44



 ダアトに戻ってから数日が経った。
 ヴァンは結局ティアをユリアシティへと送り返した後にキムラスカへと旅立ち、私もマルクトへ行く前の日常を取り戻し謳歌している。
 そんな中いつものようにアリエッタがイオンの手紙を持って来たので、私は仕事を中断しアリエッタに茶菓子を振舞いながらペーパーナイフを取り出した。

 そしてその手紙に目を通した途端、自分の眉間に皺が寄るのが解った。アリエッタを見れば茶菓子に手をつけることなくじっとこちらを見ている。
 そして自分の執務机の鍵つきの引き出しに手をかけ、きっちり鍵をかけて出かけていったはずのそこがあっさりと開くのを見て思い切り舌打した。

「……アリエッタ、イオンはどうでしたか」
「は、い。ちょっとやつれてた、です。アリエッタの前では笑ってたけど、こっそり覗いた時は落ち込んでて……凄く、苦しそうでした」

 そう言って人形をぎゅっと抱きしめながら俯くアリエッタに、私はもう一度手紙へと視線を落とした。



『暗殺者が来た』



 白い便箋に、たった一行の文字。
 執務机の鍵付きの引き出しは、私がイオンから送られてきた手紙をしまっていた場所だ。
 名前こそ書かれていないが、解る人間が読めばそれがイオンからの手紙だと解るだろう。

 私はマルクトに出かける際、きちんと鍵をかけたのを確認してからダアトを出た。
 それが開いているということは、誰かが無理矢理鍵を開けて中身を見たということ。

「こそ泥の真似事の次は私の身内に手を出すとは……いい度胸ですね」

 沸々と怒りが湧き上がる。私の領域を土足で踏みにじられたことにも怒りが湧くが、何よりイオンに手を出したことが許せなかった。
 イオンは協力者であり、私の悪友であり、私の身内と言っても過言ではない存在だ。

 そしてシンクに指摘されたとおり、私は身内に甘い自覚がある。
 もしこの手紙を読んでイオンの生存を知り、暗殺者を差し向けたのだとしたらそれは私のミス。私が刈り取るべき芽だろう。

「アリエッタ」
「は、はい!!」

 何かに怯えていたアリエッタが、私の声に反応して立ち上がる。ぴしりと敬礼を取り、その拍子に人形が床へとぽたりと落ちた。
 そんなに怯えなくてもアリエッタに対し怒っているわけではないのだが、今は怒気を抑えられそうにない。

「至急、神託の盾本部の会議室を抑え、そこに情報部の各小隊長を集めてください。不在だった場合は副隊長でも構いません」
「か、畏まりましたっ!!」
「それと……レイモンド奏長!」

 人形を拾うのも忘れ、パタパタと出て行くアリエッタ。
 ドアの前に配備されていたレイモンド奏長が開け放たれたドアを閉めようとする前に声をかければ、奏長は隙間に身体を滑り込ませきちんとドアを閉めてから敬礼をする。

「失礼致します。お呼びですか、論師様」
「至急第五師団に伝令、シンクを呼んでください。それと予定を変更して後ほど神託の盾本部へと足を運びます。その時は護衛をお願いしますね」
「畏まりました」

 微笑みを浮かべて言えば奏長は僅かに目を見開いた後、深々と頭を下げる。
 シンクが仕事中だと解っていながら呼びつけるのは初めてのことだから、それに驚いているのかもしれない。
 しかし何も言わずに了承するあたり、彼は非常に優秀だ。

 最後に私に一礼してから、奏長はきびきびとした動きで室内を出て行く。それから十数分後、守護役のものではなく師団服に身を包んだシンクが私の部屋を訪れた。
 ここ最近は守護役の衣装ばかりだったから、あの黒い衣装に身を包んだシンクを見るのは久しぶりだった。

「どうしたのさ。僕を呼び出すなんて珍しいじゃないか。それに外でレイモンド奏長から論師様がお怒りになっているって泣きつかれたんだけど」
「…………」

 仮面を外しながら心底珍しそうに言うシンクの言葉を聞き、先程奏長が驚いていたのは私が怒っているのに気付かれたからかとようやく思い至った。いかんいかん、もっとうまく猫を被らねば。
 私は自分を叱咤しつつ咳払いをする事でそれを誤魔化すと、説明するより早いだろうとイオンからの手紙をシンクへと見せた。
 シンクは短い一文を見てへぇ、と呟いた後、口角を上げるだけの歪な笑みを浮かべる。

「はっ、ついに魔の手が伸びたってワケ」
「執務机の鍵付きの引き出しが開いていたの。恐らく情報源はここよ」

 私の言葉にシンクは目を細めた後、机へと歩み寄ってくる。そして引き出しを検分した後、ピッキングだねと短く告げた。
 無理矢理こじ開けたわけではないようだ。いや、どっちにしろ同じか。

「いい度胸じゃないか。ダアト不在の時とはいえ、論師の執務室に忍び込むなんてさ?」
「えぇ、本当に。アリエッタに神託の盾本部に部屋を借りてそこに各小隊長を集めるよう言ってあるから、悪いけど状況を把握するためにも同席してくれる? また私の代わりに指示を出してもらうこともあるだろうし」
「了解。ディストやリグレットはどうする?」
「ラルゴは?」
「ラルゴは今遠征に出てる」
「そう。なら……可能ならば足を運んでくれるよう、伝令を」
「解った。アリエッタだけじゃ時間かかるだろうから、僕も手伝ってくるよ。準備ができたら呼ぶから」
「お願い。あと、これ持って行ってあげて」

 お手伝いに行くというシンクに、アリエッタが置き忘れて行った人形を渡す。
 シンクは眉を潜めていたが、飛び出していったアリエッタが忘れていったのだと説明すれば仮面をつけながら物凄く失礼なことをのたまった。

「成る程ね、シオリの本性に恐れおののいて忘れちゃったわけだ」
「前にも言ったけど、人を化け物みたいに言うのやめようか」
「事実じゃないか。でもシオリがそこまで怒るのも珍しいから、そっちに怯えちゃったのかもね。怯えさせて近寄ってくれなくなったら困るのシオリなんだから、ほどほどにしなよ」

 猫被るのは得意だろ?
 そう言ってシンクは人形を片手に今度こそ部屋を出て行く。最後の最後まで失礼だった。心なしか楽しそうなのは何故だったのだろう。

 準備ができるまですることも無いので、パタンと閉められたドアを見届けた後長く息を吐く。
 シンクの言い方はともかく、内容は事実なので落ち着く必要があった。自分で珈琲を淹れ、何とか気を落ち着かせようと試みる。

 怒りに身を任せるべきではないと解っている。論師はそういう存在ではない。例え怒りを覚えようとも、それを顔に出すわけにはいかないのだ。
 それを自分に言い聞かせつつ、それでも仕事をする気にもなれずにひたすら珈琲をちびちびと飲みながら自分を落ち着かせる。

「論師様、失礼致します」
「どうぞ」

 そうして飲んでいた珈琲がぬるくなってきた頃、レイモンド奏長が恐る恐る入室してきた。
 借りてきた猫を頭の上に乗せる気持ちで、いつものように穏やかな笑顔を作る。
 奏長は私の笑顔にホッとした後、シンクから準備ができたと伝令が来たと言ってくれた。

「では、参りましょうか。すみませんが、護衛をお願いします」
「畏まりました」

 珈琲を飲み干した後、カップをローテーブルの上に乗せて立ち上がる。音叉の杖を片手に守護役を引き連れ、長い廊下を歩いて神託の盾本部に向かう。
 アリエッタが借りたのだという第三会議室へと辿りついた私は守護役の子達に人払いを頼み、ドアの前で待機しているように言ってから室内へと足を踏み入れた。

 そこには、リグレット、シンク、ディストといった協力者である師団長の面々。同時にアリエッタを始めとする第一から第六小隊の小隊長達が集まっていた。
 全員私が入室した事で席を立ち、一斉に敬礼する。片手を上げる事でそれに応え着席するように言えば、シンクが私を上座へと案内してくれた。

「書記はいかが致しますか」
「必要ありません」

 会談内容を書き残す必要はない。即ち、内密の話ということ。
 その意図はうまく伝わったようで、室内の空気が一気に引き締まる。

「さて、まずはお忙しい中収集をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「貴方がわざわざ私たちを集めるということは、それだけのことがあったということなのでしょう?」

 社交辞令として謝る私に、ディストがずれた眼鏡のブリッジを押し上げながら問うて来る。
 それに頷きつつ、私は隠すことなく苛立ちを露わにした。

「えぇ、実に腹立たしくも愚かしい出来事がありました。それに関して、皆の力をお借りしたいと思いこうして集まっていただいた次第です」

 私の怒りを始めて目にする面々の内、誰かがごくりと音を立てながら生唾を飲み込んだ。
 先程自分に言い聞かせたものの、やはり身内だけとなると私の猫も逃げ出すらしい。

「では、まずは状況説明から始めましょうか」

 鬱蒼と笑う私に対し頷く彼等を見ながら、私は顔も知らぬ黒幕に対しいかに制裁をくわえるかを考えるのだった。

栞を挟む

BACK

ALICE+