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導師暗殺未遂。
私の口から語られたその言葉に、全員言葉を無くしているようだった。
同時に情報を漏らしてしまったことを謝罪する。彼らにしてもらうのはいわば私の尻拭いなのだから、謝罪は必須だろう。

「なるほど、貴方が私たちに収集をかけるわけですね…しかし論師の私室に侵入するとは」

「全くだ。教団はいつこそ泥集団に成り下がったのか」

ディストの言葉にリグレットが追従して鼻で笑った。
小隊長たちも顔を顰めているし、中には大詠師派をののしっている人間もいる。
私の失態よりも不法侵入のほうに怒りの矛先が向いているようだ。
非公式であることと、私が許しているのもあって全員緊張しつつもそれなりの気安さがある。
にしても、第四小隊長どこ行った?

「そこで皆にはまず、情報収集と導師の護衛をお願いしたいのです。
第一、第三、第四小隊で連携を取り、導師の周囲を固めていただきたい。
同時に第二、第四、第五小隊でどこまで知られているか、暗殺者を放ったのは個人なのか集団なのか、徹底的に洗って欲しいのです。
第六小隊は情報分析と各小隊の連携を補佐してください」

アリエッタ率いる第一小隊、特効部隊であり護衛もこなせる第三小隊、ベルケントに紛れている第四小隊が連携をとればベルケントの町全体とまではいかずともイオンの周囲くらいはカバーできる筈だ。
同時に痕跡を洗う第二小隊と対人において情報収集を得意とする第五小隊がダアトに潜んでいる第四小隊員と連携を取れば、大抵の情報は集めれる。

それを第六小隊が纏めれば、わからないことなど殆ど無いと言って良い。
それだけ私の情報部の人員は優秀なのだから。
あと第四小隊長居た。第三小隊長の陰に隠れて見えなかっただけだった。

「導師は死の預言から逃れるため、ベルケントに行っていました。
それを突き止められたのは私の落ち度。私の尻拭いをさせる形になってしまい、真に申し訳ないのですが…導師を失うわけにはいきません。
皆さん、どうかお願いします」

詳細を指示し、念のため情報の入手経路も調べるように言って、最後に頭を下げれば小隊長達は全員立ち上がり敬礼をする。
最後に報告は小まめにお願いしますと伝えれば、アリエッタを除いた小隊長達はそれぞれの部下に指示を出すために部屋を出て行った。
残ったシンク、リグレット、アリエッタ、ディストがため息をつく私を見る。
にしても相変わらず影が薄かったな…第四小隊長。

「……情報収集が終わり次第、第七小隊も動かす?」

シンクの質問に私が頷けば、ディストとリグレットの顔が引き締まり、アリエッタがびくりと震える。
第七小隊は暗殺、拷問などを引き受ける部隊だ。
彼等を動かすということは、黒幕を殺すと断言していると同じこと。

「本気ですか?恐らく導師を暗殺せんと動いているのは大詠師派の中でも過激な一派です。
彼等を本気で敵に回すことになりますよ」

「構いません。先に手を出してきたのは彼らです。
マルクトの一件で大人しくなるかと思いましたが、甘かったようですね。
私の身内に手を出せばどうなるか、その身を持って思い知っていただきましょう」

くつりと暗い笑みを浮かべれば、アリエッタがローズピンクの瞳に涙を浮かべている。
私は肩の力を抜き、そのまま人形を力いっぱい抱きしめているアリエッタの頭を撫でた。
肩を跳ねさせたものの、私が頭を撫でているのだと悟ったアリエッタがおずおずと目を開ける。

「怖がらせてしまってごめんなさいね。でも、イオンは必ず守ります。
アリエッタ、貴方はしばらくベルケントにてイオンの側に居ていただけませんか?
第一小隊への指示もそちらの方がやりやすいでしょう。
それと第三師団に関しては私の方に任せてください。何とかしておきますから」

「…え、と。はい。わかりました。
……もう、怒ってない、ですか?」

「怒ってますよ」

「っ!?」

「でもそれはイオンを暗殺しようとしているお馬鹿さん達と、ミスをしてしまった私に対してです。
アリエッタに怒っているわけではありません」

私がそう言えば、アリエッタは目をぱちくりさせていた。
なので一つ微笑んでから、イオンをお願いしますねと言えばこくりと頷くアリエッタ。
そうして退室するアリエッタを見送ってから、私は硬い椅子に身体を預けて長いため息をついた。
残っている三人は、私の本性を完全に知っている面々ばかり。
もう表情を作る必要は無い。猫もどこかに逃げてしまったことだし。

「意外だわ、貴方がそんなに怒るなんて」

「そんなに意外ですか。私とて人間ですから、怒ることくらいありますよ」

リグレットの言葉に苦笑交じりに返せば、ディストがずれた眼鏡のブリッジを直しながら貴方は人間離れしてますからと茶々を入れてくれた。
それはどういうことだディスト。私は人間をやめた覚えはないぞ。

「自分が誘拐されてもひょうひょうとしてた癖にオリジナルに手が伸びたら怒るって、ちょっと怒りどころが間違ってるんじゃないの?」

「そうですかねぇ?でも、シンクやリグレット、ディストやラルゴに魔の手が伸びたとしても、私は同じように怒ると思いますよ?」

私の言葉にリグレットとディストは僅かに目を見開いていて、驚いているのだと解る。
私はそんなに変なことを言っただろうか?
対してシンクはため息をつきながら腕を組んでいて、あまり驚いているようには見えない。

「ほんっと、身内に対して甘いよね」

「身内意外には辛い自覚はあります」

「確かに」

「さて、と。いつまでもこうしているわけにはいきませんね。
リグレット、鳩を使ってヴァンに報告をお願いします。私が動いていることもきちんと伝えておいてくださいね。
それと念のためレインの警備も表裏関わらず強化しておいて下さい。
あちらにも魔の手が伸びないとは限りませんから」

「はっ」

「ディスト、貴方は念のためにベルケント以外の潜伏先を用意しておいて下さい。
移動する場合イオンの治療を続行できるようにするための準備もお願いします」

「解りました。相変わらず人使いが荒いですね」

「ふふ、そう言いつつもきちんと成果を出してくれるディストが好きですよ。
私は詠師会に顔を出さなければなりません。シンク、ご苦労様でした。
第六小隊から報告が上がってきたら私へ回してください。その後の指示の裁量は任せます。
それと、手紙を破棄しておいて下さい」

一通りの指示を出し終えた後、最後に引き出しの鍵をシンクへと渡す。
良いの?って聞かれたけど、こんなことがあった以上取っておくわけにはいかない。
コレは私の甘さが招いたことなのだから。

「構いません。なんでしたら燃やしちゃってください」

惜しいけれど、それが一番なのだ。
最後に三人にお願いしますねと頭を下げ、私はドアの外で待機していた守護役の子達を連れて急ぎ足で詠師会へと向かった。
面倒だが、仕方が無い。約束もあることだしね。






詠師会で託児所と職業斡旋所の増設、看護学校の開設について話をした後。
会議が終わったのを見計らってから私は大詠師へと声をかけた。

相変わらず嫌味を言われたが、そこはずぶりと嫌味で返しておく。
唸るくらいならいい加減嫌味を言われたら言い返されるって理解してくれ。
というか忘れてるようだけど、私貴方よりも地位は上ですよ!

「そうそう、小耳に挟んだのですが、導師守護役のタトリン奏長は大詠師モースが直々に抜擢した人員だとか」

「…それがどうした」

「実は導師からご相談を受けまして。どうも彼女は礼儀作法がなっていない面があるようです。
11歳という幼さと士官学校を出てすぐに守護役になった以上仕方が無いといえば仕方ないのでしょうけど…」

警戒の色を浮かべる大詠師に対し、私はふぅ、とため息をつきながら憂い顔を作る。
私の言葉を聞いた大詠師はキョロキョロと視線をさ迷わせていて、その解りやすさに私は嘲笑を堪えるのに必死になった。
アニスがスパイだとばれたら大変だと焦っているのだろうが、頼むからもうちょっと取り繕うってことを覚えてくれ。

「導師もお困りのようですし、彼女に教育を施したいのですが、宜しいですね?
勿論常の業務に支障が出ないよう調整は致します」

「し、しかしだな。まだ少女なのだからそこまで気に止めずとも…」

「おや、宜しいのですか?彼女のような守護役が着いていると、必然的に導師の評価が落ちてしまいます。
そうなると彼女を守護役に推薦した大詠師の評価も同じように下がってしまうと思いますが」

「うぅ…」

「大詠師のお手間を取らせるようなことでもございませんし、導師のご相談を受けたのも私です。
本来ならば大詠師にご相談する必要も無いのですが、タトリン奏長は大詠師に大変恩義を感じているようでして、こうしてお話をさせていただいているのですが…いかがですか、大詠師」

「ぅー…」

肉達磨の唸り声など聞いていて楽しくもないのだから、さっさと答えろやゴルァ。
とまぁ私の心の声が届いているかはどもかくとして、モースは自分の評価が下がるという点を気にしているのか、結局私にアニスの調きょ…じゃなかった、教育に頷いてくれた。
多分後でアニスに下手なことを言わないよう釘を刺すのだろうが。

「ありがとうございます。と、それともう一つ。
何やら導師の周囲で不穏な動きがあるそうですが、大詠師はご存知ですか?」

「不穏な動きだと?そんな報告は上がっていないが…それは事実か?」

「えぇ、詳細はまだ伝わってきていないのですが、大詠師の持っておられる情報部は大変優秀だそうですから、何かご存知ではないかと…」

「ふん!貴様も情報部を持っているのだ、そちらで調べればよかろう」

「それもそうですね。大変失礼致しました。それでは、仕事が残っておりますのでコレにて失礼させて頂きます」

軽く一礼をした後、今度こそ私は会議室を後にする。
あの反応を見る限り、モースはイオンの件に関して知らないようだった。
彼は私と違ってすぐに顔に出るから、間違いないだろう。

それに彼がレインの周囲を調べるようであれば、間違いないと言って良い。
イオンの件を知っていれば導師と言われればイオンを連想するだろうが、知らなければ導師と言われて思い浮かべるのはレインだろうから。

私は小さくため息をつき、執務室へと戻る。
あぁもう、暫くは平和を謳歌できると思ったのに。

自分のミスだから仕方ないとはいえ、またバタバタするだろうなと思うと頭が痛くなるのだった。


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