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「起きられたか、論師。無事で何よりだ」
「このような状態で陛下をお迎えするなどお恥ずかしい限りではありますが。ご足労ありがとうございます、ピオニー陛下」
「なんの。病床の人間に礼儀を求めるほど俺は細かい人間じゃないんでな。気にするな。それに謝らなければならないのはこちらのほうだからな」
私の起床を知らされたピオニー陛下はフリングス大佐を連れてわざわざ見舞いに来てくれた。
部屋に居るのは後はレインとシンクのみ。人払いされたと言って良い状態に、見舞いと称して話をしに来たのだろうとあたりをつける。
カーティス大佐を連れて来なかったのは良い判断だ。あいつは好かん。
「この度は我がマルクトが主催する園遊会において導師並び論師の身を危険に晒してしまった事、マルクト皇帝として深く謝罪する。教団にも改めて謝罪の使者を送ろう」
「丁寧な対応感謝いたします。こうして怪我一つ無く居られるのも陛下の迅速な判断のお陰ですから、教団のほうにもきちんとその旨を伝えておきますね」
「導師の言う通りです。私からも詠師会の方に連絡を入れておきましょう」
今回の騒動に対する後片付けとでも言おうか。
マルクトの警備が万全でなかったことにより、私達が危険に晒されたのは事実。
そのことについて簡単に話を纏めてから、陛下は斜め後ろに立っていたフリングス大佐に手だけで合図をした。
フリングス大佐は一礼した後、ドアの前へと移動してその場で直立不動を取る。
「それで、だ。実はシンク謡士から一つ申し出があってな」
「聞き及んでおります。我が僕の無礼な振る舞い、真に失礼致しました」
「いや、それは良いんだ。シンク謡士と論師がいかに強い絆で結ばれているかよく解ったからな」
そこは良くないだろう、皇帝として。
上下関係に甘い陛下に内心苦笑をしつつ、そのお陰でシンクの不敬が見逃されたのだから言葉を飲み込む。
パフォーマンスになると思っていたが、実際陛下に好印象を与えていたのは間違いないようだ。
「俺のほうもな、預言を重視しない論師とできれば繋がりを持ちたいと思っていた。
俺はできれば預言を用いず、人の力で政治をして民を導きたいと考えている」
「良いことだと思います。そもそも人は人の意志によって動くものですから」
「そこで、だ。単刀直入に聞くぞ。
俺は論師と導師が手を組み、教団という組織を預言離れさせようとしている、と考えた。
導師がまずは預言に頼るなと訴え、論師がその後教団が存続できるよう下準備している、とな。
実際の所どうなんだ?」
宣言通りの単刀直入な質問に私は心の中で舌を巻いた。
まだまだお互いの腹を探り合うかと思っていたと言うのに、もうその質問が来るとは思わなかったのだ。
シンクの件によってこちらを信頼したというのなら、正直単純だといわざるを得ない。
勿論腹を割って話すことで信頼を得たいと言う思いもあるのだろうが。
私はまるで芝居のように緩慢に拍手をしながら、にっこりと陛下に微笑みを浮かべる。
「ご明察です、陛下。良く気付かれましたね」
「俺はな、腹の探り合いはできないことは無いが、嫌いだ。できれば論師にも腹を割って話してもらいたい」
私のわざとらしい態度が気に入らなかったのか、陛下は少しだけ眉を顰めながら言った。
やはり腹の探り合いをする気はないらしい。
むしろ今までもこうやって実直に、呆れるほど不器用に、しかし有無を言わせない説得力を持って相手を引っ張り込んできたのだろう。
今の陛下にはそれだけの凄みがある。
手を組むことを前提で話しているのだ。
私も多少なり腸を見せる必要があると判断して、私は作り笑いをやめた。
唇の端を上げるだけの笑みを、リグレットやシンクから毒があると称される微笑みを浮かべる。
陛下はそれを見て口を引き結び、フリングス大佐はごくりと喉を鳴らしていた。
「陛下は……実に実直な方のようですね。
陛下のその真摯な姿を見て良心の咎められたものが何人居たのでしょう?
それを生真面目で融通が利かないと勘違いして、図に乗って破滅した人間はどれほど居たのでしょうか?」
くすくすと笑みを漏らしながら言えば、陛下は無言でコチラを見つめていた。
その間にもレインはずっと穏やかな微笑みを浮かべたまま。
この状況になんら疑問を抱いていないと言う時点で、レインもまた私の本性を知っている人間の一人だと陛下も解っただろう。
「論師は随分と猫かぶりがうまいようだ。導師も……強かなのは以前と変わらずか」
「ありがとうございます」
「お褒めいただき光栄です、陛下」
「どっちも褒めたつもりじゃないんだがな…」
にこりと柔和な微笑みを浮かべるレインに、ため息をつく陛下。
ちらりとシンクを見れば少し呆れているようにも見える。
最も、仮面をつけているので実際の所は解らないが。
「それで、私と導師の目的、でしたね。簡単ですよ。陛下が仰られたとおりです」
「やはり預言離れを?」
「えぇ。教団の機密に関わることなので詳細はお話できませんが、それが人民のためであると私は確信しております」
「論師の言うとおりです。我々は私欲のために預言から離れようとしているわけではありません。
しかしすぐにそれが叶うかと言われれば難しいことは解りきっています。
ゆえにまずは預言は選択肢の一つだと僕が提唱する形をとっているのです」
「勿論そこは疑っていないさ。現に論師の施行した施設や事案は人々から無為に金を吸い上げるようなものでもないし、導師の説法は声高に叫ぶものではなく、穏やかに人々に語りかけるようなものだと聞き及んでいる」
「私達は私達の未来を得るために動いています。陛下のお力添えが叶うならば私達にとってこれほど心強いものは無いでしょう」
「猫かぶりを解いても口がうまいな。
まずは先日の強硬派によるテロ事件に関しての合同調査、というところか」
「私の配下である情報部と連携をとっていただければと愚考しておりますが」
「導師はどうだ?」
「我が僕に動かせるものはおりません。機動力のある元導師守護役のアリエッタも現在論師配下の情報部第一小隊に所属していますし、正直な所騎士団は門外漢です。
以前言った通り、論師に一任したいと思います」
レインの言葉を聞いた陛下は一つ頷くと、フリングス大佐を呼ぶ。
フリングス大佐はその場で敬礼をとった。
「聞いたとおりだ。現時刻を持って論師直下の情報部と連携し、秘密裏に先日の強硬派過激テロの合同調査に乗り出す。
お前は第五師団第一、第二小隊を率い、マルクト代表として指揮を執れ。必要ならばこっちの情報部を動かしても構わん」
「は!」
「シンク。マルクト帝国軍第五師団第一、第二小隊と連携をとり、合同調査を行ってください。
この件を最優先にするよう、情報部各小隊長に通達。守護役部隊は貴方と守護役長に一任します。
後はマルクト代表のフリングス大佐と話の擦り合わせた後、私に報告してください」
「かしこまりました」
それぞれの配下がぴんと張り詰めた空気を持って指示を受け取る。
合同調査本部に関しては事件現場がマルクトであることと、陛下の好意でマルクト軍基地の一室を使わせてもらうことになった。
というかフリングス大佐って第五師団だったのか。初めて知った。
私と陛下の許可をとり、二人は早速大まかな話の流れを決め始める。
二人が並んでいるとシンクが小さく見えるのはご愛嬌だ。
「コチラは園遊会に来ていた招待客の身辺調査を致しましょう。はっきり言って手引きしたものがいる可能性は非常に高い。マルクト軍の情報部にも協力を仰いでみます。
それと当日何かおかしなことが無かったか近隣住民への聞き込みも」
「コチラは過激派組織のリストアップと、別の組織の動向を探ってみます。
恐らく武器の流れからもある程度動きがつかめるでしょう」
「裏のルートに伝手があるのですか?」
「ケセドニアとシェリダンにいくつか」
二人を見守りながら、私は微笑む。
シンクがああして外部の人と話しているのを見ると、彼も成長したのだなぁと少しばかり感慨深いものがある。
あぁ、これではまるで母親の気分だ。
「それで導師、論師。今日も王宮に泊まっていくか?」
「いえ、仕事を持ち込んでいますし、そこまでお世話になるわけにはいきませんから今日は教会まで帰ろうと思います」
「慰問の予定なども入っていますから。陛下、此度は本当にありがとうございました」
「いや、コチラとしてもこれからお二人とは親しくなれたらと思っているからな。何かあったら気軽に連絡を入れて欲しい」
にやりと笑みを浮かべる陛下に、私も唇の端をあげるだけの笑みを浮かべる。
少しいたずらっ子のように見えるだろう笑みを見た陛下は笑い、レインもまたほほえましそうに声を上げて笑う。
さて、教団の機密と言った時点で私達は秘預言に関わることだと言ったも同然なのだが、陛下は気付いたのだろうか?
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