知られざる論師派の原点


「論師派、ですか。そんな派閥もできてるんですね」
「知らなかった?」
「はい。導師派が徐々に増えてきているのは知っていましたが……」

 ここはローレライ教団グランコクマ支部。
 あと数日もすればダアトに帰還できるという時期、溜まった仕事を消化していたらレインが来訪してきたので仕事の手を止め、私達は三人で雑談に興じていた。
 人数分の紅茶を淹れるシンクも既に慣れたもので、私の分だけはいつものように少しだけ濃い目に淹れてくれる。

「情報部に手を回して新たな派閥を生み出した、というわけではないんですよね?」
「そうだね。いつの間にかできてたっていうか、なんていうか……」

 レインの質問に対し、答えるシンクの歯切れが悪い。
 その様子に私は片眉を上げ、何か知っているのかとカップから口を離す。

「何か知っているんですか?」
「知ってるっていうか……うーん」

 珍しいことに腕を組んで考え込むシンク。
 私とレインが次の言葉を待つために見守っていると、シンクは過去を振り返るように、ゆっくりとどこか遠くを見つめながら語り始めた。






 あれは確か、第五師団師団長に就任した直後だったと思う。
 シオリにも言われてたし団員達との交流や腕前のチェックも兼ねて訓練場で稽古をつけてたんだけど、他の師団員達が導師派か大詠師派かで諍いを起こし始めたんだよね。

 教団に所属するものにとって預言の見解っていうのは非常に大きな意味があるって言うのは解ってたし、団員による口喧嘩は派閥抗争が始まってからたまに見かけてたから全員またかと思っただけで無視してたんだ。
 けどまぁ、団員同士が剣を抜いたあたりでぎょっとした顔に変わったわけだけど。

「ユリアの遺志を冒涜する背信者めっ!」
「それは貴様だろう!」

 そんなこと言いながら剣の打ち合いを始めちゃってさ。
 流石に派閥抗争で刃傷沙汰は不味いって事で止めに入ったんだよ。

「いい加減にしな! そっち抑えろ!」

 団員達にも手伝わせてさ。
 無視するより多少好感も上がるかなって下心があったのは……まぁ否定しないけど。
 上下関係を円滑にするためにも信頼関係を築く必要があったしね。

「邪魔するな、このガキがっ!」
「師団は違えど師団長に対する言葉遣いじゃないね……もう一度言うよ、いい加減にしろ!」

 ガキって言われてイラっとした訳じゃないよ?
 興奮した団員に踵落とし食らわせて黙らせてから、もう一人のほうも何とか抑えさせてさ。
 話を聞いたんだよ。何でそんなにヒートアップしたのか。これからも同じことが起きないとも限らないしさ。

 ああ、二人とも僕が第五師団師団長って解って顔を青ざめさせてたけど、罰は与えなかったよ。
 だって僕も就任したばかりだったし、師団長試験は公開されてたけど全員が僕の顔を覚えてるとは思わなかったし。
 うん、厳重注意で済ませたよ。

「で。何でそうなったのさ」
「……預言に関しての見解が食い違ったため、つい感情的になってしまいました」
「預言は順守すべきものです。例えどんな理由があろうとそれが揺らぐことはありません」
「貴様、導師のお言葉を忘れたのか!」
「導師を軽んじるつもりはないが、預言に関しては譲るつもりは無いっ!」
「なんだと!?」
「……いい加減にしろって言ったよね? 四度目はないよ」

 またヒートアップしそうになった団員をちょっと脅しこみで黙らせて……いや、だって普通に言ったって聞きそうになかったし。
 それでまぁ考えたんだよ。どうやったら丸く収まる……というか、お互い納得させられるか。

「お前達が教団と預言に対して真剣なのは解った。けど刃傷沙汰になるのはいただけない。そこは理解できるね?」
「も、申し訳ありません」
「……軽率でした」
「これでお前達が怪我をするだけなら自業自得で済む。けど周囲を巻き込んだらそうはいかない。特にここは訓練場だ。全員怪我になれてるとはいえ、出入りする人間の数も多い。もしけが人を出した場合、責任取れる?」
「そ、れは……」
「……この場合の、責任とは?」

「例えばお前達を宥めるために止めに入った人間が怪我をしたとするよ。怪我をした期間、そいつは仕事ができない。給料だって止まるし治療費だってかかる。妻子が居たら家族だって養えなくなるだろうね。それに責任を持てるかって聞いてンの」

 そう聞いたら二人とも絶句してたよ。想像すらしてなかったんだろうね。
 思わずため息ついたらビクビクしてたし、だから脅すのはここらへんで終わらせといたんだ。

「取れないだろ。解ったら簡単に刃物を振り回すんじゃない。騎士団の一員たるもの、刃の危うさを理解してこそだよ。理解してるからこそ、僕等は何かを守ることができるんだからね」
「……はい、申し訳ありませんでした」
「以後、気をつけます」
「分かったならいい。それとね、預言に対しての見解をお互い押し付けあうんじゃない。自分はこう思ってる。相手はこう思ってる。それで良いだろ? 子供じゃないんだ。きちんと相手の意見を尊重することを覚えな。それでも相手の考えを変えたいって思うなら、それに付随する責任をきちんと頭に入れて布教しろ。相手に意見を押し付けるってことは、ある意味相手の人生観を変えるってことだ。圧し掛かってくる責任は大きい。解ったね?」

 そういえば二人ともびしっと敬礼してさ。そ。余計なもの背負いたくなかったら口を閉じとけってこと。
 周囲からもただの子供じゃなかった、っていう空気が読み取れたし、今回の件はうまく治められたと思ったんだよ。その時は。
 そしたらさ、僕は一体どっちなのかって聞かれたんだ。

「……それは僕が大詠師派か、導師派かってこと?」
「はい。後学のためにも是非」

 嫌味とかそういうのではなかったと思う。二人とも目キラキラさせてたし、ホント神託の盾って脳筋ばっかだなって思ったから。
 周囲も興味深そうにこっちを見てたから答えないっていう選択肢もなくてさ。つい答えちゃったんだよね。

「……論師派、かな」
「論師派、ですか?」
「それは、どういう……?」
「論師は体質上預言を持たないし必要としない。それは知ってるね?」
「存じております」
「そう。だから論師は自らの未来を切り開くための努力を怠らない。何が起こるか解らないからこそ自らを磨き続けるんだ。そしてその結果がどうなろうとも、その責任を背負う覚悟を常日頃からもってる。預言に左右されることなく、常に向上心をもち、自分の言動に責任を負う。その生き方が羨ましいって思ったから……だから論師派」

 参考にするでもなく、順守するわけでもなく、そもそも預言を必要としない。
 僕の答えに団員達はざわめいてたよ。そんな答えが出るとは思わなかったんだろうね。
 その時一人の団員が前に出てきてさ、僕にこういったんだよ。

「……お言葉ですが、向上心を持つのも、自分の言動に責任を持つのも、一人の大人として当たり前のことではありませんか?」

 確かに、って全員が頷いてたよ。
 子供じゃないんだ。自分の言動に責任を持つ。
 騎士団員なら余計に頷けることだったんだろうね。

「じゃあお前たちはさ、預言に詠まれてるから大丈夫ってどこかで手を抜いたことはなかった? 何かあった時や失敗した時、預言に詠まれてたからやったのに、ってどこかで思ったことはなかった?」

 だから全員を見渡してそう聞けばまた押し黙っちゃったんだ。多分無いって言い切れなかったんだろうね。
 どこかで預言に対する甘えがある。それは騎士団員に限らずきっとオールドラントに住まう人間全員が当てはまることだと思うし。

「あっただろ? でも論師は違う。預言がある僕らができないことを当たり前のようにこなし、預言に甘えている僕達とは違う生き方をしている。簡単なようで難しいことを平然とやってのけてるんだ。そうなりたいって傍で見ていて思ったんだよね。師団長って言う責任ある地位に着いたから、余計にかな」

 その後全員無言で考え込んじゃったからその場はお開きにしたんだけど、今思うとあれが発端だったんだと思う。





「発端、ってどういうことですか?」

 シンクの回想を聞き終え、レインがきょとんとした顔で問いかける。
 シンクはやはりどこか遠い目をしながらお茶請けのマドレーヌを片手に答えてくれた。

「あれから数日後に、リグレットに言われたんだよ。団員たちから話は聞いた。私も今日から論師派を名乗ろうと思う、って。笑顔で。また他の団員達からも自分も論師派です、って言われるようになってさ」
「……それって、つまり……」
「シンクの言葉が発端で、論師派が産まれたってことですね」

 レインの途切れた言葉を私が繋げば、シンクは乾いた笑いを漏らしていた。
 驚愕の事実、論師派が産まれた原因はなんと私の隣に居たのだ。

「……それがケセドニアまで広がって、外でも細々と論師派が生まれ始めたと」
「みたい、だね」

 私の言葉に頷き、シンクはマドレーヌをもぐもぐと食べる。
 気付かないうちに論師派の提唱者となってしまったシンクだが、流石に本人もここまで広がるとは思って居なかったようだ。
 というか、自分が原因だと気付いたのは極最近なんだとか。

「……もし何か起きたらシンクが責任とって下さいね」
「そうくる!?」
「自分の言動に責任を持つんでしょう?」
「ここまで広がるとは思わなかったんだよ!」
「でもかっこいいですね! 僕も論師派を名乗っても平気でしょうか?」
「レインは導師派のトップだろ!」
「駄目でしょうか?」
「導師派の連中混乱するだろ!」

 シンクのツッコミを聞きつつ、私も笑みを零す。
 まさかシンクが原因とは思って居なかったが、自分の言動に責任を持ってくれるというならそれはそれで万々歳だ。
 小さな小石を池に投げればその波紋が池全体に広がるように、きっとこれからも論師派の理念は広がり続ける。
 その波紋はすぐに消えてしまいそうなほどか細いものだけれど、これが広がれば未来は無限に広がっているのだと気付いてくれる人がもっともっと増えるだろう。

「だーかーら、今導師が論師派名乗ったら不味いだろ色々と!」
「やっぱりまずいですかね……」
「アンタ何の宗教団体のトップやってると思ってるのさ! 本末転倒だよ!?」
「じゃあ心の中では論師派ということで」
「それは……いい、のか?」

 二人のやり取りを眺めながら、私もマドレーヌに手を伸ばす。
 預言に頼らない未来も、こんな風に賑やかで穏やかな毎日だと良いなと密かに思いながら。









知られざる論師派の原点








 論師派が産まれた経緯でした。
 論師就任編の小話に入れようか迷ったのですが、シンクの回想という形で書かせていただきました。
 ちなみにアリエッタやラルゴ、ディストなんかも論師派だと公言してます。

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