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「はぁ〜、やーっと帰れますねー。アニスちゃんちょっと疲れちゃいました」

「…………」

「な、何で黙っちゃうんですかぁ〜?あ、もしかしてイオン様もお疲れですかぁ?
船室で休まれるならアニスちゃん甘いものでもご用意しますよ?」

「……タトリン奏長。ここに居るのが誰だか解ってる?」

「はぁ?解ってるに決まってんじゃん。イオン様とシオリ様でしょ?」

「解ってるのなら何で許可も無く口を開いてるわけ?」

「な、何で喋るのに許可貰わなきゃいけないのよ!?」

「仕事中だからに決まってるだろ!大体上官に対してタメ口って何考えてんの!?」

ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ。
切れたシンクがアニスに説教をかます傍ら、私とレインは無言でお茶を啜っていた。

私の体調も完全に回復し、グランコクマですべきことを終わらせた私は陛下に挨拶をしてからマルクトを後にした。
ここはダアト港に向かう船の中で、アニスはなんだかんだ言いつつレインに気に入られようと精一杯媚を売っていたのだがそれがシンクの逆鱗に触れてしまったらしい。

シンクの説教を受けて不満顔を隠しもしないアニス。
私がアニスをぼんやりと眺めていると、視線に気付いたアニスが何ですかぁ?、と不満たらたらの声でこっちを見てきた。

「…論師、御前を騒がすことをお許しください」

「許しません。ここは船の上ですよ?」

暗にコイツボコして良いかと提案してくるシンクに却下を告げれば、アニスは訳が解らないという顔でシンクを見ている。
察しろ。お前のことだよ。

「そういえば…タトリン奏長とお話しするのは初めてでしたね」

「ふえ?あ、そういえばそうですねぇ〜。論師様っていっぱいお金稼いでるんですよね?やっぱりお金持ちなんですかぁ?」

「確かに利益は出ていますが人件費などを引けばかなり減りますし、殆どはそのまま教団のお金になりますから私の手元に来るのは僅かですよ」

「へぇ〜。それってどれくらい?」

「タトリン奏長!」

「構いませんよ。お給料分も合わせて大体月に80万ガルドほどです」

アニスの下世話な質問にレインが名前を呼んで諌めたものの、私は笑顔でそれに答える。
そして私の答えを聞いた瞬間眼を輝かせたアニスに私は内心嘲笑を浮かべた。

そもそも、私はアニスのこの性格は嫌いではないのだ。

裏表がある?それは私も同じこと。
金にがめつい?良い個性じゃないの。

ただ仕事をせずに男に媚を売り、礼儀を知らず職務放棄の自覚も無いという点が苛立つだけで、性格は嫌いではない。
まぁそこが致命的な欠陥となってしまっているのだが。

レインが眉を顰めているのを見て、次にシンクが口をへの字にしているのを見る。
…ふむ。

にっこりと微笑んでみる。
きょとんとしているアニスとは裏腹に、私の微笑みを見て何を感じたらしい緑の子達はおとなしく口をつぐんだ。
察しが良くて助かります。

「タトリン奏長はお金が好きですか?」

「へ?そりゃお金を嫌いな人なんていませんよぉ」

「まぁあまり居ないでしょうね。ですが導師守護役と言えば神託の盾の花形です。
タトリン奏長もそれなりにお給料はいただいているでしょう?」

「え、あ…えーと、そのー…」

ま、言えるはず無いよね。
そのお給料の殆どは両親がこさえた借金の返済に消えていきます、なんてさ。
口ごもるアニスを見つめながら頭の中で計画を立てていく。
ふ、と小さく息を吐いてから、私はわざとらしさを感じさせない程度で、そういえば、とさも今何かを思い出したようなそぶりをする。

「タトリン奏長のご両親は確か…オリバーさんとパメラさんでしたか」

「は、はい…」

「以前借金を背負っているとお聞きしましたが…確か、大詠師モースが肩代わりをしてくださったとか」

「…そうですけど、それが何ですか?」

警戒心を含んだ声。
私は微笑みを浮かべてアニスを見る。

アッシュも調教ができそうだということは、アニスもまた調教が可能かもしれない。
アニスの性格上、治すところさえきっちり治せば良い手駒にもなりそうだ。
そう思って、私はアニスに一つの提案を持ちかけた。

「導師守護役のお仕事は大変でしょうが、もう一つお仕事をしてみませんか?」

「……へ?」

思っても見なかった私の言葉にアニスは警戒心を緩め、次にレインを見る。
守護役の仕事があるのに、他にも手を出して良いのか不安なのだろう。
下手を打てば大詠師に叱られる可能性もあるし、最悪今の仕事を首にされるかもしれないのだから当然のことだ。
レインは少し悩んだ後、まずはお話を聞いてみては?と言った。
アニスはその答えに戸惑いつつ、私に視線を戻す。

「あの…お仕事って何ですか?」

「タトリン奏長はご両親の事で幼い頃から大変な思いをなさってきたと聞き及んでおります。
今でこそ大詠師の異例の抜擢により守護役になりましたが、今までもその幼い身体で苦労なさってきたことでしょう」

仕事についてすぐに告げることなく私が言えば、アニスは歯を噛み締めながら拳を握り締める。
僅かに顔色が悪くなったのは、私がスパイ行為のことを知っているのかというおびえからだろうか。

「私はまだまだ新参の身、大詠師のようにそのような大金をぽんと出すことなどとてもできません。
良い方とめぐり合えましたね。ご好意だったのでしょう?」

「好意なんかじゃ…っ!」

好意なんかじゃない。
そう言いかけたアニスは最後まで言わずに口を噤んだ。
それに首をかしげ、きょとんとした表情を作る。

「好意ではないのですか?シンク、大詠師が金融企業のようなことを始めたという話は…」

「そのような事実は一切ございません」

「そうですよね。聖職者の鏡でなければならない大詠師が高利貸しのような真似事をするなど、ありえませんもの」

「そ、そうなんですか!?」

「勿論ですとも。もしそのようなことがしたと発覚すれば、大詠師の座を追われてしまいます。
大詠師モースがそのような失態を犯すとも思えませんし」

食いついてくるアニスに深く頷けば、アニスは口元に手を当てて何か考え始める。
この情報を期に大詠師の手から逃れる方法でも模索しているのだろう。
さて、ここからが本番だ。

「ところでお仕事のことなのですけど」

「は、はい!」

「まずは研修を受けて欲しいのです」

「けん、しゅう?」

「えぇ。奏長はまだまだ訓練学校を出てから日が浅いでしょう?
たのみたいお仕事は結構に厳しいものがありますから」

「それは…良いですけど。何のお仕事なんですか?」

「それは研修の結果が出てからお話します。
給与に関しては、正式に採用となった場合導師守護役の給料にプラス20%の上乗せを個人的にさせて頂きます。
研修期間は二ヶ月ほど。その間守護役の仕事と研修の両方を行うわけですから、疲れは溜まるでしょうが研修にもきちんとお給料は付きます。
悪い条件ではないと思うのですが、いかがですか?」

ごくりとアニスの喉が鳴った。
金が必要なアニスには魅力的過ぎる誘いだろう。
獲物が罠に落ちる寸前といった様子に、私はあくどい笑みを浮かべないよう必死に堪える。

「研修を受けても…駄目だったら?」

「その場合は残念ですが研修期間のお給料を払っておしまいですね」

「モース様が駄目って言ったら…」

「大詠師ですか?あぁ、ご恩もあるようですし、確かに気になりますよね。
そこは私が大詠師とお話をしておきましょう」

そっと、堕ちるよう背中を押してやる。
暫くの沈黙の後、アニスはこくりと深く頷いた。

「モース様には、お話をつけていただけるんですよね?」

「えぇ、安心してください」

「なら、そのお話、受けさせてください。アニスちゃん、頑張っちゃいますよ〜!」

腕捲りをする動作でやる気満々だと告げるアニス。
金で引っ張れる分楽だなと内心笑いながら、では後日研修官を派遣させていだきますねと穏やかに告げる。

それからレインが喉が渇いたとアニスに言い、アニスが飲み物を取りに行ったことで二人はようやく私に対して口を開いた。

「一体どういうつもり?アイツの非常識に辟易してたくせに」

「確かに職務怠慢や無能っぷりには辟易していましたが、彼女の性格は嫌いでは無いんですよ」

「金にがめつくて裏表が激しいのが…嫌いではないんですか?」

レインの言葉にシンクがぎょっとしたようにレインを見る。
導師なのにそんな言葉遣いは止めろと告げるシンクにくすくすと笑ってから、私は自分自身を指差した。

「私もですよ。金にがめつくて、裏表が激しいでしょう?」

「……確かに」

「違いますよ!シオリとタトリン奏長は全然違います!」

納得するシンクの横でレインが身を乗り出して否定してくる。
だが結局は根本は同じなのだ。
私も金を稼ぐために教団に居て、猫を被って信者や詠師達と接しているのだから。

「彼女もアッシュのように調教できれば、レインのストレスも減って心強い味方となるでしょう。
研修という名の調教でまともになるなら手駒にします。
駄目ならそのままですが。

あとリスフレイ謡長は情報を流すだけならともかく、収集面に関しては不安があったんです。
ですからその分彼女を引き込めれば、と実際に対面して思ったんですよね」

「対面するまでは?」

「切り捨てる気満々でした」

笑顔できっぱりと告げればシンクは呆れたようにため息をついた。
レインもレインでリスフレイ謡長って誰ですか?と首を傾げている。
あ、レインには説明してなかった。

「謡長に関しては、まぁ後ほど説明します。
研修で礼儀作法と仕事に対する心構えを徹底的に叩きなおし、且つ人形以外にも何か武器を持って貰いましょう。
それで利害関係が築ければ引き込み二重スパイを頼みます。
そこまでいけなければ普通の守護役として、駄目だった場合は見捨てます」

「まぁ、そういうことでしたら…多少でもまともになってくれるのなら、文句はありません」

「アンタも辛辣になったよね…」

シンクが胡乱げに言うが、一番身近なレインからしたらまずはそこが一番気になるところに違いない。
なので苦笑を返しておき、シンクにダアトに付き次第第五小隊に連絡を入れるよう頼んでおく。
あそこは人生の酸いも甘いも知っている人間が多く所属している。
アニスを放り込めばきっと皆喜んで叩きなおしてくれるに違いない。

「イオン様、紅茶でよかったんですよね?あとシオリ様の分も淹れてきましたよ」

そんな事を話しているうちにアニスが戻ってきて、私たちに紅茶を配る。
さて、使える人間になってくれれば良いのだが。

良い香りですねと微笑みながら、アニスに悟られないよう鬱蒼と笑うのだった。











これにてマルクト編終了です。
この話を最後に持って来たように、次章はアニスは出てきません。
第五小隊の人たちに叩きなおされてる最中になりますから。
でもアニスの話を持って来たのは突発的に思いついただけなので、アニスがどうなるかは本当に未定。管理人の気分次第です。
(プロットでは非常識のままだったけどこっちのが面白そうというか、もにょもにょ)

今回マルクト行ったから次はキムラスカ…ではなくまたダアトでのお話です。
高位の人間がそうほいほい他国に出かけられませんよ。まあ出かける予定ですが。
マルクトは皇帝が反預言派なので出かけやすかったのですが、キムラスカは国全体で預言信者的な部分もあるので行き辛い、というのもあります。

ここまでくるのに連載を開始してからおおよそ八ヶ月…まだまだ先は長いですが、これからも言論をよろしくお願いします!

15.3.26

清花

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