03



 預言を覆す。
 その言葉にある者は慄き、ある者は恐れ、ある者は固唾を呑み、ある者は言葉を失った。

 ありえない。そんなことができるはずが無い、誰もが口にせぬまま顔に出ている。
 本当に、わかりやすい。顔に出さないよう気をつけながら、胸中では爆笑ものだ。

「可能なのですか? 預言を覆すなど……」
「では逆にお聞きしましょう。何故可能か、などと聞かれるのです?」
「預言から逃れることがいかに難しいか、僕は知っているからです」
「おかしなことをおっしゃいますね。それとも、自らの死期が近いが故に諦めていらっしゃるのですか?」

 唯一言葉を失わなかった導師に微笑をたたえたまま問いかけてやれば、彼はサッと顔色を変えた。
 何故知っているのか、そう問いたいのだろう。彼がそれを口にする前に、質問に答えてやる。

「導師の生まれと死については、秘預言に詠まれているでしょう?」
「秘預言の内容を知っているのですか?」
「第六譜石の終わりの部分と、第七譜石の内容を少しばかり。それ以外は関係無いということで、伝わっていません」

 というか、ゲームの中で明かされた内容しか私は知らないわけだから、それ以上は知りようが無い。
 一言一句間違えずに覚えているわけでも無いから、なんとか言いくるめてできる限り口にしない方向で行くつもりだけれど。

「第七譜石の内容を知っているのですか!?」
「えぇ。しかし私はそれを語るつもりはありません」
「何故!?」

 思ったとおり、復活したらしい詠師の一人が食いついてくる。
 全く、そんなに預言が好きなら預言と結婚すれば良いのに。

「私は言ったはずです。預言を覆すという契約を、ユリアと結んだと。それなのに譜石の内容を教えてしまえば、貴方達はその通りに物事を進めようとするのではありませんか? 預言に従うのは楽でしょう。自分で考えずに済みますから、その気持ちは解ります。解りますが、それではただの操り人形です。何のために私たち人間は思考し、心を持つのでしょう? 考え、決めるためです。ですから私は預言を明かすつもりはありません。貴方達に、自ら考え、決定し、その決めたことに責任を持って欲しいのです。それがユリアの望みでもあるのですから」

 ゆっくりと柔らかな声音を心がけて言い切れば、詠師達は皆口を噤んでいた。
 要は自立性を持って自己責任を学べ、ということを言いたいだけなのだが、預言にどっぷりと浸かっている彼らには難しいだろう。
 子供に言い聞かせるよう噛み砕き、さもユリアの願いであるように言葉を選ぶ。

「始祖ユリアは、預言に従うことを良しとしなかったのか……」
「はい。正確に言うのであれば、ただ従うのではなく、預言を利用してより良い未来を選び取って欲しいと彼女は願っていたのだと聞いています。勿論、今すぐ預言から脱却しろとは言いません。いきなりは無理でしょう。私も力をお貸しします。預言の無い世界から来た私だからこそ、手伝えることもあるでしょうから」

 呆然とする詠師を諭し、トドメといわんばかりににっこりと微笑んでやる。何人かはおぉ、と感嘆の声を漏らしている。ちょろい。
 これで教団に食い込むには問題ないだろう。後はヴァンに表立ってもらい、私は裏方に徹するよう話の流れをもって行けばいい。
 頭の中でさてどう言うべきかと言葉を選んでいると、導師が何故かにっこりと微笑んだ。その完璧な微笑みに嫌な予感が湧き上がり、思わず笑みが深まる。

「どうやら始祖ユリアはその慈悲深さをもって、二千年後の我らのために心強い味方を遣わせてくれたようですね。
そう思いませんか?」

 導師の言葉に何人かの詠師が頷いた。全員で無いところを見ると、預言を覆すという部分がネックになっているのだろう。
 教団が二分化するのは、別に構わない。むしろ好都合だし。私が彼らの反応を視線だけで観察していると、導師は椅子から立ち上がり、高らかと提案した。

「なれば我らはその思いに答えなければいけない。僕は導師としてそう思いました。どうでしょう? 教団に新たな地位を新設し、彼女を迎えるというのは」
「新たな地位を……ですか?」
「そうです。始祖ユリアとの契約者ですから、僕と同等か、最低でも大詠師モースと同等……それほどの地位に着いて頂かなければ彼女と始祖ユリアに対し失礼ではないかと思うのです。その上で彼女には我等の指導に当たっていただければ、と思うのですが」

 導師の提案に私は舌打ちをしたくなった。これでは表立つことになってしまう。

「導師、貴方の心遣いはとてもありがたいものです。しかし、今すぐ私の話を受け入れろというのは全教団員にとって難しいものではありませんか? 確かに私の祖先と、ユリアは契約をしました。いくら始祖ユリアとの契約とはいえ、その内容は預言は順守されるべきという今世では万人に受け入れがたいものであるのは私でも解ります」

 私が異世界から来たことはまだ何とかなるだろうか、預言離れは急に受け入れられるわけがない。となれば私が目立つのはまずいことになるのでは?
暗にそう言ってみるも、導師は微笑みを絶やさない。それだけで導師に何らかの思惑があり、私はそれから逃れることの難しさを悟った。ついでに、逃がしてやらないと言わんばかりの導師の腹黒さも。

「勿論、指導といってもすぐに預言から自立するよう言ってもらう訳ではありません。しかし預言との在り方を見直すのであれば、同時に教団のあり方を変えていかねばならないのは必須事項。シオリ殿は異世界からの来訪者、先ほどのホケンというもののように僕らの知らない技術や制度を多く知っているでしょう。シオリ殿にはそういった新たな企画を打ち出し、預言のあり方が変わっていった後も教団が存続できるよう導いて欲しいのです」

 ……そうきたか。
 確かに日本の方が文明も文化も遥かに進んでいる、そういったものを伝えて形にしていくにはそれなりの地位も必要だろう。感嘆の声を上げていた詠師達は喜び、渋っていた詠師達も詠師達もなるほど、と納得し始めている。
 実際私も預言のあり方を変えろというのであれば教団のあり方を変えていかねばならないという意見は同意する。だからこそヴァンに表立ってもらい、私は裏方で動くつもりだったのだ。少なくとも私自身が地位を得る予定は無かった、のだが……。
 話の流れが非常に不味い方向に向かっている。取り戻したくても、完全に導師が手綱を握っているために奪えそうにない。
 今無理矢理にでも話の主導権を握ろうとすれば、要らぬ疑念をもたれるかもしれない。そうなるのはもっと不味い。

「その上で、僕が自立のために動きましょう。勿論今すぐではなく、僕自身が預言とは未来の選択肢の一つであると提唱します。導師自らが提案する事で説得力も出るでしょうし、耳を傾ける人々もいるはずです。それに預言から自立するにしろしないにしろ、シオリ殿が教団に力を貸してくださる限り教団は新たな力を得ることもできるわけですから損にはならないはずです」

 導師の最後の言葉に、渋い顔をしていた詠師達も眉間の皺を消す。そう、私が導師が言うような立場になるのならば、教団はどちらに転ぼうが損はしないのだ。
 そうなれば、預言を覆すということに反対である詠師達も、私を迎え入れることに反対する理由はない。
 私から新しい技術を取り入れるだけ取り入れて教団の力を拡大し、導師が預言に対する認識を改めるように民衆に言うのを止めさせればいいだけの話なのだから。

「シオリ殿、いかがでしょうか?」

 あぁ、その輝かんばかりの微笑みが恨めしいぞオリジナルイオン殿。
 導師としてはユリアの名前が出た時点で無視はできず、かといっていきなり預言を覆すという教団の根本を揺るがそうとする存在を見逃せない。だからこそ、預言に関係なく教団の力を増大させる仕事に従事させ、その間動向を見るといったところか。
 確信犯であろう導師の瞳の奥に、冷たい光が宿っているのが解る。これを拒否したら恐らくろくなことにならないだろう。
 問題ごとを起こすのは、私としてもできる限り避けたい。今は何事も穏便に済ませたい。となれば答えは一つ。私が折れるしかないのだ。

「教団の方々が反対なさらないのであれば、私が反対する理由はありません。私のような未熟者で宜しければ、皆様のお力になれるよう全力を尽くしましょう」

 覚えとけよ、腹黒導師。心の中で毒づきながら、私は再度頭を下げたのだった。


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