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「水だらけだから涼しいねー」

「冬は冷えそうだよね」

「どうでしょう?お湯が流れるのかもしれませんよ?」

「「それは無いと思う」」

「そうですか??」

万が一お湯が流れたとしても、外気温に当てられて冷えるだろうし、うん。
だるい仕事を早々と終わらせ、気の抜けるような会話をしながらシンクやレインと一緒に大通りを歩く。
水がふんだんに使われている街中はまさに水の都と呼ぶに相応しく、馬車の窓から見るのとはまた違ってとても楽しい。
何より大通りを堂々と歩くというのが新鮮で、先ほどから私もレインもはしゃぎっぱなしだ。

「レイン、あっちにクレープの屋台があるよ!」

「ホントですね!行ってみましょう!」

「こら、二人とも勝手に動くな!」

大きな噴水のある公園のようなところにあった移動屋台のようなものに近づく私達と、それを慌てて追いかけてくるシンク。
クレープ屋を営んでいるらしい若いお兄さんに声をかけると、お友達かい?なんて気さくに反応してくれた。
当たり前か、私達は全員12歳なのだ。
しかも変装しているとなれば、遊びに出ているただの子供にしか見えないだろう。

「どれも120ガルドだよ。プラス10ガルドで大盛りにできるけど、どうする?」

「晩ご飯入らなくなったら困りますし、普通ので良いですよね?」

「そうだね。私ストロベリー下さい!」

「僕はマンゴーをお願いします」

「…ブルーベリー」

「はいよ!ちょっと待っててね!」

360ガルドを払い、お兄さんが作ってくれたクレープをベンチに座って食べる。
生クリームの甘さと苺の甘酸っぱさが非常に美味しい一品でした!

「レインのはどう?美味しい?」

「はい!シンクのは何が入ってるんですか?」

「一緒だよ。ブルーベリーと、生クリームとブルーベリーソース」

お互い一口ずつ分け合えば、またそれぞれ違う味が口の中に広がって満足感アップだ。
普通に食べる食事や会食の豪華な食事なんかも捨て難いけど、こうして親しい人間と気楽に食べられるというのは心が弾む。

「ダアトじゃできないからね、こんなこと」

「いっそ喫茶店作っちゃう?」

「良いね!レインも一口どう?」

「つ、作るんですか!?どんな風に…?」

「作るなら…そうだね、ダアトの大通りに、オープンテラスも一緒に作りたいね。
日差しが強い時はパラソル差せば休憩にはもってこいでしょう。
店内はそこまで明るくせずに、落ち着いてのんびりと過ごせるような空間かな。
となると家具は全て木彫か、もしくはアイボリー系??
取り扱うのは軽食とデザートと飲み物で、軽食と飲み物はお持ち帰りも可能な、あの屋台みたいな場所をつけても良いかもね。
後は日替わりデザートセットみたいなの付けたいな、それとコーヒーと紅茶にはこだわる!
ここに手を抜くと常連さんは付かないだろうしねー。
それと奥や二階にVIPスペース作ればお偉いさんを招待するときにも使えるかも??」

「何か凄い具体的な案が出てきた…」

「良いですね!行ってみたいです!」

最後の欠片を口に放り込み、とりあえず思いついた限りを口にしてみる。
スラスラと出てくる内容にシンクが呆れ、レインは目をキラキラさせていた。
そうだ、奥に中庭とかある場所だったら、兄弟を連れたアリエッタや仮面を外したフローリアン達も誘ってお茶会とかできるかもしれない。
そうしたらきっととっても楽しい。

「準備資金どれくらいいると思う?」

「ホントに作る気!?」

なのでシンクに問いかければ、驚いたように言われた。
シンクなりのジョークだったらしい。
えー、折角のってきたのに。

「……溜め込んでる資金一部流用すればいけるか?」

「他の仕事終わらせてからにしてよ!頼むから!」

…止められた。

そんなふざけた(?)話をしつつ、全員クレープを食べ終えてまた大通りを歩く。
二頭立ての馬車が通り過ぎるのを横目で見ながら色んなお店を冷やかしつつ歩いていると、目に入ったのはローレライ教団がやっている孤児院だ。
大通りにあるなんて珍しいなぁと思いつつ全員で中を覗き込めば、中庭ではしゃいでいる子供たちがそこに居た。

「私のお人形さん返してー!」

「へへーんだ!取れるもんなら取ってみろ!」

「こら!いじめちゃ駄目って言ってるでしょ!」

「やべっ、逃げろー!!」

「お勉強の時間だよー!」

「シスター!あっちで新しい子が転んで泣いちゃった!」

…実に元気である。
つーか賑やかいな、マジで。
あちこちから聞こえる声に和んでいると、人形を取り返してもらったらしい女の子を含め全員孤児院の中に入っていく。
勉強の時間と言っていたから、これから授業が始まるのだろう。

「…ちゃんと義務教育制度がいきわたってるみたいだね。良かった」

「そうですとも!」

「うひゃぁ!?」

ホッとした私の言葉に、予想外のところから返事が返ってきた。
全員柵越しに中を覗いていたのだが、柵の向こうにある垣根の隙間からおじいちゃんが現れたのである。
レインは半歩引き、シンクは思わず戦闘態勢に入ったほどだ。
…いつから居たんだ、このじいちゃん。

「孤児の子達は幼年学校すら通えるか危うい。通えたとしても、孤児院の出身というだけでいじめられる。
孤児たちを取り巻く教育環境は決して良いといえるものではありませんでしたからなぁ」

「そ、そうですね…」

うんうんと一人頷くおじいちゃん。
レインがかろうじて同意しているが、多分おじいちゃんに着いていけては居ないと思う。

「孤児院から出た子達はろくな教育を受けていないためにまともな職にありつけない。
そんな子達のイメージから、まだ孤児院に居る子達はお前もそうなんだろうといじめられる。
実に悪循環でした。えぇ、えぇ、見ていて嘆かわしいほどにね!」

「あ、そう…」

危険がないと判断したのか、シンクが力なく返事をする。
しかしおじいちゃんは気にすることなく語り続ける。
アレかな、構ってくれる人が居なくて誰かに話を聞いて欲しかった老人かな。
たまに居るんだよね。

「しかし!そこで現れたのが論師様です!
長い目で見た上で孤児達に教育が必要だと渋る詠師達を説き伏せ、教養を持った人員を派遣したり教員を手配したりと、孤児達の教育環境を整えてくださいました!
コレにより孤児達は孤児院内において教育を受けることが可能になり、全員生き生きと勉強を受けております!
馬鹿にされることが無くなったと喜んでる子供たちもたくさん居るのですよ!」

「それは良いことですね」

話を聞いて落ち着いたレインがにこにこと同意する。
おじいちゃんは自慢げに胸を張ると、打って変わって穏やかな目で私を見てきた。
…おいまさか。

「論師様には感謝しております。
いつか巣立つであろう私の自慢の子供達が、将来不自由のないようにとしてくださった。
それだけでなく、豊かな心を育てるようにと玩具までお与えになってくださった。
いつか直接お礼が言いたいと思っていたのですよ。
コレで私の子供達は立派に巣立っていけるでしょう。ありがとうございます、論師様」

そう言って、おじいちゃんは私に深々と頭を下げる。
…やっぱり見破られていたようだ。
シンクとレインもばれているとは思わなかったらしく、目を丸くさせている。

どう答えたものかと迷っていると、いんちょーせんせーと舌足らずな声が聞こえた。
おじいちゃんが今行くよーと返事をしたため、ようやくこのおじいちゃんが孤児院の最高責任者なのだと気付く。
やべ、私めっちゃ失礼なこと考えてた。口に出してないからセーフか、よし。

「…子供達が元気に巣立てるようにするためには、確かに勉学も必要でしょう。
しかし何より必要なのは、やはり大人からの愛情だと思います。
論師は下地を整えることしかできません。子供たちをよろしくお願いします」

「お言葉、ありがたく頂戴いたしました」

最後に穏やかに笑ってから、おじいちゃんもとい院長は子供たちの元へと歩いていった。
何かアクティヴなおじいちゃんだと思ってたら偉い人だった。
三人で苦笑しつつ、孤児院を離れる。

「…あんなに喜んでくれる人がいるんだね」

「そうですね。慰問ではどうしても形式ばった会話がメインになってしまいますし、きちんと交流が取れるとは言い辛いですから」

「良い機会だったんじゃない?」

「…そう、だね。正直最近仕事がだるいとか思ってたんだけど…そうも思っては居られないなぁって、思ったよ」

教会へと帰る道すがら、そんな事を話す。
私達を必要としてくれる人が居る。
それがこんなにも嬉しいことだなんて、思いもしなかった。

「じゃ、帰ってから頑張れば良いんじゃない?」

「だね!」

「僕もシオリに負けないよう頑張ります!早速イオン様と相談しますね!」

「「そこは詠師じゃないんだ」」

さり気なく詠師達を相談相手から排除しているレインにシンクと二人で突っ込みながら帰路に着く。
たった数時間だけど、とても充実した時間だったと思う。

さぁ、明日からも頑張ろう。

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