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私がローレライ教団グランコクマ支部で溜まっていた仕事をやっている間に、シンクとフリングス大佐の指揮の元捜査は着々と進められていった。
グランコクマ内部においてはどこよりも正確な情報網を持っているマルクト軍と、個々の能力を重視する情報部の働きによって、園遊会テロの捜査は目覚ましい成果を見せていた。

「報告書持って来たよ」

「またか。今日一日で何回目だコレ?」

「六回目だね。第六小隊のメンバーが血走った目で情報処理してたよ」

「後でボーナス出すべきかね」

「それより腱鞘炎になった手の治療に関して保険が適応されるか気にしてた」

「適応させるべきなんだろうね、そこは」

「あと低血糖起こしてお菓子ばっかり摘んでるらしくて、それも経費で落ちないかって聞かれた」

「経理には話しつけておくから領収書上げとくように言っといて。後何か摘めるお菓子の差し入れを」

「了解」

情報処理を主とする第六小隊はワーカーホリックが多いと聞いていたがどうやら事実だったらしいと思いつつ、シンクから報告書を受け取る。
園遊会の参加者及び警備や雑務に当たっていた人間のリストアップ及び洗い出しは既に終えており、当日出入りしていた業者の身元確認まで終わらせているようでマルクト軍情報部の有能さに私は舌を巻いていた。

が、ウチの情報部とて負けてはいない。
先日、陛下の許可を得て情報部第二小隊が園遊会の舞台となった中庭の調査を行ったのだ。
痕跡を洗い出すことに長けている第二小隊は使用された音素爆弾を特定し、潜伏任務をメインとする第四小隊や、対人に対しての情報収集を得意とする第五小隊と連携をとり、武器の流れを遡って今回テロを起こした過激派集団の特定にまで到ったのだ。

この連携技にはフリングス大佐も目を見張っていたという。
思わずドヤ顔になった私にシンクがシオリは何もしてないだろ、と突っこみをいれたのはつい先日の事である。

「『コクマー』…ね。随分と杜撰よね。時期とかやり方とか頭の中身とか」

「コクマーって確か、古代イスパニア語で知識って意味だよね?確かに、名前に反して杜撰だね」

背もたれに身体を預け、報告書の文字を追っていく。
今回園遊会テロを起こしたのは、『コクマー』という預言遵守派の中でも特に過激なテロ組織、らしい。
彼らからすれば私やピオニー陛下は大層ムカツク存在らしく、一気に二人とも潰してしまおうという目的の元今回のテロを起こしたのではないかというのがフリングス大佐とシンクの見解である。
二兎を追うものは一兎をも得ず、ということわざを彼らに送りたいが、会いたいとも思わないのでやめておく。

そして更に追加報告をされたのが、どうも『コクマー』の一派らしい人間がベルケントとグランコクマを往復しているらしい、ということ。
先の園遊会の件が収束して間もないにも関わらず、新たに何か企んでいるらしいということ。
潜伏先はグランコクマにあり、証拠を固め許可が出次第近日中に潜伏先に調査に踏み入る予定だということ。

「…シンク」

「何」

「私の許可はいらない。シンクの思うタイミングで、フリングス大佐と踏み込んでちょうだい」

「いいの?」

私が報告書を読む間、書類の整理をしていたシンクが真剣な瞳で見返してきた。

「確かに責任者は私だ。けど専門外でもある。
だったら専門家に任せるのが一番だ。違う?」

「解った。そういうことなら任せてよ」

ニヤリとシンクが笑い、私も釣られて笑みを浮かべる。
例え潜伏先が既にもぬけの空になっていたとしても、そこを第二小隊が調査すればまた新たな情報が得られるだろう。

しかし今回の本来の目的は、マルクトとパイプを作ることだ。
その点に置いてはピオニー陛下と個人的につながりができた、という時点で達成されている。
勿論今回の合同捜査において結果を出し、連帯感を高めてお互い親密になれれば言うことはないが、はっきり言ってそこまでは期待していない。

「グランコクマに滞在できるのは…精々後二日ってところか。やっぱり長引いたなぁ」

「そうなったら延長だね。まぁ長めに公務期間を捻出しといて良かったってことじゃない?帰ったら書類地獄だろうけど、さ」

「言うな、悲しくなる」

シンクの言葉にため息をつきつつ、私は報告書を引き出しにしまった。
余裕を持って捻出した筈の時間が足りなくなるなどと誰が思うだろう。
後二日という時間も、物凄くギリギリに考えて延長した場合のタイムリミットだ。
シンクの言うとおり、後二日グランコクマに居る場合ダアトに帰還したら書類のタワーが私を出迎える羽目になるだろう。

「で、もう一個の方は?」

「それはこっち」

それでもまぁなるようになるだろうと気持ちを切り替え、私はもう一つの報告書を寄越せとシンクに請求する。
シンクは僅かに嫌悪感を滲ませた顔で、ポケットに入れていた手帳を私に寄越してきた。
その表情を見て、やはり良くない結果だったのかと簡単に想像がついてしまって…手帳を覗き込めば案の定、悪い意味で予想通りだった結果が淡々と記されていた。

「…たった一人の弟を人質に取られて、か」

「同情はするけど、だからといって許されるわけじゃない。
僕達はシオリを守るために存在するんだからね」

シンクの言葉に何も言えず、私は苦笑を返すだけに留めた。
そして再度手帳へと視線を落とす。そこに記されているのは、論師守護役部隊員の調査結果だ。

マルクトばかり疑ってコチラは放置、なんてことは元からする気は無かった。
だから情報部に頼み秘密裏に調査したのだが、そこで浮上したのが一人の守護役による情報の横流しである。
どうも大詠師派の人間の一人に命令され、私を潰すためにあちこちに情報を流しているらしいのだ。

そう、ディストから飛ばされてきた鳩の内容を聞いてきた、あの少年だ。

「…名前なんて言ったっけ?」

「セリョージャ。セリョージャ・リスフレイ」

「…第三小隊及び第七小隊と連携し、セリョージャの弟の保護を。ただし敵方には決してばれないように。第四小隊とも協力を仰いでちょうだい」

「はァ?何でわざわざ」

そんな事は必要ないだろうといわんばかりのシンク。
シンクの中ではリスフレイは既に救う価値無しと判断されているらしい。

突撃部隊である第三小隊と、汚れ仕事を一気に引き受けてくれている第七小隊を出してまでの救出。
しかもばれないようにしつつ長期の潜伏任務をメインとする第四小隊と連携を取るということは、人質にとられている弟と第四小隊の人間のすり替えをも想定しているということ。
もしかしたらシンクとしてはそこまで労力を裂いてやるのはもったいない、とも思ってるのかもしれない。

「できれば私としては、リスフレイ君には二重スパイになって欲しいんだよねぇ」

「…情報操作と情報収集を一気にやろうって?相変わらず合理的だね」

私の言葉を聞いたシンクは鼻で笑いながら、それなら仕方ないねと呟いて立ち上がる。
弟を救うという形で恩を売ることで彼が二重スパイを引き受けてくれた場合、大詠師派へ秘密裏に偽の情報を流すことができるし、逆に大詠師派の情報も多少なり手に入れることができるだろう、という私の思惑は正確に伝わったらしい。
納得していただけたようで何よりだ。

「それじゃ、僕は行ってくるから大人しくしててよね。一応リスフレイは遠ざけてあるけど」

「夕方の会食以外部屋を出るつもりは無いから安心してちょうだい」

「了解。じゃ、また後で」

「うん」

あらかた報告が終わり、最後に私に釘を刺してからシンクは部屋を出て行った。
特別顧問という地位もあるせいか、シンクは守護役であるにも関わらずあちこち動き回ってばかりだ。
ダアトに帰ったら一度纏まった休暇をとらせるべきかもしれないなと思いつつ、私は再度書類へと向き直る。

それからどれくらい書類に向き直っていただろうか。
鼻腔をつく甘ったるい香りに眉を顰め、ペンを動かしていた手を止めて私は顔を上げた。
ペンを置きこの臭いがどこから発生しているのか確認するために立ち上がろうとして失敗し、糸が切れた間接人形のように椅子から崩れ落ちる。
足に力が入らないと悟った瞬間、天井から一つ黒い塊が落ちてきた。

やがて足どころか全身に力が入らなくなり、逃げるどころか叫ぶことももがくことも叶わないまま、私はその黒い塊に呑まれる事になった。


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