか?先程勧められたのですが、とても美味しくて、貴方にも食べて欲しくて持って来ちゃいました」

「ありがとうございます。導師、お加減はいかがですか?」

「好調です。それに貴方の弁舌にも笑わせて貰いましたから」

未だにくすくすと笑っているレインは、背後に控えている守護役から小皿を受け取りそれを私に寄越してくる。
そこに乗っているのは一口サイズのチーズケーキにプチモンブラン、そしてカットされたショートケーキとチョコケーキだ。
確かに美味しそうなので素直に礼を言って受け取り、試しにチーズケーキを口に放り込めば、文字通り口の中でとろける甘味に自然と頬が緩んだ。
ダアトに居ては絶対に食べられないであろう高級品に舌鼓を打つ。

「導師イオン、論師シオリ、園遊会は楽しんでいただけているかな」

やっと食べられたケーキに疲れを癒されていると、ピオニー陛下が眩しい笑顔と共に声をかけてきた。
園遊会が始まってからすぐに陛下に対して挨拶と礼を伝えてあったのだが、どうやら気に掛けてくれていたらしい。

「はい。どの料理も素晴らしく、またマルクトの方々との会話も楽しませていただいております」

「私もです。私のような新参者を会に呼んでいただけて感謝の念が耐えない次第です。何とお礼をしたら良いものか、今から悩んでしまいますわ」

「はは、この園遊会に呼んだ理由はマルクト内に建ててくれた施設の礼なんだ。そんな礼など考えなくて良いさ」

イオンと私の言葉にピオニー陛下は笑った後、こっちの料理もうまいぞと新しい皿を渡してくれる。
私は礼を言ってからそれを受け取るものの、未だ持っている菓子をどうすべきか悩んだ。
すると背後に控えていたシンクが小皿を受け取ろうと手を伸ばしてきてくれたため、礼を言ってケーキの乗った小皿を渡す。

「論師殿は随分とその守護役を信頼しているようだな。確か謁見の間でも見たような」

「彼はシンク謡士と言います。私が論師の地位に着いたばかりの、まだ守護役部隊が整えられていない頃から護衛を引き受けていてくれたため、私にとっては心強い存在なのです」

「成る程、彼も随分とお若いようだが?」

「拳闘士と譜術士としての腕は確かですわ。私の秘書のような仕事までしてくれていて、彼がいなければ私はここまでやってこれなかったでしょう」

「ほう、論師殿がそこまで仰るのか。先が楽しみな若者だな」

ピオニー陛下は興味しんしんといった風にシンクを見ている。
シンクは仮面を着けているし、守護役長を除いて一人だけ色の違う制服を着ているから記憶にも留まりやすかったのだろう。
隣に居たレインもにこにこと微笑みを浮かべながら話題に参加してきた。

「シンクは優秀ですよ。僕も時折お世話になることがあるのです」

「導師も?」

「はい。時折兄がいたらこんな感じなのだろうかと思うこともあります。彼はとても気遣いができますから」

「ほうほう。確かに導師もシンク殿も髪の色が同じだしな。もしかしたら血縁だった、なんてこともあるのかもしれないなぁ」

ちょっとしたジョークだといわんばかりのピオニー陛下に私はまぁ、と言いながら笑みを作り、そうだとしたら嬉しいですね、と言いながらレインも笑みを浮かべた。
兄弟も何も同じ遺伝子です、とは言えない。流石に言えない。
妙に鋭い指摘に少しだけひやりとしつつ、私とレインとピオニー陛下は表面上だけ和やかに会話を進めるのだった。


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