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「シンク謡士を紹介してくれたから、という訳ではないが……コチラも紹介しよう。今日俺の護衛に着いているアスラン・フリングス大佐とジェイド・カーティス大佐だ」

ピオニー陛下の背後に控えていた二人が礼を取る。
私とレインはお初おめにかかりますと言いながら二人へと視線を向けた。
この時期だとアスランはまだ大佐なのかと密かに納得しつつ、こっちは非常識ではないだろうなとカーティス大佐を見る。
ハニーブロンドの髪と深紅の瞳、敬礼を終えた途端ポケットに手を入れた男に私は最低の評価を下す。馬鹿か貴様は。

「カーティス大佐のお噂はかねがね。フリングス大佐は謁見の間でもいらっしゃいましたね」

「おお、論師殿も覚えていられるとは」

「私の周囲に銀髪の方はいないものですから、印象に残っておりました」

「成る程。確かにアスランの銀髪は目立つからな」

私の言葉に納得しているピオニー陛下。
事実、私の周囲に銀髪の人間は居ない。
ディストが近いといえば近いのだが、アレはどちらかといえば白髪だ。
脱色してるのかはたまた地毛なのか少し気になる所ではある。

そうしてレインや陛下と雑談に興じていたのだが、いつまでも主催者を独占している訳にもいかず、それではまたと話を切り上げかけたところで突然ピオニー陛下がぴたりと動きを止めた。
何事かと小首を傾げて見上げていると、隣に居るレインも同じように険しい顔をしている。

「……これは」

「どうかなさいましたか?」

「論師殿は何も感じないのか?」

「論師は異世界より来た身です。フォンスロットが存在せず、音素を全く使えないのです」

「それでか」

導師の説明にピオニー陛下は苦々しい顔をすると、コチラへと言って歩き出す。
二人の会話からして、何やら怪しい音素の動きでもあったのだろう。
それが解れば断る理由も無い。
守護役達が私達の周囲を固めるのを感じながら私と導師が陛下の後に続いた時、それは突然響いた。

「っ!」

「何っ!?」

「第五音素を使用した音素爆弾です!」

腹の底に響くような轟音が響き渡り、噴水が破壊された。
大小様々な瓦礫が当たりに散らばり、砂埃が立ちそこら中に水が撒き散らされる。
レインの声で何が起こったのか理解するのと同時に、私はいつの間にかシンクに抱きしめられていた。

「お怪我は?」

「ありません。シンクは」

「問題ありません。お気遣いは無用です、お早く」

壊れたスプリンクラーと化した噴水を中心に、数多の悲鳴が鳴り響く。
鬱陶しかった筈の園遊会は突如として阿鼻叫喚の戦場と化した。
覆面をした男達が現れ、私達は陛下の案内を得てさっさとその場を去ろうとする。
その背後で男達が高らかと叫んでいるのが聞こえた。

「我らはユリアの意志を絶対とする者!預言を重視しない皇帝、預言を蔑ろにする論師、そしてそれに追従する愚か者ども!!
お前たちにユリアとローレライに代わって裁きを下してやる!預言を冒涜した罪、その命を持って購うが良い!!」

「預言保守派の中でも……過激派の一派のようですね」

「厄介な……」

阿呆か!愚か者は貴様らじゃボケ!
私は叫びを飲み込みながらレインとピオニーの言葉に苦々しく同意し走り出した。
逃げまとう人々の隙間を縫うように移動している私達の背後では物騒な音が耐えず、聞こえてくる爆音が譜術なのか爆弾なのか判別もつかない程だ。

「フリングス大佐、ココは私が。貴方は陛下を頼みます」

「しかし!」

「敵は譜術を乱用していますが、殆ど威嚇に近い目くらましのようなものが多い。実力は押して知るべしでしょう。なに、殺しはしませんよ。後でたっぷりと吐いてもらいたいことがありますからね」

もう少しで庭を抜けるという所で、もう充分とでも判断したのだろうか。
護衛についていた筈のカーティス大佐がフリングス大佐の制止を振り切って庭の方へと踵を返して行ってしまった。
貴様は護衛だろうが、こんな時に要人の傍を離れる護衛がどこに居る!!
……ここに居るか。個人的にシンクと同じ護衛として認めたくないが。

「あの馬鹿!
導師、論師、アイツのことは気にせず進んでくれ。逃げまとう人々は多く、また宮殿の中は入り組んでいる。いくらテロリストといえどそう簡単に追いかけては来れない筈だ。
それに俺しか知らない抜け道も多く存在する。マルクト皇帝の名にかけて、お二人に決して怪我などさせない」

「お任せします」

「はい」

ピオニー陛下に言われ、私達は一つ頷いてから再度走り出そうとした。
彼の言う通り、護衛を破棄した馬鹿な男など知ったこっちゃない。
聞こえてきた剣戟の音に血の気が引いていくのが自分でも解ったが、ココで倒れている暇は無いと震える足を叱咤して動かしていると、レインとピオニー陛下がハッとして私めがけて覆いかぶさってきた。

「な……っ!」

途端、耳を劈く、轟音。
何が起こったのかすぐに理解できず、私は悲鳴を上げたいのを必死に堪えながら、パニックを起こしかけた頭で状況判断に勤めた。
すぐ傍で音素が爆発したのだと気付く頃には、私はあらゆる人間に囲まれていて、その中にレインとピオニー陛下が含まれていることに気付き、慌てて二人に怪我は無いか確認する。

「お二人とも、何をしているのです!私を庇うなど!」

「すみません、つい反射で」

「俺もだ……論師、導師、怪我は?」

「ありません」

「私もです。ピオニー陛下は」

「問題ない。無傷だ」

二人に怪我が無いことにホッとして、私はようやく他の人間にも目をやる。
そこでようやく、私達が無事なのはフリングス大佐とシンクを中心に守護役達がとっさに譜術障壁を張ってくれていたお陰だということに気付けた。

「シンク、皆も、怪我は……!」

「ありません。お気遣い無く」

譜術障壁が解かれ、他の守護役達が周囲を警戒しているのを見渡す。
皆怪我が無いようだと胸を撫で下ろしかけた時、フリングス大佐が鈍い音を立ててその場に倒れた。
じわじわと緑の草をぬらしていく赤い血液に息を呑む。
隣でピオニー陛下の血の気が一気に引いたのが解った。

「アスラン!」

「陛下……余り、無茶をなさいますな」

駆け寄る陛下、そして搾り出すようなフリングス大佐の声。
私は吐き気と眩暈を覚え、立ち上がろうとして失敗する。
その隣でレインが立ち上がると、フリングス大佐の傍でしゃがみこみ治癒術を詠唱した。

「癒しの光よ」

淡い光がフリングス大佐の身体を包み込む。
苦悶の表情を浮かべていたフリングス大佐の表情が和らぎ、陛下がレインを見て、すまない、と小さく謝罪をした。

「陛下……お早く、避難を」

「お前もだ!俺の護衛だろうが!」

「っ、勿論です。参りましょう……っ!」

傷は治っても流れた血までは元に戻らない。痛みとて完全に抜けた訳ではないだろう。
脂汗が滲み、未だに苦痛に顔を歪めるフリングス大佐はそれでも笑顔を作り、剣を杖代わりにして何とか立ち上がる。
砂埃の立ち上がる背後では未だに剣戟の音と譜術の炸裂する音が響いていて、あちこちから悲鳴が耳に届いてくる。
いつまでも座っているわけにはいかないとレインも立ち上がり、私も促されてシンクの手を借りながらではあるものの必死に足に力を込めた。

が、また襲ってくる吐き気と眩暈。
立ち上がろうとして失敗し、シンクの身体に倒れこんでしまう。
そんな私を見たピオニー陛下はフリングス大佐の隣に立ちながら真剣な表情で言った。

「シンク殿、論師を抱き上げて走れるか」

「無論です」

「よし。幸い砂埃が激しいお陰でそれほど標的にはされていない。今のうちに逃げるぞ。導師、無理をさせることになるが……」

「構いません。命あっての未来です。そのためならば多少の無茶もしましょう」

「すまない。後で宮廷医師を呼ぼう。行くぞ!」

大丈夫だといおうとした言葉は、シンクに抱き上げられたことによって遮られた。
ぐらぐらと揺られながら景色が移り変わり、時折激しい爆音が耳を突く。
どこか怪我をした訳でもない。確かに今の状態は恐ろしく、私が正気を保っているように見えるのはなけなしのプライドのお陰でしかない。
内心は泣き喚きながら逃げ出したくてたまらないのだ。

しかし、この吐き気と眩暈は、本当にそれが原因だろうか。

ぐらぐらと世界が揺れる。
シンクに抱き上げられているからか、はたまた眩暈が激しいせいか。
私は理由を突き止めることもできないまま、揺れる世界に耐え切れずそのまま意識を手放した。


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