05



「ぶふっ!」
「ちょっ、汚っ! いきなりご飯噴かないでくれる!?」
「味濃っ! 何これ、舌ぴりぴりするんですけど!? 腐ってんの!?」
「は? 普通じゃん」
「えー? ちょっと一口食べてみ?」
「……普通じゃん」
「シンクってばちょっとばかし味覚おかしいんじゃない?」
「その言葉そっくりそのまま返してあげるよ」

 昼食時、私とシンクはそんなやりとりをして、はたと思いついて食べかけの昼食を持ってディストを訪ねた。
 その結果を見て、思わず眉を潜めた私は悪く無いと思う。ついでに背後で黒いオーラを放っていたシンクを無視したのも、悪くないと思う。
 そしてこの結果を踏まえ、私は導師に急で申し訳ないが内密に話がしたいので夕食にお邪魔して良いかとアポイントメントを取り、突撃晩御飯inオールドラントを行っている。
 シンクはヴァンと稽古があるので、ここには居ない。私は余所行き用の仮面を被り、導師と対面して座っていた。

「お忙しい中わざわざお時間をとってくださり、本当にありがとうございます」
「構いませんよ。食事はいつも一人で取っていますから、むしろ嬉しいくらいです。それに、一度シオリ殿が法衣を纏っている姿を見たいと思っていましたし」
「いかがですか?」
「思った以上です。よくお似合いですよ」

 白をメインカラーに赤色を少し入れた、ロングスカートを模した法衣。ふわりと広がるスカートの裾は、私が歩くたびにゆらゆらと揺れる。
 それを見て笑顔を浮かべる導師だが、やはり目の奥は冷めていた。お互い仮面を被ったまま微笑みを絶やすことなく腹の探り合いをする。
 何とも面倒で生産性の無い行為だと思うが、流石に仮面を外すにはまだ早すぎる。もう少し導師が信頼できる存在だと確信してからが良い。

「それでは、冷める前にいただきましょうか」
「えぇ、美味しそうなリゾットですね」
「僕は最近体調を崩していまして、コックが気を使ってくれて……と、そういえばシオリ殿は僕の預言を知っていましたね」
「あくまでも情報として、ですよ。現在の体調まで詳しく知っているわけではありませんから。それに今回お話したいと思っていたのはそのことなのです」
「僕の死の預言について、ですか」
「えぇ。少し気になることがあったので」

 そう言って私はナプキンを取り出し、脇に置く。そのことに首を傾げられたが、私はそれを気にすることなくリゾットにスプーンを突き刺した。
 湯気が立ち柔らかく煮込まれ味付けのされたライスを口に運び、舌に走る痺れにも似た感覚に眉を顰め、ナプキンを手にとって口に含んだものを吐き出した。
 導師はそれを見て手を止め、微かに目を見開いている。そっちの顔の方が年相応で可愛いと思ってしまうのは私だけだろうか?
 ついでに行儀が悪いと解っているが、導師のリゾットも同じように口に含み確認する。やはり舌に走る痛みにも似た感覚に、同じように口に含んだものを吐き出した。

「失礼しました」
「一体、何を……」
「思ったとおり、毒入りだったので」
「毒?」

 そうなのだ、吐き出したことを汚いと言うなかれ。わざわざ毒を飲み込む趣味は無いし、死を選ぶつもりも無い。
そもそも私がこんなことをしたのも、私の食事に毒が盛られていたからなのだ。
 シンクは気付かなかったらしいが、私はこの舌に走る痛みにも似た感覚に気付いた。
 濃すぎる味付けとそれに最初は香辛料かと思ったが念のためディストに調べてもらったところ、その原因が毒だと知ったのである。

 理由は恐らく、食文化の違いだろう。この世界の料理は基本的に味付けが濃い。
 薄味を基調とした和食で慣れている私には、この世界の人々よりも圧倒的に味覚が敏感だ。
 つまり、この世界の人間にとっては無味無臭の毒薬も、間違いなく刺激物となるわけで。
 鋭敏な味覚を持つ私だからこそ気付けた毒物。いくら導師とはいえ、この世界の食文化に慣れ親しんでいる人間では気付けなくて当然だ。

「私の食事にも盛られていました。私はともかくとして、恐らく導師のものは死の預言を成就させるためでしょうね。例え即死はせずとも毒物を身体に溜め込めば抵抗力が薄れ、病にもかかりやすくなりますから」
「そんな……しかし何故毒だと?」

 当然の疑問を口にする彼に、食文化の違いを話した。
 彼は納得したらしく、先ほどまで食べようとしていた夕食を恐ろしいものを見るような目で見る。多分、毒を入れるよう指示した人間にも心当たりがあるのだろう。
 私はモースあたりじゃないかと睨んでるけど、人間関係が把握し切れていない現状で無闇に口にする気は無い。沈黙は金だ。

「これからは食事や装飾品などに細心の注意を払ってください。もしかしたら……そうすることで、預言を覆すきっかけになるかもしれません。私は導師に死んで欲しいとは思いません、他にも何か無いか、現在ヴァンに頼んで探して貰っている最中です。それでも、それでももし、食べることが怖くなってしまったら、私の部屋にお出でください。一緒に食事を取りましょう」

 こう言っておきながらなんだが、一緒に食事は最後の手段だと思ってる。だって確実に怪しまれるし、シンクの機嫌が急降下すること間違いなしだ。
 導師は青い顔で私の話を聞き、力なく頷いていた。

「貴方の部屋で、ですか?」
「はい。実は毒を盛られてから自炊することを決めまして。宜しければ導師の分もお作りいたします。味が薄いでしょうが」
「……ありがとうございます。もしもの時は是非お邪魔させてください」
「下手の横好きですから、味にはあまり期待しないでくださいね」
「ふふ、貴方の故郷の料理など食べてみたいですね」

 そう言って導師はリゾットの中身をゴミ箱に突っ込んだ。おぉ、結構大胆な行動に出たな、私が言える台詞じゃないが。

「良いんですか? 思い切り入れて」
「良いんです。どうせ誰も確認なんてしませんし」

 ふぅ、と一つ息を吐いて導師は食器を片付ける。後で導師守護役が回収に来るのだろう、ドアの外に置いてから自らお茶を淹れ始めた。
 カップに注がれた紅茶の香りは芳醇で、誘うように私の鼻腔を擽る。導師にカップを渡され、私は香りを存分に楽しんでから一口だけ口をつけた。
 舌を滑る紅茶の味は私が今まで飲んできたどの紅茶よりも美味しい。先ほど口に含んだ舌を腐らせるような物体とは格が違う。

「美味しいですね。毒も入っていないと思います」
「それは良かった。流石に紅茶にまで毒が入っていたら悲しいです」
「全くです。これほどまで香り高い茶葉を無駄にする行為は流石に見逃せません」
「おや、解りますか?」
「えぇ、素晴らしいです。蒸らし時間なども気を使っているのでは?」
「実はそうなんです。気付いてくださるとは思っていませんでした」

 そう言って微笑む導師と紅茶談義に花を咲かせつつ、私は内心毒見をさせた導師イオンに舌を巻いていた。
 腹黒だとは思っていたが、此処まで他者を気にしないといっそ清清しい。

 それから暫く話をして、これからはもっと気をつけて欲しいと再度忠告を口にして、私はお暇することを申し出る。
 あまり長時間滞在して余計な反感を買うのはごめんだからだ。

「是非また来てください。貴方の世界のこと、もっと聞きたいです」
「私もこの世界の話を色々と、導師イオンである貴方の口から聞かせて欲しいと思います。でもそのときは……そうですね、もう少しお互い本音を出せたらと、そう思いますよ」

 次は本性を出し合おうじゃないか、という私の本音はうまく伝わっただろうか。
 くすりと笑みを零しながら呟いたのだが、導師イオンは一瞬だけ目を見開き、私の前で初めて本気で笑みを浮かべた。

 残虐な猫科を思わせる、歪んだ表情。
 十二歳のする顔じゃないなと思いつつ、私も口の端を上げるだけの笑みを浮かべる。

「そうですね、僕らはもっと知り合う必要があるようだ」
「歩み寄りの第一歩は会話から始まるといいますし、楽しみにしています」
「僕もですよ。おやすみなさい、論師シオリ」
「おやすみなさい、導師イオン」

 お互い歪な笑みを即座に引っ込め、再度慈悲深い微笑を称えた状態で背中を向ける。
 あぁ、本当に……厄介な十二歳め!

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