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マルクトから帰還した私は、まず心配げな一般信者達に囲まれるところから始まった。
勿論周囲に守護役達が居る状態で、だが。

「お体はもう大丈夫なのですか?」
「ご無事のご帰還、お喜び申し上げます!」
「ああ、論師様がご無事で良かった…!」
「体調を崩されたとお聞きしました、心臓が止まってしまうかと」
「お怪我も無く何よりです」

次々に聞こえてくる無事を喜んでくる言葉に、作りではなく頬が緩む。
その声に一つ一つ答えながら何とか馬車に乗り込み、窓から手をふりながらダアト港から教団へと移動した。

教団に移動した後も、これまた大変だった。
導師派の詠師達や神託の盾兵などにご無事で何よりですと言われたし、ダアトに残していた情報部の人たちからもお見舞いと称して大量の花や果物や菓子などを届けられたからだ。
情報部にはある程度情報を渡していた分、心配をかけてしまっていたらしい。

そのことに苦笑しつつ、情報部の各小隊にささやかながらも心配をかけてしまった礼として差し入れを入れるよう手配しておく。
執務室に戻ってからはさぞ書類がうず高く積まれているだろうと思っていたが、予想に反して執務机の上に置かれている書類の量は極僅かだった。
どうも第六小隊が頑張ってくれたらしい。

「良かったね。帰還した途端仕事と格闘、なんてことにならなくてさ」

「ホントだよ。でもこの部屋に来ると何か帰って来たーって感じだね」

シンクと軽口を叩きながらソファに座る。
普段仕事をしている執務室には接客スペースがあり、その奥には私の私室がある。
リビングダイニングを兼ねた部屋には備え付けの簡易キッチンがあったのだが、私が料理をするようになってからはヴァンの好意でカウンターキッチンへと変身した。
更にその奥には私の寝室があり、クローゼットやベッド、本棚などがある完全なプライベート空間だ。
シンクはリビングダイニングまでは入ってくるが、寝室は私の許可が無い限り入ってこない。
きちんと線引きをしてくるシンクは中身に反して本当に大人だと思う。

「にしても、心配かけちゃったみたいで本当に悪かったなー…」

「そう思うなら自分の重要性って言うのをきちんと理解してよね」

「解ってるってば。大詠師派もこれで暫くは表立って動くことは無いだろうし、暫くは平和なんじゃない?」

「それもそうだね。流石にそこまで馬鹿じゃないか」

シンクがお茶を淹れながら私の言葉に頷いた。
短絡的なところは多々あれど、今私を排除すればどうなるかは身を持って知った筈。
流石にまたすぐ動こうとは思わないだろう。
まぁ喉元過ぎれば何とやらという言葉があるように、ある程度時間を置いたらまた動き出す可能性はあるだろうが。

「すぐに仕事も再開されるだろうし、近日中に一応ヴァン達にも帰還の挨拶しておかないとね、っと」

シンクが淹れたお茶を受け取りながらそんな事を呟いていたら、コンコンとノックする音。
どちら様ですかと声をかければ、凛とした声がドアの向こうから返ってきた。

「第四師団師団長、リグレット奏手です」

「リグレットでしたか。どうぞ」

入室を促せば失礼しますと一言告げた後、ドアを開けて入ってくるリグレット。
いつもは凛とした雰囲気をたたえている彼女だったが、心なしか今日のリグレットはなにやらげっそりとしているように見えた。

「まずは無事のご帰還、お喜び申し上げます。
お疲れのところ申し訳ございませんが、」

「リグレット、ココには身内しか居ませんから、楽にしてもらって構いませんよ」

「は…しかし、」

「なにやら疲れているように見受けられます。そのように常に気を張っていては、いつか倒れてしまいますよ」

「お気遣い、ありがとうございます…」

「まずは座ってください。シンク、リグレットの分もお願いします」

「ハイハイ」

ぴしりと敬礼をした後に深々と頭を下げる彼女にソファを勧め、シンクにお茶の追加を頼む。
シンクがきっちりドアに鍵をかけたのを見届けた後、リグレットはようやくソファに座った。

「では、改めて…長旅で疲れているところを申し訳ないのだけど、少し貴女の知恵をお借りしたいの」

「私の知恵、ですか?」

「そう。もう私や閣下の手には負えなくて…」

ふぅ、とため息をつくリグレットの顔には隠しきれて居ない疲れがある。
ヴァンやリグレットにも手に負えない相手とは一体なんだろうか?
私に回ってくるということは魔物関連でないのは確かだ。

「知恵を貸すのはやぶさかではありませんが…一体何なんです?」

「ティア・グランツのことよ」

眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように言い切ったリグレット。
その言葉を聞いた途端私の脳裏にティアの非常識な言動がまざまざと蘇り、そこからはじき出される結果に一瞬現実逃避をしたくなった。

「…………あの聖女の子孫様ですか」

「そうよ。閣下と良い妹と良い、子孫の脳には一体何が詰まっているのか…っ!」

拳を握り締めわなわなと震えるリグレットも、大分ストレスを溜め込んでいたらしい。
まるで今まで溜めていたものをぶちまけるようにして語られる内容は、私とシンクの顔をうへぇ、と言った感じで固定するのには充分すぎる内容だった。



以前妹が神託の盾に所属したいと言って聞かないというヴァンに、私はリグレットを派遣し軍の厳しさを教えてやれば良いと言った。
あの後ヴァンはリグレットと予定をすり合わせ、一週間に一度リグレットをユリアシティに派遣することにしたらしい。

ユリアシティに派遣されたリグレットはまず、ティアの訓練のためだけにその日一日ユリアシティの広場を立ち入り禁止にする、という市長の横暴さに驚いたという。
明らかに普通の市民より優遇されているが、どうやらそれも訓練を受けるならばきちんと受けたいというティアの我が侭を市長が聞き入れた結果らしい。

リグレットは市長の甘さに呆れながらも、まずは士官学校で配布される教科書をティアに与えて自分が居ない間の課題とした。
そして常日頃から基礎体力作りと訓練を行い、自分が居る間は実施訓練を行う、最後に自分が派遣されている間は自分の指令には従うこと、と告げたそうだ。
ティアは最初こそそれを了承したものの、教科書の量の多さと基礎体力作りの過酷さにすぐに文句を言ったという。
曰く、

「こんなにできない!」

だそうだ。
それができないならば軍人にはなれないとリグレットが言い切れば不満そうな顔をしながらも渋々了承したようだが、その時点でリグレットはティアに対してあまり良い評価は下していなかった。

そうしてようやく実施訓練に入ったわけだが、日数を重ねていくうちにすぐにティアが基礎訓練を怠っていることに気付いたらしい。
筋力トレーニングはともかく座学の方はきちんとやっているかと思えば、そちらの方もうろ覚え。
恐らく流し読みしかしていないのだろうと、リグレットは呆れを隠せなかったそうだ。
そしてそれをティアに指摘すれば、ティアは泣きながら憤慨したのだという。

「根拠も無いのにそんな事を言うなんて酷いです!濡れ衣だわ!」

「私は根拠も無く言っている訳ではない」

「じゃあ何か証拠があるって言うんですか!?」

「あるから言っている。まず基礎体力が出来上がっていない。
私が命じた筋力トレーニングを行っていれば二週間もすれば成果が出てくるはずよ。
次に筋肉の着き具合。これは服で隠れていない部分だけでも充分に解るわ。
そして最後に基礎知識すら頭に入っていない。
この時点で私が渡した課題を全て終わらせていないも同然なのよ」

「あ、あんな大量にできる訳がありません!」

「士官学校に通う人間はあれを全て行っているわ。むしろ少ないくらいよ。
私が持って来た課題が全てできないというならばそれは甘えでしかない。
そして最後にもう一つ」

「…なんですか」

「私の命令には従うこと。最初に言った筈よ。
そして貴女はそれを破った」

「私がいつ破ったというんですか!」

「私が出した課題をこなしていない。それは私の命令に従わなかったということ。
そんな甘えた根性で軍人にはなれないわ。貴方が本当に軍人になりたいのならば、今すぐその甘えた根性を捨てなさい」

リグレットがそう言えば、ティアは瞳に涙を浮かべながら広場から逃げ去って行ったとか。
そして次の週にユリアシティに行った時、ついにリグレットはティアに対し不合格の烙印を押した。
なんと、訓練をサボったらしい。

何でもユリアシティでブウサギが皆殺しにされる事件があり、ティアが犯人として疑われているそうだが、呆れたリグレットはそのまま帰ろうとしたそうだ。
そうして譜陣の間に向かったリグレットだったが、顰め面をしたテオドーロに声をかけられ、

「リグレット、もう少し優しくできないか。あの子は生まれてからこの街を出たことが無いのだ」

そう言われたのだという。
成る程、この調子で甘やかされてきたのかとリグレットは大いに納得したらしい。

「詠師テオドーロ、お言葉ですが私の訓練は士官学校で行うものよりもはるかに易しいものです。
それすらこなせないと言うのであれば彼女に軍人としての適正はありません。
世間知らずだと言うのであれば、一生この街から出なければ宜しい。
事実この街にはそのような人間も多く存在するのですから」

「しかしだな、あの子はヴァンの側で働きたいと…」

「それならばそのための努力をすべきです。しかし彼女はその努力を放棄しました。
総長閣下にもこの件は報告させて頂きます。それでは、仕事が残っておりますのでこれで失礼します」

そう言って一礼したリグレットは、それでも食い下がろうとするテオドーロを振り切りそのまま教団へと帰還したらしい。



時に愚痴をはさみ、時に吐き捨てながら、リグレットはこのような内容を語ってくれた。
私とシンクは最早呆れるしかなく、吐き出すことで落ち着いたのか、リグレットはお茶を飲んで一つ息を吐く。

「美味しいわ、また腕を上げたわね、シンク」

「あ、あぁ…うん、ありがと」

「ココまで酷かった覚えは無いのですが…」

やはり、パーティメンバーは原作より酷い状態だと考えるべきか。
頬が引きつりそうになるのを堪え、私も紅茶を飲む事で一度落ち着く。
原作では敵に回りながらもリグレットへの尊敬の念を忘れていなかったティアだが、リグレットはティアの冤罪を晴らすことなくティアを見捨ててしまった。
これでは原作通りというわけにはいかないだろう。

「しかし不適合の結果が出たならば、これ以上何もする必要は無いのでは?
訓練をサボった以上、ある意味自業自得ともいえますし周囲も納得するでしょう」

「……それが、今居るんです」

「……はい?」

「何それ、教団に来てる…ってこと!?」

「そう。閣下に抗議にしに来たらしいわ」

私も先程会って、思い切り睨まれたもの。
閣下に泣きつきに来たのでしょうね。

大きくため息をつきながら言うリグレットに、今度こそ私とシンクは頬を引きつらせたのだった。



原作だとサボるのは初日だったかな?
ここでは後日にもってきてみました。

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