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想像以上に我が侭だったティア・グランツが、今現在ダアトに来ているのだという。

会いたくない。できれば一生会わないで居たい。
が、何故だろう。会ってしまうだろうなという予感が沸々と。

私はそんな嫌な予感を無理矢理空の彼方に放りやると、とりあえずティアに関してはヴァンの意向も聞く必要があると判断した。
リグレットとしてはさっさと排除してしまいようだが、一応はヴァンの妹だ。
帰還の挨拶もしなければならないと話していたことだしと、リグレットにヴァンに会いに行っても平気かと聞けば今日中ならば大丈夫というお返事。
何でも、明後日からは一週間ほどキムラスカに行くらしい。

「ルークの剣の稽古ですか」

「そうよ。最近足を向ける頻度も下がっていたから、どうも拗ねてしまったらしくて」

「まだ5歳ですからね。月に2回ほどのペースは確保した方が良いでしょう」

「ではそのように閣下にお伝えしておくわ。私は先に戻って貴女が訪れることを伝えておくから。
恐らく私は席を外しているでしょうけど、準備ができたら執務室の方へ来て貰えるかしら?」

「解りました。そうですね…では、1時間後にお邪魔することにしましょう」

「ではそのように」

立ち上がったリグレットはびしりと敬礼をした後、カツカツとハイヒールの音を立てながら退室する。
入室してきた時よりもすっきりした顔で出て行ったのは、思い切り愚痴っていったからだろう。
ストレス溜めるよりは良いんじゃないかな、うん。



それから1時間後、私とシンクはヴァンの執務室へ向かうために神託の盾騎士団本部内を歩いていた。
途中擦れ違うと足を止め敬礼する神託の盾兵に微笑みを向けながら、奥の方にある執務室を目指す。
そして執務室に着いた時、警護のために扉の横に立っている兵士が私の姿を見た途端明らかに動揺した。

「これは、論師様っ!」

「お疲れ様です。謡将とお話があるのですが、今は大丈夫でしょうか?
リグレットに伝言はしてあったのですが…」

「は!今は、その…別の来客者が居りまして」

「来客中ですか、では出直したほうが良いかもしれませんね」

はて、来客の予定があるとはリグレットは言っていなかったが。
小首を傾げながらも出直そうか思案していると、分厚い筈の扉の向こうから微かに金切り声が聞こえてくる。
これは、あれか。もしやティア・グランツがまだ居座っていたのか。とっくに帰ったかと思っていた。
嫌な予感が胸のうちに湧き上がり、即座に出直すことを決めた私は警護の兵ににっこりと微笑む。

「何やら取り込み中のようですし、出直したいと思います。
私が来たことだけ謡将にお伝えしてもらえますか?」

「は!畏まりました」

私の言葉に明らかにホッとした兵士に内心苦笑しつつ、では戻りましょうかとシンクに声をかけようとした瞬間、思い切り執務室のドアが開かれた。
蝶番が壊れそうな勢いで開けられた扉は、勿論扉の前で思案していた私に思い切りぶつかりそうになった訳だが、それはシンクが咄嗟に手を引いてくれたお陰で何とか避けられた。

が、流石のシンクも扉から弾丸の如く飛び出してきた人物から、私を守りきることはできなかったようだ。
前を見ることなく執務室から飛び出してきた人間は勢いを削ぐことなく私にぶつかり、結果私はシンクに庇われながらも思い切り廊下に転倒する羽目になった。

「きゃあっ!」

「論師様!」

「待ちなさい!ティア!」

三者三様の声が廊下に響く。
執務室から前も見ずに出てきた愚か者の悲鳴と、警備の兵が私を心配する声、そして執務室の中からは諌めるようなヴァンの声。

「…お怪我はございませんか?」

「ありがとうございます、シンク。助かりました」

無様にも廊下に転倒した私だったが、シンクが庇ってくれたお陰で床と衝突することだけは避けられた。
その分シンクが廊下に尻餅をつくはめになったわけだが、そのシンクの腕の中に居るわけだから痛みは殆ど無い。
戦闘に関しては文句なしのシンクだが、12歳という年もあってまだまだ小柄だ。
私を庇いながら立ったままで居るのは無理だったようだ。

「ちょっと、何ぼんやりしてるの!人にぶつかっておいて謝罪も無いなんて!」

「……」

「……」

「ティア!!」

自分からぶつかっておいて謝罪しろだと…?
同じく尻餅をついているティアからの暴言に私とシンクが呆気に取られ言葉を失っていると、焦ったヴァンの声が近付いてくる。
ヴァンはシンクが私を立たせようとしているのを見て何があったのか察したらしく、珍しくも眉間に皺を寄せながらティアを叱責した。

そこはまず私に謝罪するところですよ。
ヴァンも結構焦っている模様。

「論師、真に申し訳ない。妹に代わり非礼をお詫びします。
お怪我などはございませんか?」

「ありません。そちらが貴方の妹さんですか?」

「はい。何分不出来な妹なもので、」

「酷いわ!あの子がドアの前でぼーっとしていたのが悪いんじゃない!」

悪かったな、ぼーっとしてて。
ヴァンの不出来な妹という部分に反応したらしいティア。
ヴァンの言葉を遮って私を指差した途端、兵士とシンクが殺気立つのが解った。
手を上げる事で二人に抑えるように合図した後、服の埃を払ってからティアへと向き直る。

「ティアさんですね?私はシオリ。教団において論師の地位を賜っております。
来訪を告げてあったのにも関わらず来客が居たようなので出直そうか考えていたのですが、まさかぶつかるとは思わず…お怪我などございませんか?」

「え?え、えぇ、大丈夫よ」

「それは良かった。若い女性に怪我など残ったら大変ですものね」

私が怒らないせいだろうか。
ティアは私の言葉に金切り声を上げることなく答え、私はにっこりと微笑む。
ティアは論師?と首を傾げながらも、ようやく落ち着いたようだった。
多分、私が暗にアンタが長々と居座ってたせいで困ってたんだよって告げたことは伝わっていない。
ぶつかったことに対して謝罪していないことに関しても、多分気付いていない。
阿呆だ。

「論師って…貴女が?随分と若いようだけれど」

「はい。まだまだ若輩の身ではありますが、周囲の助けを得ながらも精一杯勤めさせていただいております」

「そう、なの。以外だわ。教官みたいにもっと落ち着いた大人の女性かと」

「教官?あぁ、リグレットのことですか?」

「そうよ。教官も教官だわ!私は精一杯やったのに、一度休んだだけで…っ!」

ギリ、と歯を噛み締めながら目を吊り上げるティア。
多分不合格を下したことを思い出し、腸を煮え滾らせているのだろう。
それとそれは休んだんじゃなくサボったというんだ、阿呆。

「とにかくティア、論師は私と話をするためにわざわざご足労下さったのだ。
論師は導師に次ぐ教団の高位のお方だ。いつまでも廊下に立たせておくわけにはいかん。
話の続きは後で聞くから、お前は宿舎に帰りなさい」

「……解ったわ」

不満げな顔を隠しもせず、それでも渋々頷いたティア。
最後に私に対し、次からは気をつけてちょうだいと一言告げてから、私たちにくるりと背を向けてさっさと行ってしまった。
……そっちは宿舎に行く道じゃないと誰も告げない辺り、ティアに対する周囲の評価がよく解る。

「論師、妹が真に申し訳ない…まずは中へ。温かい紅茶でも淹れましょう」

「そう…ですね。淹れてもらえますか」

警備の兵にご苦労様ですと一声かけてから、ヴァンに促され執務室に入る。
そして扉がきっちり閉まった途端、思いっきりシンクがヴァンの胸倉を鷲掴みにしてガン垂れ始めた。
我慢してたんだね、シンク。偉いよ、うん。

「ねぇ、何あれ?どうしたらあんな風になるわけ?ちょっと、産まれて二年も経ってない僕にも解るように教えてくんないかなぁ?」

「待て、落ち着けシンク!」

「論師が高位の存在って解っていながら最後にあんな風に吐き捨てられるとか、一体どういう育て方をしたらあんな性格になるの?
ねぇ、理解できないんだけどそこんとこ詳しく教えてくれる?
アンタの妹じゃなかったら思い切り蹴飛ばして秘奥義食らわせてるとこだよ?」

「シンク、落ち着くのだ!論師!貴方も見ていないでシンクを止めてくれ!」

12歳に胸倉を掴まれて顔色を悪くする主席総長25歳。
結構に間抜けだ。私もティアには苛っとしていたので内心もっとやれという気分だったのだが、流石に哀れすぎるのでヴァンの懇願を受け入れることにした。

「シンク、それくらいにしておきなさい」

「でもさぁ!」

「明日一日リグレットと交代する?」

「やめてよね!丸一日ヴァンと居るくらいなら僕有給使うからね!」

私の制止を聞いてようやくヴァンの首元から手を離したシンクだが、舌打ちをしているあたりまだまだ苛立ちは発散できていないらしい。
にしてもシンクよ、そんなにヴァンと一緒に居るのは嫌なのか。

「シンク…そんなに私と一緒に居るのは嫌か」

「むさいオッサンと一緒に居て何が楽しいって言うのさ」

「オッサ…!私はまだ25だ!」

「シオリに比べたらオッサンじゃないか」

それは私と比べる方が間違ってるよシンク。
流石に12歳と比べられると言い返せないのか、ぐっとヴァンが言葉に詰まる。
それに苦笑しながらまずは座りましょうかと着席を促せば、シンクは鼻を鳴らしながらもソファの後ろに立った。
なのでもう一度座るように促し、私もその隣に座る。

ヴァンがお茶を淹れる間にちょっとだけ悪戯心を擽られて、私はシンクにこんな質問をしてみた。

「ところでシンク、25のヴァンがオッサンということは、実年齢24歳の私はおばさんだってこと?」

「……は?いや、違うから!シオリのことおばさんだなんて思ってないし!!」

「でも24と25じゃそうなっちゃうんじゃない?」

「そんな事無いよ!ヴァンは見た目がふけてるからオッサンだけど、シオリは見た目も中身も若いじゃないか!見た目も中身もオッサンのヴァンと一緒になんかできないよ!」

ちょっとした悪戯心で言ったのだが、シンクは必死に弁明してくれた。
その背後でヴァンが打ちひしがれていたのを見て流石に同情を覚えたので、また今度何か差し入れでもしようかと思う。うん。


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