最終話
それに気付いたのは、ダアトに帰還してから一月ほど経った頃だった。
慰問や視察などの予定がことごとくダメになる。
理由はそれぞれ異なっていて、責任者の不在だったり向こうから日にちを振り替えて欲しいと頼まれたりと。
まあそれくらいあるだろうという理由が積み重なり、帰還してから一度も公務に出ていなかったことに気付くのに1カ月もかかってしまったのだ。
流石におかしいと気付いた私はまた大詠師派の妨害かとシンクを通じ情報部に調査を頼んだ。
シンクに言われたのもあって、結果が出るまでは詠師会に出るのも控え、シンクに委任状を渡して出席して貰った。
が、二週間の調査の末の結果は、特に異常無し。
情報部を出し抜くほどの相手が、はたまた身内に犯人が居るのかと疑うのは当然だと思う。
そっか、偶然か。で終わらせるほど私の脳みそは腐っていない。
なので今度は身内の犯行も視野に入れて内密に調査をして欲しいと第七小隊に依頼しようとした際、私は主犯人に捕らえられてしまった。
「……どういうつもり?」
音素を取り込んだ身体はだるく、軽い目眩が続いているが私は精一杯黒幕である犯人を睨みつける。
論師守護役の制服を纏い、新緑の瞳をした……私が一番の信頼を寄せていた、シンクを。
「別に…シオリが嫌いだからしてる訳じゃないんだよ?」
ベッドに寝かされたままの私の髪を、ベッドの端に腰掛けるシンクかすく。
その瞳はいつも通りで、嘲りも侮蔑も後悔の色もない。
「たださ、マルクトであったように、もうシオリの側を離れるのは嫌なんだ。
だから色々手を回してたんだけど…もうちょっと慎重にするべきだったって今は後悔してる。
こんなに早く気付かれるとは思わなかったからさ」
そんな後悔はいらない。
内心毒付く私に気付いているのかいないのか、シンクは無言で私の手を取り指を絡めた。
「情報部の報告は…偽装ね?」
「そ。僕が書いたんだ」
「……私を軟禁するつもり?」
「軟禁…になるのかな。僕はシオリが無事で居られるようにしたいだけだよ。
ずっとずっと、形はどうであれ…護りたいんだ。
もう、あんな思いをするのは嫌なんだよ」
手を握り締められる。
護りたいと言いながらその根幹にあるのは依存対象の消失に対する恐怖という己の感情のみ。この矛盾に、シンクは気付いているのだろうか。
強く睨みつければ目眩に襲われ、私は仕方なく目を閉じた。
恐らく音素の調整も、シンクが行っているのだろう。
「安心して。計画は僕が何とかする。
詠師会も僕が代理で出席するし、ヴァンやアリエッタ達にもシオリは体調が悪いって言ってあるから。
疑われてる素振りもないから、部屋を出なくたってやったいけるよ」
安心できるか。
悪態を飲み込みながら、私は周囲の反応が予想できて舌打ちをしたくなった。
シンクは私の腹心だ。
それは周知の事実であり、誰もそれを疑っていないし、そしてそれが仇になった。
恐らく私が表舞台から姿を消しても、シンクが代行すれば周囲は納得するだろう。
シンクの言葉を疑う者など居ない。
イオンあたりはおかしいと気付くだろうが、生憎イオンは今ダアトに居ない。
完全に私が居なくても論師の地位だけが動ける下地が出来てしまっている。
「シンク…お願いだから…」
「大丈夫、何も心配しなくていいよ。もう少ししたらもっと安全な場所に連れて行ってあげるから」
そんなお願いがしたいんじゃない。
シンクの言葉に反論したくとも、こみ上げてきた吐き気を堪えるのに気を取られて口を開けない。
音素の濃度が濃すぎるのだ。
「全部僕に任せてくれていいよ。シオリが教えてくれた通り、完璧にやってみせるから…」
うっすらと目を開ければ、微笑みを浮かべるシンクの顔が見えた。
マルクトに居た時、私はシンクの縋ってくる手を拒否しなかった。
あの時シンクの手を振り払っていれば、こうはならなかったのだろうか。
「だからシオリは安心して、僕に護られていて」
そう語るシンクの瞳はどこまでも純粋で…。
せめてそこに狂気の色があれば、その手を振り払うことができたのに。
後悔してももう、遅い。
IF〜Another End〜
はい、と言うわけで言論IF、ヤンデレシンクによるバッドエンドルートでした。
エイプリルフールに便乗してみた結果がこれです。
携帯で書いたので凄く短い(笑)
初期にシンクの好感度を上げ過ぎるとこうなります(乙女ゲームか)
自分で書いといて何ですが、洒落になりませんね、これ。
2015/4/1
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