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「正直なところ、あそこまで我が侭になっているとは私も思わなかったのだ」
ヴァンがお茶を淹れて落ち着いた後、リグレットに請われてティアの件で来たのだと言えば、ヴァンは頭を抱えながらそんな事を言った。
「確かに甘やかしていた自覚はある。だが同時に母のような優しく立派な女性に育って欲しいと、厳しくするところは厳しくしていたつもりだったのだが……」
「厳しく、って……どこがさ」
「そうだな……子供特有の、大した理由も無くアレが欲しいコレが欲しい、と言う我が侭があるだろう? たまになら良いが、普段は必要最低限のもの以外買い与えたりなどはしていなかった。それと謝罪と礼儀に関してもきちんと教えていたのだ。ユリアシティという閉鎖された空間において、私達のような部外者は歓迎されない。故にきちんと分を弁え、一歩下がって貞淑にと教えていた筈なんだが……」
そこまで言ってヴァンはもう一度ため息をつく。案外普通に教育してた。
実際、ヴァンもユリアシティでは苦労していたのだろう。だからこそティアにも礼儀は叩き込んだのだろうが……先程の状態を見てもその努力が実っているようには見えなかった。
教育された内容はティアの脳内で消えてしまったのだろうか?
この調子だと、多分リグレットの教育も自分に都合の言い部分だけ脳味噌に残して後は抜けていそうだ。
最終的に残るのは、落ち着いた女性ってカッコいいとか、それくらいだろう。ティアの口調と雰囲気からしてリグレットに対する憧れ自体はありそうだし。
「詠師テオドーロが甘やかしちゃったのかね……」
「確かに、私も主席総長になってからめっきり足が遠のいたからな……その分寂しい思いをさせてしまっていると、祖父が甘やかしてしまった可能性もある」
「それだけであんな風になるもんな訳?」
「さぁ? あぁなったことがないから何とも……というか、多分本人にならなきゃ解らないと思う」
「……確かに」
シンクの言葉に一般人には理解不能だろうと答えれば、シンクは腕を組んで納得している。
だからシンクはああならないでねと告げれば、なりたくないから気をつけると真顔で言われた。そんなに嫌か。
私とシンクがそんな会話をしていると、とりなすようにヴァンが一つ咳払いをした。
「とにかくだ、私はあの子を軍人にする気はない。あの性格では士官学校すらまともに卒業できんだろう」
「だろうね」
「でしょうね」
なので頷けば、再度ヴァンが撃沈する。
自分で言っておいて肯定されてダメージ受けるとか、ヴァンは一人コントでもしているのだろうか?
「そこでだ。あの子を説得する言葉は無いだろうか?」
「…………無いでしょうね」
少し考えた後キッパリと断言すれば、ヴァンはそこを何とかと食い下がってくる。
だが無理なものは無理だ。
「ヴァン、兄である貴方にあんまり言いたくは無いけれど、あの子は論師という立場が高いところにあると知っていながら、私に対し高圧的な態度を取っていたでしょう? それは知っていても理解できない、もしくは高位の存在が目の前に居るのだから分を弁えようって言う発想ができないってことだよね?」
「……むぅ」
「知っていても理解できない。他の発想に繋げることができない。そんな人間に貴方はここが駄目でしたから不合格です、って言って納得すると思う? しかもあの子、私は精一杯頑張ったのに、って言っていたでしょう? つまり結果を提示しても自分は頑張ったんだから認めるべきだってことでしょう?」
言葉が通じるならば私はいくらでも言葉を重ねるが、言葉が通じても意思の疎通ができない相手にはいくら言葉を重ねても無駄だ。
ティアよりも『コクマー』の頭領の方がまだ話は通じると思う。
「だから思い込んだら猪突猛進というか、自分が正しいと思ったらそれが善、周囲がいくら諭しても自分が信じたものが正しく、否定する周囲が間違っているのだという思い込みもありそうっていうか……」
「無い、とは言い切れないな……」
事実、彼女は努力した自分を不適合にしたリグレットは間違っている、と思っている。
そこで更に努力を重ねようとか、どこが悪かったのか聞こうとか、そういう思考に至らない時点で私はもう話したくない。
そんな相手にいくら言葉を重ねても、きっと私の言葉は届かない。それどころか余計に反発心を煽るだけだ。だから無理だと言えば、ヴァンは今度こそ肩を落とした。
「シオリが無理って断言するのも珍しいよね。殆ど丸め込んじゃうのにさ。そんなに難しそう? さっきは大人しくさせるのに成功してたじゃないか」
「多分モースを反預言派にさせるのと同じくらい難しい」
「ああ、そりゃ無理だ」
カップを傾けながら難易度の高さを告げれば、シンクはあっさりと引き下がった。
そもそもティアが私に対して大人しくなったのは、私がティアに対し否定も反論もせず、下手であるように見せかけながら対応したからだ。
一時的な接触は可能でも、諭し納得させるのはいかに口八丁に覚えがある私といえどできるとは思えなかった。
「……そうか。では、諭す以外にはどのような方法があるだろうか?」
「そうね……まずは士官学校に放り込むこと。ただし、放り込む前にここが耐え切れなかったら今度こそ軍人になることを諦めるって納得させてね。恐らくこちらが譲歩する姿勢を見せれば多少は話を聞いてくれるから。リグレットの指導にも耐えれなかったんだから、十中八九根を上げる。そこで泣きついて来たときに優しく言い聞かせてユリアシティに戻す」
「……他は?」
「今回の件を持ち出してテオドーロにティアをユリアシティから出さないよう言う。テオドーロが渋ったら、元々自分は反対だった。それに自分は主席総長と言えど軍人、自分が死んでもティアが居ればユリアの血筋だけは残せる。そんな風に言えば納得すると思う」
「……他は?」
「後はそうね、あんまりやりたくないけど……殴れ」
「は?」
「だから、殴れ。ヴァンのことだからティアに手を上げたことなんて無いんでしょう? それだけ自分が怒っている。って言うのをティアに示すの。言葉で通じないならそうするしかない。多分何に怒っているかは解らなくても、それだけヴァンが怒ってるって言うのは理解するから、泣きながらでもユリアシティに引きこもってくれると思う」
「………………」
私の言葉が意外過ぎたのか、ヴァンは目を見開いてぽかんとしていた。
私だって暴力は好きじゃない。好きじゃないが、言って聞かない子供はお尻ぺんぺんするしかないのだ。
そう言えばヴァンは目を伏せた後、執務机の上に置かれている写真立てへと視線を移す。
そこにティアの写真が入れられていることは私も知っている。
「……計画を遂行する以上、肉親の情など捨てるべきだとは解っている」
「別に捨てろなんて言わないよ? 事実ヴァンはティアを巻き込まないよう、こうして話しているんでしょう?」
「あぁ、貴方がそのために私の懇願に対し、策を講じてくれているのも解っている。邪魔者は排除する貴方が切り捨てろと言わないのは、私を想っての事だと」
ヴァンは膝に肘をつき、手を組んで額に当てた。表情が隠れてしまったが、多分歯噛みしているのだろう。
どうしてこうなってしまったのか。そう思ってるのかもしれない。
ティアに対し好き放題言った私だが、別に切り捨てろとまでいうつもりはない。
ヴァンがそれをできるとは思わないし、害にならないのならば気に止める必要もないからだ。
むしろ関わらないでくれるならそれが一番望ましいと思っている。
「だが……あの子が聞き分けない以上、見捨てるべきなのかもしれぬ」
「……まだ手詰まりじゃない。安全に暮らしてもらうことはできる」
「そう、だな。もう少し話してみよう。理解してくれれば良いのだが……」
そう言って力なく微笑むヴァン。
それに私も苦笑を浮かべたが、視線を感じてシンクの方を見た。
「……シオリは、そう言うとこ甘いよね。身内に甘いっていうか……」
「そうだね、その自覚はあるよ。多分シンクに対して一番甘いんだろうなぁって自覚もある」
「……僕?」
「うん。シンクは私がこっちに来てからずっと側に居てくれるでしょう? 私にとっては家族みたいなものだから」
そう言えばシンクはきょとんとした顔をしていた。何故そんな顔をされるか解らない。
しかし唇を尖らせ、そっぽを向いたシンクの頬が少し赤くなっているのを見て照れているのだと解った。
成る程、恥ずかしいのか。
「とにかく、ティアの件はヴァンに任せるよ。また進展があったら教えてくれる?」
「解った。その時は知らせを走らせよう」
そう纏めた後、私とシンクは執務室を後にした。
私達を見送ったヴァンが、どこか寂しげな瞳をしていたのは見なかったふりをして。
そして自室に戻るためシンクを背後に廊下を歩いていた時、私はふと気付く。
「そういえば、帰還の挨拶のために行ったのに、結局ただいまを言えませんでしたね」
「……謡将もそれどころではないのでは?」
「……それもそうですね」
今から踵を返して言うのも何か違う気がするので、そのまま自分の執務室へと戻る。
翌日、宿舎から女の金切り声がして煩いという苦情が入ったことに対し、やっぱりヴァンには悪いが切り捨てるべきかもしれないと私は頭を抱えた。
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