04


 導師と詠師達の取り決めにより、不本意ながらも私は『論師』という地位に着く事になった。
 導師と同程度の地位であり、人々を導く導師とは相対的に教団を導く者としての地位、らしい。
 大詠師はキムラスカに出張っていてお留守らしいが、詠師会で満場一致だったために決定したのだとか。嬉しくない。
 案の定キムラスカから帰還した大詠師が導師に文句を言っていたが、ユリアの契約者を無碍にするわけにはいかないことと、教団に利をもたらす者であることを理由に説得されたらしい。役にたたねぇ!

 それからあれ以降、シンクはそれほど強く無いながらも居ないよりはマシだろうと私の護衛役として傍にいる。導師守護役ならぬ論師守護役だ。
 私が音素を使えないために物凄く弱いこと。異世界からの来訪者である私を利用しようとする者、もしくは契約内容を知った預言信奉者の手にかかり私が死なないようにというヴァンの配慮、らしい。まぁ本音は計画の発案者である私に死なれては困る、といったところか。
 与えられた地位は安全と衣食住を確保するという目的には叶っていたため、私は何とか不満を飲み込み不承不承ながらも論師の地位に着いた。が、此処で問題が発生した。

「んー、アルファベットに似てるけど、ふにゃふにゃしてて書き辛いなぁ……シャーペン欲しい」
「また意味の解らないこと言って。いいからさっさとフォニック言語覚えてよ」
「まだ勉強し始めて一時間なんだけど、あんた私をどんだけ天才だと思ってんの?」
「詐欺師」
「否定はしないけど今の答えとしては不正解」

 シンクにアンタの敬語は気持ち悪いと言われて堅苦しい喋り方をやめた私は、現在シンクにフォニック言語を習っていた。
といってもアルファベットとほぼ一緒なので、多分数日もすれば使えるようにはなっているだろう。うまく書けるかは別として。

「シンクも私の国の言葉習ってみる?」
「何で僕が」
「暇でしょ、私が勉強してる間。あぁ、シンクみたいな一歳にも満たない子供には日本語は難しすぎるか、ごめんごめん」

 へっ、と笑いながらほぼ棒読みで言えば、カチンときたらしいシンクはあっさりと私の挑発に乗った。
 それで良いのかと思うものの、ちょっとした思い付きからさらに挑発を重ねてみる。

「でもなぁ、自分で言っときながらなんだけどさ、私の国の言語って二百近くある言語の中でもかなり上位に位置するくらい難しいんだよねぇ。シンクには無理だと思うんだけどなぁ」
「そんなのやってみなきゃ解らないじゃないか。いいからさっさと教えてよね」
「んー……じゃあ賭けをしようよ」
「賭け?」
「シンクが一週間以内に日本語を習得できなかったら、私の言うことを一つ聞く。習得できたら、私が一つ言うことを聞く。どう?」

 私の提案を聞いたシンクは鼻で笑った。さっきも思ったけど、本編の時よりも今のシンクはかなり幼く短気な気がする。
 ゲーム本編よりも二年前に位置するわけだから、ある意味当たり前といえば当たり前なのだけれど。

「はっ、面白いこというね。後で後悔しても知らないからね」
「それはこっちの台詞ですー。じゃあ今から一覧表書くね」

 腕を組んでいるシンクの辞書に慎重という言葉はあるのだろうかと思いつつ、適当な紙にひらがなの一覧表を書き込んでいく。まずはそれをシンクへと渡した。

「その一覧にあるのが基礎中の基礎でひらがな、後は外来語や洋名の表記なんかに使うカタカナっていうのがある。私の国の子供たちはひらがなとカタカナを6歳ぐらいまでに習得するの。それからその次に習うのが漢字。二千文字くらいあるけど、流石の私も全部覚えてるわけじゃないから、今から書き出す分だけでいいからね」

 ひらがなの一覧表は濁音や半濁音の類は書いて無いのでそれでも少ない方なのだが、シンクは呆然とそれを見ている。そしてさらに付け足した私の説明を聞いて固まってしまった。
 多分仮面の下にはようやく自分の不利を悟って青くなった顔があるのだろう。

「……それを、一週間で覚えろって?」
「よく聞きもせずにそれを受け入れたのはどこの誰だっけ?」
「〜〜っ! やればいいんだろ! やれば!」
「護衛の仕事とヴァンの修練も欠かしちゃだめよー」

 そう言って私は新たに書き終えたカタカナの一覧表を渡した。
 現在、シンクはまだそれほど強いわけではない。一般兵と同じか、それより少し強いくらい、らしい。
 そのため私の護衛をこなしつつ、ヴァンが直々に鍛えている。それと勉強を両立させなさいねと言い切れば、シンクは頬が引きつっていた。

「……無理! できるわけない!」
「あれ? もうギブアップ?」
「今アンタが書いてる一覧表見てるだけでやりきる自信なんて崩れ去ったよ!」

 そう言って私の書いている漢字の一覧表、もとい漢字の説明書を指差して叫んだ。
 漢字そのものと、読み方、送り仮名、意味などをフォニック言語の練習も兼ねて書き込んでいるのだ。
 まだ月火水木金土日くらいしか書き込んでいないので、それほど量は無い。

「これでも簡単な漢字ばかりなんだけど」
「これで!?」
「これで。そうだな……難しいのだとこんなのがあるよ」

 詠、奏、謡、響、と教団の階級に使われる文字を試しに書いてみる。シンクはそれをまじまじと見つめると、インクの塊にしか見えないとぼやいた。
 譜術で例えるならまだ中級程度の画数だって言ったらシンクはどんな反応をするんだろうと思ったが、さらに混乱しそうなのでやめておく。流石に〇歳児をこれ以上いじめるつもりは無い。

「んじゃシンクの負け?」
「負けで良いよ、この確信犯……で? 僕は何をすればいいわけ?」

 笑みを浮かべながら負けを認めるのかと聞けば、やはり私が確信犯であるとばれていた。
 しかし負けは負けだと、ぶーたれながらも約束は守ってくれるらしい。律儀な子だ。いや、素直なのか。
 そんなシンクに思わず笑みを零しつつ、私はペンを置いてシンクの仮面に手を伸ばす。シンクはぴくりと反応しただけで逃げることも避けることもしなかったが、それをいいことに私は冷たい仮面の表面をそっと指先で撫でた。

「あのね、私と二人の時は仮面を外して欲しいの」
「……は?」
「駄目?」
「……なんで?」
「初めて会ったとき、言ったでしょう? シンクがシンクであると知った上で、シンクが一番好きだったって。一番綺麗な瞳だと思ったって。それは今でも変わらないから、だよ」

 私がそう言うと、照れるような、なんと答えて良いのか困るような、そんな雰囲気をもってそっぽを向く。目元が見えないから飽くまでも雰囲気だけで判断するしかないが、多分合ってる。
 その証拠にシンクはゆっくりと仮面を外し、少し頬を染めたままこれでいい?と私を睨みつけているんだから。あぁ、やっぱりシンクの瞳が一番綺麗だ。

「うん。これからもそれで宜しくね」
「誰かが来たり、二人きりでも外では着けたままでいるからね」
「うん、それでいいよ」

 自然と頬が緩むのを感じながら私は再度ペンを取る。シンクの顔が見れてちょっと幸せを感じた、なんて言ったら真っ赤な顔で怒鳴られそうだ。このツンデレめ!

「何かよこしまなこと考えて無い?」
「気のせいじゃない?」

 シンクのその反応に小さく笑って私はフォニック言語の練習に戻った。
 うん、面倒だと思っていたが、シンクがいれば楽しくなるかもしれない。

 その後この件に対する反撃のつもりなのか、シンクはヴァンが作ったという法衣を笑顔で寄越してきた。
 露出が高く、黒と緑を基調とした衣装に引いてしまった私は悪くないと此処に主張しておく。
 だってあんなミニスカートなんて履けない、あんなばっくり胸元の開いた服なんてごめんだ、ぷにぷにの二の腕を露にするのだって、ごめんこうむる。これは日本人の乙女なら、誰だって同意してくれる、はずだ。

「シンクさん、それを私に着ろと?」
「そうだよ。僕が着たって仕方ないだろ?」
「……無理、ヤダ、絶対着ない」
「何言ってるのさ、わざわざ主席総長閣下が直々に用意してくれたんだ。それを断るなんて失礼だし今後の立場を危うくするってシオリも解ってるでしょ?」

 あぁ、その輝かんばかりの笑顔を見て確かに今確信しました。
 貴方は間違いなくあのオリジナルの因子を引いてます、こっちが泣きたいくらい。
シンクのきらっきらした笑顔なんてゲームやってる時には想像もしなかったが、こうして目の前にすると脅威にしか感じない。どうしよう、エルドラント戦が可愛く見える!

「ごめん、私が悪かった! 私が悪かったからその笑顔で迫るのだけはやめて!」
「何のこと? 護衛対象に笑顔を向けるのがそんなにいけない?」
「シンクがそんな風に笑うと怖いんだよ! 腹に一物抱えてますって素直に言うより怖いんだよ! 頼むからいつもみたいな仏頂面に戻って!」
「シオリってばさりげなく失礼だよね。でも大丈夫、僕気にして無いから」
「ごめんなさい! 謝るからぁああぁ!」

 私の懇願も空しく、私は一度だけあのミニスカートで胸元のばっくり開いた服を着せられたのだが、何とか詠師トリトハイムに直談判してゆったりとしたローブの法衣を手に入れることに成功したのだった。

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