烈風とマルクト将校による談義



※フローリアン視点


「復唱」

「は。ヒトハチマルマルに過激派組織『コクマー』の拠点の強制捜索を開始。
抵抗する場合実力行使も已む無し、ただしできうる限り制圧に留め死傷者を減らすこと。
論師は見つけ次第保護、制圧後は現場保存に努めます」

「よし。マルクト軍との連携を忘れるな。薬品や譜業を見つけ場合は第二小隊を呼べ。
逃走した場合深追いはしなくて良い。包囲部隊が捕らえるからね。
各班に伝達後、作戦開始時間30前には準備を完了しているようにしな」

「はっ!」

シンクに指示を出された第三小隊長がアッシュを連れて行ってしまう。
論師が、シオリがさらわれて以来シンクはずっとピリピリしていた。
僕は第二小隊への連絡係としてココに居るけれど、ずっと口を引き結んで必要最低限のこと以外喋ってくれない。

いつもみたいに僕を叱ってくれたり、軽口を叩いたりもしてくれない。
だから僕は、部屋の隅に立っていることしかできない。
僕から声をかけるのは許されていない。それが、凄くもどかしかった。

「シンク殿」

「フリングス大佐…コチラの準備は30分前までには完了するよう通達しました。後は作戦開始時間を待つだけです」

そんな中、マルクト軍のフリングス大佐が尋ねてくる。
今回の作戦のマルクト軍側の責任者で、シンクがこうなって以来ずっと気にかけながらも口に出そうとしない良い人だ。
怒ると怖い人だってマルクト軍の人は言ってたけど、そんな風には見えない。

「流石ですね。こちらは周囲の住民に被害が出ないよう、17時半以降の外出禁止令を出してきました。多少荒っぽくなっても問題は無いでしょう」

「それなら人質をとられる心配は幾分か減りますね」

「えぇ、一般人を巻き込むわけにはいきませんから。
ところでシンク殿、作戦開始時間まで何をなさる予定ですか?」

「論師の仕事が溜まっておりますので、そちらに手をつけようかと」

「働きすぎですよ。少しは休憩なさって下さい」

「しかし…」

「シンク殿は私達よりも幼い分、体力も無い。嫌味ではありませんよ?
だからこそ休憩は取れるときに取れるだけ取っておくべきだと思うのですが、いかがですか?」

少しだけ苦笑交じりに言うフリングス大佐にシンクは言葉を詰まらせた後、ため息をつきながらそうですねって答えていた。
子供なんだからって言われたも同然なんだけど、フリングス大佐が言うと嫌味に聞こえないから不思議。
そうして休むことを決めたシンクだけど、実際仮眠を取れるほど時間があるわけでもない。
作戦実行の時間は着々と近づいてきてるし、その間に伝令が来ないとも限らない。
悩んでるシンクを見たフリングス大佐がでしたら食事などいかがでしょうって提案をして、結局シンクとフリングス大佐でご飯を食べることに決まった。

配膳課の人がご飯を運んできて、仮作戦本部でシンクとフリングス大佐の食事会が開かれる。
ちなみにココの料理は本部より美味しくない。
第二小隊の先輩達の話によると、本部のご飯はシオリが手を加えたから美味しくなっただけで、これが普通って話だけど。

「シンク殿は凄いですね。その年で幾つもの仕事を兼任されて」

「…いきなり何ですか」

「いえ、ふと思ったんです。12歳の頃といえば、私はまだまだ士官学校で友人と馬鹿をやったりしている年でした。
しかしシンク殿は第五師団を指揮し、守護役部隊の顧問を務め、情報部への指示を出しておられる」

配膳課の人が持ってきていたカレーを食べていたシンクは少しむせこみながらフリングス大佐を見ていた。
大佐は大佐でそんなシンクを微笑みながら見ていて、それを傍観しながら感じたのは…違和感。
そしてその違和感の正体は、傍観を続けていくうちにすぐに解った。

神託の盾ではシンクは大人の一人として仕事をしていて周囲もそう扱っていたけれど、神託の盾じゃないフリングス大佐は違う。
仕事中は別として、こうしたちょっとした合間の時間にシンクを子ども扱いする。
そして子供なのにそこまでできるシンクは凄いって口に出して褒めている。

シンクを凄いって思う人は神託の盾でもたくさん居たけど、大佐みたいにストレートに言う人は僕が知る限りシオリ以外では初めてだった。
アッシュも言うけど、アッシュはシンクの前では絶対に口にしないからこの場合は除外ね。

「私は…私にできる精一杯をやっているだけです」

「そうなんでしょうね。シンク殿をそこまでやる気にさせるのは、やはり論師の存在ですか?」

フリングス大佐の言葉に少しだけシンクの雰囲気が剣呑なものになる。
ピリ、と肌を焼くのはシンクから微かに発せられている怒気。
フリングス大佐だって感じているだろうに、表情を変えることなくシンクに微笑みかけている。凄い。

「論師は、私に意義を与えてくれた存在ですから」

「意義ですか。それはまた…」

「情報部の面々もそうです。論師に救われた存在は多い」

「論師はまだできて間もない地位だと聞きましたが」

「そうです。論師はその短い間にこれだけの命が失われようとしていたことを同時に嘆いていました」

平常心を取り戻したらしいシンクは、また美味しく無さそうなカレーを口に運びながら言う。
それが預言絡みだって解ったんだろう。今度はフリングス大佐が微妙な顔をする番だった。
けど実際にシンクやシオリがヴァンや他の師団長達の手を借りて救い上げた命は多い。
僕だって救い上げられた命の一つだし、恩返しって訳じゃないけどシンクやシオリの役に立ちたくてこうして情報部に所属している。

それはみんな一緒なんだ。
そうしてまた僕達がおんなじように預言のせいで消えそうになった命を救い上げて、その人たちもまた情報部に所属して…そうやって情報部は大きくなったんだって聞いた。

「シンク殿も、ある意味論師に救われたようなものということですか」

「そう、ですね。否定はしません。私は論師に救われました。
それが良いのか悪いのか、最近解らなくなりましたが」

「それは…どういう意味でしょう?」

どこか遠くを見つめ、カレーを食べる手を止めながらシンクが言った。
救われたなら、良いことじゃないのか。
僕とおんなじ疑問を覚えたらしいフリングス大佐が少しだけ眉を潜める。

「論師が姿を消しただけで、こんなにも動揺する自分が居る。
これでもし論師が死んでしまったら…私はどうなるのか。想像が、つかないんです」

シンクの言葉にフリングス大佐がちょっとだけ驚いた顔をした。
一体何に驚いたのかは解らないけれど、シンクが凄くシオリを大切にしているんだなぁって言うのはよく解った。
僕はシオリが死んじゃったらきっと泣く。凄く泣く。何日も泣くと思う。
けどシンクは泣くだけじゃなくて、もっとずっと辛くて悲しくて、壊れちゃうかもしれないっていうのが怖いんだ。

「自分が論師に依存しているのは解っています。それが良いことなのか悪いことなのか、今の私には判断がつきません」

「なるほど、そういう意味でしたか」

フリングス大佐がカレーを食べる手を止めて、お水を一口飲んだ。
シンクが身内でもない人にココまで口にするのは凄く珍しい。
シオリが居なくなって、シンクの心はピリピリするだけじゃなくて凄く弱ってるのかもしれない。

多分、フリングス大佐もそれを感じてる。
だからあんな風に、安心させるように微笑むんだろう。

「シンク殿はその思いがあるからこそ、こんなにも頑張っているのでしょう?
自分の努力の源を悪いことだと思う必要は無いと思います。
それに本当にシンク殿が駄目になりそうなときは、論師が止めてくれると思いますよ」

フリングス大佐はにこにこしながら言って、シンクは少しだけ口を開いたままそれを黙って聞いていた。
そうだ、もしシンクが駄目になりそうなときはきっとシオリが止めてくれる。
シオリは絶対シンクを見捨てたりしない。

「そうですね…そのためにも、早く論師を救出しなければ」

シンクを取り巻く空気が引き締まる。
フリングス大佐がそれに頷き、食事を終えた二人は作戦遂行時間までに少しだけ身体を動かすと言って中庭に行ってしまった。
お互いの実力を知りたいらしい。
フリングス大佐が出て行って、シンクもそれに続いて部屋を出ようとした時、僕は思わずシンクの服の裾を掴んでいた。

「フローリアン、今は、」

「あのね、フリングス大佐だけじゃなくて僕も心配してるから、だから無理しないでね。
ずっとピリピリしてるけど、ちゃんと休んでね?僕も頑張るから…えっと、あとは、」

言いたいことはたくさんあった筈なのに、いざ口を開いてみると言葉が全然纏まらなかった。
きっと大丈夫だよって言いたいのに、それを伝えるための言葉が見当たらない。
自分の言葉足らずな部分が少しだけ恨めしい。
シンクは僕の言葉を聞いてため息をつくと、僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「僕の心配をする前に、まずは自分の仕事を全うしな。
ほら、行くよ。伝令役なんだからちゃんと着いてくる」

「! うん!」

フリングス大佐のおかげで少しだけ落ち着いたらしいシンクを見て、自然と笑顔になる。
シンクが少しでも落ち着いてくれて嬉しいからだ。

この後作戦遂行間近になって、もしかしたら『コクマー』はシオリを取引の材料にするために誘拐したのかもって情報が入ってきてまたシンクのピリピリがぐんっと上がっちゃったりして、僕は『コクマー』が大嫌いになった。
でも好きな人もあんまり居ないか。







烈風とマルクト将校による談義








フローリアン視点による論師が誘拐された時のシンクの話でした。
シンクがフリングス大佐にちょっとだけ弱音を吐く話というか、フローリアンは弟大好きっ子という側面もあります(笑)

フリングス大佐のお陰でちょっと落ち着いたけど、結局またピリピリしちゃうシンク。
それを見てフリングス大佐はシンクのことをまだまだ子供だなぁって思うんだけど、多分シンクは気付いてない。

でも結局はマルクト編で何か書きたい!ってなってひねり出した話です。


清花

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