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 守護役部隊だけでなくマルクト兵の護衛もつけてもらい、私とレインはようやくローレライ教団グランコクマ支部へと帰還することができた。
 どうやら私は三日ほど王宮で世話になっていたらしい、というのを帰還と同時に知らされてっきり半日程度しか寝込んでいなかったと思い込んでいたために軽くショックを受けたのは秘密である。

 支部の責任者に大層心配されたが、怪我一つ無いことと心配をかけてしまったことを謝れば明日の慰問は延期にしましょうと心配そうな顔で言われてしまった。
 休んでくれと言う責任者に大丈夫だと告げて宛がわれた私室に出向けば、留守にしていた間に届いていたらしい書類の山。
 うんざりとしつつもこれも仕事だと自分に言い聞かせ、時計を見て余裕があるのを確認した後少しだけ片付けておくためにテーブルへと向かう。

 にしても、今回のテロは予想外だった。音素酔いに関してもそうだ。まさかそんなことになるとは思わなかった。
 これでは戦時になった時など慰問に行ったりはできないだろう。音素酔いを起こして終わりだ。私が担架で運ばれる羽目になる。

 書類を裁きながらそんなことを考えていると、ノックの音が響いてシンクが入室を求めてきた。すぐに許可を出せば教団からの使者も共に居ると言う。
 なので書類を裏返して見えないようにしてから再度入室を許可すれば、入ってきたのは皆顔見知りだった。

「論師におかれましてはお久しぶりにございます。論師直下情報部第二小隊所属、フローリアンであります」
「お怪我も無く何よりです。論師直下情報部第三小隊所属、アッシュです」

 きっちり腰を九十度に曲げ、挨拶した二人。
 階級も無い下っ端中の下っ端ということだが、私は二人の成長ぶりを目にしてくすくすと笑みを漏らして顔を上げるように言う。何だか久しぶりに会った気分だ。
 そしてその二人の背後でずれた眼鏡のブリッジを上げている人間にも微笑みを向けた。いつもの浮遊する椅子も、派手な襟も無く大人しい格好をしているのはここがグランコクマだからだろう。

「見たところ体調も悪くなさそうですね。すぐに来てくれと呼び出された時は何事かと思いましたよ」
「全員座ってください。フローリアンとアッシュも、ここでは崩してもらって構いませんよ。ディストも遠路はるばるありがとうございます」

 シンクがきっちりと部屋の鍵をかけるのを見てから、三人をソファへと呼ぶ。
 フローリアンはパッと顔を上げたかと思うと、顔を仮面で隠していながらも解るほど喜色満面の笑みを浮かべた。
 反対にアッシュは仮面の下の瞳から困惑を滲ませていたが、シンクやディストが気にすることなくソファに腰かけるのを見て自分もそれに続く。

「その……良いのか? 仕事中なんだろう?」
「きちんと公私が分けられているのなら私も文句は言いません」

 おずおずと尋ねてくるアッシュにそう答えてから、全員分の紅茶を注ぐ。全員に茶菓子と紅茶がいきわたったのを確認してから、私はでは報告を聞きましょうか、と言って微笑んだ。
 フローリアンは既にお菓子を口に詰め込んでいたし、シンクは紅茶を飲み、アッシュが戸惑いを見せたためにまず口を開いたのはディストだった。

「では私から。王宮の専属医が書いたカルテを見ましたが、貴方の音素酔いという言葉はまず間違っていないでしょう。身体が異物である音素を拒否したようですね」
「耐性をつけることは可能ですか?」
「恐らく不可能ではないでしょうが……難しいでしょう。詳しいことは調べてみないと何も言えません。これからはできうる限り音素を多用する戦場やフォンスロットなどに近付かないよう注意してください。一応貴方にも使用できる音素を拒絶する薬か取り込む音素を減少させる薬を作れないか部下に指示をしてありますが、出来上がるまで時間もかかるでしょうし」
「迅速な対応ありがとうございます。それで充分です」

 ディストの報告に一つ頷けば、今度はフローリアンが手を上げる。なので名前を呼べば、たどたどしくも報告を始めてくれた。

「えっと、第二小隊は第六小隊からの情報を元にグランコクマ周辺の調査を開始します! 詳しいことはこっちの書類で確認してくださいって小隊長が言ってた。じゃなくて言ってました」

 フローリアンから書類を受け取り、簡単に目を通す。
 第二小隊は簡単に言えば街中及び人が居た場所の"痕跡"や"分析"の探索をメインにした、日本でいう鑑識のような仕事を主とした小隊だ。
 例えば夜盗が住処にしていた遺跡などから痕跡を探し出し、情報を収集するなど。そう言った対人、対獣の戦闘を主とするのではなく、黙々とした作業を求められる。
 勿論戦闘能力は必須だが、人から情報収集をするわけではないのでフローリアン向けの小隊と言えるだろう。
 それに第二小隊の隊長は締める所は締めるが、基本的に部下に甘い。子供っぽいフローリアンを猫かわいがりする小隊長が簡単に思い浮かんで、笑みがこぼれそうになった。

「確かに受け取りました。お使いご苦労様です」
「お使いじゃないよ、任務!」
「一番下っ端の仕事だもんね、お使いは」
「任務だもん!」

 シンクに茶々を入れられてフローリアンがふてくされる。
 確かに書類を渡しに走ったりするのは新人に任せられることが多い。顔を覚えて来い、そして覚えてもらえ、という意味合いもあるからだ。
 言い合いを続ける二人についに笑みが漏れてしまったが、そのまま視線をアッシュに向けた。それに気付いたアッシュが背筋を正し、書類を取り出す。
 そう、こっちも下っ端なのでお使いなのである。

「第三小隊は待機状態にあります。これから守護役部隊と連携をとり論師の守護に勤めますが、指示が出次第すぐにでも出撃できます」

 小隊長からの報告書、というよりは手紙に近い書類を受け取り、その場で簡単に目を通す。
 第三小隊は攻撃を主とする小隊だ。情報収集のために盗賊などを撃破したり、拠点となりそうな地点に居る魔物の露払いなどを受け持っている。
 アッシュの剣の腕を生かせるだろうと入れたのだが、この様子ではまだ出撃には入れてもらえていないらしい。
 書類を読み終えてから、最後にシンクに目を向けた。シンクは紅茶のカップをソーサーに置くと、最後のまとめの報告を始める。

「シオリが倒れたその日に守護役部隊とグランコクマ支部の人間を使ってすぐに教団に連絡を入れて、情報部第二小隊及び第三小隊を呼び出した。第二小隊にはテロリスト達がアジトとして使っていた場所からの情報収集を、第三小隊は守護役部隊と連携をとってもらうためにね。ディストは言わずもがな、シオリの体調を見てもらうためだよ。正式に合同調査が決まった今、第一小隊は二手に分散してダアト及びグランコクマ周辺で待機。第五小隊と第六小隊の一部もこっちに来るよう連絡を入れてる」

 第一小隊はアリエッタ率いる外部探索部隊だ。フィールドの移動速度と探索にかけては右に出る小隊は居ない。
 それに情報のやり取りも、第一小隊が参加しているか居ないかで変わってくる。魔物を率いるので少人数でも広い範囲をカバー可能な、実に有能な部隊だ。
 騎士団の第三師団も似たり寄ったりだが、こっちは私の権限では動かせないのでこの場合は論外。

 第五小隊は第二小隊とは反対に、街中の聞き込みなどの対人においての情報収集に優れた小隊だ。聞き込みなどはマルクト軍に任せる予定ではあるものの、おんぶに抱っこというわけにもいかないだろう。
 第六小隊は各小隊達が集めてきた情報を整理するいわば事務処理部隊である。これは数人居ればことたりるので、一部しか呼ばなかったのだろうと言うのがすぐに解った。

「守護役部隊は?」
「第三小隊と連携してシオリの警護に。情報が集まって彼らが抜けた後は、グランコクマ支部に居る神託の盾兵達が代打で入る。シオリが論師の仕事を再開し始めたら第六小隊がマルクト軍との連絡係にもなる。情報が入ってきたらすぐにシオリに伝えるよ。報告の際に特に指示がなければ僕が指示を出すからね」
「問題ありません。あとは各小隊長達に任せましょう」
「了解」

 しかし私が倒れてすぐに連絡を入れていたのか。通りで第二小隊と第三小隊の動きが早いわけだ。
 合同調査が決まった当日にフローリアンとアッシュが現れた理由に納得しつつ、フローリアンが感嘆の息を上げながらシンクの報告を聞いていた。
 そういえば、いくらなんでもフローリアンが情報部に所属するの、早すぎやしないか?

「…ところでフローリアン、貴方はまだラルゴから鍛えられている最中では?」
「最中も何も真っ最中だよ。今居るのも親父気質な第二小隊小隊長とラルゴが結託して仮所属してるだけなんだからさ」
「良いよーだ。頑張って入るから!」

 フローリアンに聞いたのに、何故か答えたのはため息交じりのシンクだった。仮所属と言う言葉に私が納得すれば、フローリアンは唇を尖らせながらシンクに言い返している。
 にしても第二小隊の小隊長とラルゴ、何やってんだ。子供に甘い親父気質な二人を思い浮かべ、私は苦笑を漏らすのだった。





説明臭い文章ですみません。
別ページにも一応纏める予定です。

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