47


「はい、情報部からの報告書」

「ん、ありがと」

シンクが執務室を訪れ、ひょいと渡されたのはイオンに暗殺者を放った集団に関する報告書だった。
情報部も頑張ってくれているようだが、『コクマー』の時と違うせいで時間がかかっている。
『コクマー』の時は飽くまでもアレは民間の過激派組織だった。

しかし今回は違う。
相手は情報操作と隠蔽に慣れた人間な分、コチラの情報収集速度もどうしても遅くなる。
ベルケントからも頻繁に連絡が届くが、暗殺者を撃退できても自害してしまうために情報を搾り取ることができないそうだ。

「中々尻尾を出さないわね…」

報告書を読む私の背後に回り、背中にしがみ付いてきたシンクが覗き込んでくる。
慣れきってしまった体勢で、シンクがぺらぺらと報告書を捲っていく。
そうして私と同じ結論に到ったらしく、一つため息をついてから私の肩に顎を置いた。

「面倒だね」

「そうなのよ。さっさと潰したいのに」

「潰すねぇ、シオリがそこまで敵意むき出しにするのって初めてだよね」

「私はね、身内に手を出されるのが一番むかつくのよ」

私がそう言えば、シンクはふぅんとのそっけない返事。
なのでシンクの顔を見ればいつもと大して変わらない表情で報告書を見ていて…。

「そういえばシンクは私が怒ったことにあんまり驚かないね」

「シオリが身内に甘いのなんて今に始まったことじゃないしね。まぁ初めて怒った原因がオリジナル、っていうのはちょっとムカつくけど」

「あはは。でもシンクくらいだよ、そこまで驚かないのって。なんだかんだ言いつつシンクが一番私のことを理解してくれてるんだろうね」

よしよしと頭を撫でてやれば、シンクは微妙な顔をしてそれを受け入れていた。
なんだその微妙な顔は。喜ぶなら素直に喜べよ。

「シオリの一番の理解者って言うのは嬉しいんだけどね…あー、複雑」

「何が?」

「別に!それよりどうするの?あんまり時間かけて探ってるとオリジナルの方が先に参っちゃうんじゃない?」

シンクの真意は気になったものの、修正された話題の方が重要だったので私はそれに一つ頷いた。
事実、イオンの精神状態がよくなっているという報告は上がっていない。
むしろアリエッタすら遠ざけようとしている節があると、ベルケントの研究所に潜んでいる第四小隊の人間からの報告もある。
アリエッタが必死になって側に居ようとしているようだが、イオンの自棄までは止められないらしい。

「渋々ではあるけど治療を受けてくれるだけありがたいってとこかな…」

「やけになるくらいなら大人しく殺されれば良いのに」

「シンク!」

「だって事実じゃないか。治療を受けるってことは死にたくないんだろ?
けど自棄になって、生きて欲しいって願ってるアリエッタのことは無碍にしてさ、何がしたいのか全然わかんないんだけど?」

シンクのストレートな物言いに名前を呼んで宥めてみるも、シンクは冷たい表情のまま言い切るだけだ。
それだけでイオンのことがどれだけきらいなのかよく解ってしまって、仲良くしろと言うつもりはないがこの冷戦状態もいかがなものかと思ってしまう。

「それでも言って良いことと悪いことがある」

「…じゃあシオリはオリジナルのこと理解できるわけ?」

シンクは少しふてくされたように言うと、私の身体に回す手に力を込めてきた。
別に逃げはしないのだが、それは一体何の意思表示だというのか。

「理解って言うか…辛いだろうなって言うのは解るよ。
もし私が同じように、昨日までは散々論師様って持ち上げてきてた人に暗殺されかかったらやっぱり人間不信になるだろうし」

「…シオリが人間不信?」

「胡散臭そうな目をするのは止めようか。
それにイオンは今ベルケントに居る。生まれ育ってよく知っている場所ならともかく、見知らぬ土地で見知らぬ人達に囲まれてそんな事をされたら誰だって精神的に不安定になるよ」

「ふぅん…」

「シンクは…私が普段はこんな風にスキンシップを取っていて、陰でシンクのこと気持ち悪いって言ってたら傷つかない?」

「……凄く傷つくと思う」

「ちょっと例えは違うけど、似たようなものだと思えばいいよ。
だから殺されればいいなんて言っちゃ駄目。解った?」

私の例え話をリアルに想像したのか、しゅんとしてしまったシンクの頭を撫でて私は話を締めくくった。
ついでに嫌だなんて思ってないよって主張を込めて、シンクの腕をぎゅっと抱きしめてみる。
今まで当たり前だと思っていた存在に裏切られる。
それは酷く苦しくて、悲しいことだと思う。

イオンは今まで散々導師様として持ち上げられてきた。
なのに預言に詠まれたからもう用済みだといわんばかりに暗殺者を向けられれば、結局は預言には勝てないのかと自棄になっても仕方ないだろう。
シンクの預言に対する憎しみは大きいが、イオンと預言の因果は深く暗い。それこそ厄介なほどに。

「とはいえ…本当にどうするかな」

「とりあえずは暗殺者の捕縛から始めようよ。第七小隊に渡せば情報は聞き出してくれるだろうし」

「そうだね…まずはそこからか。焦る気持ちはあるけど、地道にやってかなきゃ駄目よね」

シンクの言葉に同意し、私は目を閉じてイオンを思う。
私のせいでイオンが追い詰められている。それがどうしようもなく悔しい。
私の心情を察しているのかどうかはわからないが、シンクは私が口を閉じたことに対し何も言わずただ黙って抱きついてきた。
多分、私が後悔していることもシンクにはばれちゃってるんだろうな。なんて。

「…前にも言ったけど、さ」

「ん?」

「僕を頼ってよ」

「充分頼りにしてるけど」

「そうじゃなくて、もっと精神的な話ね。
今シオリが辛そうなのは、見てて解る。オリジナルが危ない目に合ってるのを自分のせいだって思ってるんでしょ?
勿論それを隠そうとしてることも解るし、実際他の奴等は気付いてないと思う。
けど、僕にくらい頼ってよ。一番理解してるって言ってくれるなら…弱音くらい、吐いて欲しい」

目を開けば切ない瞳で見つめられていて、私は僅かに目を見開いた。
そしてシンクの気持ちが嬉しくて、自然と微笑みを浮かべてしまう。
ああ、こんなにも私を思ってくれる人が居るのだ、と。
それが嬉しくて嬉しくて、胸の奥底で浮かび上がるほの暗い感情には無理矢理蓋をしてから、私は瞳を閉じた。

「ありがとう…どうしても抱えきれなくなったら、シンクに言うから」

「できれば今言って欲しいんだけどね」

「ふふ、私がそんなたちに見える?結構頑固なのよ?」

「それも知ってる…」

苦笑交じりながらも諦めたらしいシンクを見上げ、もう一度だけ頬擦りをすると室内にノックの音が室内に響いた。
同時にシンクの手が離れ、仮面をつけながら扉へと向かっていくのが見える。

「何?……そう、ご苦労サマ。警邏はそのまま続行して、うん…いや、それは構わない。
うん、じゃあ宜しく」

僅かに開けられた扉の隙間でシンクが外に居るであろう人と話しているのをぼんやりと眺める。
そして再度シンクが入ってきたときには、その手には白い封筒が一つあった。
ああ、何か嫌な予感。

「アリエッタからの手紙らしいよ」

「中身は?」

仮面を外しながらシンクが歩み寄ってくる。
そうして私の椅子の肘置きに腰掛け、中身をあけたシンクは眉を潜めてから一枚の紙片を私に寄越してきた。



『たすけてください』



便箋ではなく、紙片に書かれた下手糞なフォニック言語。
見慣れた、と言うほどではないが誰の字であるか位は解る。
どう見てもこれはアリエッタの文字だ。

誰が一体どうなっているのか。
そのことに関しては一切書かれていないが、想像するのは容易い。
アリエッタが私に望む救いなど、たった一つに限られている。

「シンク」

「何?」

「ちんたら待っちゃ居られないわ。動くわよ。これ以上後悔してなるもんですか」

私の言葉を聞いたシンクが歪な笑みを浮かべた。
そして再度仮面を外し、私の身体に腕を絡み付ける。

「それが君の願いなら、僕等は全力を尽くすよ。僕等は君のために存在するんだからね」

そう言って囁くシンクの言葉は、まるで睦言のように甘かった。

栞を挟む

BACK

ALICE+