33.5


※フローリアン視点


 遠くで悲鳴が聞こえる。
 バタバタと荒々しい足音も聞こえる。

 フリングス大佐とシンクの指揮の元、園遊会テロ事件を引き起こした『コクマー』制圧作戦が実行された。
 僕とアッシュは一番の下っ端で現場ではあまり役に立てないから、シンクやフリングス大佐の側で伝令役になるために待機中だ。
 楽しいことばかりじゃないって解ってた神託の盾の仕事だけど、今は凄く凄く心配な気持ちでいっぱいだった。

 そっと、自分の兄弟と呼ぶべき彼を覗き見る。口を真一文字に結び、腕を組んで無言を貫く仮面をつけた兄弟。
 その鳥の嘴のような仮面に隠された瞳は、一体どんな感情を乗せているのだろう?

 あの薄暗くて湿った場所から助け出してくれた兄弟――シンクは、シオリが居なくなってから必要なこと以外喋らなくなってしまった。
 空っぽの部屋を自分が所属している第二小隊の先輩達が調べたところ、"睡蓮香"という身体に力が入らなくなる薬が使われた可能性があるとか、天井裏に人が潜んでいた痕跡があるとか、そういうことが解った。

 シオリが誘拐されたって確定して、それ以来シンクはずっとピリピリしてる。
 勿論第二小隊の人たちだって焦ってたり、泣きそうだったり、悔しそうだったりするけれど、シンクが一番危ない気がするのだ。
 隣に居るアッシュもそれを感じてるらしくて、ずっとそわそわしっぱなしでさっき第三小隊の隊長さんに落ち着けって頭はたかれてた。

「一階の制圧、完了いたしました」
「二階は?」
「制圧間近です」
「地下室を含めた隠し部屋が無いか徹底的に調査しろ。できうる限り死者は出すな、生け捕りにしろ。情報を吐かせる」
「は!」

 第三小隊の人の報告を聞いて、シンクはそれだけ言うとまた口を閉じてしまった。
 次に建物の周囲を包囲してくれている人達が報告に来た。逃げ出そうとしていた人を捕まえて、逃走ルートを押さえたんだって。

「シンク殿」

 マルクト軍人さんから報告を受けたフリングス大佐が、報告と一緒に受け取ったものをシンクへと手渡す。
 それは僕とアッシュも見覚えがあるもので、多分シンクの瞳も仮面の奥で見開かれているんだろう。

「論師のもので間違いありませんか?」
「……はい。論師の法衣に着いている、ブローチです。閣下がお送りしたものですから、間違いないでしょう」
「これはお預けしておきます」

 フリングス大佐はピリピリしてるシンクに余計な事は言わずに、ブローチをシンクに渡した。
 あのブローチはヴァンがシオリにあげたものだっていうのは初めて知ったけど、そんなこと口に出せる雰囲気じゃない。
 シンクはブローチを握り締めた後、唇を噛み締めてから廊下の奥へと視線を移す。

「……私が行きましょうか?」

 気付けば、そう言ったフリングス大佐も剣の柄に手をかけながら廊下の奥を見ていた。廊下の奥に何かあるのかなってアッシュと覗き込めば、シンクがフリングス大佐に断ってから一気に走り出す。
 鈍い音がして、精悍な顔つきの男がシンクに吹っ飛ばされてきて、初めて廊下に居たらしいこの人をどっちが倒すかって話をしていたのだと解った。

 僕とアッシュが目を丸くしている間にも、立ち上がった男の人とシンクが戦い始める。男の人は腰から下げていた剣を使ってシンクを倒そうとするけど、それでもやっぱりシンクの方が強かった。
 思い切り壁に叩きつけられた男の人は咽こみながらも剣を握ろうとしたけど、シンクに思い切り手を踏まれてしまってとても痛そうだ。ちょっと嫌な音も聞こえたから多分手の骨が折れちゃったかもしれない。

「アンタ……『コクマー』の頭領だね?」
「……そうなの?」
「俺が知るかっ」

 シンクが断言するからこっそりアッシュに聞けば、アッシュも知らないらしい。
 でもフリングス大佐も剣を抜いて近づいてるから、きっとあの人が頭領なんだろう。何で解ったんだろうって言う疑問はこの際横に置いておくことにする。

「この建物は包囲されている。逃げ出した残党も網に引っかかった。観念して捕まるんだね」

 シンクは地の底を這うような声で言った後、それでもなお剣を取ろうとする男をもう一度思い切り壁にたたきつけた。
 壁を背にその場に座り込んだ男はちょっとだけ血を吐いていたから、もしかしたらシンクにやられて内臓がちょっと傷ついちゃったのかもしれない。
 いつものシンクならちゃんと手加減できるだろうに、それができてないってことはやっぱりシンクもいっぱいいっぱいなんだろう。

「それともう一つ」

 もう一度鈍い音がした。シンクが男の人の肩を蹴ったのだ。
 男の肩に靴底を押し付けたまま、シンクは今度こそ怒った声で言った。

「論師をどこにやった」
「……ふ、」
「答えろ!」

 男はシンクの質問に笑った。シンクは怒って壁を殴って、壁が壊れた。
 フリングス大佐がシンク殿って名前を呼んで落ち着かせて、シンクは舌打ちをしてから男の胸倉を掴む。

「ねぇ、止めなくて良いのかな?」
「……今のシンクには、俺とお前で突っ込んでも敵わないと思うぞ」
「なんで? 怒ってるから?」
「違う、切れてるからだ」
「切れるって何?」
「……後で説明してやるから今は黙ってろ。睨まれるぞ」
「? うん、解った」

 後で教えてくれるって言ったアッシュはちょっと疲れてるみたいで、ため息をついてシンクの方を見ていた。
 だから僕ももう一度シンクを見たんだけど、シンクは男の胸倉を掴んで持ち上げてる。力持ちだ。

「論師をどこにやった。答えろ!」
「……っ、売った」
「誰に!」
「シンク殿、落ち着いてください。締め過ぎです、答える前に死んでしまいます」

 怒るシンクを、フリングス大佐が止める。
 やっぱり僕達も止めた方がいいんじゃないかって思ったけど、シンクが舌打ちをして男を放り出したから動くのはやめた。
 フリングス大佐は放り投げられた男の人の前で膝を着くと、貴方の身柄はマルクト軍が預かりますって言った。

「それで、どこの誰に論師を引き渡したのですか? ああ、言っておきますが貴方に黙秘権などありませんから、そのつもりで。まあ口を割らないと言うのであれば、我が軍の情報部が腕を振るうことになりますが、そちらが宜しいというのであればどうぞ無言を貫いてください。ただし話すのが一分一秒でも遅れる度に貴方の手足が細切れになることは覚悟してくださいね」

 にこにこしながら言うフリングス大佐にアッシュの顔が青くなる。
 大丈夫って聞いたらお前は平気なのかって聞かれたけど、別に平気だ。軍はそういうとこだってラルゴも言ってたし。
 男は黙ってフリングス大佐の言葉を聞いていたけど、俯いたかと思うとまた小さく笑った。シンクが手を上げようとするのをフリングス大佐が止めて、男はようやく情報を吐く。

「論師を売ったのはエドワード・クロシェ。特殊体質だという論師をずっと狙っていたらしい。論師の受け渡しを提案したら嬉々としてベルケントからグランコクマにやってきた」

 エドワード・クロシェ。
 聞いたことのない名前に首を傾げていると、今度はフリングス大佐の顔色が悪くなる。
 シンクがどういう人物か知っているのかって聞けば、フリングス大佐は少しだけ顔を強張らせながらクロシェという人について語ってくれた。

「かつてマルクトにて音素学の権威として名を馳せた男です。ですがフォミクリー技術に手を出そうとしたことで学会から追放されそうになり、逃げるようにベルケントへと移り住みました。それ以降良い噂を聞くこともなく、またグランコクマにある個人の研究所の方にも一切足を向けずベルケントに引きこもっていた筈です。マルクト軍でもマークしていた人物です」

 フォミクリー。
 その言葉にちょっとだけ眉を顰めてしまう。
 こういうときは仮面をつけていて良かったって思う。黙って聞いていたシンクも、隣のアッシュもきっと仮面の下では複雑な顔をしてるんだろう。

「エドワードの研究所に踏み込むことは可能ですか?」
「彼の証言だけでは難しいでしょう。何か決定的な証拠があれば別でしょうが……」
「……二階の南側の部屋にエドワードとかわした契約書が保管してある。それが証拠になるだろう」

 フリングス大佐の言葉を聞いて、男がそう語った。
 何故そんな事を話すのだろうと、シンクとフリングス大佐の視線が男に向けられる。

「……話して解った。論師は俺の思っていたような女ではなかった。俺と論師の道が交わることは永遠に無いだろうが……どうせ捕まるのであれば、牢屋の中であの女の作る未来を見てみたい。それだけのこと」

 男はちょっとだけ笑いながらそう言うと、今度こそ口を噤んでしまう。
 シンクとフリングス大佐は無言で男を見下ろしていたけど、それ以上何も語らないことを確認してから男を無理矢理立たせる。連行するためだろう。

 僕とアッシュはアイコンタクトを取った後、シンクとフリングス大佐の方へと歩み寄った。
 本来なら伝令役である僕達の役目じゃないけど、契約書を取って来い、っていう指示を貰うために。


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